翌朝。
「おはようございます」
「……おはよう」
いつも通り康一が迎えに来る朝は、晶にしてみれば見慣れた風景だった。
「どうかしたんですか」
「え」
「顔が青いですよ」
昨夜の話を康一にする訳にはいかない。晶は焦って顔を横に振ってみせた。
「だ、大丈夫だよ。早く、行こう」
「そうですか?」
「うん。いいからいいから」
康一の背を押すように、晶は歩き出す。
「あのさ、一ついいかな」
「何ですか」
「今日はお昼、私の方から吉岡君を迎えに行っていいかな」
「いいですよ」
晶の申し出を断る事は無く、康一はあっさりと応じる。その事に晶は少し拍子抜けした。
「確か、九組だよね」
「そうです。九組で白木さんを待ってますよ」
楽しみだなあ、と康一は暢気に空を仰ぐ。
晶は昨夜、聡史から康一の話を聞かされ、その真相を確かめるべく今の話を持ちかけた。晶にしてみれば意を決して康一に言ったつもりだった。それがどうだ。康一は何でも無い風に、いつものように晶に何の動揺も見せない。
「本当に……、私が行っていいの」
「かまいませんよ。白木さんから僕の方に来るのは僕にしてみれば、嬉しい事ですから」
いつもの、優しい笑顔に晶は康一を疑いの目で見ていたのを、申し訳無く思った。
「ごめんね」
「何がですか?」
「ううん、こっちの話」
「そうですか」
晶は康一と連れ立って学校までの道のりを、歩いた。
昼休憩。
「あら、今日は吉岡君が来るんじゃないの」
「うん、私の方が迎えに行く事になってるから」
奈々子が自分の方から席を立つ晶を見て不思議そうに言われ、晶は奈々子に事情を簡潔に説明する。
「晶、聡史君から吉岡君の話、聞いていない?」
「あー……、女の子と歩いていたっていう話なら」
「そう。それならいいけど」
奈々子は奈々子なりに晶の事を心配しているのだろう。
「それより、奈々子ちゃんの方は勇太君とどうなの」
「んー……、順調、かな」
晶に少し迷いを見せる奈々子。
「どうか、した」
奈々子の方も聡史を家を招くには、迷いがあるのだろうか。晶は奈々子に知らない振りを通す。
「……晶。晶は私と初めて話した時の事、覚えてる?」
「……うん、少しは覚えてるけど」
それが何だと言うのだろう。晶は奈々子に首を捻る。
「それならいいんだ」
「奈々子」
憂いの笑みを浮かべる奈々子を、晶は心底心配している。
「吉岡君が待ってるよ。九組だから早く行ってあげないといけないんじゃない」
「あ、そうだった」
奈々子に促されて晶は弁当を手にして、慌てて教室を出た。
九組に辿り着くまで、少し時間を要した。康一は待ちくたびれているかもしれない。晶は九組の戸の前に立つ。
「あの、吉岡君は……」
晶は教室の戸の近くに居た男子生徒に、遠慮がちに声をかける。
男子生徒は吉岡の名前を出す晶を、興味深そうに眺める。晶はそれだけで落ち着かなかった。
「へえ、あんたが噂の白木さん?」
「え」
男子生徒は意地悪い顔で、晶を見ている。晶はそれだけで不愉快な気分になった。
ここに居るのは自分の教室に居る時より、居心地が悪かった。康一には悪いが、今日で迎えに行くのは止めようと、晶は嫌な男子生徒を視界に入れないように、目を伏せる。
「白木さん」
「あ」
晶に救いの手を差し伸べるのは、康一だった。
「お前もいい手を使ったもんだな。裏派に回ったかと思えば」
晶と康一を前にして、男子生徒はくつくつと声を立てて笑う。
裏派。裏派とは一体何だろう。晶は疑問に思うが、ここで康一にその事を聞いてはいけない気がしたので、黙っていた。
「……早坂には関係無いだろう」
「いや、これが関係あるんだよ。俺は裏派より、正統派に賭けてるからな」
「早坂」
急に、康一の声の調子が強くなる。笑顔が消えて早坂を睨むのは康一で。今まで見た事の無い表情の康一に、晶は動揺を隠せなかった。
「あの」
「白木さん、行こうか」
晶の前では康一はいつもの笑顔に戻る。
男子生徒――、早坂を無視して康一は晶の腕を取ると、さっさと教室から離れた。