晶と康一は今日は美術室の中で、弁当を食べている。
「白木さんに嫌な思いさせてしまいまして、申し訳無いです」
「……う、ううん。大丈夫だよ」
何処が大丈夫なのだろうか。晶は内心、康一に対しても、聡史に対しても何処までも平然と嘘を吐く自分に嫌気が差している。
「あいつの事は綺麗さっぱり、忘れてください」
「……」
康一に頭を下げられずとも、早坂の顔はもう、晶の中から綺麗に消えている。ただ、晶が気がかりなのは早坂が言った「賭け」の意味。そして「正統派」と「裏派」の言葉の意味。
それを、康一に聞いていいものだろうか。晶は弁当のおかずをつつきながら、迷っている。
「白木さん?」
「な、何でも無いよ、本当に!」
いきなり康一に顔を覗き込まれ、晶は慌てる。
「――あれ、吉岡君じゃない」
美術室の戸が開いて入って来たのは、晶の見知らぬ女子生徒であった。
腰まで届く、波打つ髪に白い肌。大きな目。薄っすらと化粧を施している顔。美少女というに相応しいその容貌は、晶には派手だと感じた。
「波多野さん」
「ここで食べてるの? 寄寓ね、私もここで食べるつもりで来たの」
柔らかい物腰で波多野と呼ばれる女子生徒は晶に遠慮せず、康一の前にまだ開けていない持参していた弁当を置いて、座る。
「波多野さんは、いつもここで?」
「そう。食べた後は時間があれば作品の続きをやるの」
「へえ。知らなかったな」
「私も吉岡君が教室で食べなくなってから、何処で食べてるのだろうと、不思議だったけど。その様子だと、あちこち移動してたんだ」
「教室や食堂だと、うるさい人が居るからね」
「ああ、それは納得の回答ね」
康一と波多野は笑い合う。
康一の横に居る晶は居心地が悪く、どう言葉を挟んでいいか分からなかった。
「あ、白木さん。紹介するよ。同じクラスに居る波多野香織さん」
「よろしくね」
「あ、はい……」
緊張している晶と違い、香織は晶に対して物怖じせずに応じている。
「もうすぐ、発表が近いのに部長が無理言って悪いね」
「いいのよ。あの人の言う事は、大体当たるから。それが怖いわ」
音楽室に空調が完備されている訳では無い。開け放たれた窓からは涼しい風が吹き込むが、そのせいだろうか、香織は身震いしているように晶には見えた。
康一は同じクラスの人間には敬語を使わないようだ。晶は今、それを初めて知った。
「私もあの人と居るのは、楽しいから」
「それを直接、部長に言ったらどうだい。あの人なら君だったら、泣いて喜ぶぜ」
「それが本当になるから言い辛くて、そして怖いのよ」
康一に香織は苦笑する。
晶は二人が何の会話をしているのか、さっぱり分からなかった。
そもそも、晶はここに居るのが場違いな気がした。
「ああ、私はもう、ここを出て行くわ」
香織が弁当を持って席から立つ。
「あ、いいですよ。私の方が出て行きますから……」
「ふふ、白木さんが遠慮する事はないよ。あなた達が先に居たから、そちらにここを使う権利があるから」
「でも、波多野さんが出て行く必要は無いんじゃあ……」
晶が康一を見る。康一も晶に頷いて、立ち上がる。
「そうだね。波多野さんがいつも使っているなら、波多野さんにここを使う権利があるしね」
「……全く。私の立場が無いじゃない」
晶と康一に押し切られては、香織も美術室を使うほかなかった。
「そしたら、あなた達も私と一緒に食べようよ。私一人では、寂しい」
「でも」
「……白木さんが遠慮する事は無いよ。ねえ、吉岡君」
「そうだね。それが一番の解決策だ」
香織に応じるのは、見慣れた笑顔の康一だった。康一は二人より先に席に座り直した。
「本当、白木さんは吉岡君の言うよう、いい人だね」
「え」
香織に真正面に言われて晶は、自分の顔が火照っている事に気付く。
自分は康一にどういう風に見られているのか。晶はそれが気になっている。
「本当、可愛いね。あの子の言った通り」
「ええ」
「波多野さん、あんまり白木さんをからかうなよ」
顔を赤くしている晶の顔を覗き込み笑うのは香織で、康一はそんな香織を呆れるが目はいつものように笑っていて、その二人に挟まれてますます顔を赤くするのは晶であった。
香織の言うあの子とは、誰を指しているのだろうか。晶は香織を見上げる。
「あの、あの子というのは……」
「内緒」
香織は晶に優しく微笑む。
晶はそれだけで、香織に真相を聞く気が起きなかった。
晶はそれから、香織とも打ち解けていた。香織は、はっきりとした物言いが好感が持てる。香織は奈々子とはまた違った魅力があった。
「それじゃあ、またね」
「白木さん、また放課後」
「うん」
晶は美術室を出て、香織と康一を背に、別れた。
晶が振り向けば康一は香織と背を共にして、仲良さそうに話しながら歩いている。
もしかしたら聡史が言う康一と共に居た美人は、香織の事かもしれない。香織なら、納得が行く。
先刻の話の中では香織は康一はただのクラスメイトだから心配するな、と晶に笑っていた。康一も香織と一緒になって頷いている。
それでも。
それでも晶は早坂の言葉と、仲良さそうにしている康一と香織の姿が気になって仕方が無かった。