09

「お帰り」

 教室に戻れば聡史が晶を出迎える。
 聡史はあれから移動するのは止めて、大人しく教室で昼食を取っているようだった。奈々子と勇太は相変わらず食堂で、一目も気にせずいちゃついているらしい。
 晶は聡史に波多野香織の存在を、話した。
「ふうん。多分それ、俺が見た美人だと思うよ。特徴が一致しているし」
「そっか。それなら安心だ」
 何が安心か。晶は自分で口に出して、内心で悪態をつく。
「それより、賭けって何だと思う」
「――、そりゃお前」
 早坂に言われた賭けの内容が気になり、晶は聡史に尋ねる。聡史は晶に何かを言いかけて途中で止めてしまった。
「何、聡史は知ってるの」
「……晶は知らなくていいよ」
「何で」
「傷付くから」
 傷付くから。晶が傷付くのが嫌だから。晶は聡史に言われただけで、それだけで。
「聡史が知ってるなら、言ってよ。私、そんなに弱くないの知ってるでしょ」
「それでもお前は嫌がるだろ。後で泣くだろ。俺はそうなるのを知ってるから、言わないんだ」
 何を知った気になっている。確かに小さい頃はそうだったかもしれない。傷付いたら直ぐに泣く子供だったような気がする。それを慰めていたのは、全部、聡史で。晶は目を伏せる。
 大丈夫。大丈夫。きっと。晶は目を開けて、聡史に問い詰める。
「大丈夫だから、教えてよ」
「嫌だ。晶が泣くから。俺は晶が泣くのを見るのが嫌なんだよ」
 イラつくな。晶は聡史に食らいつく。

「そう言う聡史はどうなの。自分が傷付くのが怖いから、それを見るのが嫌だからって言ってたら、いつまで経っても奈々子ちゃんと勇太君に何も言えないくせに!」

 教室に居た生徒達が何事かと、晶と聡史の方に注目する。
 ああ、こういう事を言うつもりじゃなかったのに。晶は聡史に言い放った所で、後悔する。
「晶」
 聡史が晶を睨んでいる。
 ――怒らせた。聡史を怒らせた。晶は長年の経験から、聡史が本当に怒っている、その感情を見抜いていた。
 見抜いた後で、晶は自分の言った言葉が聡史を傷付けてしまった事に気付いて、青ざめる。
 晶は聡史に怒られると思うと、泣きそうだった。こんな事で聡史に嫌われたくはないという思いと、自分で聡史を傷付けてしまった後悔の念とが複雑に入り混じる。

「晶」

 教室に戻って来た奈々子の声が、晶を救った。
「おい、どうした怖い顔して」
「……何でも無いよ」
 聡史の方は勇太に見抜かれても尚、それを隠そうとする。
 無駄な足掻きをしているんだ。自分も、聡史も。晶はそろそろ授業が始まるから、と言い訳して席に戻った。