15

 今、美術室に居るのは晶、聡史、奈々子、勇太の四人に加えて、部長の拓海、香織、康一に早坂の計八人であった。
「本当はまだメンバーが居るんだけどね、今回の件に関った人達だけで話を進めようと思ったんだよ。その方が整理しやすいだろう?」
 最後の部分は晶と聡史への、拓海なりの気遣いだろうか。
 拓海が用意してあったポットに入れたお茶を、紙コップに入れてそれぞれに振舞う。八人は思い思いに椅子に腰かけている。晶の隣には当然のように聡史が座り、奈々子の隣には勇太が陣取っている。
 香織と奈々子も拓海を手伝いながら、全員にお茶が入った紙コップが手渡された時、改めて拓海が場に居る全員の顔を見回した。
「さて、何処から話そうか」
「……で、何処までがあんた達のやり口なんだ?」
 憮然として茶を飲む聡史の目は、目前に座っている康一を睨んでいるように晶は思えた。無理も無い。自分も聡史と同じ気分だ。晶は康一を援護する気は一切、無かった。
「高橋君の気持ちも分からないでも無いけどね、うちの部員をそう睨むのは止めてくれ」
「そうよ。吉岡君はきちんと、私達の仕事をこなしていただけだから」
 今の香織の言葉が決定的だった。

「何が仕事だ、ふざけんじゃねえよ!」

 聡史が席を立ち、怒鳴った。
「誰のお陰で晶が傷付いたと思ってるんだよ! 土下座でもして謝れって! 俺と晶はあんた達の為に動いているんじゃないんだよ」
「さ、聡史」
 聡史は自分ではなく、晶の為に怒っている。晶は聡史を止めようと、慌てる。
「あー……、タネを明かすとね、そこに居る清水さんからの依頼なんだよ」
 拓海は涼しそうな顔で、お茶をすすっている奈々子に話を向ける。晶も聡史も奈々子に注目する。
「僕達の本日の恋人紹介のコーナーはね、依頼が無いとその名前を載せないんだ。長峰さん達もそのクチになるかな。幾ら恋人同士で、幾ら校内で噂になろうが、許可も無く勝手に新聞に名前を載せるというのはうちの方針に反するんでね、ちゃんと本人の許可は得ている」
「依頼は本人同士でもいいし、第三者からの推薦でもいい」
 拓海に補足するのは香織である。
「長峰さん達の話を聞きつけたのも、白木さん達の話を事前に情報を得ていたのは皆、香織君の力だけどね」
「ふふ、私の行動の範囲の広さを甘くみないで頂戴」
 拓海に胸を張る香織は、晶にも眩しそうに映った。この仕事を誇りにしているという香織の思いが、晶にも伝わっている。
「今回は清水さんからの依頼だから、第三者からの推薦だね」
「ええ、松木部長のその話は本当よ」
 拓海の話に奈々子はあっさりと認める。
「何で……、奈々子ちゃんが」
「最初は、勇太が松木部長と知り合いだったの」
「俺の家の近所に居る、気さくな兄ちゃんでね。それこそ小さい頃から、俺の良き相談相手なんだ」
 奈々子の説明に付け加えるのは、勇太だ。
「実は、俺と奈々子の関係を進展させて発展させたのも、松木さんだったりする」
「へえ」
 勇太のその話は、聡史も初耳だったようだ。
「それで、そのお礼も兼ねてるんだけど。私が晶の友達だっていうのは、松木部長も知っていたしね」
「……それだけで?」
「それもあるけど、それだけじゃないわ」
 不振そうな目を向ける晶に、それを否定するように首を横に振る奈々子。
「……晶は、私と初めて話した時の事、覚えてる?」
「覚えてるよ」
 あれは、忘れる事は出来ない日。晶は奈々子の言葉を待った。
「幸せを分けてあげるよ。……私は晶から充分、幸せを貰ってるから」
「奈々子は、晶ちゃんと聡史をどうにかして上手く付き合わせたかったんだよ」
 奈々子に続いて彼女を援護するのは、勇太である。
「私は、初めから晶が聡史君を想っているって、知っていたから」
「え」
 聡史は思わず晶と奈々子を交互に見ている。

「私は、晶に幸せを与えたかった。晶が私に幸せをくれるのと、同じように。私と勇太の幸せ。晶と聡史君の幸せ。そして、それぞれの幸せ。皆でその幸せを、共有したかったから」
「奈々子ちゃん……」

 晶は奈々子の強い気持ちに、感動して涙が出そうになった。
「うん。僕達は清水さんのその話に感銘を受けて、彼女の依頼を受けたんだ」
「私も吉岡君も、その話を聞いているからね」
 拓海や康一を援護するのはいつも、香織の役目であった。
「正直、僕は気乗りしなかった。一人の純粋な子を騙す訳だからね」
 ここで渦中の康一が晶に向けて、口を開いた。
「でも、相手が君で良かったって、今でも思ってるんだ。白木さんが本当、可愛くていい人だったから」
「……」
 康一に言われて晶は顔を赤くして俯く。悪い気はしなかった。ただ、隣に居る聡史は今の晶と康一の遣り取りに、面白く無さそうに聞いていたけれど。
「白木さんの方も、吉岡君を責められないでしょう?」
「……う」
 香織に指摘されれば、晶は何も言い返す余地は無かった。
 そう、晶も康一を利用していた。康一を使って、聡史を振り向かせようと、していたからだ。
「そうなのか」
「……ごめんなさい」
 聡史に見据えられ、流石に晶は素直に謝る。
「お互い様という訳だ」
 康一と晶をそう収束したのは、早坂である。
「あの、賭けの話は……」
 早坂がこの場に居るというその疑問を、晶は康一に投げかける。
「ああ、あれは全部作り話だよ」
「え」
 康一の告白に、晶は呆気に取られる。
「そうそう、俺が嫌な役を演じる事で、事が急速に動く仕組みだったって訳よ。あの時、白木さんが美術室に居るって知った上で、俺が香織に賭けの話をするよう、誘導した訳」
「……嘘」
 そこまでやられていたとは、晶は笑う早坂に絶句する。
「お前以外にその適役が居なかったからな」
「早坂君、本当、嫌われ役が板について来たね」
「はっはっは、元演劇部の実力だなこれは」
 康一と香織に言われても、早坂の神経は図太い。どうやら早坂は、勇太と同じ気質のようだ。元からこういう人間だと知っていれば晶も聡史も、早坂について何の感情も抱かなかっただろう。
 そして、早坂が居なければ晶と聡史の関係は今でもずるずると引き摺っていたかもしれない。
「ただ、僕の事情は本当だけどね」
「……うん」
 姉が母親代わりという康一の一連の話は、嘘では無かった。その事実を聞いて、晶は安堵する。
「それに、高橋君にメールを送ったのは、部長の仕業だから」
「マジで?」
 康一の話に聡史が拓海を見上げる。
「うん」
 拓海は人の悪い笑みを浮かべて、あっさりと告白する。
「白木さんと吉岡君の動向を探って、色々手配したのは全部、僕だから。高橋君のメールアドレスは勇太に聞けば一発で分かるしね」
「酷い話だなそれも」
 晶は康一と早坂のたくらみに納得するが、聡史は納得していなかった。
「高橋君の方も、康一君と香織君には何も言えないだろう?」
「うっ」
 拓海に指摘されるのは、今度は聡史の方である。
「聡史」
「あー……、いや、そのな」
 晶に見据えられ、聡史は嫌な汗をかきながら言葉を慎重に選んでいる。
「吉岡と居た美人が波多野さんでね。俺がどういう訳だと、吉岡に波多野さんについて詰め寄った事があるんだ」
「……え」
 聡史は照れ臭そうに晶から視線を逸らし、頭に手を置いている。
「その時の高橋君の剣幕は、凄かったよ。白木さんが幾ら可愛いからって手を出すなってね」
「そうそう。可愛い晶を悲しませるなってね」
 当時の状況を思い出したのか、何故か康一と香織は笑いを堪えているのか、肩を震わせている。
「か、可愛いって、私の事」
 今まで一度も女らしい扱いを聡史から受けていなかった晶からすれば、その聡史の台詞は前代未聞、寝耳に水である。晶の歴史が覆ると言っていい。
「……聡史君は影で晶の事、いつも可愛いよねって、言ってたわよ」
「そうそう、昔から晶ちゃんの話をする度に、可愛いを連発するんだぜ」
 奈々子に便乗してにやけた顔で聡史に追い討ちをかけるのは、勇太で。
 晶は信じられずに聡史を見る。聡史の方は顔を赤くして知らない振りをしている。晶はそれだけで、奈々子や勇太の言う事が真実であると、読み取れた。
「聡史」
「……俺も、晶に謝らないとな」
 聡史は晶に苦笑する。

「これが、今回の件の全てだね」

 拓海の一言が全てを終わらせるには充分だった。