鉄とダイヤモンド(02)

 それから。


「どうぞ、召し上がれ!」

「頂きます!!」


 立夏の部屋にて、お姉さんの作った焼きたてパン、ハンバーグにサラダ、ドロドロに溶けたトマトスープと、豪華な料理が並ぶ。

「ハンバーグ、ウマッ。シャキシャキ野菜のサラダもハンバーグにあう、パンもトマトスープに浸して食べれば更にウマい!!」

 ガツガツ。腹が減っていた立夏は一心不乱に、お姉さんが作ったご馳走を食べる。

「ご馳走様でした!」

 早めに食べ終え、その場で横になる。

「いやー、好きなもの食べた後に横になるって最高ですよねー」

「分かるぅ。私も好きなパン食べて横になるの、好き~」

 立夏と一緒になって食事を終えた彼女も、遠慮なく横になった。

 満足いく食事を終えた後、子供と大人が横になる。

 自堕落の極みである。

「それよりさあ、藤丸君、日本に帰ってきてたら連絡くらいしてよー。私、藤丸君の部屋に明かりがついてるの見えて、泥棒が入ってるんじゃないかって思って怖かったんだから」

「すみません。いや、オレも此処に帰って来られるなんて思わなくて……、て、あれ、お姉さんのその言い方だと今のオレ、外国に居たんですか?」

 立夏は体を起こして、その疑問を口にする。

 確かに日本に居る頃、カルデアのスタッフに会って彼からスカウトされたのは夏休み直前で、カルデアに行っていたのも夏休みを利用したものだった覚えがある。

 お姉さんも体を起こして、立夏と向き合う。

「あれ、私は藤丸君が夏休み入る寸前、突然にある外人からスカウトされたので夏休みの間に外国行ってきますって言いだして、あっという間に海外に旅立ったの見てるんだけど」

「そうなんですか?」

「うん。私の記憶違いじゃなければ、そうだったはず。藤丸君、夏休みの間、海外で住み込みバイトする事になったので帰って来れないかも、留守、頼みますって言って出て行ったきりよ。それで、夜、君の部屋に明かりがついてたもんだから、確認のために行ってみたわけ。まさか本人が帰ってきてるなんてね」

「そういえば、それより前、お姉さんが紹介してくれたリゾートバイトありましたよね、それはどうなったんですか」

「ああ。それ、なくなったわ。ほかの人に任せちゃった」

「お姉さん、オレがそれに採用されたら一緒について行く、彼氏さんと別荘で過ごせるかもって」

「その予定だったけど、藤丸君が海外選んだから、それもなくなっちゃった。彼も、夏の間は忙しくなって、オーナーさんの紹介もご破算、どうなるか分からないって、それっきりで」

「すみません、すみません!」

 うわあ。立夏は自分のせいでお姉さんの彼氏と過ごす夏の予定が消えたと分かって、更にはオーナーに紹介される件も消滅したのが分かって、その場で土下座して謝り倒したのだった。

「謝らないで。私と違って万能な藤丸君は、日本より海外で経験積んだ方がいいもの」

「でも、彼氏さんとの夏の計画が立ち消えたって……」

「なんか知らないけど彼も急な予定が入って、外国で忙しくやってるみたい。気にしなくていいわ」

「……」

 お姉さんはいつもの笑顔で応じるも、立夏は笑えなかった。

 場の雰囲気は暗い。

 お姉さんはその雰囲気を崩すためか、茶化すように言った。

「ねえねえ、その海外の住み込みバイト、どうだったの? まだ七月なんだけど、まさか、きつくなって日本に逃げ帰ってきたとか?」

 ひひひ。お姉さんは、立夏が海外のバイトに耐えられず、日本に逃げ帰って来たのかと、ニヤニヤしながら彼をつつく。

「いや。その海外のバイトはまだ続けていて、逃げ帰ったのとは違います。色んな予定が狂ったのは同じですけど」

「どういう意味?」

「実は……」

 立夏はここで、南極にあるカルデア基地で色々な実験体になっていた事を、お姉さんに話したのだった。因みに、そこで魔術師としてマスターとなった事、サーヴァントや白紙化の地球については、明かしていない。

「うわ、南極のカルデアという所で色々な実験体やってたの? 凄ッ! 藤丸君はほかの男の子よりは万能君だとは思ってたけど、そこまで行ってたとは思わなかったわ。せいぜい、アメリカかイギリスあたりだろうなって。南極なんて、よくそんな所まで一人で行けたね~」

 お姉さんは立夏の話を信じたのか信じていないのか、南極と聞いて、素直に驚いて、立夏の行動力に感心した様子だった。

「そこまでの旅券を手配してくれた人が日本人で、現地にも日本人の被験者がけっこう居たので、そこまで苦労しませんでしたよ」

 一応、嘘は吐いてない。立夏は日本の緑茶を口にして、ほっとした。

 お姉さんは興味深そうに立夏を見る。

「それなのに、そこで予定が狂ったっていうのは?」

「南極って極端なんですよ。人間が危険だと思う吹雪が続いたり、急に晴れて動けるようになったり。で、現地の職員によれば夏休みの間までという話だったけど、観測によれば八月に入れば吹雪が酷くなるらしくて、それにあえば一か月以上、日本に帰れなくなるかも、帰るなら、七月の今のうち帰った方がいいと言われまして……」

「あー、南極あるある! そういうの、テレビでも見た事あるわ。それで、七月中に日本に帰るのを優先したんだ。良い判断だと思う」

 うんうん。お姉さんは立夏の話を信じて疑わず、七月の間に日本に帰る決心をした立夏の判断に感心している。

 そして。

「それじゃ藤丸君、南極の実験体バイトが駄目になったっていうなら、もうすぐ八月に入るけど、八月はどうするの?」

「んー。八月はなんの予定も組んでませんね。また吹雪が収まってカルデアから呼ばれたらそこに行く気でいるんですけど、どうなるかなぁ」

「そうなんだ。それが分からない状態で八月は暇なら、私の手伝いしない?」

「え」

 立夏は目を瞬きして、お姉さんを見詰める。

 お姉さんはその立夏にくすくす笑って、言った。

「私、お弁当屋さんで働いてるんだけど、配達で動ける子が欲しかったんだよね。藤丸君、自転車で配達やってみない?」


 それから。

 立夏はお姉さんから紹介されたバイトを二つ返事で引き受け、翌日に面接に行けば即採用、自転車で弁当を配達する事になった。

 お姉さんが紹介してくれた弁当屋は唐揚げが売りの人気あるお店で、夏の間中、ひっきりなしに注文が来るという。

 立夏も張り切って自転車を漕いで、配達をこなしていったのである。



 一週間後――。

 アパートの自室にて。

「ほら。主婦の方達、夏の暑い時期に揚げ物なんてしたくないじゃない? それで、唐揚げだけじゃなくて、色々な揚げ物揃えてるうちのお弁当が人気あるんだよね。それから藤丸君、思った通り、惣菜担当のおばさま達から可愛がられて、お客さん達からも評判で配達の指名ナンバーワン獲得、あっという間に人気になったわね。素晴らしいわ!」

 ぱちぱち。

 お姉さんは一週間後に立夏の部屋に来て、彼のバイト先での人気振りに拍手を送った。

 立夏がバイトに配達に出ている間、お姉さんは店の中で販売員を担当している。朝に出かけて夜になる前に帰宅、おまけに立夏はお姉さんと同じ時間帯に配属され、帰る時間も同じというわけで、帰宅後、お姉さんが立夏の部屋に寄って話し相手になってくれたのだった。

「オレとしては日本に帰ってから無一文だったので、店長やそのおばさま達から残り物恵んでもらえるので、最高の職場になりましたね」

 そういう立夏の前には、売れ残った総菜がいくつか詰められた弁当があり、それは全て彼の胃袋へと。

 このアパートに来た当時は一文無しで、これからどうやって過ごそうかと不安だったが、残り物でも食にありつけるのは日本の素晴らしい所だと思った。

 それから立夏は、目の前の弁当と、お姉さんを見比べて言った。

「しかし、お姉さん、お弁当屋さんで働いてたんですか」

「うん。私、節約でそこのお弁当を持って帰ったりしてて、それで、ここまで肥えちゃったんだよねー」

「オレから見ればお姉さんは、ケーキ屋かパン屋でもやってると思ってたんですけど」

「あはは、よく言われるわ。でも、知ってた? ケーキ屋って個人や家族経営でやってるところ以外は、若くて細くて可愛い子しか店に立てないんだよ。イメージ重視とかで」

「ええ、それ、マジですか。初耳です」

「パン屋は私みたいなのでも採用されるかと思うけど、倍率高くて、そうなればやっぱりイメージ大事になってくるからさー。私、この体型だから、面接であっさり落ちちゃうんだよねえ」

「そのお姉さんを落としたパン屋、もったいないですね。お姉さんの力量を知れば、あっという間に人気店になってたかもしれませんよ。実際、お弁当屋でもお姉さんがお店に立つ時、売り上げ良いらしいじゃないですか」

「うわ。藤丸君って、やっぱ、天然タラシだわー。私でもその気になっちゃうじゃん!」

 きゃー。お姉さんは立夏の天然タラシ具合に照れ臭くなって、彼の背中を遠慮なく叩いた。

 ひといきついて、お姉さんは言った。

「ね。来週の水曜日、バイト、休みだったよね」

「はい。店の定休日です。お姉さんも休みですよね」

「その日、私とお出かけしない?」

「お姉さんとですか?」

「うん。私も夏休み、暇になったから。近くで色々、イベントやってるらしいよ。一人じゃ行けない場所、藤丸君となら楽しいかと思って。ああ、藤丸君が駄目っていうなら強要はしない――」

 がしっと。立夏はお姉さんの手を両手で強く握って、力強い眼差しを向けて言った。

「ぜひ!! オレを使ってください、荷物持ちでも何でもしますよ!」

 ――自分がカルデアを選び、お姉さんに紹介されたリゾートバイトの約束を蹴ったせいで、お姉さんがその避暑地の別荘で彼氏と過ごすはずだった夏の予定、更には彼が世話になったオーナーさんの紹介が駄目になったと分かって、その責任、そして、その負い目を感じていたのは事実だ。

 いつか、お姉さんにその罪滅ぼしをしなければいけないと思っていた。

 それが今回のデートに丁度良かっただけ。

「ありがとー。それじゃあ、次のお休み、その予定で。それじゃあね」

「はい。次の休み、楽しみにしてます」

 立夏はここで、お姉さんと別れて、部屋で一人になる。

 一人になって思うのは。

 朝起きてバイト先の弁当屋で配達をこなし、夜になれば残り物の総菜をもらって部屋に帰り、同じ時間に一緒に帰るお姉さんとの会話を楽しみ、その後は一人、部屋でダラダラ過ごして眠くなれば横になってその一日が終わる。

 日本の学生にしては、中々充実した夏休みではないだろうか。

 更には、来週の水曜日の定休日は、お姉さんと念願のデートである。

 立夏はそれを楽しみに、眠りにつき、その一日を終わらせたのだった――。



 本来であればその日は、まだ、五日くらい日数が残っていた。

 ――暗転。

 ぐらり、と、何かが切り替わった気がした。



「おはよー! 絶好のデート日和だね! 藤丸君、用意できた?」

「え?」


 朝。目を覚ませば、お姉さんが花柄のワンピースを着て、大きな荷物を抱え、玄関先に立っていた。

 お姉さんは言う。

「あれ。今日、約束の日だったでしょ? お店が定休日の日、一緒に出かけようって」

「――」

 ――そうだっただろうか?

 約束をしてから、一日しか経っていない気が――。

「ほら。スマホもその日付だし、テレビもその日付だって」

 お姉さんは立夏に手持ちのスマホの日付を見せて、更に勝手にテレビをつけ丁度、ニュース番組を放送していて、立夏でもその日付が確認できた。

「……」

 お姉さんは立夏の顔色が悪いのを心配して、気遣うように話した。

「あれ。もしかして、急な予定でも入っちゃった? 藤丸君、どこでも人気だもんね。私以外の女の子とデート予定があるなら、今回はもう――」

「行きます! 少し、待っててください、今から用意します!」

 バタバタ。立夏は部屋に戻ると、お姉さんの前でも構わず何かいい衣装はないかと漁るも、その結果――。

「あらま。藤丸君、学校の制服しか持ってなかったんだ? そういえば、バイト先でも、いつでもその制服だったね」

「いやー、南極のカルデアに私物送ったままみたいで。オレの荷物、夏休み中に届くかなぁ」

 ははは。デート用の衣服を漁るもタンスはカラの状態で、何も入っていなかった。立夏はまさかここまでとは思わず落胆するも、お姉さんは「いつもの夏の制服の藤丸君でもカッコイイよ」と嬉しい言葉を言ってくれたので、夏の制服のまま外に飛び出したのである。



「それよりお姉さん、その荷物なんです? オレ、持ちましょうか」

「レンタカー借りてるから大丈夫。目的地まで車で行けるから。これ、現地で食べるお弁当、重箱三段重ね」

「ふおおお、重箱三段重ね! 全部、お姉さんの手作り?」

「そう。今日、藤丸君のために色々張り切っちゃったー」

「やった。楽しみです。それよりレンタカーってお姉さん、運転できたんですか」

「ばかにしないで。私、魔術師だけど普通免許くらい取得してる――あ、ヤバ」

「え、魔術師で普通免許? どういうわけ――」


 ぐらり、と。

 再び目の前が真っ暗になった――かと、思えば。

「藤丸君、藤丸君」

「え?」

 藤丸立夏は車の助手席に座っていて、お姉さんが隣で運転していた。

「今ね、首都高速。高速抜けたらもうすぐ、目的地につくよー。目的地についたら、お楽しみのお昼にしよっか」

「……」

「藤丸君?」

「あ、ああ、はい、お姉さんのお弁当、楽しみです」

 車が停車したのは、とある海浜公園だった。

 海浜公園には屋根付きの椅子とテーブルがいくつか設置されてあった。立夏はお姉さんと空いている席に向かいあって座った。

「どうぞ、召し上がれ!!」

「頂きます!!」

 お姉さんが用意した重箱の中身は豪華過ぎて、それはもう、デパートで売られている豪華な『おせち』みたいなもので、立夏でも手をつけていいのかどうか迷ったほどだった。

 そうでもどれも絶品で、箸の勢いが止まらなかった。

 食べているその間、お姉さんは今回のデート内容を立夏に話した。

「この後はそこに観覧車見えてるでしょ、あそこ、遊園地なんだよね。今、夏休み中だからライブもやってるみたい。そこ行って色々遊ぼう。その後はショッピング、藤丸君にあいそうなカッコイイ服、選びましょ」

「いや、オレよりも、お姉さんの服を見繕った方が良いんじゃないですか? せっかく、都内まで遠出してきたんですから」

「私の場合はアクセサリー類は興味あるけど、服装は今のままで十分だわ。藤丸君、南極のカルデアに私物預けたままで、その制服以外、何も持ってないんでしょ。南極から荷物が届くまでの服くらい、買っておいた方がいいよ」

「お姉さん……」

 キラキラ。いつも明るい笑顔で、いつも相手を思いやり、いつも眩しい――。


「――先輩」

「え」


 どこからか、必死に自分を呼ぶ女性の声が聞こえた。

 よく知ってる、その声。

 誰だ――。

 箸を止めて辺りを見回すも、誰もいない。

「藤丸君?」

 お姉さんは、箸の止まった立夏を心配そうに見やる。

 というか。

「あれ、此処、テレビでも紹介されてた有名な海浜公園ですよね。夏休みで今の時間帯、こんなに人少なかったですかね?」

 というか、現在地の海浜公園は有名な場所でテレビの夏休みのイベント案内でも紹介されるような所なのに、どういうわけか、現在、立夏と目の前のお姉さんしかその存在が確認できなかった。

 と――。

「――藤丸君、駄目だよ、よそ見しちゃ。せっかくの計画が台無しになる」

「お姉さん――」

 いつの間にかお姉さんが身を乗り出し目の前に来ていて、その顔にドキリとするも、彼女はその手を立夏の前にかざし、そして――。


 ぐらり、と。

 暗転、また世界が切り替わった気がした。


 気が付けば立夏は、アパートの自分の部屋の玄関前にお姉さんと立っている。

「藤丸君、デート楽しかったねー」

「お姉さん」

「買った服、そこに置いておくから。後で、確認して」

 そういうお姉さんの足元には、ファッションブランドのロゴがついた紙袋がいくつか置かれてあった。

「……」

「どうしたの?」

「いえ、何でもありません。明日、買った服を着てバイト先に行ってみます」

「うん。夏の制服以外のカッコイイ服着た明日の藤丸君、いつも以上に人気出て、総菜担当のおば様達も藤丸君を手放さないかもねー。更に、配達先の人から逃げられなかったりしてー」

「いやいや、服装だけで、そんなわけないですって」

「はは。明日、楽しみだね。それじゃ、また明日ー」

「はい、また、明日」

 立夏は、お姉さんと別れた後に紙袋を抱えて、部屋に入った。

「……」

 部屋は真っ暗で、誰も居ない。

 明かりをつけて、さっそく、紙袋から買った服を取り出す――。

「あれ、中身、無い? 何で……」

 三つある紙袋には確かに自分が選んだ服が入っていたはずだが、どれもカラだった。

 自分の見間違いか。焦って、紙袋に手を突っ込む。無い。紙袋をさかさまにしてみる。無い。買った服は、どこにも無かった。

「そうだ、お姉さんなら何か知ってるかも!」

 立夏は恥を忍んで、お姉さんに服の行方を聞こうと思い、紙袋を抱えて部屋を出た。

 お姉さんの部屋はどこだ? 確か、一階の隅の部屋だったはず。立夏はお姉さんの部屋のドアの前に立ち、呼び鈴を押した。

 ぴんぽん。

 誰も出なかった。

 自分は確かに、お姉さんと一緒に帰ったはずでは――、まさか、一瞬の間に、お姉さんの身に何かあったのか?

 ぴんぽん、ぴんぽん、ぴんぽん。立夏は最悪の事態を想像し青ざめ、連続で呼び鈴を鳴らす。

 誰も出なかった。

「お姉さん! お姉さん、居ますか?! 五分以内に返事ないなら、警察呼びますよ!」

 ドン、ドン、ドン! 部屋のドアを乱暴に叩き、いつかのお姉さんの真似をして警察の名前を出すも、誰も出なかった。

 夜中にこれだけ騒げばほかの住人達も顔を出すはずが、それもなく――。

 不審に思った立夏はいよいよ、ドアをぶち破ろうかと、ドアノブに手をかける。

 と。

「あれ、開いてる……」

 ドアはあっさり開き、そのまま部屋になだれ込んだ。

 部屋は真っ暗で、明かりはついていなかった。

 明かりをつけて、奥へと進む。

 そして。

「何だ、これ……」

 お姉さんの部屋は立夏と同じ造りであったが、そこには立夏の部屋にあったテレビやテーブルどころか、棚も何もなく、カーテンもつけられていなくて、何も無かったのである。

 まるで、夜逃げでもしたような物々しさがあった。

「何か手掛かりは……、あれ、写真が一枚落ちてる。これ……」

 何も無い床に、一枚の写真が落ちていた。

 それを拾って確認すれば、その写っている人物を見て驚き、息を飲んだ。

 写真には右にお姉さんというか、セーラー服を着ているので今より若い頃のお姉さんで、左に立夏もよく知っている男性と二人、仲良さそうに写っている。

 その男性というのは――。


「ロマニ・アーキマン……」

「――それね、日本であった冬木での聖杯戦争の後始末をするため、冬木に遠征に行ったときにロマニと二人で撮ったんだよ。まさかそれが彼と最後の写真になるとは思わなかったけれど」

「!」


 背後から声がした。

 お姉さんだった。

「日本であった冬木の聖杯戦争の後始末のために冬木に遠征って、お姉さんは一体……」

「私? 私は、表は、お弁当屋さんの店員、裏はしがない魔術師やってる。そういっても三流で、冬木の聖杯戦争に参加する力はなかったけれど」

「――」

 立夏は。

「あれ、私の正体知っても、驚かないんだ?」

「いや。お姉さん、オレの南極でのカルデアの話を聞いてもあっさり信じてくれたし、なんとなくそんな気がしてました。あなたは日本の魔術師で、更に日本であった聖杯戦争――、冬木の関係者だろうって」

 そう。立夏はお姉さんの正体は、魔術師で、更に日本の冬木であったと言われる聖杯戦争に関わっている人物だろうとは、予見していたのである。

「あら。それだけ分かって、藤丸君――、じゃない、カルデアのマスター君は何で、私の話に乗ってくれたの?」

「冬木の聖杯戦争があったの、確か、2004年、現在の2016年より随分と前ですよね。お姉さん、オレの目の前にちゃんと存在してるんですか?」

「それは、どうかな。マスター君の目の前に映っているのが私なら、存在してるんじゃない?」

「お姉さんて、オレの知っている限りでは、この世界――特異点の一部なんですよね。ここ、お姉さんが元なんですか?」

「どうかなー。どうなんだろ」

「お姉さん、この写真に写ってる男性がロマニ・アーキマンだとその名前知ってましたね。お姉さん、ロマニとどういう関係だったんですか? それからこの写真、お姉さん、可愛い制服着てますけど、コスプレってわけじゃないですよね」

「はは。コスプレじゃないよ。十年くらい前は、私も藤丸君と同じ女子高生やってたから。女子高生の私、今より細くて可愛いでしょ?」

「……」

 お姉さんは笑うも、立夏は笑えなかった。

 続ける。

「オレの知ってるロマニ・アーキマンは、南極のカルデアで医者やってました。それ以外では、オレの良い相談相手にもなってくれた人です。お姉さんが知ってるロマニも、オレのいうロマニと同じ人ですか?」

「そうだね。君のいうロマニと、私のロマニは同じ人だよ。私もロマニとは、カルデア繋がりで知り合ったから。そういっても私はカルデアの南極には行ける資格なくて、日本支部で彼が冬木の聖杯戦争の調査に来た時にそこで知り合ったってだけ」

「カルデアの日本支部って、日本にそんな場所ありましたっけ?」

「自称・日本支部ね。南極のカルデアは確かにイギリスの時計塔と繋がってるは繋がってるんだけど、そこを拠点に、世界各地で大小なり、魔術師協会ができててね。魔術師協会に属していれば日本でもカルデアの存在を知ってる人間はけっこう居るんだよ。
 藤丸君も冬木の聖杯戦争の話を知っているのであれば、そこで活躍した遠坂凛を当主とした、遠坂家の名前くらい聞いた事あるよね」

「はい。冬木の聖杯戦争、そこで日本では一流魔術師と言われる遠坂家が関わっているというのは、知っています」

「うん。三流の魔術師風情がそことは比べちゃいけないんだけど、私の家も遠坂家と同じよう、日本では、そこそこ名前の知られた魔術師の家系だった。冬木での聖杯戦争後、カルデアから来たという調査員が頼るくらいはね」

「そこで、カルデアのロマニと知り合ったんですか?」

「そう。彼、冬木に調査に来たのはいいけど、そこで怪我を負った人達を診てばかりで自分の事は疎かで、お腹空かせて行き倒れてた所を当時、女子高生だった私が拾って、それが縁で、数日の間、彼の世話してたの。で、その数日の間、ロマニといい関係になっちゃって」

 うへへ。お姉さんはその時を思い出したのか照れ臭そうに、髪をいじる。

 立夏は言う。

「でもロマニ、それから十年くらいかけてマリスピリー初代所長と一緒に南極でカルデアを構築するのに尽力したって話してましたけど……、お姉さんも一時的にロマニについて南極のカルデアに行ったりしたんですか?」

「いや。私、さっきも話したけど、そこまでの魔術師じゃないから。人間のスタッフでも世界各地から遠坂家以上の超一流の魔術師達が揃う南極のカルデアなんて行けるわけないし、個人でそこまで行ける財力もなかった。ロマニとは、日本で別れてそれっきりよ。外人と付き合うとそういう事もあるわ。よくある話ね」

「……、お姉さんはでも、最近まで――、2016年まではロマニと恋人関係は続いてたんですよね。オレが2015年、カルデアに行く前、避暑地の別荘で彼と過ごせるって話してたのが事実であれば」

「……」

 そうだ。

 お姉さんはこの夏、避暑地の別荘でその彼と過ごす予定を立てていた。この世界が特異点であれ、その事実は変わりないのではないか――。立夏は期待を込めた目で、お姉さんを見詰める。

 お姉さんは言う。

「そうね。ロマニと会って今まで10年くらい経つけどその間、スマホなくてケイタイだったけど、ケイタイや手紙で南極のカルデアに居るロマニとのやり取りは続いてた。スマホが登場すれば魔術師達の間でもそれが流行って、特別な処置を施せば、簡単に日本と南極間でも通じてたの。それから、彼が仕事で日本に立ち寄れる時は、忙しいのに時間作ってまで、私に会いに来てくれてた」

「良かった。それ聞いてほっとしました」

「何でそれで、ほっとしたの?」

「ロマニ、ああ見えて人間もサーヴァントも関係なく、女性には紳士的な態度だったんです。それだから、日本で別れたっていう、お姉さんも酷い扱いしてないだろうって思ってましたから」

「……」

 立夏は本当に、ロマニがお姉さんと酷い別れ方をしなくて良かったと、胸を撫でおろした。

 それから立夏は改めて、肝心な事を聞いた。

「お姉さんは、それでどうしてこんな特異点の中に居るんですか。お姉さんは現在のカルデアがどうなったのか知ってるんですか」

「……」

「お姉さん?」

「――私は、ロマニの最期を知らなかった、知らされなかった!」

「!」

 立夏はこの一言で、しまった、最悪な選択だったと思ったが、遅かった。

「私は日本でロマニの帰りを待ってたのに、カルデアの事業が成功して落ち着けば日本に戻って来られるかもしれないって約束したのに、それは叶わなかった!」

「お姉さん!」

「藤丸君はいいわね、一年以上、彼と一緒に居られたんだから!」

「お姉さん」

「私、実物のロマニとは数年以上は、会ってなかったの。会えない期間でもメールやスマホで連絡取れるから良かったけど、今から三年くらい前、自分とマリスビリー所長がカルデア内、無菌状態で手塩にかけて育ててきた女の子がようやく使えるみたいだ、その彼女担当になったって嬉しそうに報告あって以来、連絡途絶えた」

「あ……」

 それは。

「マリスビリー所長がカルデア内で無菌状態で熱心に育ててる女の子担当なんて、いやな予感しかしなかった。案の定だわ。彼もその女の子に夢中になったようで、私が日本から連絡入れても忙しいっていうばかり、あ、今、その子に呼ばれたからあとにしてくれないかって、私と話しをするのも億劫な風だった」

「……」

「カルデアで大事に育てられた女の子は別に罪ないわ。私も、ロマニと会わずに終われるなら、自然消滅できるならそれでいいって思ってたのに、毎年、南極から手紙が来るの、毎年、毎年、何かを思い出したように!」

「お姉さん……」

 諦めるなら諦められたのに、と、お姉さんは悲しそうに話した。

「その手紙もとうとう、一年前に途絶えちゃった。ある時、時計塔の魔術師協会が発行している新聞で、南極のカルデアにてマリスビリー所長と彼についているロマニ・アーキマン、大規模な事故に巻き込まれて行方不明、というサイアクな記事見つけちゃったの。慌ててイギリスの時計塔に問い合わせてみれば、事実確認中、南極まで時計塔で結成させた調査隊を向かわせるのを検討してるけどいつになるか分からないって」

「うわ。外の世界では、そんな事になってたのか」

 立夏は、自分が南極のカルデアに居る間の外の世界の事は、さっぱり様子が分からなかった。

「そういえば、イギリスの時計塔に居るはずのゴルドルフ所長がカルデアに来たのも最初は、南極のカルデアで何が起きているのか調査するためだったような……」

 時計塔に居るだけの貴族だったゴルドルフが最初にカルデアに来たのも、外の世界と遮断されたカルデアで何が起きているのか調査するためだったと聞いている。そしてゴルドルフはそこでマリスビリーの席が空いたのを知ってカルデアを買い取り、あわよくば自分がその席に座ろうとしていたというのも。

 それがキリシュタリアを中心とするクリプターと呼ばれる危険なチームを目覚めさせ、彼らの手で異星の神を呼ぶための、カルデアの反乱に繋がるとは、誰が思っただろうか――。