鉄とダイヤモンド(03)

「それではお姉さんは、オレがマスターとしてロマニと南極のカルデアで過ごしてたの、知ってたんですか」

「いえ。それは、分からなかった。私もまさか、同じアパートの藤丸君が南極のカルデアスタッフにスカウトされてそこまで行ってたなんて、当時は、夢にも思わなかった」

「そんな偶然、あるんですか」

「さあ。でも、私は、一年間だけでも藤丸君がロマニと生活していたと、この特異点で知って、羨ましかった。嫉妬すらした。私は十年もロマニを待ってたのに、藤丸君はあっさりそれ飛び越えた。多分、その負の感情が表に出始めて、マスターの藤丸君にもこの世界の裏が見えたんだと思う」

「……お姉さんは、オレがマスターとしてロマニを奪ったの、恨んでるんですか」

「知らない。でもこの特異点が出来たのは、その影響かもしれないのは理解してる。ある日、眠っていたら、声がしたの。目覚めよ、さすれば願いを叶える力を与えようって」

「それは……」

 ――白紙化された地球上、現在の人類はどうなっているのか分からないと、ダ・ヴィンチは困ったよう、立夏に話した。

『現在の人間達は異星の神の力で地下で冷凍睡眠で眠っているだけか、あるいは、地球とは違う、でも、地球と同じように造られた世界に飛ばされて何食わぬ顔で日常生活を送っているのか。こちらではどうなっているのか不明だが、観測上、まだ彼らの生存は確認されている』

『ええ。白紙化された地球を元の状態に戻し、更に、人類が元の世界に戻れるかどうかは、私達の手にかかってるってわけですよ。マスターさんはその中心人物、重大責任ですね』

 それに補足するように笑いながら話したのは、シオンである。

 その中で。

「ねえ、カレンダーとスマホの年、確認してみて」

「え? 現在、2016年ですね。オレがカルデアに滞在している間の年……、あれで、でも、今は確か2018年じゃあ……」
 
 おかしい話だった。

 立夏が白紙化された地球をさ迷っているのは2018年の話で、手元のスマホの日付は2016年の7月の終わりとあるではないか。
 それより、お姉さんと過ごした八月は、どうなった?

 お姉さんは、くすくす笑って話した。

「この世界、2016年の夏で止まってるんだよねー。8月が来れば、自動的に7月に巻き戻されるんだ」

「な――」

 立夏はそれが何を意味しているのか瞬時に悟り、青ざめる。

「お姉さんの願いって、まさか――」

「うん。この2016年代なら『彼』、まだ生きてるよねえ」

「ッ!」

 これは。

 これは一番願ってはいけないものだ。

 お姉さんは薄ら笑みを浮かべて、言う。

「藤丸君。悪いけど、私はこの世界で、この時が止まった世界で生きるわ。そこでいつか南極に行ければ彼に会えるかもしれない、そんな淡い期待を抱いたまま」

「そんなの、駄目だ、よくない! お姉さんは間違っている! この時が止まった世界では、お姉さんが南極のカルデアに行けるはずもないし、そこで彼と出会う事も――いや、今のお姉さんは、彼に会う資格ないです!」

「あら、あら。ずいぶんと、はっきり言うのね。飼い犬に手を噛まれるってこういう気分なのかな。藤丸君なら分かってくれると思ったんだけどなー。傷ついちゃった」

「お姉さん……」

 お姉さんは、隠し持っていたナイフを取り出す。

「私はこの時が止まった世界でのんびり過ごしたかったのに、藤丸君が現れた。何で? 君、何でこの世界に来たの?」

「それは……」

 ――呼ばれた気がした、から。

 助けて、と、呼ぶ声が聞こえた。

 立夏は言う。

「お姉さんは、誰かに助けてと願いませんでしたか。この時が止まった世界から抜け出したいと」

「……そんなの、願うはずないわ。私はあの人に会いたくて、この世界に留まっている」

「オレは、お姉さんの助けを求める声が聞こえて、それに応じるよう、この特異点に飛び込んだんです。今、それを思い出しました」

「……」

 立夏は、お姉さんと向き合う。

「お姉さん、オレの手を取ってください。そうすればお姉さんも、このおかしな世界から抜け出せると思います」

「……嘘」

「お姉さん」

「私、中途半端に魔術師だから分かるの。あなたの手を取れば、この世界は私ごと、消滅するって。そうだよね?」

「――」

 立夏はお姉さんのそれには、答えられなかった。

「私からすれば藤丸君、あなたは、邪魔な存在だわ。この世界を保つためには、あなたを排除する必要がある。私も魔術師の端くれ、このナイフに魔力を込めればそれなりの攻撃力――成人男性を屈するだけの力は与えられる」

 言ってお姉さんは、手持ちのナイフに魔力を込める。

 立夏は決心して、お姉さんと向き合う。

「お姉さん。オレは、サーヴァントを束ねるマスターとして、カルデアに従事してました」

「それが、どうしたの」

「幸い、オレの令呪はまだ機能している。お姉さんのそれは、サーヴァントで無効化可能だ」

 言って立夏は、お姉さんを前に令呪を掲げる。

「令呪を以て命じる――、我が契約に従え!」

 立夏はいつものよう、この世界に関係するサーヴァントを呼び出し、できれば、目の前のお姉さんもカルデアで保護したいと思ってその力を使う。

 しかし――。

「あれ? 何で発動しない?」

 立夏の令呪は発動せず、サーヴァントも現れなかった。

「それはそうでしょ。この世界、私の思うままだもの。私が聖杯に『魔力の無い世界にして』って望んだ世界だから、魔力は使えない」

「!」

 いつの間にか背後にお姉さんが立っていた。

 ぞくり、と、背筋に悪寒が走る。

 ぽうっと、お姉さんの胸あたりが光ったのが見えた。

 それが何であるのか、立夏も理解する。

「聖杯に、魔力の無い世界にしてくれと、願ったんですか」

 お姉さんは明るく、言った。

「そう。実は、この世界の聖杯、私が持ってたりして」

「お姉さん――」

 そして。

「魔力の無い世界だと、魔術師も、召喚師も、サーヴァントすら存在しない。平和な世界だったでしょ?」

「でも、おかしくないですか。魔力の無い世界を望んだのであれば、時々、お姉さんが魔力を使っていたのはどう説明するんですか。そのナイフにだって、魔力を込められないはずだ」

「あら。それ、気が付いてたんだ?」

「それは、嫌でも気が付きますよ。時間すっ飛ばしてデートの日になったのも、そこからあっさり帰って来たのもそれのうちでしょう」

「鋭いね、さすが藤丸君」

「お姉さん」

「種を明かせば、私の魔力だけは温存してあるの。完璧な魔力の無い世界というわけじゃない」

「えー。それ、ずるくないですか」

「はは。私、元の魔力のある世界では色々、肩身の狭い思いしてきたんだもの。これくらい、許されるでしょ」

「お姉さんはいったい……」

 いつから、いつから――。

「でももう限界だわ。聖杯は藤丸君が来てから、私よりも、彼の方を欲しがっている」

「……」

「聖杯は、魔力の強い人間側につく。それくらい、私も知ってる」

 お姉さんの聖杯がぼんやりと光る。

 その合図は、立夏もよく知っている。

「聖杯、私の願いを叶えて。もう時間ないの。私はどうなってもいい、私かあるいは藤丸君の魔力を依り代に、私の好きだったあの人を復活――きゃあっ!」

「駄目だ!」

 立夏は咄嗟にお姉さんに飛び掛かり、彼女を彼女の願いを途中で止めたのだった。

 聖杯の輝きも失われ、静まる。

「止めて、離して!」

「オレは、マスターの力はなくても、女の人を抑えられるだけの男の力を持ってます! お姉さん、その願いだけは叶えたら駄目だ、それはよくない願いだ! そんな歪な願いは、彼も望んじゃいない!」

 立夏はお姉さんともみ合いになる。

 お姉さんは今までにない感情を、立夏にぶつける。

「どうしてよ! それじゃあ何であの人の死を知って悲しむだけの私の前に聖杯が現れたの! 聖杯は、私の魔力ではこの世界を維持するだけが精いっぱいだったけど、マスターである藤丸君ほどの魔力があればその願いは叶うと言ってくれた! 私とそれから藤丸君を犠牲にできれば、あの人の復活も叶うって! 私はそれだからこの特異点の中でマスターの藤丸君によくしてあげたの、藤丸君にいい顔してたの!」

「それは聖杯の思惑だ、聖杯は誰かの願いを叶える代わりにその負の感情をため込み、使用者の破滅をもたらすものだ! だからオレ達は――カルデアは、その聖杯を回収し、それをサーヴァント維持のために使ってるんですよ! お姉さん、魔術師なのにそんな事も知らないんですか!」

「私は今まで――あの人と別れて数10年、あの人に何もしてあげられなかった! あの人のために働いている藤丸君を見て、羨ましかった!」

「お姉さん――」

「せめて、ただの魔術師の小さな願いくらい叶えさせてよ! 聖杯、私の願いを、私の想いを、数10年間あの人に捧げてきた私の時間を――」

 再び、お姉さんの聖杯が輝きを取り戻したかと思えば――。


「――先輩、避けてください!」

「!」


 声が。

 懐かしい声が聞こえた。

 立夏はアパートの屋根を突き破り、二階の部屋を貫き、一階まで降りてきた彼女の勇ましい姿を、この目で見た。

 彼女の大きな盾は、武器にもなる。

「きゃああっ!」

「お姉さん!」

 彼女――マシュは、容赦なく、お姉さんの聖杯を盾で壊し、お姉さんを床に叩きつけたのだった。

 立夏は寸前でマシュの攻撃を交わし、立ち上がる。

「先輩、ご無事ですか!」

「今まで連絡つかなかったのに、どうして、此処まで……」

 立夏はマシュと向き合い、その疑問を口にした――ところで。

『――それは、彼女が聖杯を使ってくれたおかげだ』

「ダ・ヴィンチちゃん……」

「先輩!」

 ダ・ヴィンチとの通信も復活し、立夏は画面越しに彼女の姿を見た途端に安心したようにその場に座り込んだ。その立夏をマシュが支える。

『今まで、彼女が自分以外、魔力を使えない世界に設定してくれたおかげで、マスターと連絡が途絶えてね。どうしようかと思った所、今日になって彼女が発動したと思われる聖杯の力を探知、ようやくマスターの居場所が分かった次第だ』

「そういう、わけ……。あ、オレの着てるのも、いつものカルデア制服に戻ってる」

 立夏はマシュに手を貸してもらいながらも立ち上がり、それから、夏の制服からカルデアの制服に戻っている事を知った。

 それから。

「お姉さん……」

「先輩」

 立夏は自分のそばでお姉さんが気を失って倒れているのを知って、彼女に近付く。

 お姉さんは――彼女は倒れたまま、動かなかった。

 ダ・ヴィンチは、それを何でもない風に話した。

『特異点そのものだった彼女はマシュで聖杯を失って、立つ気力さえない。そのまま、特異点と同時に消滅決定だ』

「……」

 立夏は。

『マスター、ほかのサーヴァントが使えない中、よく持ち堪えてくれた。マシュで、彼女の聖杯は回収できたよ。もうすぐこの歪な世界は、消滅する。急いでカルデアに帰還したまえよ。マシュであれば、引き上げ可能だ』

「先輩、早く此処から出ましょう」

「……」

 立夏は。

「ダ・ヴィンチちゃん、お願いがあるんだけど」

『何だい。私情で個人的、その場の感情だけのお願いは、応じられないが』

「分かってるのであれば、応じてくれてもいいじゃない」

『無理だ。マスター、マシュと一緒に退却を』

「……」

 立夏は。

 はぁ。ここでダ・ヴィンチの溜息が聞こえた。

『マシュ。マスターを抱えて、そこから急い脱出してくれるか。この世界は五分も持たない、逃げ遅れるとマスターも『それ』に飲み込まれる』

「それ? ……あ」

 立夏はここでようやく、気が付いた。

 辺りが黒い霧に覆われ始めているのを。立夏の居る部屋だけが無事で、辺りは全て黒い霧の中。

「先輩、空はまだ明るいです。空へ逃げますよ!」

 言ってマシュは、そこから中々動かない立夏を無理に抱えて、突き破った屋根から空へと、飛び立った。

 立夏はマシュに抱えられて空に飛び立ちその黒い霧から抜け出せたが、お姉さんは。

 彼女は、黒い霧に飲み込まれようとも抵抗しなかった。

 それから。

 お姉さんは動けない振りをしていたのか、それとも、本当に動けなくて今になって動けるようになったのか。急に立ち上がり、黒い霧に飲み込まれる寸前に空を見上げ、両手をあげて手を振っていた。

 空からそれを見下ろしていた立夏は。

「マシュ」

「はい、何ですか」

「助けたい人が、居るんだけど」

「はい。分かります」

「分かってくれるんだ?」

「先輩は私がそれを拒否しても、彼女を助けに行く気じゃないですか」

「やっぱバレてたか」

「バレバレです。で、どうやって彼女を助けに行くんですか。目の前、下にある街はもうすっかり黒い霧に飲まれてしまって、残るは彼女とその部屋の一部分だけです。此処から下に降りるにしても時間かかって、無理ですよ」

「実は、彼女に相応しいサーヴァント、一人、知ってるんだ」

「え?」

「此処で彼女の責任を果たすのに丁度いい人物で、彼の力ならお姉さんの黒い霧すら晴らせる。でも彼を呼ぶのにオレの令呪、三つぶんで足りるかどうか不安だけどね」

「先輩――」

 はは。立夏は笑うも、マシュは立夏が呼び出したいサーヴァントが何者であるか分かり、同時にそれを理解し、怪訝な顔になる。

 立夏はマシュの複雑な感情は分かっていたがそれを見ない振りをして黒い手袋を脱ぎ、令呪を掲げる。

「オレがそれで数日、使い物にならなくなったら、ダ・ヴィンチちゃんに叱られるだけじゃすまないな。オレはでも、ここでそれをしなくちゃオレがマスターになった意味がないと思う」

「……」

「マシュ、君は何も考えなくていい。これは、ただのオレのワガママに過ぎないからね」

「……」

 マシュは何も言わなかった。

 それで十分だと思った。

 そして立夏は決意を固め、令呪を発動する。

 最大の出力を放って。


「――令呪を以て命じる、我が契約に応じよ!」


 その願いは。

 思いは、階下の黒い霧を晴らすには十分な威力を持っていた――。