空と月の話(02)

 数日後。

「なあ、考え直す気はないか」
「私達の話は、あなたにとっても、良い話だと思いますけどね」

「うーん……」

 その日は、とてもよく晴れた日だった。

 澄み切った青い空は洗濯物日和で、グランサイファーの甲板には白いシーツと衣服が何枚も干されてあった。

 その洗濯物の下に置いたテーブル席にて出されたケーキを遠慮なく頬張るのは秩序の騎空団の艇長代理補佐のモニカ、そして、艇長のリーシャである。

「これはだけじゃなく、イルザの組織にとっても、悪くない話だと思うがね」
「ええ。あなたも、イルザさんの組織のため、スキルアップするには、良い話だと思いますよぉ?」

「うーん、うーん」

 モニカは強い姿勢で攻め、リーシャも彼女を追うように畳みかけ、二人の誘いを聞いて同じ席で腕を組んで考えるは、だった。

「秩序の騎空団の艇長代理補佐であるこの私、モニカ、そして、艇長のリーシャが直々に、を仲間に誘ってるんだ。それでも迷うか?」
「そうですよぉ。秩序の騎空団の艇長代理補佐のモニカさんだけではなく、艇長の私もさんが欲しいって直談判してるんですよ。さんは、これでも揺らぎませんか?」

「……」

 モニカは胸を張り、リーシャも腰に手をあて、いまだに迷いを見せるに詰め寄る。

 そう。モニカとリーシャは、を秩序の騎空団の仲間に引き入れるため、グランサイファーにやってきていたのだった。

「だけど、いつもの団長さんの留守番の間の預かり先にというわけではなくて、本格的に半年以上もの間、グランサイファーから秩序の騎空団の仲間に入って欲しいと言われると……」

「いつもの預かりだと最大一週間までしかを使えないじゃないか。私達は、一週間と言わず、最低でも半年以上はうちに滞在してもらって、その実力を試したいと思ってるんだよ」
「はい。一週間でさんの実力を判断しろというのは、うちでは――秩序の騎空団では、できません、不可能です。モニカさんはまだしも、うちに居るほかの兵士達は、それだけでは納得してくれないでしょうからね」

 が渋っているのは、秩序の騎空団の仲間になるのにいつもの団長のグランの留守の間の預かり先候補ならまだいいが、モニカとリーシャはそうではなく、半年以上、本格的に秩序の騎空団に滞在して欲しいと誘っている件だった。

が半年の研修期間でうちの実力テストをクリアして私以外のほかの兵士達の信頼も得られれば、うちだけではなく、イルザの組織での評価も変わってくるかもしれんぞ」
「そうですよぉ。さんがうちで活躍できれば、イルザさんの組織での評価も上がるかもですよ。さんの隠れた才能――洞察力を伸ばすのに、グランサイファーよりは、うちの秩序の騎空団の方がうってつけだと思いますけど」

「うーん……」

 はモニカとリーシャに秩序の騎空団で自分の才能を伸ばしていけば、イルザの組織の評価も自然と上がっていくと言われれば、考えてしまう。

 更に。

「そうそう、ユーステスさんについてですけど、彼が自分の仕事から家に帰る時、うちに居るさんを迎えに行けば良いだけです。ユーステスさんはグランサイファーから秩序の騎空団へと、さんを拾ってくる場所が変わるだけで、秩序の騎空団に居る間にさんが彼と離れ離れになるなんて事はありませんからね」
「そうだな。そこは、グランサイファーと変わりない。が秩序の騎空団に居る間、ユーステスと会えないという事は決してないと保証する」

「むむ……」

 ユーステスについてはが秩序の騎空団に滞在中であってもいつも通りと言われてしまえば、の中でグランサイファーか秩序の騎空団か、天秤の重さがグラグラと揺らいでいる。

 秩序の騎空団のモニカ、リーシャ、の三人が集うテーブルから少し離れた場所で三人の様子をハラハラして見守るのは、いつもの面々――団長のグラン、ビィ、ルリア、イオ、カタリナの五人である。

「グラン、は秩序の騎空団に行ってもユーステスさんと変わりなく過ごせると言われたら私達の団から離れて、リーシャさんとモニカさん達の誘い、受けるんでしょうか……」
「さあ、こればかりは次第としか……」

 ルリアは、今回ばかりはなんとしてもを獲得するという思いが強いモニカ達の勢いを見てグランに心配そうにたずねるも、グランは次第であるという姿勢は崩していなかった。

 イオはテーブルに肘をつき、呆れた様子で言った。

「秩序の騎空団のモニカとリーシャって、に何度断られようが、を誘うの諦めないわよね」

「そうだな。ほかの団員達は預かり先でを気に入ってを自分の仲間に誘うもに断られたらあっさり引き下がってるが、秩序の騎空団のモニカとリーシャの二人は違ったからな。なあ姐さん、秩序の騎空団だと、武器も魔法も使えないの使い道、あるんかな?」

「さあ。私もビィ君に聞かれてもモニカ達がどうして武器も魔法も扱えないに執着するのは分からんが、今回はを誘うのに自信ありげだったからな。今まではもモニカ達に強引に誘われても即答で断ってきたが、今回は粘られて困っているしな。さて、今回はどうなるか……」

 イオにうなずくのはビィで、カタリナはビィに問われるもモニカとリーシャがどうして武器も魔法も扱えないを欲しがるのかその意味が分からなかったが、今回は自信ありげにやってきたモニカに注目する。

「ここまで頑固だと、奥の手を使うしかないか……」
「モ、モニカさん、まさか、あの手を使うんですか?」

「奥の手って、何ですか?」

 モニカは帽子をかぶり直し決心したような面持ちで、そのモニカを見たリーシャは口に手をあて、おののき、二人の様子を怪訝そうに見るのはである。

 そしてモニカはに向けて、ある一枚の書類を差し出したのだった。

「フフ、これを見たまえ」
「こ、これは!」

 書類には、にとってとても馴染みのある人物のサインが記されてあった。

 モニカは自信たっぷりに言う。

、この書類にあるのは、お前の組織のイルザ、それだけではなく、組織のトップのローナンのサインだ」

「た、確かにこの書類にあるのは、イルザさん、それから、ローナンさんの本物のサインで間違いないです」

「書類――契約書の内容は、組織のイルザ、ローナンの両名は、我々、秩序の騎空団が半年以上、を使うのに了解した、と、ある。その内容の確認を」

「はい、この契約書には組織のイルザさん、ローナンさんの両名は、秩序の騎空団が組織の一員である私を使うのには了解した、と、その通りの内容が書かれてありますね……」

 の方でも、モニカが持ってきた書類にあったのはイルザとローナンの本物のサインで間違いないものと、イルザとローナンの両名は秩序の騎空団が自分を使うのには了解したとその内容の確認が取れた。

「それを理解したというなら、この契約書にリーシャの秩序の騎空団に入って活動するのに了解したと、イルザとローナンの下にのサインを加えて欲しいんだが」
「さあ、さあ」

「……」

 モニカとリーシャは、イルザとローナンのサインを見て揺らぐに迫る。

 はここで、書類とモニカを見比べ、彼女に聞いた。

「て、モニカさん達はイルザさん、それから、ローナンさんにも私を半年以上もの間、秩序の騎空団にやってもいいって了解取ってきたんですか?」

「うむ。リーシャはそうでもないが、私は組織のイルザと友人関係にあるからな、イルザ経由でユーステスの後見人のローナンの扱いも知ってるんだよ。それでイルザもローナンも、リーシャと私の秩序の騎空団がを半年以上、仲間に引き入れるには別に構わないと、あっさりと了解してくれたよ」

「そんな……。ローナンさんはともかく、イルザさんは私を組織に引き止めてくれると思ったのに。あれ、でもこのサインの下……」

 は最初は、ローナンは何も力を持たない自分に素っ気無いのが分かるが、イルザまでモニカの誘いを受けるとは思わず泣きたくなったが、ある一文に気が付いて冷静さを取り戻した。

 その間。

「おいおい、モニカ達はを獲得するのにイルザだけじゃなくローナンも引っ張り出してきたのか。確かにイルザと友人関係であるモニカであれば、ローナンからサインをもらってくるのはわけないと思うけど……」
「うへ。こりゃ、さすがにヤバイかもしんねえぞ」

「えー。、半年以上、グランサイファーから秩序の騎空団に行っちゃうの? そんなの、イルザ達が許可しても、あたしが許さないわよ!」

 モニカのこの奥の手は、さすがのも引いて、グラン、ビィ、イオの間でも衝撃が走る。

「はわわ、このままでは、本当に秩序の騎空団に行ってしまいます! カタリナ、カタリナの力でモニカさん達をどうにか止められませんか!」
「私でも秩序の騎空団のリーシャだけならまだなんとかなるが、モニカまで相手にするにはさすがに骨が折れる――待て、の様子を見るにイルザとローナンの名前出されても、あまり動じてないぞ。どういうわけだ?」

「え?」

 あわわ。ルリアは、イルザとローナンでモニカ達にを取られそうになるのを心配するあまり、カタリナにどうにかして彼女達の暴走を止められないかと頼み込むも、の方はモニカにイルザとローナンの名前を出されても冷静だった。

 モニカは、イルザとローナンのサインを見ても冷静なの様子を見て「さすがにこの手だけじゃ動かんか」と、むしろ、面白そうに彼女を見詰めている。

 それからモニカは席を立ち、勢いをつけてリーシャに指示を出す。

「ええい、ここまでくれば最後の奥の手、リーシャ、あれを見せろ!」
「はい、これどうぞ!」

「こ、これは!」

 スッと。リーシャはモニカの指示で、更にある書類を差し出した。それは一枚の地図――空図だった。しかも、それはただの空図ではなく。

「今なら、我々の団――秩序の騎空団が公式で使ってる危険地帯を記した完成された空図を差し上げますよ。これがあれば、ユーステスさんの役にも立ちますよ!」

「秩序の騎空団が公式で使っている、危険地帯を記した完成された空図……。むむ、それは確かにユーステスの役に立つし、魅力的ですね……」

 お。今まで動かなかった山がわずかに動いたか。モニカとリーシャは顔を見合わせ、うなずきあった後に身を乗り出し、更にあるアイテムをの前に差し出す。

「更に、更に! 今まで私達がやりあってきた星晶獣のデータもおまけにつけるぜ! どうよ!」
「さすがにこの団の団長さんとルリアさんには敵いませんが、我々の星晶獣のデータもあなたの組織にとっては――ユーステスさんの力になりたいあなたにとって魅力的ではないですか?」

「ぐ、ぐぐ――」

 からしてみれば、イルザとローナンより、ユーステスの名前の方が威力はあったがしかし――。

「――今回も全力でお断りします! ごめんなさい!」

!」
「それでこそよね!」

 わあっ。のはっきりとした誘いの断りの声を聞いたルリアとイオは、グランとカタリナの静止も聞かずに飛び出し、秩序の騎空団の誘いに乗らなかったに抱き着く。

「なんだよくそー、今回はイルザだけじゃなくてローナンも使えたから、これでいけると思ったのに」
さん相手だと中々、思うようにいかないですねえ」

 がくり。に誘いを断られたモニカは椅子に深くもたれかかり、リーシャはこの結果が分かっていたように落ち着いた様子で紅茶を一口。

 と。

「僕も皆も、イルザとローナンの名前を出された時、はモニカ達の誘いにとうとう乗るんじゃないかって冷や冷やしたけど」
「団長さん」

 団長のグランはビィとカタリナを連れて、達の前まで来た。

 グランは事の真相をに聞かずにはいられなかった。

「その契約書にあるサイン、本当にイルザとローナンのものだったのかい?」
「はい。モニカさんが持ってた契約書にあるのは、イルザさんとローナンさんの本物のサインで間違いありません。私、技術部で二人のサインを確認した事があるので、本物だと分かります」
「それでどうしてはモニカ達の誘い、断れたんだ?」
「これ。イルザさんとローナンさんのサインの下、見てください。その下によく見ないと分からないくらいの小さい字で、私を使える条件が提示されてあったんですよ」

 は、くすくす笑いながらグランにその箇所を示した。

 グランもに示された先に小さな字で何か文が書かれてあるのを確認できた。

「あ、本当だ。二人のサインの下に、よく見ないと分からないくらいの小さい字で何か書いてあるな……。あー、この条件じゃ確かにが秩序の騎空団に行く必要ないし、イルザとローナンもこの手であればを引き止められると思ったんだろうな」

 小さい字で書かれてあった文章の内容を読んだグランは、その内容に苦笑するしかなく。

「ねえ、そこに小さい字でなんて書いてあるの? 団長、あたし達にも教えてよ」
「はい。グラン、私達にもその契約書の内容、教えてください」

 からモニカの書類を受け取ったグランはイオとルリアに言われ、サインの下の小さな文章を皆に聞こえるよう、声に出して読んだ。

「――私とイルザのサインを使い、それで秩序の騎空団がうちの組織の一員であるを半年以上の長い期間使うのはいいが、本人の意志だけではなく、彼女の指導者であるユーステスの了解も取ってくるように。因みにユーステスの了解を取るには彼の意見はもちろんだが、我々組織の兵士達の過半数以上の了解を取ってくる必要がある。その両方が揃ったうえであるなら、秩序の騎空団がうちの組織の一員であるを自由に使っていい。以上、だってさ」

「なんだ。結局、イルザの姉ちゃん、を秩序の騎空団に入れる気なかったのかよ」
「しかも、モニカ達がユーステスを使える条件をつけたのはイルザではなく、ローナンの仕業だろ。イルザだけではなくローナンも、なんだかんだ、を手放したくないと思ってくれていたのか」

 グランからを使う条件を聞いたビィはイルザのやり方に呆れた風で、カタリナはローナンのやり方に感心を寄せる。

「全く。私達でもイルザとローナンはまだなんとかなるが、あの気難しいユーステスとイルザについてる兵士達の了解までとくれば、私達も面倒な仕事であるのは、ローナンの奴、見抜いてたんだよな。ローナンにサインをもらう代わりにこの条件付けられた時、してやられたと思ったわ」
「それだけじゃなくて、さんもよくサインの下にある条件、気が付きましたね。イルザさんだけじゃなくてローナンさんのサインで動揺して、私達の団に入るサインをしてくれると思ったんですけど」

 モニカとリーシャは、イルザだけではなくローナンのサインはにとって絶大な効力があると思い、そこだけ全面に出してに提示したのである。小さな字で書かれた条件は、は見過ごすと思っていた。

 それが。

 は笑いながら、そのネタをモニカとリーシャに打ち明ける。

「私、組織でどんな書類でも隅から隅まで読み込んで漏れた条件が無いかそれの確認取るようにって、それこそ、指導者のユーステスから指導受けてたんですよ。多分、私にそれを指導してくれたのはユーステスも若い頃に、これと同じよう、小さい字で書かれた条件があったのを気が付かずにそれで失敗した苦い経験があるからでしょう」

 は組織では技術部だけではなく、ユーステスを指導者としてそれなりの教育を受けて過ごす事もあった。

 ユーステスの指導は組織や騎空団での過ごし方や星晶獣の接し方だけではなく、書類の書き方、書類の確認方法、お金の計算のやり方など、事務的に役立つ事が多い。

 中でも。

 ――信用できる相手でも契約を結ぶ時は、書類の確認を怠るなよ。
 中には紙の端切れやよく見ないと分からない部分に条件が提示されてあって、それに気が付かず、こちらの不利な内容で契約してしまい、その契約が成立していればそれに関して後で文句も言えず、泣き寝入りするしかなくなるからな。口約束の場合でも、その条件をサイン付きの書類を作って記録して、念入りに保管しておけ。いいな。

 ユーステスはそれを強い調子で口酸っぱく話していたのを、思い出す。ユーステスはその時に何があったか多くは語らないが、苦虫をつぶしたような顔を見れば、彼も若い頃に書類の契約や口約束で失敗した経験があるのかと、は察したのである。

「なるほど。私もイルザからユーステスはの指導者であるとは聞いていたが、あいつ、指導者としてを本当に教育してたのか。私はそれ、イルザがを思って作った架空の話で、ユーステスもを指導せずにほったらかしにしてると思ってたわ」
「はい。ユーステスさんが本当にさんを思ってちゃんと指導者として教育してたとは、私も驚きです。私達、そこは盲点でしたね」

 はぁー。ここでからユーステスから指導者として教育を受けていると知ったモニカとリーシャは、本当にユーステスがを教育をしているとは思わなかったようで、彼のやり方に感心を寄せる。

 イオはそれから、どこにも行かなかったと腕を組み、上目遣いで彼女に聞いた。

「ねえ、はさっき、イルザとローナンのサイン以外でも、モニカから秩序の騎空団で扱ってる完成された空図とか、星晶獣のデータとか見せられた時、それがユーステスのためになるの、あたしでも分かったから、もちょっとは危なかったんじゃないの?」
「そうだね。私もモニカさんが見せてきた秩序の騎空団の公式の完成された空図はさすがに揺らいだし、星晶獣のデータも魅力的に思ったよ。でもね」

「でも?」

「でも、うちの組織も、グランサイファーも、秩序の騎空団に負けてないよね、と、思っちゃったら、そこに行く必要無いと思ったんだよね。空図も完成されたものよりはグランサイファーの協力もあって組織の技術部で自分達の力でコツコツ埋めていってる方が面白いし、星晶獣のデータでもやっぱり団長さんとルリアちゃん達には誰にも敵わないと思ってそれで」

……」

 のその話を聞いてイオだけではなく、団長のグラン、ビィ、ルリアの三人も感動して泣きそうになった。

 その間、カタリナは、テーブルでくつろいでいるモニカとリーシャに聞きたかった話を聞いた。

「なあ、モニカとリーシャは、何で武器も魔法も扱えない力を持たないを執拗に狙ってるんだ? リーシャの秩序の騎空団といえば、モニカを中心に力をつけた兵士達が多く揃っていて、その活動も全空に知られている。今では秩序の騎空団は、この空域で頼られる存在だ。その中で君達は、力を持たないを使える場面があるのか?」

「ああ、それな。うちの秩序の騎空団は、カタリナの言うよう確かに、私を中心に、力をつけた兵士達が多く揃っているし、その活動も全空に知れ渡っているまでに成長した。それこそ、この団はもとより、イルザとローナンの組織の兵士達に負けないくらいな。力をつけた兵士に関しては、今のところ、特に補充する気はない」
「それでうちがさんを使いたいのは、何も、戦う力だけが正義ではないって話ですよ」

「何も戦う力が正義じゃない――、ああ、そういうわけ、ね」

 カタリナはモニカとリーシャの今の説明だけで、二人がどうして力を持たないを使いたいのか理解し、納得した様子だった。

「あの、カタリナ、今のお話で何が分かったんですか? カタリナがリーシャさんとモニカさん達がを欲しがる理由が分かるなら、私達にも分かるよう、教えてください」

「そうだな。リーシャとモニカが力を持たないを欲しがるのは、力目当てではなくて、彼女の人間関係に関す洞察力目当てだ」
の人間関係に関する洞察力目当て、ですか?」

 ルリアは最初、カタリナに説明されるもその意味が分からなかったけれど。

 リーシャは溜息を一つ吐いた後、ルリアだけではなく、グランとビィ、イオに向けて、どうして自分達がここまでしてが欲しいのか、それの説明する。

「私達、秩序の騎空団は、その名前の通り、全空の秩序を保つ事を目的として結成されています。どこかで悪い人間が悪さをしていると通報があれば飛んでいき、どんな種族でも――それがたとえ星晶獣であろうが天司であろうが、構わず取り締まるのが我々の仕事です。そして、そこでは何も戦う力だけが正義ではないのです。
 そうですね、分かりやすい話をすれば以前に、さんが詐欺集団の騎空団に騙された事がありましたよね。団長さん、その話、覚えてますか?」

「そうだ。がユーステスの紹介でうちの団に来た当初だったか、僕達に遠慮してたのか、僕達に内緒でユーステスのためになると思って、僕達とは別のある騎空団に星晶獣が巣食うルーマシー群島までついてきて欲しいという依頼を出してたんだよな。でも、実際にその騎空団は約束の日になってもの前に現れず、の全財産を奪って逃げていったんだ。だけじゃなくて彼らに騙されてた人間が何人か居て、彼らはのような騎空団の依頼料の相場を知らない素人相手に詐欺を働いてた詐欺集団だった」

「そうそう。当時、騎空団の依頼料の相場を知らなかったがそいつらに騙されて全財産奪われたと知ったグランは憤り、オイラとルリア達を引き連れてその詐欺やってた騎空団をやっつけて、そいつらに奪われていたのお金、全部取り返せたんだよな。それで、後から聞いた話だがその詐欺集団の討伐作戦にリーシャとモニカの秩序の騎空団も関わっていたが、でグランがそれに関わらなければそいつらの討伐作戦に苦戦してたんだったか」

 リーシャの話でグランとビィはが詐欺集団の騎空団に引っ掛かり、そして、自分達でその詐欺集団を討伐して彼女の奪われていたお金を取り返した事があったのを思い出した。

 リーシャの秩序の騎空団も詐欺を働く騎空団の討伐作戦に参加していたが、がその詐欺集団に騙されてグラン達を呼ぶまで、中々主犯格を捕まえられなかった。

 それというのも。

「ええ。情けない話ですが私達は、ビィさんの言う通りで、その当時、詐欺集団の騎空団の討伐作戦に苦戦していたんです。それというのも、その詐欺集団の騎空団、コロコロとリーダーやメンバーを変えて誰が主犯か分からなくしていて、通報があっても、被害者も彼らの中で誰がどんな役割をやってたのか分からなくしていて、私達がそれ捜査する前にあっさり逃げられてたんです。そんな時に現れたのが、彼らに騙されたさんでした。さんで今までそれに無関係だったグランサイファーの団長さん、呼べたんです。それから解決するのに一時間もかかりませんでしたねえ。あの時は本当、さんの存在に感謝、ですよ」

「ああ。しかもそれを解決したのは団長達ではなく、の手柄が大きいというのは、私もリーシャも分かっている。は戦う力がなかったせいか、あいつらの中で誰が主犯格か、騙されていた間のわずかなやり取りでそれ見抜いてたんだよな。力を持たないまでものその洞察力の高さは、私達も驚いたよ。
 団長達は、に主犯格を言い当てられてもそれを認めず、ごねていた詐欺集団の連中を圧倒的な力の差を見せつけてもらった次第だ。
 後で分かったがそのが私達とも親しくしているイルザの組織の人間というだけでも驚いたのに、あのユーステスの女で、更にはグランサイファーの団員にもなっていると分かった時は、腰が抜けるほどだった。いや、色々懐かしいな本当」

 ははは。リーシャは詐欺集団の騎空団を捕まえられたのは誰が主犯格を見抜いていたのおかげであると理解していて、モニカもその時を懐かしく思い出して笑うしかない。

 リーシャは言う。

「この話で分かる通りに私とモニカさんがさんを欲しがっているのは、さんのその鋭い洞察力目当てです。さんは戦いはモニカさんや、ほかの兵士達に任せて、我々をあざむいて逃げていく犯人を見つけてもらう捜査員をやって欲しかったんですよ。さん、今からでも遅くありません、うちで捜査員、やってみる気ないですか?」

「うちの兵士達は実力はあるが、考え無しというか、すぐに犯人に突っ走っていくとこがあって、そこが長所でもあり、欠点でもあるんだよな。リーシャがそれの筆頭であるといえば、分かるか。それのせいで犯人ではない人間を犯人扱いしてしまって、後で面倒な話になる事が何度かあってな。そういう時、の周囲の人間関係を観察する力、そして、鋭い洞察力があれば良いなと思ってたんだ。うちの捜査員としてであるならのその洞察力を発揮できるし、その隠れた才能を伸ばすにはグランサイファーよりは、うちがうってつけだと思う」

 リーシャとモニカの話を聞いては。

「なるほど、なるほど。犯人をあぶりだす捜査員として、私を使いたいんですか。そういう話なら、受けても良いですよ」

「え、本当ですか?」

「いや、秩序の騎空団に誘われるも、今までどんな場面で私を使いたいのかそれ分からなかったから、話に応じなかっただけです。今みたいに私の使い道を教えてくれたのであれば、秩序の騎空団に入るのを考えても良いですよ。ただ……」

「マジか。それなら、この契約書にサインを……」
「お願いします!」

 思ってもみないの回答にモニカも身を乗り出してさきほどのイルザとローナンのサインがある書類を差し出し、リーシャも手をあわせて懇願する。

 と。

、それに納得しても、あたしの許可なく秩序の騎空団に行っちゃ駄目だからね!」
「駄目ですよ、そんなの!」

 がしっと。イオとルリアの二人はを手放さないと、彼女の両腕にしがみつく。

 そうでもは、冷静だった。

 はルリアとイオにしがみつかまれたまま、モニカとリーシャに向けて呆れた調子で言った。

「いやだから、モニカさんとリーシャさん、最後まで私の話を聞いてくださいよ」

「え?」
「何です?」

 に言われてモニカとリーシャの動きも止まる。

 は挑戦的な目で、リーシャに挑む。

「私は、ユーステスの仕事の間で、更にはグランサイファーの団長さん達が留守の間だけなら、それに応じても良いっていう考えは前と変わりありません。ええ、今まで通り、私の預かり先としてなら、リーシャさんの秩序の騎空団の仲間に入って良いですよ」

「いや、犯罪者は、さんの都合でさんが来てくれるのを悠長に待ってはくれませんよ。おまけに私達の仲間に入るには、最低でも半年以上は必要です。それだから、私達は必死になって、あなたを秩序の騎空団の仲間に入って欲しいと、今まで誘ってるんですが?」

 リーシャも負けず、に応戦する。

 しかし。

「それなら、この話は全て、無かった事にしてください。それ以上は、私はどこにも行く気ありませんので、そのつもりで」

「でも――」
「リーシャ、それ以上は止めとけ。交渉術では、お前より、の方が一枚上だってのは誰でも分かるし、何より――」

 モニカは後ろを振り返り、風でなびいている洗濯物のシーツに向けて言い放つ。

「――何より、大将がおでましじゃ、これ以上の勧誘は無理だ」
「え?」

 大将? モニカの視線に応じて背後の柱に視線を移すのはリーシャ、そして、である。


「ユーステス!」

 ゆらり、と。シーツを避けて現れるは、ユーステス本人だった。

 ユーステスを見ては嬉しそうに席を離れ、周囲の視線も気にせず、彼に飛びつく。この時ばかりはイオとルリアもを解放し、彼女を自由にする。

 はユーステスを捕まえると、彼を不思議そうに見上げて聞いた。

「あれ、今日はまだ仕事の最中で、私を団まで迎えに来る予定は、なかったよね? どうしたの?」
「ああ。俺はまだ仕事が残っているし、この夜も仕事に出かける予定はある」
「えー、そうなの? それで何で此処まで来てくれたの?」
「それは……、この団で気になる所があってな」
「この団で気になる所? 何?」

 ユーステスはあくまでも冷静にに応じるも、の方はどうして仕事中であってもユーステスが団まで来てくれたのか分からず不思議だった。

 ユーステスはと向き合うと、それの確認を取る。

、お前、秩序の騎空団の勧誘、正式に断ったのか」
「うん、ちゃんと断ったよ」
「それは、自分の意志か? お前、モニカの持ってる契約書にイルザとローナンのサインがあるせいで、秩序の騎空団の誘いに乗るかもしれないと思ったんだが」
「そうだね。最初はイルザさんとローナンさんのサインで秩序の騎空団に傾いたけど、でも、私はやっぱりこのグランサイファーの方があってると思ったから、ちゃんとその誘いは断ったよ」
「そうか……、それなら、イルザとローナンのサインを前によく断ったなと思う」
「えへへ」

 はユーステスの前ではっきりと言い切り、そのの頭を優しく撫でるのはユーステスで、ユーステスに撫でられたは誰が見ても嬉しそうだった。

 こほん。ここで咳払いを一つして、ユーステスとの無自覚イチャイチャの間に入るのは、グランの役目だった。

「ユーステスが仕事の最中でも此処に来たのは、イルザというより、リーシャ達が持ってるローナンのサインが気になったんじゃないかな?」
「え、ユーステスはそこが気になったんですか?」

 の疑問に答えるのはユーステスではなく、団長のグランだった。はしかし、グランに言われてもピンとこず、首をかしげるばかりである。

 グランはユーステスと向き合い、彼に問いただす。

「ユーステスは、組織内で秩序の騎空団のリーシャ達がを獲得するのにイルザだけじゃなく、ローナンの説得に成功した話をどこからか聞きつけて、それで仕事中であっても、うちまで来たんだろ?」
「……そうだな、それは否定せん。秩序の騎空団の連中がを獲得するのにイルザだけならまだいいが、ローナンまで説得してきたと聞けば、話が違ってくる。それの確認を取るため、仕事のついでに此処まで来たわけだ」

 言ってユーステスはグランから、静かにモニカとリーシャの座るテーブルまで移動し、その上に置かれているイルザとローナンのサインがある契約書を確認する。

 その間にイオは、ルリアとカタリナに向けてユーステスには聞こえないよう、小声で耳打ちする。

「ねえねえ、ユーステスってさ、仕事のついでにイルザとローナンのサインの確認に来たって言ってるけど実は、がイルザとローナンのサインでうちから秩序の騎空団に行っちゃうかどうか心配で仕事が手につかなくて、それで仕事中でもうちまで様子見に来たんじゃないのぉ?」

「うふふ、どうやら、そうみたいですねー」
「うむ。イオの言う事が正解のようだな」

 イオのひそひそ話にルリアはくすくす笑い、カタリナもそれには納得したよう、うなずいている。

「確かに、この契約書にあるのはイルザとローナンの本物のサインで間違いない」

 書類にあるのはイルザとローナンの本物のサインであると確認を取れたユーステスは、怪訝な顔でモニカとリーシャを見下ろす。

「お前ら、イルザはともかく、どうやってローナンの本物のサインまで使えたんだ? あいつ、団長のように自分の実力以上を示すか、よほどの見返りがない限りは、いくら秩序の騎空団であっても、組織以外の連中に自分のサインなぞ、貸してくれんぞ」

「ああ、それはですね、この団のさんに関する調査報告で――」
「――おいリーシャ、それ、私達とローナンの間だけの密約だっただろ!」

「あ」

 リーシャはモニカに言われてしまったと口を押えるが、遅かった。

「は? この団でのに関する調査報告? 俺はそんな話、あいつから聞いていないぞ。どういうわけだ?」
「ええ? この団で私に関する調査報告って何ですかそれ、私もそんなの初耳ですよ!」

 ユーステスだけではなく、もたまらずリーシャとモニカに詰め寄る。

 と、ここで、グランはある事を思い出した。

「そういえば、数日前だったか、に関する話を聞いて回ってる不審な団員が居るからそれについて気を付けた方が良いかもとは、の友人のメーテラ達やエッセルから何件か報告があったな。もしかしてそれ、リーシャとモニカの仕業だったのか?」

「えー。リーシャさんとモニカさん、この団で私に関する報告って、ここの団員から――メーテラ達やエッセルから私についてどんな話を聞いてきたんですか。それ、イルザさんだけじゃなくてローナンさんにもその報告がいってるなら、めちゃくちゃ恥ずかしいかも!」

「おい、お前ら、俺とに包み隠さずそのに関する報告書について話せ。それ拒否するなら、お前達でも構わずフラメクをぶっ放すぞ。普段はフラメクの使用に制限かかってるが、この団の艇内でお前達相手なら問題無いよな?」

 うわー。グランのその話を聞いてイルザだけではなくローナンにも団での自分の話がいってると分かって顔を赤くして頭を抱えるのはで、そのを思ってかリーシャとモニカに容赦なくフラメクの銃口を向けるのはユーステスだった。

「モニカさん~」
「はあ、こうなったら仕方ない。分かった、私とリーシャがローナンのサインを使うために彼にどういう報告書をあげたか、お前達に話すよ」

 さすがにフラメクを向けられたら適わない。リーシャに泣きつかれたモニカは観念したよう、とユーステスに向けてローナンにどういう報告書をあげたのか、打ち明ける覚悟を決めたのだった。