春の嵐が過ぎた後、空に花咲く(03)

 その後の話の続き。

 はその日のうちにゼタからベアトリクスを紹介され、ベアトリクスはゼタから「はユーステスを狙ってて、それでどうにかしてうちらの組織に入りたいんだってさ」と教えれば、「へえ、あいつの事、マジで狙ってんの?」と、最初は驚いた様子で、「あいつは気難しいから止めた方が良いと思うけど」と、ゼタとは違う意味でとユーステスとの付き合いを反対していた。
 ベアトリクスはしかし、ゼタだけではなくての「どんな手を使ってでもユーステスさんと付き合いたいです、協力してください」という話を聞いたうえで「アンタのユーステスに対するそれは一時的なものじゃなくて本物のようだし、ゼタがアンタに納得して協力したいっていうなら、私もゼタと同じようにアンタに協力してあげるよ。よろしく!」と、最後は笑顔でと握手をかわしていた。

 ゼタとベアトリクスの協力の効果があったせいかどうか。一日が過ぎた頃にはのその話は組織内であっという間に広まって、更にはイルザだけではなくて、ほかの幹部達――ローナンやハイゼンベルクの耳にも入っていた。

 は試験の日まで組織の施設内にある部屋を与えられ、そこで寝泊まりするようになった。

 試験を受ける気になったはいいが、何から手をつけて良いか分からない。そんなにゼタは、イルザから借りて来たという参考書を彼女の前まで持ってきた。何冊かの分厚い参考書は、紙袋いっぱいに詰められてあった。

 ゼタは言う。

「イルザさんによればこれを勉強すれば一応、事務員として雇ってもらえるようになるかもしれないってさ」
「うへ、これだけの量やるの?」

 は最初は分厚い参考書とその量を見て挫けそうになったけれども。

「これやらないで一番手っ取り早く組織に入れる方法があるといえばあるけど」
「それ、ゼタやベアトリクスのよう、戦闘員枠でしょ」
「正解。あたしやベアみたいに戦闘員でスカウトされればそんな勉強しないで簡単に組織に入れるんだけど、非戦闘員のはあたし達とは別枠の採用になる。そうでもイルザさんは、にあった参考書を選んでくれてると思うから、それで勉強すれば間違いないってさ」
「うん。教官のイルザさんの選んでくれた参考書なら、信用できると思う。でも何処の学校にも通った経験の無い私一人じゃこれの参考書読むのだって無理だよ」
「そこも抜かりない。イルザさんが用の家庭教師、見付けてくれるって。はその人について、勉強するといいよ」
「本当? でも何でイルザさん、教官というだけあってゼタやバザラガにも厳しそうだったのに、そこまで私によくしてくれるんだろう……。はっ、まさか、後で私を何処かに売ろうとしているとか?」
「いや、イルザさんに限ってそれはないって。そうだな、イルザさんものユーステスの想いが一時的なものじゃなくて本物だって分かったから、それに協力したいって言ってくれたんだよ。イルザさん、ああ見えて恋愛の話が好きで、自分もそういう恋愛に憧れてるみたいだからさ」
「へえ、そうなんだ。それならイルザさんにも感謝しないといけないし、イルザさんの見方も変わってくるね」
「うんうん。イルザさんは自分の部下や他人には厳しいけど、彼女に食いついてそれが受け入れてもらえれば親しみやすい人だって分かるよ。そのイルザさんが後での部屋に家庭教師寄越すって言ってたから、それまで一応その参考書に目を通しておくといい」
「分かった。色々ありがとう」

 は此処でゼタと別れて、部屋で一人になると、気合を入れて参考書と向き合う覚悟を決める。

 それから。

 一時間後、の部屋のドアが無遠慮に開けられた。

「どうもー。イルザ教官の指示を受けて来ました」
「あなたが私用の家庭教師さんですか」
「多分、そうだと思う。グウィンだ、よろしく」
です、よろしくね」

 専属の家庭教師で呼ばれたのは、この時は兄のアイザックに内緒で組織に入隊したばかりの新入りのグウィンだった。

 グウィンはジロジロをを見詰めて、遠慮無く言った。

「私もアンタの話、ゼタ先輩達から聞いたよ。あのユーステスさん目当てに組織に入りたいんだって? それでよくイルザ教官を説得できたもんだね。今は、私達の新入りの間でも、アンタの話で持ち切りだ」
「そうなんだ。でも、ユーステスさん目当てだっていうの否定しないし、ユーステスさんに近付けるまでは頑張るよ」
「へえ、言うじゃん。なるほど、これならイルザ教官も気に入るわけだ」
「それで新入りだっていうグウィンは私と年齢がそう変わらないみたいだけど、私の家庭教師引き受けて良かったの?」
「それね。実は、私のお兄ちゃん、エンジニアなんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。私のお兄ちゃんは、エンジニアとしてこの組織に協力してるんだ。そしてそのお兄ちゃんと同じ血筋の私も新入りの時の試験で上位に入って表彰されてるからな。イルザ教官も私のそれ知っててアンタと年齢も近いからって、私を此処に寄越したんじゃないか」
「そうか。自慢のお兄さんを持ってるグウィンなら、私でも組織の試験に受かるかもしれない」

 グウィンは、何も疑わずに自分の話を信じるに呆れる。

「アンタ、人を疑う事を知らないの? 私のお兄ちゃんの話は嘘で、私がアンタをよく思わないでいい加減な勉強を教えるかもしれないってのにさ」
「今のやり取りでグウィンはゼタと同じ、良い人だって分かったから」
「……、何で今のやり取りだけで私が良い人だって分かるんだよ」
「グウィンは自主的じゃなくて、イルザさんに応じて私の所に来てくれたんだよね」
「そうだよ。それがどうした?」
「教官のイルザさんは、私相手でも、自分の信用できる人しか寄越さないでしょ」
「あ」
「それから、グウィンがお兄さんの事を自慢そうに話してたのは嘘じゃないって思ったから」
「だから何で私がお兄ちゃんを自慢そうに話してるって分かったんだ。私、お兄ちゃんの事を話している時にそこまで弾んだ声出してたか?」
「弾んだ声とかじゃないよ。この組織以外でもエンジニアってそうなれないし、この組織に協力できるほどのエンジニアならそこまで嘘つけないし、グウィンは試験で表彰された話だけでいいのにそこにエンジニアのお兄さんの話までつける必要ないと思って、それで」
「……なるほどね。アンタがイルザ教官とゼタ先輩達を取り込んだ理由、分かった気がするわ」

 グウィンはの観察力に観念した様子で、笑った。

 そして、それから。

「分かった」
「グウィン?」
「アンタがユーステスさん目当てでも、組織に入れるよう、私がとことん面倒見てあげるよ。覚悟しな」
「ありがとう。私も頑張るよ」

 ばたん。の手でドアが閉じられるとさっそく、グウィンと一緒に組織に入るための試験を受けるための勉強が始まった。



 それから、がグウィンと一緒に組織の試験の勉強を始めて三日目が過ぎた頃の話。

「……本当にまだ此処に居残っていたのか」
「ユーステスさん!」

 の前に、彼女が自分のために組織の試験を受けているという話を聞いたユーステスが現れた!

 ユーステスはと向き合い、さっそく、例の件を問い質してきた。

、お前、俺のために組織の試験を受けていると聞いたが、本当か?」
「はい! 私、ユーステスさんのために組織の試験を受ける決心しました!」

 は包み隠さず、ユーステスにそう答える。

 因みにユーステスにの件を教えたのはゼタとベアトリクスで、仕事中のユーステスにの件で至急組織の拠点に戻るようにと伝えたのはイルザである。途中、バザラガに会ってその詳細を聞けば「まあ、頑張れ」と、同情的に送り出されたのは記憶に新しい。
 
 そして、久し振りに組織の拠点に戻ってきたユーステスとそれに遭遇した、その二人の様子を遠巻きに眺めて見守るのはゼタとベアトリクスとバザラガとイルザ、そして、途中までと一緒に居たグウィンの五名である。グウィンはユーステスが拠点に帰ってきた姿を見るなり嫌そうな顔をして、さっさとそこから退散している。
 更に言えばこの五人以外の組織の兵士達もハラハラととユーステスの様子を覗き見ていて、イルザによれば「ほかの私以外の幹部――ハイゼンベルクとローナンも、そこの監視カメラで二人の様子を覗き見している」らしい。
 ……それ、胸を張って言う事かな? ゼタはイルザのそれを疑問に思うも、イルザを前にして言えるわけがなく黙っていた。

 ユーステスだけではなくも皆に覗かれているのは分かっていたが、それについては何も言わず、目の前に居るユーステスに向かって自分の気持ちをぶつける事が優先だと思った。

「あの、ユーステスさん、私の事をどう思ってるんですか!」
「別に何とも……」
「ですよね! 知り合ったばかりでお互い、何も知らない状態ですからね。でも私はあの遺跡でユーステスさんの優しさに惹かれて、ユーステスさんの事がもっと知りたいと思って、この組織に興味持ったんです。ユーステスさんも此処で私と話をするうちに、私に興味を持ってくれると嬉しいんですけど」
「そうか。俺はしかし、此処でもお前に興味を持たないと思うが……」
「相変わらず、厳しいですね。でもそこもユーステスさんらしくて良いです」
「……」

 ユーステスはを冷たく突き放したつもりが、はユーステスとは反対に花を散らしている。

 ユーステスはそんなに呆れつつ、組織内でも何の武器を持たずに丸腰状態の彼女を見詰めて言った。

「お前はあの遺跡で武器も扱えないし魔法も扱えないと話していたが、それはどうなった? イルザの所で訓練でもして、少しは扱えるようになったのか?」
「いえ、私はイルザさんの所で訓練していませんし、武器も魔法も何も扱えないのは変わりありません。でもイルザさんから、組織に入れる枠はそれだけじゃないって聞いたんです」
「ああ、ゼタ達だけではなく、あのイルザもお前を此処まで導いたのか……」
「ええと、あの、その、それで、私がユーステスさん目的で試験を受けるのはどう思います?」
「……」

 ユーステスはの質問には答えないで、何か考えている様子だった。

「……」
「……」

 しばらく、嫌な沈黙が続いた。

 舞台の裏では

「何やってんだあいつは! ここまでを待たせてどうする!」
「うむ。あいつも待たせてないで、ここできっぱりと振ってやった方がもあっさりと諦めつくんじゃないか」
「いや、それはあんまりで、ここまできたが可哀想じゃないか」
「でももそれ分かっててあいつに突撃したんだろ、私はバザラガと同じ意見だけどなー」
「……うわー、想像以上にきっついなー」

 イルザ、バザラガ、ゼタ、ベアトリクス、グウィンのそれぞれの感想が続いている。

 ここでの方から先に動いた。イルザ達もに注目する。

「あ、あの、やっぱり戦闘もできなくて魔法も扱えない私が組織の試験をユーステスさん目当てで受けるの、迷惑ですか? そうなら、組織の試験を受けるの諦めますけど……」
「いや、どんな目的であれ、イルザがそれを了解したというなら、俺は特に何も言う事はない」
「本当ですか?」
「ああ。お前がゼタとバザラガだけではなくて、あのイルザも説得して組織の試験資格の了解を得たというのなら、この件に関しては俺がとやかく言う問題ではないだろう」
「そうですか! ありがとうございます!」

 はユーステスの了解を得られて喜んだが、それもつかの間の夢だった。

 ユーステスはあくまでも冷静に、に向けて言った。

「しかしそれでたとえ組織の試験に受かったとしても俺はお前と――、と付き合う気はいっさいないからそのつもりで」
「ええ、そこであっさり私を振るんですか? あの、もしかして、ほかに付き合ってる人か、片思い中の相手とか、良いなって思ってる女の人とか居たりするんですか?」
「いや。俺にはそういう相手は居ない」
「そうですか。それならユーステスさんは、試験に受かって組織の一員になれば私の事を少し考えてくれても良いんじゃないですか? さっきも言いましたけど、お互いに何も知らない状態であるなら、此処で話していくうちにお互いの事を知っていけば良いと思います」
「……、お前、組織内での俺の評判を聞いた事はあるか? 仕事ではなく、女の扱いについての方で」
「ええと、ゼタ達から、ユーステスさんは仕事人間で彼女よりも仕事を優先する人だっていうのは聞いています」
「ああ、その通りだ。俺は自分でも、それの評判通りの男であるというのは分かっている。俺は彼女よりも仕事を第一に考えていて、お前相手でも置き去りにする事が多くてお前もそんな俺に嫌気が差して別れを切り出すだろうというのは、簡単に想像できる。それのせいで別れた女も多い。お前もそれと同じ目にあいたいか? お前もそんな目にあいたくないなら、俺と付き合うのは考えた方がいいし、俺は当分は一人で居る方が気が楽だと考えている」
「ユーステスさん……」

 確かにユーステスは、ゼタやイルザの話している通りに女より仕事人間で、冷たい人間だというのはでも分かった、理解した。

 けれども。

「俺は、仕事で忙しい。今回もイルザ達に言われなければ、お前が俺を待っていたとしても、此処に戻って来なかった。俺はお前にかまってる暇はないし、これ以上にお前に会う必要性も感じられない」
「……」

「……ッ」

 ユーステスの冷たい目と冷たい言葉は、その場でそれを聞いていたグウィンも背筋が凍り、その場から逃げ出したい気分だった。
 では、は。
 さすがにの勢いは落ちて、うつむいていた。ユーステスの冷たさを目の当たりにして、泣いているのではないだろうか。グウィンはそんなの顔は見たくなかったが、此処で彼女を置いて自分だけ逃げるわけにはいかないと思った。

 と。

「グウィン」
「ゼタ先輩?」

 自分の肩をつつくのは誰かと思って振り返れば、ゼタだった。

 ゼタはいつもより真剣な顔でとユーステスの二人を見詰めている。見れば、ベアトリクスとイルザも同じだった。バザラガだけは兜で表情は読めない。

 ゼタはグウィンに小さな声でささやいた。

「もし、ユーステスの奴がこれ以上にに酷い事を言って彼女を泣かせるようだったら、あたし達であいつとを引き離すからそのつもりで。あたしとイルザさんでユーステスを担当、お前はベアと一緒にの保護を頼む」
「……了解です」

 ごくり。グウィンはゼタに言われて改めて、ユーステスに冷たい言葉を言われてうつむいたままのを見て、息を飲む。

 ゼタ達の間に緊張感が走る。

 そんなゼタ達の事を知らないユーステスは、うつむいたままのにこれ以上の話は無駄かと早めに彼女を切り離す体制に入った、つもりだった。

「……、お前の話は終わったか。それなら俺はもう仕事に戻らせてもらう、それじゃあ――ッ?!」

 ユーステスはさっさとそこから退散しようと思ったが、がそれを許さなかった。はユーステスの手をしっかりと掴んで離さない。

 外野から「おおっ」という声が漏れて二人にもそれが聞こえていたが、はそれを無視するかのよう、ユーステスに迫る。
 ゼタ達もの思ってもみない行動に隠れるのを忘れて、監視カメラで覗いていたローナンとハイゼンベルクも「お」と声をあげ、そこから身を乗り出し二人に注目する。

 はユーステスを離さず、詰め寄る。

「あ、あの、ユーステスさんに私以外に気になる女が居ないというなら、組織の試験に受かれば私の事、少し考えてくれても良いんじゃないですか!」
「は? 俺の話、聞いてたか?」
「聞いてましたよ! 自分は仕事人間で一人で居る方が気が楽だ、それで彼女を優先する余裕はないから諦めろって話ですよね!」
「……それを聞いているなら、何故そこで俺を引き留める? 俺はそれの通り、お前に俺の事を諦めて欲しくてそれを話したんだが」
「それくらいでユーステスさんを諦められるわけないじゃないですか! 私、あの遺跡でユーステスさんを見付けた時から、ユーステスさんは彼女よりも仕事を優先する仕事人間だって事くらい最初から分かってましたからね」
「いやだからそれでどうして俺にこだわる? 彼女よりも仕事を優先する男と付き合っても、楽しくないと思うが……」
「私はそんなの全然気にしません! 私はユーステスさんのそばに居るだけで楽しいですから」
「何? お前は、俺のそばに居るだけで楽しい? ……それは理解不能なんだが」
「私、ユーステスさんのそばでユーステスさんと同じものを見ているだけで満足するタイプなんですよ。そもそも、何も能力も無い私がユーステスさんの仕事についていけるわけないとも思ってますからね」
「……本当にそれだけで良いのか?」
「はい。それだけで十分です。それから、今は一人で居る方が楽だっていうのも分かりますけど、仕事が終わった後にでもユーステスさんが私の存在も思い出してくれる良いなと思ってるんです」
「……お前は、どうしてそこまで俺を気にする? 遺跡でお前を助けたのは、組織の指示に従っただけに過ぎないのだが。いっときの感情だけで、俺を気にするのは止めた方が良いと思うが」
「この感情は、いっときのものだけじゃないです。一日経ってもユーステスさんの優しい所、忘れられませんでしたから」
「俺が優しい? ……冗談はよせ、俺は冷たい人間だ。女関係以外でも、そう評価される事が多いし、さっきもお前に言い過ぎたせいか、お前を泣かせてしまった」
「確かにさっきの冷たい言葉は私も挫けそうになりましたけど、でも、これくらいで折れるようなら組織のユーステスさんについていけないと改めて思いまして! さっきのユーステスさんの冷たい言葉は、反対に私を奮い立たせるのに効果的だったんですよ」
「俺のそれが反対にお前の気持ちを奮い立たせただと?」
「はい。私のユーステスさんへの感情は、ユーステスさんとの冷たさとは反対に燃えてます! メラメラと!」
「……」

 ユーステスはの勢いに押されっぱなしで、何も反論ができない。

 そしては、胸を張ってユーステスに向かって言い放った。

「それからユーステスさんはそれほど冷たい人じゃないです。さっきも私がうつむいた時にさっさとそこから逃げればいいのにそうしなかったですよね。ちゃんと、私の返事を待ってくれていましたし、私を泣かせてしまったってその反省もしてるじゃないですか」
「……」
「それだけじゃなくて、遺跡で泣いていた私を撃つのを迷っていたのは、優しい証拠ですよね」
「……お前、俺がお前を撃つのを迷っていたのを見抜いていたのか」

 のこれには、ユーステスも驚いたようで目を見張った。

「それから、ユーステスさんのエルーンの耳が素敵だっていうのも、嘘じゃないです! 私は、ユーステスさんの優しさだけではなくてそのエルーンの耳にも魅了されたんです。エルーンの中で、ユーステスさんの耳は一番美しいとも思いました」
「――」

 一瞬。

 それは一瞬で、そばで見ていたゼタとベアトリクス、グウィンの三人は彼のその一瞬の変化には気が付かなかったけれど――。

「お。あいつ、とうとう、に落ちたか?」
「……分からんが、があいつのエルーンの耳を褒めたのは効果あったんじゃないのか」

 長年の付き合いがあるイルザとバザラガは、のエルーンの耳の話でユーステスの動揺した顔を見逃さなかった。


 その間にはユーステスのそれには気が付かず、彼に迫るのを忘れない。

「あの、私としてはユーステスさんが私と男女の付き合いをしてくれるのは理想的ですけど、それが難しいっていうなら、友達としての付き合いでも良いです! 私と友達になってくれませんか!」
「……まあ、友達から始めるくらいなら構わんが」
「やった! 友達から男女の付き合いが始まる事もありますからね! それで仕事が終わった時にでも、私の事を少しでも考えてくれると嬉しいです」
「……」
「ユーステスさん?」
「分かった、分かった。仕事が終われば少しはお前の事を考えるように努力はしようと思う」
「わあ、ありがとうございます!」
「……それから敬語は必要ない。ユーステスでいい」
「ありがとう!」
「ッ、ここで抱き着くな、お前も、イルザ達に覗かれてるの知ってるだろ!」
「嬉しくて、つい。あ、でも、当分は皆の前でも敬語の方が良いと思いました」
「何故だ?」
「ユーステスさんとは今以上に親しくなった時に敬語止めた方が、ゼタ達にも分かりやすくて良いと思いません?」
「……お前、へんな所で頭が回るな」

 ユーステスは、のへんな所での頭の使い方に呆れる。

 そして。

「お近づきの印にユーステスさんのエルーンの耳、触らせてもらえませんか? あ、立ったままじゃ届かないんでそこの椅子に座ってくれると嬉しいです」
「……」
「ふふふ、やっぱりユーステスさんのエルーンの耳、ふわふわでとても良い触り心地ですね」
「……」

 べたべた。ユーステスは何かを諦めたようにの言う通りに近くにある椅子に座り、は彼のエルーンの耳を触りたいだけ触っている。

 そして。

「あはは、ユーステスの奴もの勢いに負けるか! 心配して損したな!」
「うむ。さすがは私が認めた女だ!」
「私、ユーステスが女であそこまで弱ってる姿、初めて見たわ。もやるじゃん」

「……(ユーステス、強く生きろよ)」
「……(やっぱあそこまでしないとユーステスさんは落ちないよなぁ、でもユーステスさんは相手だと大変そうだなぁ……、ユーステスさんの苦労性は、なんかうちのお兄ちゃんとかぶるな)」

 ゼタとイルザとベアトリクスの三人はの行動力に感心し、バザラガとグウィンはではなくユーステスの方に同情している。
 外野で見守っていたほかの兵士達ものやり方に感心した様子で、二人がもう大丈夫だと分かればそれぞれの仕事場に戻っていった。

 そして。

「……いやはや、イルザとゼタ以外に此処までユーステスに迫れる女が現れるとはなぁ。ローナン、彼女をどうする気だ?」
「どうもしないさ。彼女をどうするか最終的に決めるのは、ユーステスだ」

 監視カメラでの様子を覗き見していたハイゼンベルクは呆れた様子でローナンに問いかけるも、ローナンは彼女に優しい笑みを浮かべていた。

 ユーステスはそれからすぐに自分の仕事に戻り、はグウィンとゼタ達の協力で組織の試験勉強に励んだ。