そして、とうとう、運命の日が訪れた。
は、イルザの監視下で組織の適正試験を受け、やりきった。グウィンの教えとゼタ達の協力を得て中々の手応えを感じて、そして――。
「、荷物、これで全部?」
「うん。それで全部。ありがとう」
その日。は、グウィンの二人と一緒に部屋の荷物を片付けていた。
は本日付けで組織の拠点内であてがわれた部屋を退去する事になった。
グウィンはすっかり綺麗に片付いたの部屋を見回しながら、呆れた様子で言った。
「せっかく試験に合格したのに、此処を追い出されるなんてね。組織のに対する扱い、酷くないか」
「それは仕方ないよ。合格しても組織内で、私にあった仕事が見付からないっていうんだから」
ははは。はその現実に直面して、笑うしかない。
「それじゃあイルザ教官も、最初からに試験を受けさすなって話になるけど」
「多分、イルザさんのせいじゃないと思うよ。聞けばイルザさん以外の幹部の人達はまさか、私が此処まで頑張るとは思わなかったみたいね」
「ふん。この私がについてるんだ、それで試験に不合格になる方が難しいだろ。イルザ教官以外の幹部達は、私の実力もみくびっていたのか」
「どうなんだろうね。私はでも、此処であっさりこの組織を出て行った方が、ユーステスさんも諦められたから良かったとは思う」
「……」
「此処でユーステスさんだけじゃなくて、グウィンとゼタ達ともお別れなのは、寂しけど。でも、ゼタ達がいつでも此処に遊びに来て良いって言ってくれてるから、そこはありがたいよね」
「……」
は笑うも、グウィンは全然笑えなかった。
「グウィン、私、もう行くよ。今までありがとう」
「ああ、此処でお別れだ」
「グウィンも行方不明のお兄さん、見付かるといいね」
「……ありがとう。私もお兄ちゃんが見付かれば、に連絡するよ」
「うん。その時を楽しみにしてるよ」
上手く笑えているだろうか。とグウィンはお互いにそれを思い、握手をかわす。
グウィンはこの数日の間、勉強を見ているうちにに兄の――アイザックの話はしていた。
兄のアイザックはとある理由で月を目指して家を出たはいいがそれ以来行方不明で、自分はその兄の手がかりを探すためにこの組織に入隊したという話を。
アイザックの月の話をすれば大半は「たった一人で月に行けるわけがないだろう」とバカにするが、はその話を笑わず聞いてくれた一人だった。
いわく「グウィンのお兄さんの力で私もユーステスさんと月に行ける日が来るなら、素敵じゃない? 月でこの星を見下ろしながらユーステスさんとデート、最高でしょ」と、うっとり夢見がちに言ってのけたのを聞いてグウィンは、呆れるのを通り越して笑ってしまった。
それからグウィンは、家庭教師の枠を超えて、と本当の友達になった。
二人で部屋を出て、ドアの前ではグウィンに言った。
「拠点の出口でゼタ達が見送りに来てくれるって」
「肝心のユーステスさんは、来てくれるかな? ユーステスさんっての試験の結果発表の時も、の最後の日も、自分の仕事を優先するあたり、どうかと思ったけどね。それ以外でもが私と勉強している間、をほったらかしにして拠点に戻って来なかったしさ」
「それもユーステスさんらしくて良いじゃない。それからグウィン、ユーステスさんは私をほったらかしにはしていないし、私達が知らない間にこっそり拠点に戻ってきてるよ」
「え、そうなの?」
この話はグウィンは初耳だった。
は胸を張って言う。
「ユーステスさんは多分、私を陰ながら見守ってくれてたんじゃないかなー」
「……何でにそれが分かるんだよ。と一緒に居た私は全然分からなかったけど」
「見て、これ」
は何枚かの栞を、グウィンに手渡した。
栞には、アウギュステをはじめとする観光地の島の風景が描かれてあった。
「何これ? アウギュステとか観光地で売られてる栞じゃん。どうしたの、これ」
「いつも朝、起きると、ドアにこれが挟まってたんだよね。私が試験勉強してるの分かっててこういう事するの、ユーステスさんしか居ないでしょ」
「へえ、それは私は知らなかった。そういえばある日からが栞持って勉強してたけど、あれ、ユーステスさんからだったんだ。ユーステスさんて、意外と古風な事するんだな」
「ふふ。これのおかげで朝に起きるの楽しみになったし、一時は挫けそうになった勉強も頑張れたんだよ」
「……、ユーステスさん、の最後に間に合うかな?」
「どうかな。バザラガが仕事で出かけてるユーステスさんを呼びに行ってくれてるみたいだけどこの時間に間に合うかどうか分からないって」
「ユーステスさん、の最後に間に合うと良いね」
「うん。こればかりは、バザラガを信じるしかないよ」
「私もユーステスさんがのために来てくれるかどうか知りたいから、そこまで一緒に行くよ。いい?」
「いいよ。私もグウィンが一緒だと、ユーステスさんの結果を見るの、怖くないと思うから」
はグウィンと肩を並べて、拠点の出口へと続く廊下を歩いた。
――これは、昨日の話である。
昨日、の試験の結果が公表された。
は家庭教師をしてくれたグウィン、そして、ゼタとベアトリクスといった馴染みの仲間達とイルザの部屋を訪れた。
因みにバザラガとユーステスは仕事中で、不在である。
「それで、の試験結果、どうだったんですか?」
此処では、よりもゼタが一番乗りでイルザに詰め寄る。
イルザは大きな溜息を吐いて、「落ち着け」とたしなめた後、なんとも言えない顔での方を見詰めて言った。
「私の見立ては間違いなかったようだ」
「というと?」
「さすが新入りの中で一番成績優秀のグウィンをつけただけはあって、の試験結果は合格点には達していた」
「合格! やった!」
「おおお、、よくやったな!」
「素直に凄いじゃん!」
「ふふん、これも、私のおかげだよね! でも一番凄いのは、私についてきただけど!」
わあっ。イルザの試験結果を聞いたゼタ、ベアトリクス、グウィンの三人がを囲み、彼女の努力を称賛する。
「しかし……」
「おや、イルザさん。何をそんなにしかめっ面してるんですか。イルザさんもが合格できて、嬉しくないんですか?」
「うむ。私も自分が目をかけていたが合格してくれたのは素直に嬉しいと思っている。が、しかし……」
「しかし?」
とゼタは、合格したと分かってもあまり顔色のよくないイルザの返事を待っている。
「すまない!」
「イルザさん? ええ、顔を上げてください、どうしたんですか」
だけではなくてゼタ達も、イルザがに向かって頭を下げるのを見て驚く。
イルザは息を吸って吐いて深呼吸をした後、に向けてその理由を打ち明けた。
「本当に申し訳ない。人事部によればの採用枠は全て埋まっていて、を採用できないと返事があった」
イルザの説明はこうである。
「最初は事務、次に料理人、街に紛れ込むための潜入捜査員、色々、にあった枠を考えたが、そこは全部人員が確保されていてな。そして、人事部に聞けばがどれも駄目だったのは、武器も魔法もいっさい扱えない部分だと話してくれたんだ。ほかの奴らはそれのどちらかが使えていて、いざという時に即席の戦闘員にもなるぶん、と比べればそちらを優先するだろうとも話した。私もそれについて、何も反論できなかった。最初にそれを確認しておけば良かったんだが確認せず、に無理言って試験を受けさせた。本当に申し訳ない」
「イルザさん……」
何度もに頭を下げるイルザ、その理由を知って反論もできずになんとも言えない顔をするゼタ達、そして、肝心のは。
「分かりました」
「?」
「イルザさんはもう、私に頭を下げる必要ないです。これは、武器も魔法も扱えない私の方が悪かったんですから。試験に合格できてもそれで採用できないというなら納得ですし、それに従いますけどでも、ユーステスさんとはもう会えなくなるんですかね」
「……、ユーステスは仕事人間で出かけている事が多く、その中で、がユーステスと会えるのはこの拠点しかなかった。がこの拠点を出ていくとなれば、ユーステスと街中で会える可能性はなくなったと言っていい」
「そうですか……」
は目を閉じて、何か考えている。
その間、ゼタはイルザに詰め寄る。
「イルザさん、その言い方はないと思いますけど。が外に出ても、あたし達と連絡を取り合えばユーステスの居場所くらい簡単に分かるじゃないですか」
「しかし、あいつの仕事先は危険がつきものだ。が拠点に居る時はその身の安全は保障されるが、外に出ればそうはいかない。武器も魔法も扱えないを危険にさらすわけにはいかないだろうし、あいつもそんなが負担になると分かれば彼女をあっさり突き放すぞ」
「そうですけど、でも……」
「それからあいつも、お前達から連絡を受けてもに正確な居場所を教えるとは思えん。がそこに行ってあいつが居なかったら、お前、どう責任を取るつもりだ」
「……」
イルザの厳しい言葉を受け、ゼタはとうとう黙ってしまった。グウィンもベアトリクスもイルザに反論できない。
「分かりました」
「?」
ここでが動き、イルザだけではなく、ゼタ達もに注目する。
は言う。
「私、ユーステスさんと会えなくなるのは寂しいですけど、外に出ます」
「、それでいいのか」
「はい。多分、組織の偉い人達は私にこれでユーステスさんを諦めろって言ってくれてると思います。やっぱり、私とユーステスさんでは最初から釣り合わなかったんです」
「……」
「それに悪い事ばかりじゃなくて、この試験のおかげでけっこう自信ついたんですよ。私でもやればできるんじゃないかって」
「そうか……」
「それであの、私、これからどうなるんですか。明日にはもうこの組織から出て行けとか?」
「……、残念だがその通りだ。明日には荷物をまとめて、此処を出て行ってもらう」
「そうですか……」
イルザからそうつきつけられたは明日からどうしようかなぁ、なんて、考えていたが。
「イルザさん! 明日出て行けなんて、それはあんまりじゃないか!」
「そうだ! イルザ教官、試験受けて合格だったのに採用されないだけじゃなくて、明日にはもう出て行けなんてこんな酷い話、あるか!」
「イルザ教官、これには、自分も抗議しますよ。このままを追い出すのは、よくないと思います! しばらくの猶予は――せめてユーステスさんが帰ってくるまでの間は、此処に滞在しても良いんじゃないですか?」
ゼタ、ベアトリクス、グウィンの三人がイルザに詰め寄り、抗議の声をあげてくれた。は三人のその様子を見て少し、泣きそうになった。
イルザはそれを見抜いて、に言う。
「は此処で、良い友人を持ったな」
「はい。それだけでも此処に来たかいがあったというものです」
はここで初めて、イルザに笑ってみせた。
イルザはにうなずいた後、ニヤリと笑って彼女に向けて言った。
「お前ら、話を最後まで聞け。何もをそのまま追い出すわけじゃない。当初の予定にあった通り、これの試験の結果をもとに、我々でにあった別の職を見付けている。は明日からそこの職で働いてもらうからそのつもりで。以上だ」
それが昨日のうちにあった話だった。
「、イルザ教官がのために見付けてくれた仕事って何かって聞いてる?」
「それ、まだ聞いていない」
「何か希望でも書いたの?」
「全然。試験勉強に夢中で、そういうの全然考えなかったから……」
「そうか……。でも試験をもとにして考えてくれたなら、多分、にあった場所だと思うよ」
「そうだと良いね。私としては、お店の店員さんとか良いなぁ」
「確かにの性格なら、店の店員とかあってると思うけど。でも何で店の店員?」
「お店なら、どこかでユーステスさんと会えるかもしれないでしょ」
「はは、の頭はどこまでもユーステスさんなんだね」
はグウィンとそんな会話をしながら、とうとう、拠点の出入り口にたどり着いた。
「、グウィン!」
「こっち、こっち!」
待ち合わせ場所にはゼタとベアトリクスがとグウィンに向けて手を振っている。見ればゼタとベアトリクスだけではなくて、イルザ、そして、イルザの兵士達も集まっていた。はグウィンと顔を見合わせて、急いで彼女達が集まる方へ向かった。
「私、ゼタとベアトリクスは私の見送りに来てくれるの知ってましたけど、イルザさんとその兵士さん達まで集まってくれるとは思いませんでした。あ、私じゃなくて、イルザさん達は丁度、組織の任務に出かけるのにゼタ達と居合わせたとかですかね」
ははは。は最初、イルザとその兵士達は任務のためにゼタ達と鉢合わせになったと思っていた。それが。
イルザは優しい笑みを浮かべて、に言った。
「いや。私と私の部下達は、、君を見送りにきたんだよ」
「え、そうなんですか?」
「ああ。が此処を出て行くと知った私の部下達も、を見送りたいと申し出てくれてね。、君のどんな手を使ってでもユーステスにしがみつく所と、それで試験勉強を頑張っている姿を見て、意外と私達の間で人気があったんだよ」
「そうだったんですか……。イルザさんも皆も、私のために来てくれて、ありがとう」
はイルザとその兵士達が自分のために集まってくれたと聞いて、泣きそうになった。兵士達もそんなを見て目を抑えながら「ちゃん、新しい場所でも頑張れよ!」「俺達も陰ながらを応援してるぞ!」「ちゃん、外でも何か困った事があれば俺達に遠慮なく頼ってくれ!」と、彼女を励ましている。
そしてグウィンは遠慮がちに、肝心な事をイルザに聞いた。
「あの、それで、肝心のユーステスさんは姿が見えませんが、どうなったんですか?」
「ああ、あいつか……」
イルザは神妙な顔付きになり、遠くを見詰める。
「まさか、ユーステスさん、の見送りに間に合わなかったんですか?」
「えー。最後の日くらい、ユーステスさんに会いたかったのになぁ……」
グウィンはイルザの表情でそれを悟って青ざめ、も残念そうに悲しい顔になる。
と。
「イルザさん、そろそろ、に種明かししてやったらどうです?」
「そうですよ。イルザ教官、これ以上にをからかうの、止めたらどうですか」
ゼタは呆れた調子で、ベアトリクスはニヤけた笑いで、イルザをたしなめる。
「ゼタ達、ユーステスさんが何やってるか知ってるの?」
「ゼタ先輩達、何言ってるんですか?」
とグウィンはゼタとベアトリクスの話が分からず、顔を見合わせる。
イルザはニヤリと笑って、どこかに合図を送るように手をあげた。
「ユーステス、さっさと出て来い」
「……」
ゆらり、と。イルザに言われて柱の陰から出てきたのは、ユーステスだった。
「ユーステスさん!」
「!」
ぱあっ。はユーステスの突然の登場に今まで暗かった顔は急に明るくなり、グウィンもこれには驚いていた。
「ユーステスさん、私の見送りに来てくれたんですね!」
「……見送りじゃない」
「え、見送りじゃない? ユーステスさんは私が組織の試験に合格できて、でも此処を追い出されたっていう話、聞いてないんですか?」
「それはイルザ、バザラガの双方から聞いている。お前が俺のためとはいえ、組織の試験に合格したと聞いた時は素直に良かったとは思った」
「……ッ」
ユーステスから「素直に良かった」という言葉を聞いて、は。
「? どうした、調子でも悪いのか」
「いや、ユーステスさんに『良かった』と、そう言われるとは思わなかったので、心が追い付かなくて……。うわ、何これ、やばい、ユーステスさんに褒められただけで胸がドキドキしてる」
「……」
その言葉通りに顔を赤くしてユーステスの顔をまともに見られなくなったと、そんなを見て何を言って良いか分からないユーステスと。
そして。
「あ、あのこれ、この栞、毎朝ドアに挟んであったんですけど、ユーステスさんの仕業ですよね?」
「……それは仕事先でもらったもので、しかし、俺には必要ないものだった。捨てるわけにもいかないから、誰かに引き取ってもらおうかと思えば試験勉強中のお前に丁度良いと思った。……それだけだ」
「それでも、嬉しい事には変わりありません。これのおかげで試験も頑張れたんです。ありがとうございます」
「……」
栞を大事そうに持つを見てユーステスは、そこから顔を反らすだけで。
とユーステスの様子を見かねて、ゼタが二人の間に立つ。
「、バザラガに感謝しろ。ユーステスを此処まで連れてきたのは、バザラガだからな」
「え、バザラガも此処に居るの?」
はゼタに言われるも、バザラガの姿が見えない事に不思議そうにあたりを見回す。
「俺は、此処だ」
「うわ、急に出て来ないでよ」
は、急に柱の上から飛び降りて姿を見せたバザラガに驚く。
それからは改めてバザラガと向き合う。
「バザラガが、ユーステスさんを連れて来てくれたの?」
「ああ。俺が渋るユーステスを此処まで引っ張ってきた」
「バザラガ、ありがとう! これでもう思い残す事ないかも!」
「……」
は素直に喜ぶも、バザラガは様子が違った。
兜をかぶっていても、バザラガがいつもの様子が違うというのは、でも分かった。
「あれ? バザラガ、まだ何かあるの?」
「あるにはある」
「何?」
「それはイルザからの説明を聞いてくれとしか」
「?」
バザラガに言われるもはさっぱり分からず、此処でバザラガからゼタに切り替わる。
「イルザさん、そろそろに説明をしてやったらどうです?」
「うむ。に新しい職場について説明する時がきたな」
訳が分からず首をかしげるにゼタはイルザを呼び寄せ、イルザもそれにうなずいて応じる。
イルザは言う。
「、組織を出ていくお前に新しい職場を紹介すると話したな。その説明がまだだった」
「そうでしたね。イルザさん、私の新しい職場は何処になるんですか。それ聞かなければ此処を出られません。ああでも、最後の最後でユーステスさんに会ってから此処を出るのが惜しくなりましたけど。新しい職場、ユーステスさんに近付けるような場所が良いです。イルザさんの力で、どうにかなりませんかね?」
「ふふ、お前ほど素直で欲望深い人間は居ないな。しかしそこが気持ちが良い。私も最後の最後でお前がそう要求すると思って、お前に相応しい職場を用意した」
「え?」
「、お前の新しい職場というのは……」
「というのは?」
ごくり。は息をのんで、イルザの返事を待つ。
そしてイルザはハッキリとした声で、に向けて言い放つ。
「――、お前はユーステスの見習いとして、彼の調査に同行しろ。以上だ」
「――」
しん、と。
イルザからの新しい職場の報告を聞いて、は。
「……グウィン、私の耳、おかしくなったのかな? イルザさんから素敵な職場を紹介されたんだけど、え、何、私、白昼夢でも見てる?」
「……いや、私の耳にもはっきりとイルザ教官の声で『ユーステスさんの見習いとして彼の調査に同行しろ』って聞こえたし、これが夢じゃないってのも証言できるよ」
「……」
「……」
だけではなく、そばで聞いたグウィンも放心状態になった。
イルザは放心状態のに構わず、続ける。
「の試験をもとにした結果、組織が彼女を手放すのは惜しい人材であると判明した。しかし、組織では武器も魔法も扱えないに非戦闘員としての枠は与えられないとも判断している。それではどうするべきか考えた結果、にとって一番良いのは誰かの見習いとして一定期間の訓練を受けた末、組織の一員となる事だと結論が出たわけだ。そしてに一番良い見習うべき相手というのはユーステスである、その判断は我々の中で満場一致で可決、それが採用された次第である。以上!」
「イルザさん以外の偉いさん達も、それ了解済みだってさ。良かったな、!」
「いやー、私もゼタもイルザ教官が試験に合格できても枠が無いからって明日にはを追い出すと知って憤ったけど、イルザ教官が裏で上層部とそういう取引してたなんてね。私もゼタと一緒に今日になってそれ聞かされて驚いたもんだよ。しかし、イルザ教官だけではなくて上層部の連中もそこまで動かすなんざ思わないだろ普通、もよくやったよ本当!」
ばんばん! ゼタもベアトリクスも、の背中を遠慮なく叩いてその結果に驚き半分、嬉しさ半分で彼女の健闘を称える。
「バザラガはイルザさんが裏で動いてたの、知ってたの?」
「うむ。俺もイルザから、どうにかして試験に合格したを組織に残す事はできないかという相談は受けていた」
に聞かれたバザラガは、少しずつ彼女にその時の話を聞かせる。
「に組織の受験をさせたはいいが武器も魔法も扱えないせいで非戦闘員の枠も難しい、明日には出て行くしかないと分かった時にイルザは、無謀にも上層部の連中に突撃しにいった。俺もそれに同行した。そこでイルザの身に何かあった場合、俺が出ていくつもりでな」
「そうだったんだ」
「イルザは彼らに自分の不手際でという少女の時間を無駄にしてしまった、しかし、のユーステスと一緒になりたいという夢を諦めさせたくない、どうすればいい、と必死に懇願した結果がこれだ」
「イルザさん……」
は、イルザの情熱的な対応に胸を打たれて泣きそうになった。この時のイルザは照れ臭そうに頭をかいて彼女とは違う方向を見ている。
「まあ、イルザが掛け合ったのが、ハイゼンベルクではなくローナンだったのがまた良かった」
「ローナンさん?」
「ローナンは組織の幹部の一人ではあるがユーステスの育ての親であり、保護者でもある」
「えええ、ユーステスさんの親もこの組織に居たの? しかも組織の幹部の一人? それなら、一度会ってご挨拶を……」
「よせ、それは止めた方がいい。新入りだが正式加入のグウィンと違って新入り以下のはまだローナンに会う資格はないし、ローナンもにまだ会う必要はないと考えている」
「そう……」
がっかり。はバザラガに止められ、残念そうに肩を落とす。
バザラガはに構わず、続ける。
「だが、ローナンはのユーステスに対する想いを知ってその気持ちが一時的なものではないというのが試験の結果にもあらわれていると分かったので、ユーステスにをつけてもいいと判断してくれたわけだ。お前はイルザの試験を受けて間違いではなかったようだ」
「ローナンさん、ありがとう!」
バザラガからローナンの話を聞いたは、すぐにその勢いを取り戻し、まだ組織の拠点に居るだろうローナンに聞こえるくらいの声で礼を言った。
実はローナンとハイゼンベルクは監視カメラを通じての様子を覗き見していて、彼女の振る舞いにローナンは肩を震わせ笑いを堪えているようで、ハイゼンベルクはカタカタと震える手で茶を飲みながら自分の落ち着かない気分をどうにかして落ち着かせていた。
そしては、肝心な事をユーステスに聞いた。
「あの、それで肝心のユーステスさんは、私がユーステスさんの見習いとして同行するのは良いと思ってるんですか?」
「……」
「ユーステスさん?」
「……、俺としては不本意だががイルザだけではなくローナンすら説得できたというなら、俺はそれに従うしかない」
「えー。それ、単純に組織の命令に従ってるだけなんですか?」
「それ以上の事はないが」
「むむ。こういう時、私のためと言ってくれたらまたドキドキしたのに。でも」
「でも?」
「でも私よりも組織の命令に従うだけって言う方が、ユーステスさんらしくて良いなと思ったりしました」
「――」
にこにこ。笑みを浮かべて花を散らすようにユーステスにそう言ってのけるのはで、思ってもみないの言葉に動揺するのはユーステスで。
「お。あいつ、今ので完全にに落ちたか?」
「うむ。は肝心のそれに気が付いてないようだが、ユーステスは表面上は冷静に構えていてもエルーンの耳がかすかに揺れ動いているのを見ればそうだろうな……」
イルザとバザラガは、ユーステスは動揺すればエルーンの耳がピクピクと揺れるというのは長年の付き合いで見抜いていた。
バザラガはに近付くと、彼女に耳打ちしてとびきりの情報を与えた。
「。ユーステスの奴は、お前の試験結果を気にしてすぐ近くまで来てくれていた。それで俺も此処まで奴を引っ張ってくるのに、そう労力はかかっていない」
「え、そうだったんですか?」
はバザラガの情報を聞いて、期待を込めた目でユーステスを見詰める。
反対にユーステスは、バザラガを睨むのを忘れない。
「バザラガ、余計な事は言うな」
「今更、それを隠す必要無いだろう。ユーステス、お前、がグウィンについて勉強している間も俺にの様子を逐一聞いてきたし、が大事そうに持っている栞もこれは勉強中の彼女にあうかどうかと、俺に聞いてきたじゃないか」
「それは、がちゃんと勉強を頑張っているかどうかを知るためで、栞は仕事先でもらったもので捨てるわけにもいかずに良い受取先を探していた最中で……」
「全く。お前、とお前の間に立つ俺の苦労もそろそろ分かれよ」
「……」
「それからお前も素直にならんと、はその明るさと素直で頑張る所がイルザ達以外でも組織内の人間達にも気に入られて人気あるからな、そこらのイルザの兵士達にをかっさらわれても知らんぞ」
「何?」
ユーステスが思わずイルザの兵士達を見ればニヤニヤした笑いを浮かべた後、彼らはすぐにユーステスを押しのけるようにを取り囲んだ。
「ちゃん、ユーステスさんが無理だと思えば今すぐ此処に戻ってきても構わないからね!」
「ああ。がユーステスと一緒に居るのは無理だって思った場合、俺達でを引き取るから安心しろ!」
「それイルザ教官も了解してるから、僕達を気にする必要ないよ! ちゃん、いつでも此処に戻っておいで!」
「え、ええと、皆さんの申し出はありがたいですが私はユーステスさんと――きゃあっ?」
イルザの兵士達に囲まれて困っていたをすくいあげたのは、ユーステスだった。
「ユーステスさん?」
「、さっさと出発するぞ。此処に長い間居ても、仕方ない」
「!」
の顔はぱあっと明るくなって、ユーステスに従うようについていく。
「皆、今までありがとう! 私、ユーステスさんと頑張るから!」
はゼタ達に向けて大きく手を振って、ゼタ達もとユーステスが見えなくなるまで手を振っていた。
とユーステスが見えなくなって、イルザ達も拠点に引き返していく中、ゼタとベアトリクスとグウィンの三人はまだ彼女が去っていった方を心配そうに見詰めている。
それというのも。
「なあ、も念願叶ってユーステスと一緒になれたはいいが、ユーステスの奴、もしかしてそれに自覚すれば独占欲強くて彼女を束縛するような面倒なタイプだったか?」
「もしかしなくてもそうじゃないか? あいつ、自分のものに近付くなって完全にイルザ教官の所の男どもをけん制してたじゃん。、実は束縛系だったユーステス相手に苦労するんじゃないの?」
「……、本当にユーステスさん相手で無理だって思えばいつでも私達の所に戻って来て良いからなー」
ユーステスは実はそれを自覚すれば独占欲が強くて束縛系だとわかって引き気味になるのはゼタで、呆れながらも面白いと思っているのはベアトリクスで、一緒になれたはいいがそれで苦労するだろうに同情するかのように小さな声で呟くのはグウィンだった。