つまり。
「……つまり、昼にローアインから教わったチャーハンを作ろうとしてでもここの調理場で使えるマッチだけでは火力が弱くてどうしようと思ってた所で、訓練生達が止める間もなく炎の使い手のパーシヴァルがずかずか入ってきた、と?」
「はい~。アーサー君に彼の素性を聞けば、パーシヴァルさんは騎士の中では名門ウェールズの出身で炎の使い手で、しかも、あのグランサイファーの一員だっていうじゃないですか。それだからパーシヴァルさん、ユーステスの事も知っていて、でも自分はユーステスより格上であの団長さんからの信頼もうちの組織よりも厚いと豪語するものだからその実力をチャーハンの火力で試そうと思ったんですよ」
はヴェインと共に残りのチャーハンを作りながら、パーシヴァルをけしかけた状況を説明する。
ヴェインはチャーハンの材料の入った鍋を振りながら彼女の説明を聞いていて、納得する。
「確かに此処の調理場の火力じゃ、あの艇でファスティバやローアイン達が使う火力には及ばんな。まあ、あいつらはラカムの協力で改造した調理台使ってるし、おまけに魔法で火力調整してるからな、それじゃには無理か」
ヴェインもファスティバとローアイン同様、魔法で火力調整している。
そして。
はヴェインが簡単に鍋を振る様子を興味深そうに覗き込む。
「というかヴェインさん、料理出来たんですか。私としては、そっちの方が驚きです」
「うむ。俺も料理に関しては得意分野だからな。お前が此処に来る前、手伝いのおばちゃんが来ない夜の飯は俺が時々、此処で作る事があった」
「そうだったんですか。料理出来る男の人って良いですよね~」
「そうか、そう言われるのは悪い気しないな。ユーステスは料理作らんのか?」
「いえ。ユーステスも料理出来ますよ。仕事の合間の話ですけど、そのへんの雑草やキノコ、獣狩りして食材集めて、その場で自分で作って食べてるとか話してました。家でもたまに、外でそのへんの食材集めて作ったって、私にも食べさせてくれるんですよ。それがまた美味しくて、私の立場無いっていうかですね」
「なるほど。現地でその場の素材を調達して自分で料理出来るってのは、サバイバルの基本だからな、それはユーステスの得意分野か。おまけにそれで、お前の立場が無いってのも分かるぜ」
それからヴェインは、隣で材料を切り刻んでるに聞いた。
「しかしよ、よくあのパーシヴァルを相手に火力出そうと思ったな。訓練生達も、とパーシヴァルの言い合いの間に入っていけなかったと聞いたが。お前、意外と度胸あるのな」
「パーシヴァルさん、ユーステスに対して武器の扱いは一流かもしれんがあいつは魔法に関してはレベルの低い男だとか、イルザさんの組織でもグランサイファーでも単独行動が多くて全く使い物にならんとか、酷い事を言ってきたんですよ! それ聞けばユーステスの彼女として、腹立つの当然じゃないですか!」
「ユーステスの彼女として、ねえ。まあ、パーシヴァルもユーステスに負けまいとお前に酷い事を言ってたのは認めたようだが……」
ヴェインは同じ調理場でランスロットを相手に事情聴取を受けているパーシヴァルを盗み見る。
パーシヴァルは訓練生達が見守る中でも不機嫌そうにふんぞり返り、ランスロットにそのわけを話した。
「ふん。あのいけ好かない男の――ユーステスの女がこっちに来ていると聞いて、興味持ってな。どれ、どんな美人で器用な女かと期待して見にいけば、武器も魔法も扱えないという地味な女が居座ってるだけじゃないか。何だ、これがあのユーステスが選んだ女か? と、疑問に持ったわけだ」
「……、それでを試すつもりでユーステスの批判をすれば、反対に反撃されて言い負かされて、おまけに調理台で火の魔法を使うようにと利用されてたと?」
「言い負かされて利用されてなどいない! 俺は、あの憎たらしい小娘に俺の方がユーステス以上の力を持っていると示しただけだ!」
「それを言い負かされて利用されたっていうんだ」
ダンッ! 机を叩いて憤慨するパーシヴァルと、それに動じずに呆れた様子で見詰めるランスロットと。
「ユーステス以上の力を持ってるのはあそこでは、団長さんくらいしか居ませんよ!」
言っては、出来上がったばかりのチャーハンをパーシヴァルとランスロットの前に差し出した。
パーシヴァルは怪訝な顔をして、の差し出したチャーハンを見詰める。
「何だこれは」
「これはパーシヴァルさんの火の魔法のおかげで出来上がったチャーハンです、どうぞ!」
「……これを俺に食せと?」
「はい。どうぞ。一応、パーシヴァルさんの協力で出来上がったものですから」
「……、誰が庶民のお前の作ったものなど食べるか。そうだ、俺は昼は行きつけのレストランを予約していた。そちらに行かせてもらう」
「そうですか、それならそっち行ってください。あ、ランスロットさんもどうぞ」
は予約していたレストランに行くというパーシヴァルを無視して、ランスロットの方にもチャーハンを差し出した。
「おい、俺を無視するなよ」
「俺もいいのかい?」
ランスロットもパーシヴァルを無視して、に聞いた。
はランスロットが応じてくれたのは嬉しく思い、うなずいた。
「はい。ランスロットさんに何もお昼の予定がなければぜひ。これ、一応、グランサイファーで料理番やってるローアインさんに教わったチャーハンなので、変な味付けにはなってないはず、です。あ、味がおかしいと思えば、残しても構いませんよ」
「そうだな。これがあのローアインの味なら、食べる価値はあるな。どれ……」
ぱくり。ランスロットはが見守る中、チャーハンを口に放り込む。
そして。
「美味い。このチャーハン、グランサイファーで食べたローアインの味と変わらない」
「それは、良かったです。あ、ヴェインさんが呼んでる、私はもう訓練生の皆にも配るんで、ランスロットさんはその間、ゆっくり食べていてくださいね」
「ああ。そうさせてもらうよ」
「それでは」
そう言ってはランスロットから離れて、腹を空かして待っている訓練生の所へチャーハンを配りにいった。
は険悪だったパーシヴァルの態度と違い、柔らかな笑みを浮かべて落ち着いた状態でランスロットと接している。
パーシヴァルはそのを、面白くなさそうに見詰める。
「……何だあの女、お前と俺とでは随分と態度が違うじゃないか」
「そりゃ、パーシヴァルがユーステスを批判するからだろう。今からでもにユーステスを批判して悪かったと、謝ったらどうだ」
「ふん、あの艇では俺の方がユーステスより実力は上なのは変わりない。誰があの小娘に謝るものか」
言ってパーシヴァルは水を飲み干した時、目の前に再びチャーハンが置かれた。
何だと思って前を見れば、だった。
「私も謝る気はないですよ! この国では多分、パーシヴァルさんに敵う人間は居ないでしょうけど、あの艇ではパーシヴァルさんよりユーステスの方が上ですからね!」
訓練生達に配り終わってヴェインと戻ってきたはどういうわけか、パーシヴァルと同じ席について自分もチャーハンをガツガツと食べ始めた。
パーシヴァルの席ではだけではなく、ヴェインもチャーハンを抱えて座り、ランスロットも含め、大人四人が同じテーブルに集う。アーサー達は大人達のやり取りを興味深そうに見詰めるだけで、そこに口を挟める勇気はまだなかった。
そしてパーシヴァルもまた、同じ席についたを興味深そうに見詰める。
「……、何だお前、此処では――フェードラッヘでは俺に敵う人間は居ないと、それは分かってるのか?」
「パーシヴァルさんて、この国では騎士の中の騎士と言われる四騎士の一人で、それで色んな称号持ってる最強の騎士だって、此処の子達からそう聞いてますけど。本当ですか?」
「そうだ。俺は今では家の問題で此処を退いているが、此処、フェードラッヘでは最高で最強の騎士だと、この名前が知れ渡っている。そこのランスロットもヴェインも、俺の実力を認めている」
「そうですか。それじゃあ、この国ではパーシヴァルさんの上に立つ人間、此処の王様しか居ないですよね」
「うむ。その認識で間違いないが、お前は俺のその立場を認めると?」
「はい。パーシヴァルさんがこの国で最高の称号を持つ最強の騎士というからには、私もそれを認めるしかないでしょう。此処では――外から来たよそ者の私では、この国に関して何も批判的な事は言えませんよ」
「……ほう、無知な女だとは思ったが、少しは教養があるか」
パーシヴァルは肘をついてを品定めするように見て、はそのパーシヴァルにニヤリと笑って続ける。
「ただし、それはこの国に限った話になりますけど?」
「何?」
「パーシヴァルさんがこの国を出て私と同じよそ者になれば、ユーステスの方が格上で変わりありませんからね。あのグランサイファーでも、同じ事です」
「何だと、どこへ行っても俺の方が奴より上に決まってるだろう! 更に付け加えれば俺は、グランサイファーでは団長達に次ぐ存在であり、団長達も俺の家臣の一人として認められている! そうだ、ユーステスの女よ、お前も俺の家臣の一人にしてやろう、この国でこんな名誉な事はないぞ!」
「お断りします!」
「即答か! お前、この国では俺の家の家臣になるのが名誉な事だと分からないのか」
「分かりませんし、私が属するのはユーステスとイルザさんの組織と、団長さんのグランサイファーで十分です。それ以上はとてもとても」
「ハ、イルザの組織もグランサイファーの団長も、いくらユーステスの女とはいえ、ここまで能力の無い面倒な女をよく引き受けたものだ。俺はそいつらに同情するが――」
「――おいパーシヴァル、それはさすがに言い過ぎじゃないか」
「そうだな。パーシヴァル、それは言い過ぎだと俺も思うぜ。今のは、取り消した方がいい」
これでは、に泣かれて逃げられて面倒な事になる。それを危惧してパーシヴァルのそれは言い過ぎだとランスロットだけではなく、ヴェインも止めに入るが――。
「――別に言い過ぎじゃないですよ。私もそう思いますから」
「?」
「私は自分自身が武器も魔法も扱えない能力が何も無い、面倒な女であるのは自覚していますからね。イルザさんの組織もグランサイファーの団長さん達もよく、ユーステスの彼女になったというだけでこの面倒な私を引き受けてくれたと思いますよ」
「……」
はパーシヴァルに酷い事を言われて泣いて逃げ出すかと思えばそうではなく、はっきりとそう言ったのだった。
ヴェインもランスロットも予想外の展開に食べる手を止めて、を見詰める。アーサー達も食べるのを忘れて息を飲んで、を見詰める。
「それでも」
「それでも?」
は毅然とした態度でランスロットとヴェイン、パーシヴァル、そして、訓練生を前にして言う、言ってやった。
「――それでも私は私に関してどんな批判を受けようが、それがユーステスのためになる事なら何でもやれるという気力はあります。私の機動力はそれがユーステスのためになるかならないか、そのどちらかです」
「――」
彼女のその思いは、その強さは。
「ええ、何も能力が無くて面倒な私への批判はいくらでも受け止めますよ。それでユーステスの評判が逸れる、あるいは、ユーステスへの評判が落ちる事がないと思えば、安いものでしょう」
「、お前――」
「――私の場合、戦える彼らと違って料理、掃除、洗濯といった家事くらいしかできませんが、その仕事だけは誰よりも頑張ってやってやりますので、お任せを。私は、それがユーステスやイルザさんの組織への評価と繋がればそれで十分満足ですからね!」
「――」
ヴェインはのユーステスやイルザの組織への強い思いを知って、何か言おうとしたが何も言えなかった。ランスロットも訓練生達も同じだった。
の話で、室内は静まり返る。
「……このチャーハン、ローアインさんのおかげで上手くできたと思ったのになぁ」
は自分の思いを吐き出した後に静まり返る室内で残念そうに、一人、自分の作ったチャーハンを黙々と食べるだけだったけれども。
「――ハ、」
そのの様子を見て、パーシヴァルが先に動いた。
「ははは! 普通は自分に批判が集中すれば泣くか逃げ出すか反論するかのどれかだろうと思ったが、それがユーステスとイルザの組織のためになるなら自分自身の批判すら受け止めると、そうきたか、そうくるとは思わなかった! 俺も何も能力が無い女にそこまで言われるとはな! 最初は何もできない弱い女かと思えば、実際は違ったか」
パーシヴァルは愉快そうに笑った後、そして。
「――ふむ、あの料理人はふざけているが、腕は確かだ。その料理人から教わったというこのチャーハンも、美味いな」
「あれ、お昼は予約した行きつけのレストランに行くんじゃなかったんですか」
は、パーシヴァルが自分の作ったチャーハンを食べる様子を見て、素直に驚いている。
パーシヴァルは、驚くを無視してチャーハンを食べている。
「知らん。予定変更だ。予約しているレストランは、俺の家臣が俺の代わりに食べてくれるだろうから問題ない。そもそも、グランサイファーの料理人達の味は、俺も認めるほどだ。そうだ、その味が再現できるというお前も団長達と同じで、俺の家臣の一人にしてやろう。決めた、もうそれの取り消し出来んからな」
「はい? 私の話、聞いていましたか。私はイルザさんの組織と団長さんのグランサイファー以外は属する気ありませんよ」
「お前の意志など、知らん。俺が決めたからにはお前はもう、俺の家臣の一人だ。さっきも話したがあのグランサイファーの団長達も俺の家臣に数えられているからな。それは、団長達も俺無しでは旅が続けられないと思ってくれている証拠だ」
「パーシヴァルさんの事だからどうせ、団長さん達を強引に誘ったんでしょう。その団長さん達は、ユーステスが属するイルザさんの組織こそが旅のお供に相応しいと言ってくれましたからね」
「あいつらは――イルザの組織は、対星晶獣だけに特化したものだろう。俺の家――それは此処の白竜騎士団も含まれるが、白竜騎士団は星晶獣だけではなく、魔物から人間相手まで幅広く活躍出来る。うちの白竜騎士団こそが、団長達のお供に相応しい!」
「いえ、イルザさんの組織も白竜騎士団に負けず、星晶獣だけではなくて魔物も人間相手も何でも来いですよ! それだけじゃなくてイルザさんの兵士さん達も、団長さん達の援護射撃に一役買ってくれるほどですから! イルザさんの組織の方が、団長さん達の役に立ってますよ」
「いや、俺の白竜騎士団はランスロットを中心に編成すれば、戦場では怖いものなしだ。イルザの組織の連中は単独行動が多く、まとまりがないのが難点じゃないか」
「いえいえ、うちでもイルザさんを中心に、ユーステス、バザラガ、ゼタ、おまけでベアトリクスで編成すればまとまりもあって戦場では怖いものなしですよ! それで彼らの単独行動が多いのは、団長さんができないような裏の仕事を引き受けてるってだけですから、そこは団長さんの信頼も厚いですよ」
「ふん、お前らの組織よりはランスロットの白竜騎士団の方が戦術に長けているからな、そこは団長の信頼も厚く――」
「いやいや、戦術に関してもイルザさんの組織の方が団長さんの――」
パーシヴァルとの不毛な言い合いは、昼の休憩時間が終わるまで続いた。
「……なあヴェイン、あれ放っておいて良いのか」
「良いんじゃね? パーさんも一歩も引かない相手に、楽しそうだ」
「……、ってさ、俺達が思うより弱い女じゃなかったな。そして、力が無いぶん、相手を乗せるのが上手くないか。あのパーシヴァルさえ、完全にの手のひらの上だ」
「そうだなあ。それでランちゃんもに乗せられっぱなしだよな」
「そんな事は……」
「今更、隠すなって。ランちゃん、昨夜、トマトソースの件の後、に素直に頼られて満更でも無い様子だったじゃないか」
「……、それ指摘されると反論できないな。それで俺はもうヴェインが何を言おうが、側につくしかなくなったよ」
「そうかい。ランちゃんがそれ認めるというなら俺も白状するが、俺は最初、は何も出来ない弱い女でそれだから多少強く物を言えば簡単に言う事を聞いてくれて扱いやすいと見込んで軽い調子で引き受けたが、反対に俺の方がに噛みつかれるとはな、これは俺も予想外だったわ、ははは」
「ヴェイン……」
に乗せられて側につくしかなくなったとヴェインに苦笑するのはランスロットで、に反対に噛みつかれるとは思わなかったとランスロットに笑うしかないのはヴェインである。
ヴェインはチャーハンの皿を抱えて、ランスロットに向けて言った。
「せっかくが作ってくれたチャーハンだ、食べようぜ。あいつらの事を気にしていたら、食べる時間なくなるぞ」
「……そうだな。の作ってくれたチャーハンを残す意味はない。食べるか」
ヴェインとランスロットの二人は何か吹っ切れたよう笑って、の作ったチャーハンを食べ始めた。訓練生達もがもう大丈夫だと分かってからは、の作ったチャーハンに手を付け始めて「これほど美味しいチャーハンは食べた事がない」と、その味を絶賛していた。
そして、それから。
「ヘンリー、お前はこの中で火の魔法が得意だったよな。お前、の料理に協力してやってくれないか」
「ええ、オレがさんの料理に協力ですか?」
昼休憩が終わって昼は予約していたレストランに行くと言いつつ結局、のチャーハンをたいらげ、最後まで居座ったパーシヴァルが立ち去った後、ヴェインはヘンリーを名指しして彼をの助手につけようとした。
ヘンリーは最初、ヴェインにそう指示をされても何も出来ないの協力を渋っていたが――。
「ヘンリー君が協力してくれたら、皆にもっと良い料理を提供できるかもしれない。お願いできる?」
「う、え、ええと、その、あの」
「お願い、私にはヘンリー君が必要なの」
「……オレで良ければ、協力します」
「ありがとう! とても嬉しい」
「!!!」
ヘンリーはに笑顔で手を握られただけで顔が真っ赤になって倒れそうになって、それをアーサー達が慌てて支える始末である。
「……、思春期のヘンリーにははソフィアと同じく、毒だったか」
「本当、相手を乗せるのが上手いなぁ」
ヴェインとランスロットは、パーシヴァルだけではなくヘンリーでも手玉に取り相手を乗せるのが上手いを見て、感心した様子だった。
それから日は過ぎ、滞在三日目にしての話。
「ヴェイン班長、俺とトネリロ、さんの当番なんで早めに抜けて良いですか?」
稽古の途中、ヴェインにそう申し出をしたのは、トネリロとクロスの二人だった。
「おう、今日の当番はお前らか。それならもう終わって良いぞ」
「ありがとうございます! 行くぞ、トネリロ」
「ありがとうございます! 待ってよ、クロス!」
クロスとトネリロはヴェインに一礼した後に張り切って、稽古場を出て行った。
その二人の様子を羨ましそうに見るのは、アーサーとモルドレッドだった。
「今日のさんの当番、トネリロとクロスか。良いなぁ」
「この調子だとオレ達のさんの番が回ってくるの、当分先じゃないか。さん、いつグランサイファーに帰るんだっけ?」
「あと、一日か二日じゃなかった?」
「えー、思ったより短くないか? ヴェイン班長、さんの滞在期間、もう少し伸びませんかね?」
ヴェインにそう不満をぶつけるのは、アーサーを相手に剣を振るうモルドレッドだった。
ヴェインはモルドレッドの不満を聞いて、呆れる。
「無茶言うな。の滞在は元々、お試し期間で短い予定だった。というかお前ら、稽古より番の方が良かったのかよ」
「ええと、その、あのですね」
「正直言うと、今は稽古よりもさん番の方が良いです!」
ヴェインに睨まれたアーサーは物が言いづらそうにしているが、モルドレッドはヴェインにはっきりとそう告げる。
因みに「番」というのは、ヴェインの指示で導入されたものではなく、アーサー達が自主的に魔法を使えないを手助けするために訓練生の中から二人一組が選出、その日は一日、の助手として活動するという内容だった。
ヴェインはアーサー達が考えたそれについては「を自主的に手伝うのは良い傾向だ」として、特に何も言わずにの当番になった訓練生が彼女のために早引けするのは了解している。
モルドレッドは言う。
「さん、オレ達が少し魔法を使って手助けするだけでも、凄い凄いって、気持ち良く褒めてくれるんですよ。あのヘンリーもさんに協力するのを最初は渋ってたのに、今ではさんの隣で得意げに火の魔法使ってるんです。ほかに火の魔法を使える奴がヘンリーの代わりを申し出てもあいつ、料理の時間になれば此処はオレの席だから入ってくるなとか言って追い払って、さんの隣に居座ってる始末でして」
「それは、さんに何も力が無いせいであるのは、俺達も分かってますからね。多分、ヴェイン班長達やグランサイファーの団長さん達みたいに元から力のある人間が俺達にそれ言えば嫌味になりますけど、力の無いさんの場合はそれが自然なんで俺達もすっかりそれにハマってしまいましてね。それからさん、俺達に助けて欲しい時は素直に助けて欲しいとも言ってくれて、でもそれは俺達をこき使うつもりじゃなくて本当に俺達の手助けが必要な時だけというのが分かるので、そこも良いですよね」
「なるほどなぁ。お前達からすれば俺達みたいに力を持ってる人間に凄いと褒められるのは嫌味になるが、力を持たないの場合は嫌味に聞こえずにそれが反対にハマって、本当に助けて欲しい時に素直に助けてと言えるのも良いか……。はそれであのヘンリーすら手なずけたか、やるなぁ」
モルドレッドの足らない部分をアーサーが説明し、彼らの説明を聞いてヴェインは、のやり方に感心を示す。
それから。
「ああ、それから、前のパーシヴァルさんじゃないですけど、さんからユーステスさんやそれ以外――イルザさんの組織や、グランサイファーの団長さん達の格好良い話を聞けるので、それが俺達の間で色々参考になってるんですよ」
「そうです、そうです。さんのおかげで、うちの白竜騎士団以外、イルザさんの組織やグランサイファーの団長さん達も格好良いって、彼らの事をあまり知らなかった訓練生達の間で広まってますよ。将来は、騎士以外の道もありかもって」
「おいおい、にはうちの白竜騎士団の格好良さも広めてもらわんと、それは困るわ」
アーサーとモルドレッドからその話を聞いたヴェインは、彼らはフェードラッヘの騎士を目指して此処の訓練生となったのに、のせいでそれ以外の道を目指すようになるのは、たまったものじゃないと、頭痛がした。ヴェインはあとで、に白竜騎士団の格好良さも教えてやろうと思った。
その後、グランが決めたの四日間だけという滞在時間はとっくに過ぎて五日目に入っていたが、ヴェインも本人もそれに気が付かず、時間が過ぎるばかりだ。
そんな中、五日目の昼を過ぎた頃の話である。
その頃のは、フェードラッヘの訓練生の子達やほかの騎士達ともすっかり馴染んだ状態だった。
「、居るかい?」
「ランスロットさん?」
訓練生の寄宿舎で昼ごはんも終わり、その後片付けをしているに遠慮がちに声をかけるのは、ランスロットである。
因みに昼休憩が終わると訓練生達は別の場所でヴェインと稽古を再開しているため、寄宿舎ではとランスロットだけ。
ランスロットは言う。
「に話がある。いったん手を止めてそこに座ってくれないか」
「ああ、はい、分かりました」
はランスロットの言う事を素直に聞いて、椅子に座る。ランスロットもと同じテーブルについた。
ランスロットは一息吐いた後、に向けてその事実を打ち明ける。
「。実は、君の滞在期間、とっくに過ぎてるんだが」
「え」
「のうちの滞在期間、四日間だけだっただろう。実はもう、今日で五日目だ」
「えええ、本当ですかそれ。手帳、手帳、どこやったか。あ、あった」
はランスロットからその事実を告げられ驚き、慌てて手持ちの手帳を開く。
「やだ、本当。印つけた日より過ぎてますね」
はランスロットに向けて手帳を広げ、赤いマークで印をつけた日付を見せる。
ランスロットは苦笑し、に言う。
「はすっかり、うちに馴染んでしまったようだな。俺だけではなくてヴェインもの滞在期間が予定日より一日過ぎてるなんて、気が付かなかったほどだ。うちに来た当初、不安そうにしていた頃のは、今のの姿を想像出来なかっただろうな」
「そうですね。此処に来た初めの頃の私は此処で上手くやれるかなんて不安でいっぱいでしたけど、訓練生の子達も予想外に良い子達ばかりで、大人達も――ランスロットさんだけではなくてヴェインさんもパーシヴァルさんも良い人だったので、この私もこの国が此処まで居心地が良いとは思わずでして」
ははは。は照れ臭そうに髪をいじる。
は本当、フェードラッヘに来た当初は不安でいっぱいでヴェイン達を前にしても震えていた自分に、今の自分の姿を見せてやりたい気分だった。
「まさかあれから滞在期間の予定日がとっくに過ぎてるとは。今から帰りの荷物の準備をしなくてはいけませんね……て、あれ?」
はここで、肝心の事に気が付く。それは。
「あれ、それでどうして私に迎えが来ないんですか?」
「……、は団長達とどういう約束をしていたんだい?」
「ええと、団長さんには最大で四日間、その日になればグランサイファーの皆と迎えに行くよって……」
「そうか。でも彼らは四日を過ぎて五日目の昼になっても、姿を見せない。……どういうわけかな」
「まだ団長さん達の依頼が片付かないとか、ですかね?」
「手練れの団長達に限って予定日より遅れる、それはないだろう。それでも団長達が手こずり依頼が長引いても、ラカムか、そのへんに居るほかの仲間達がうちに連絡を寄越してくれるはずだ。しかし今回は、団長達から何の連絡も無い状態なんだ」
「それなら、団長さん達に何かあったんですかね。心配です……」
は、依頼に手こずってグランの身に何かあったのだろうかと、彼らを心配する。
ランスロットは目を細めて、を見据え、そして――。
「、このまま団長達が君を迎えに来なければの話になるが」
「はい」
「君さえ良ければこのままうちに――このフェードラッヘで暮らす気はないか」
「え」
ランスロットの提案を聞いたは驚いた様子で、彼を見詰める。
ランスロットは言う。
「は今まではこの寄宿舎を間借りした状態だったが、がこの国で暮らしたいというなら、にあった家を貸す事は出来る」
「……どうして急にそんな話を?」
「いや。うちの訓練生達はすっかりに懐いているし、俺もそれ以外の大人の騎士達も武器も魔法も何も扱えなくても君の頑張って働く姿を見て感動していて、今やヴェインも君の底力を認めているほどだ。さえ良ければ、この国に移住する気はないかな、と。ああ、今まで無償だったがこのまま訓練生の子達の世話を続けるというなら、給料も渡せる。どうかな」
「お断りします!」
「はは、相変わらず即答か」
「そりゃそうです。私、イルザさんの組織とグランサイファーから離れる気ないって、散々言ってきたじゃないですか」
「それではこのままグランサイファーの団長達がを迎えに来なければ、どうする気だ?」
「ユーステスの家なら、自力で帰れますからご心配なく。その後でどうするかは――グランサイファーの団長さん達の身に何か起きていて誰かの助けが必要とかあれば、イルザさん達も動くでしょうから、私はユーステスかイルザさん達の指示に従うだけです」
「……、は本当、ユーステスとイルザの組織を信頼しているんだな」
「はい。今の私の帰る場所は、ユーステスの家とイルザさんの組織だけですから!」
「そうか……」
そうはっきりと言い切ったを見て、ランスロットは笑うしかない。
そして。
ランスロットはよりも後ろを振り返り、ドアに向けて声をかけた。
「――本当にを独占できる君が羨ましいものだね、ユーステス」
「――お前達は、を甘く見過ぎだ」
「!」
ランスロットに応じるようにドアを開けて入ってきたのは、ユーステス、本人だった。
「え、ええ、な、何でユーステスが此処に居るの?!」
は最初、ユーステス本人が此処まで――フェードラッヘの訓練生の寄宿舎まで来ている事が信じられず、とても驚いた。
ユーステスはあくまでも冷静に、に此処まで来た理由を話した。
「それは、お前がグランサイファーに帰る予定日をとっくに過ぎていたせいだ。それで俺が団長の代わりに迎えに来た」
「ええ、団長さんの代わりって、やっぱり団長さん達に何かあったの?」
「いや? 団長は予定通りに依頼を終わらせ、ルリア達とグランサイファーでのんびりしている。俺も此処に来る前、グランサイファーに立ち寄って団長達からその話を聞いているので間違いはない」
「何でそれで団長さん達、予定日になっても私を迎えに来てくれなかったの」
「そういうお前も此処にすっかり馴染んだようでランスロットから言われるまで、帰る日は頭になかったじゃないか。団長達もと同じだったようで、俺がの帰りが遅いと指摘するまで予定日が過ぎていた事に気が付かなかったらしい」
「何だ、そんな事だったの」
はグラン達は何も無かった事が分かって安心している。
ユーステスはそのを見て、言う。
「は、俺が此処まで来たのは迷惑だったか?」
「全然。これは私としては予想外の展開だけど、ユーステスが此処まで私を迎えに来てくれたのはとても嬉しい!」
はそう言って席を立つと、ランスロットの前でも構わずユーステスに抱き着いた。
ユーステスもランスロットに構わずを引き寄せて彼女を抱き締め、お互い、そのぬくもりを確かめ合う。
「久し振りのユーステスね。ユーステスにこうしてもらうと、やっぱり落ち着く」
「……ああ、俺も久し振りに会ってようやく落ち着いた気分だ」
しばらく抱き合った後、はユーステスの胸から顔を上げて聞いた。
「それにしてもユーステス、よく此処が分かったね」
「それはそこに居るヴェインが案内してくれた」
「ヴェインさんが? あれ、ヴェインさん、居たんですか」
「俺もさっきから此処に居たわ!」
ユーステスの隣には何故か、訓練生達と稽古中だったヴェインがついていた。はここで初めてヴェインを認識して、ヴェインはユーステスに言われるまで自分が目につかなかったというに苦笑する。
ヴェインはユーステスを見つけた時の状況をに説明する。
「いやな、入り口の方で門番と誰かが『知り合いが居るので入れてくれ』、『部外者は断る』、『知り合いが居る、入れさせろ』『紹介状は』『そんなものはない』『それなら入れない』『だから知り合いが』とか延々と揉めてるんで何だと思って見に行けばユーステス本人じゃないか。いやー、俺もこれには驚いたわ」
「ヴェインさんがユーステスを此処まで連れてきてくれたんですか。ありがとう!」
「いや、それはいいが」
ヴェインの視線は定まらない。それというのも。
「何です?」
「何だ?」
とユーステスはヴェインが何が言いたいのか分からなかったけれども。
「お前ら、本当に恋人同士だったのかよ……」
「目のやり場に困る、子供達の手前、此処ではそういうの、自重してくれ……」
ヴェインとランスロットは、自分達を気にせずに抱き合った状態のままのとユーステスを見て、彼らが本当に恋人同士だったというのを今になって思い知らされたのだった。