空のパレード(03)

 と。

 シエテはここでジッとが自分の方を見ているのに気が付いた。

「何だい?」
「シエテさん、あの、いいですか」
「何だ、ウーノは各地を転々としているせいか中々捕まらないからなぁ、さすがのでも無理かー。でウーノを連れてくるのが無理そうなら最後の手段、団長さんに頼むかい? 団長さんなら各地に散らばる団員を総動員すれば、ウーノを捕まえられるだろう」
「いえ、団長さんに頼むまでもないですよ。適任が一人、目の前に居ますから」
「え?」

 シエテは最初、に何を言われているのか分からなかった。

 はやけに落ち着いた様子で、言った。

「シエテさんがウーノさんを連れてきてください、お願いします」
「――」

 それは。

「え、何、俺にそれ頼んでる?」
「はい。シエテさんにウーノさんを連れてきてくださいって、頼んでるんですよ」
「何で俺に?」
「シエテさん、十天衆の中ではウーノさんと仲良かったじゃないですか。シエテさんがこの艇で十天衆の皆が集まらないって団長さんに愚痴ってる時も、ウーノさんだけは出席率良かったですよね。シエテさんであればウーノさんの居場所も大体、把握してるんじゃないですか?」
「それは……」
「シエテさんでウーノさん、連れてきてください。お願いします」

「――」

 自分でも構わず頭を下げるを見て、シエテは。

「――シエテ、そこでの頼みを引き受けなければ十天衆の頭目としての威厳、霞んじゃうんじゃないのぉ?」

「サラーサの言う通りね。シエテが此処で動かなければ、十天衆もこの先、どうなるか分からないわよ」

「シエテがの頼みを聞かなければ私、この艇に引きこもったままでいいかも……」

 シエテが動かない間、サラーサ、ソーン、ニオの三人から挑戦的にそうふられる。

「俺もシエテがここまで器の小さい男だったのかと、見限るだろう」

「僕もシスに同感ですね。此処でのために動かないで何が十天衆の頭目ですか」

「うむ。我もうぬらに同意する。力を持たないに力を貸してこそ、十天衆の頭目として認められよう」

 シス、カトル、オクトーの男三人も呆れた様子でシエテを見ていて、そして。

「シエテ、あなたがのために動かなければ私がウーノを捕まえてくるよ」
「あちしもそれ、協力する! あちしの探知魔法であればウーノの居場所くらい、簡単に見つけられるよ!」

 エッセルがそう言って静かに席を立てば、フュンフもそれに続いて席を立った。

「待て、お前達がウーノを連れてくる必要はない」
「シエテ」

 それぞれに言われたのが効いたのか、ようやくシエテが動いた。

「分かった、分かった。十天衆の頭目である俺がの頼みを聞いて、ウーノを連れて来よう。その前に、一ついいか」
「何です?」

 シエテはを見据え、言った。

はこの団の中で、力を持たない自分をどう思ってるんだい?」
「――」

 にとってその質問は。

「ああ、いや、答え難いなら無理に答えなくていい。また俺が悪者にされるからな、はは――」

「――力を持たない自分については、もう諦めてますよ。そのぶん、利用できるものは何でも利用してやろうかと思ってます」

「何だって?」

 のしごく簡潔な答えを聞いてシエテは最初、彼女が何を言っているのか分からずに戸惑う。

「いやいや、は自分がこの団の中で力を持っていないから諦めてるんじゃなくて、この団でもに力をつけてやろうと考えている人間は少なからず居るはずで、もそれで力をつけて皆を見返してやろうとか、そういう向上心は持ってないのかな? それもなくて利用できるものは利用するって、何だそれ」

 は戸惑うシエテにかまわず、続ける。

「いやあ、私、ユーステスの紹介でこの艇に乗った当初、オイゲンさんとカタリナさんに実力テストみたいなのをやってもらいまして、そこでオイゲンさんとカタリナさんに『基礎がなってない、その年齢でそれじゃこれ以上修行しても無意味』って、それは気持ちの良いくらい堂々とサジ投げられましてね。それでどうやって向上心が持てるんですか?」
「それは……」
「それからオイゲンさんから、団の仲間と一緒に修行をして力をつけるのもありだが無理に力をつけて自信を持って最前線に出れば絶対ケガして逆に皆に迷惑かけるから、修行もしない方がいいともハッキリ言われてるんですよ。それだから私は、力を持たない自分についてはもう諦めてるんです。ははは」
「……それ笑って話す事かな」
「でもシエテさん、オイゲンさんとカタリナさんの言う通りで、この年齢で武器だけじゃなくて魔法も扱えない私が修行したところで、それ以上の力がつくと思います?」
「……」

 シエテはに言い返せなかった。何も。

「イルザさんの組織では私のそれ見ても突き放したりせずに何年か時間をかければまだ何とかなるんじゃないかって優しかったんですけどねー、やっぱこの団はそういう容赦ない部分、凄いですよねー」
「……」
「オイゲンさんにそうハッキリと言われて私は、この艇に乗る資格ないのかって絶望的でした。この団を紹介してくれたユーステスにも迷惑かけてしまった、どうしようって。でも、その私を突き放さずに優しくしてくれてその絶望から救ってくれたのが、団長さんだったんです。団長さんは、私がユーステスの彼女だって事で、気遣ってくれたんでしょうけど」
「……その団長は、力を持たないにどう助言して、絶望的なを救ったんだ?」
「それ知りたいですか?」
「ああ、教えてくれ」

 はニヤリと笑って、シエテに言う。言ってやった。

「――団長さんがいうには力を持たない自分はまずはこの団で一人でも認められるように自分のできる事を優先して、そのうえでこの艇で利用できるものは大いに利用すればいい、それがこの団で生き残る術(すべ)だ、と」

 は続ける。

「団長さんにどうすれば力を持たない私でも団の皆に役に立つのかと相談すれば、団長さんから力がなくても、自分のやれる事をコツコツやっていれば一人くらいは『意外とやるな』と注目してくれるだろうし、そのうえでこの団で利用できるものは大いに利用すれば良いんじゃないかって、そう教わったんです。当時、自分の出来る事といえば家事全般と星晶獣に関する勉強だけで、それを続けていれば一人だけ――本当に一人だけ、イオちゃんだけが私に注目してくれて、イオちゃんが最初に私と友達になってくれたんです。それからイオちゃんのおかげでルリアちゃんが来てくれて、それで今まで力の無さに素っ気無かったラカムさん達からも普通に話しかけられるようになりましてね」
「……」
「イオちゃんのおかげでラカムさん達にもやっと普通に接してもらえるようになった私は、そこで団長さんの話しているようにこの艇で利用できるものは利用しようと、団の人間関係を観察するようになったんです」
「団の人間関係を観察?」
「はい。艇の掃除の片手間に団の人間関係を観察していればカタリナさんはルリアちゃんに甘くてルリアちゃんに頼めばカタリナさんが動いてくれる、ラカムさんはイオちゃんに弱くてイオちゃんに頼めばラカムさんが動いてくれる、オイゲンさんは団長さんには素直に言う事を聞いているのでオイゲンさんに頼む時は団長さんに頼めばいい、ロゼッタさんは美容と恋愛に関する相談をしていくうちに打ち解けて色々頼み事を引き受けてくれるようになって、こんな風に力を持たない自分でも人間関係で力関係が分かれば、人を動かせるってのがだんだん分かってきまして、それが面白いなと思いましてね」
「なるほど。その力関係は、確かに団の人間関係を観察しないと分からないな……」
「それから、そのあとに自分が属している組織のイルザさんにも団長さんの話を聞かせれば、イルザさんもそれに納得したように『団長さんの言う事は理にかなっていて、力が無いものは組織でも団でも、内部の人間関係を見ればそこの力関係も分かって、それの情報を扱えるようになれば現場で戦える人間より強くなれる』とも教えられました」
「それ、は実践してるのかい?」
「はい。団長さんとイルザさんの教え通り、この艇の人間関係を観察していれば、団や組織以外の人間達の力関係も分かってきましてね。あの人に頼めばあの人が来てくれる、あの人に頼めばあの人は使いやすい――こんな風に、この艇で力を持たない私でも色々利用できるものが増えてきたんですよ。この近くでやってるエルーンの耳品評会でも、それが活かされてます。団長さんからも、自分にそれの情報管理を任せれば間違いないって言われるようにもなりました」
「……、それでは、組織やこの団だけではなく、うちの人間関係もよく観察してたってのかい」
「ええ。十天衆の皆さんを観察していれば中でもシエテさんが一番分かりやすかったですね。シエテさんは中心から外れているように見えて、中心に座ってます。団長さんの呼びかけで集まった戦いでもそれ以外の場面でも、十天衆の皆さんはちゃんと、シエテさんの号令で動いてますよね」

「へえ、はそこまで気が付いてたか……」

 そこまで見抜かれていたとはなぁ。シエテはいくら十天衆の人間関係を観察していてもそこまで気が付くのは個人の能力だろうなと、の観察力に感心を寄せる。

 そして。

「それでは力を持たなくてもそれだけで、十天衆の頭目の俺すらも利用しようってのかい」
「はい。力を持たない自分は自分のできる範囲で利用できるものは大いに利用しろ、それがこの精鋭揃いの団の中で教わった事です。シエテさんを利用できるなら利用しますよ、私は」
「力を持たないが俺を利用するのはいいが、十天衆の頭目である俺を使えるだけのそれに見合った対価をは払えるのか」
「それもちゃんと考えてますよ。相手を利用できるぶんは相手に相応しいと思えるような対価を払った方が良いとも、団長さん達に教わりましたから。私の払える対価は団長さん達のように力ではなくて、家事全般になりますけどね」
「力ではなくて、家事全般? それでに応じてくれた人間が居るってのか?」
「はい。そうですね……、此処に集まってくれた十天衆の皆さん――サラーサには彼女の好きなケーキを作ると約束してます」

 シエテがサラーサを見れば彼女はそれを了解していると言って、手をあげる。

 それからは、十天衆の顔を見回し、それぞれの対価交換をシエテに教えた。

「ニオにはニオの思った通りの居心地の良い場所を提供、ソーンには買い物に付き合う、エッセルは妹として振る舞う、カトル君は私でエッセルの願望が叶えられればそれで十分、シス君はそこまでの対価は必要無いと話してくれましたがそれだけでは悪いのであとでこっそり彼の好きな花や本を渡したりして、オクトーさんはフュンフちゃんの遊び相手になってくれればいい、フュンフちゃんは遊び相手か遊んでくれる人間を手配してくれれば満足――それで」
「それで?」

「それでシエテさんにも私の言う通りに此処にウーノさんを連れてきてくれれば、力の提供以外で私のできる範囲で対価を払いますよ。シエテさんの場合、この団で気になってる人材を紹介するとか、それこそ、今回のように集まらない十天衆の皆さんを集めるとかできますけど、これでどうですか?」

「――ハ、」

 に臆する事なく反対に挑戦的に見詰められて、シエテは。

「――ははは、そうきたか、そうくるとは思わなかった! 力がなくともここまで十天衆の人間の趣味と趣向を理解し、それを全て受け入れているとは思わなかったわ。俺への対価も、十分に納得いくものだ。さすが、武器も魔法も扱えずともあのユーステスの女になっただけはあるか!」

 ひとしきり笑った後に、シエテは。

「おいウーノ、もう出てきていいぞ。の実力は、存分に理解した」
「――そうか。シエテがの実力に納得したというなら、僕も出てこられるか」

 シエテの合図で突然に上空から降りてきたのは、ウーノだった。

 しかしは、ウーノの突然の登場に特に驚きはなかった。

 それというのも。

「やっぱりウーノさん、近くまで――この艇に来てたんですね」
「おや、には僕がすでにこの艇に来ているのが分かってたのかい?」
「シス君がオクトーさんとフュンフちゃんを連れてきた時点で、残るはウーノさん一人になりましたよね。それでウーノさんもすでに艇に来ていると思いましてね」
「いやだから、それでどうして僕がすでに艇に来ていると分かってた? 、君はフュンフやイオのよう、探知魔法は扱えないんだろう?」
「簡単な話ですよ」
「簡単な話?」
「これ、ウーノさんが残り一人となった前提での話ですよ。ウーノさんが残る一人でこの艇に来ていなければ」
「僕が残る一人でこの艇に来ていなければ?」

 ウーノは興味深そうにの続きを待つ。

「――残り一人でウーノさんがこの艇に来ていなければシエテさんが十天衆の頭目やってる意味、ないですよねえ」
「――」

 さらりと。

 ははは。笑いながらそう言ってのけたにウーノだけではなく、シエテは。


「――、十天衆の皆、来てくれたのかい?」
「団長さん」

 十天衆が全員席に揃った所で、団長のグランが顔を出した。

 は自信たっぷりに胸を張って、グランに報告する。

「ごらんの通り、十天衆の皆さん、全員揃ってますよ」
「うん。さすがだな。に任せれば間違いない、か」

 グランもで十天衆の全員が集まっているのを見て、感心した様子だった。

 ここでは、気になっている事をグランに聞いた。

「それで、イオちゃんとルリアちゃんのエルーンの耳品評会、どうなりました?」
「この艇に来てくれたエルーンの調査は終わったけど、二人とも、まだのいう上質な毛皮には出会えていないようで納得していない様子だったなぁ」
「そうですか……」
「でも、イオとルリアもこれのおかげですっかりエルーンの耳の感触が気に入って、ユーステス以外でエルーンの耳が堪能できて満足したって言ってた」
「そうですか、それなら良かったです」
「あ、それから、エルーンの皆にもエルーンの耳品評会が好評で、第二回もあれば参加したい、その時は今日に来られなかったエルーンの仲間も連れてくるって。その時もまたに管理して欲しいって話してたよ。どうする?」
「良いですね。エルーンの耳の品評会、第二回もできて今回参加できなかった子達も来てくれるというなら、やってみたいです」
「エルーンだけじゃなくて、彼らの品評会の様子を見ていたドラフとハーヴィンの仲間から、ドラフの角とハーヴィンの耳の品評会もやって欲しいともあったけど、それはどうする?」
「それは私では管轄外ですけど、彼らを管理する仕事は私にお任せを」
に管理を頼めば、皆もその采配には納得してくれるからな。その時は頼んだよ。あ、そうそう、に言い忘れてた」
「何です?」

「ユーステスがもう艇に帰ってきてる」
「それ早く言ってください!」

 ダッシュ! は、グランの示した方向にユーステスが居るのが分かって、そこへ駆け足で向かった。