そして。
その日は雲一つない澄んだ青空が広がっていた。
その青い空の下、はユーステスにそれを告げられた。
「――、俺と別れてくれないか」
「は?」
はユーステスからそう告げられ、呆然となる。
場所はグランサイファーの甲板の上で、現場にはグラン達も揃っていたが、グラン達はとユーステスの様子を見守るしかなく。
「何で急に? 私が嫌になった?」
「……そういうわけじゃない」
「それじゃあどういうわけ?」
「が妹の結婚式で実家に帰っている間、この団とイルザ達に月に行ったと思われたアイザックとカシウスから、救難信号が入ったのはも聞いているだろう」
「聞いてるけど。それが何で別れ話に?」
ユーステスは少し考えて、に彼らの事情を話した。
「月に行ったアイザックとカシウスは月の末裔の人間でそれに導かれるように月に向かうもそこで月の末裔の人間達の真実を知って恐ろしくなり、空の世界に帰りたいと俺達に訴えてきた。それを知った月に残っているらしい月の末裔達が彼らだけではなく、彼らを助けようとする空の民の俺達に向けて襲撃を計画、更には俺達が持つ封印武器に狙いを定めて襲ってくるというのが、アイザックの連絡により明らかにされた。実際、イルザとイルザのところの数人の組織の兵士達が月の末裔達が放った機械の兵器軍の襲撃を受けたようだ」
「……」
「更に言えばその月から飛来してくる敵は俺達だけではなく、アイザックとカシウスに関わったこの団の人間――団長やルリア達も例外なく狙いを定めたという。それを知った団長もその襲撃者から自分達の仲間を守るため、各地に散らばる団員達を総動員して、その襲撃に備える。その中で……」
「その中で武器も魔法も扱えずに何もできない私の存在が邪魔になった、と?」
「その通りだ。団長達はいつものよう、お前をこの艇で保護するつもりでいたようだが、俺達はそれでは月からの襲撃者に備えるのは難しいと言い聞かせた。それ以前にほかの団員達も――お前の預かり先にと考えていたいつもの国、ジュリエットのキャピュレットや白竜騎士団のフェードラッヘも正体不明の襲撃者によって襲撃を受け、自国を防衛しなければいけない体制に入ったとある。それは恐らく、月の民の末裔が月から放った機械でできた兵器軍だろう。そこで何も出来ないお前の面倒まで見切れず、無理だと断られるのが目に見えている」
「……」
ユーステスの言う通りで、グランのグランサイファーの団員に属している仲間達の国も、正体不明の襲撃者に襲われたというのは、の耳にも入っている。
「団長とルリア達もこれから、アイザックとカシウスの救出のために月に向かう準備を始めなければいけない。団長達すら、お前を置き去りにするぞ」
「……私、いつものようにユーステスの家で一人で留守番できるよ。何も別れる必要ないと思うけど」
「いや、俺の家も危ない」
「え?」
「月からの襲撃者達は、カシウスの脳内を暴いてデータ化し、俺達の情報を細部まで調べているとアイザックが話していた。それで俺の隠れ家も奴らにすでに見付かっている。俺の家にもいつ、月からの襲撃者が来るか分からない。俺は月からの襲撃者に備えて、組織内で狙撃班に組み込まれているので、当分はそこに帰ってこられない。俺の留守の間にお前が月からの襲撃者と遭遇してやられても、俺はそれの責任が持てない」
「そんな……」
はユーステスと組織の間でそこまでの事態になっているとは、実家に居る時は夢にも思わなかった。
「それだから団長達と違って何も出来ないは、俺と別れて実家の孤児院に身を寄せた方がいい。何も出来ないは、俺や団長達と一緒に居るよりはその方が安全だ」
「……」
ユーステスの言う事は本当だろうし、武器も魔法も扱えずに何もできない自分は彼と離れていた方が安全だというのは理解はできる。
けれども。
「……ねえ、一ついい?」
「何だ」
落ち着け、落ち着け。
は自分にそう言い聞かせて、あくまでも冷静にユーステスに聞いた。
「その、アイザックさんとカシウスさんが無事に月から空に戻って、月の民の末裔達からの襲撃も終われば、ユーステスはまたいつものよう、私を迎えに来てくれる?」
「……」
「ユーステス、答えて」
「……」
「お願い、返事してよ」
泣きそうになるのを堪えて訴える。
「――これもアイザックからの話だが」
ユーステスはやけに落ち着いた調子で、に応じる。
「――アイザックによれば、カシウスの脳内を暴いた月の民の末裔達は、月の民の末裔の遺物である封印武器を所持する俺達の情報をデータ化し、登録してあるという。それは封印武器を所持する俺達に限らず、カシウスに関わった組織の人間、及び、このグランサイファーの団長達の名前や能力も詳細にデータ化してあるらしい。それで団長とルリアの関係、ルリアが今まで手に入れてきた星晶獣を呼び出して戦う戦術もそれで学習され、対応策も練られているようだ。それは俺達にとっても団長達にとっても、痛手になるのは間違いない」
「……」
「団長とルリア達はまだいい、彼らはどんな強敵が相手でも戦える術(すべ)を心得ているからな。ほかの仲間達も同じだ。彼らなら、俺達の手助けなしでも月の民の末裔達の襲撃からも、何とか対応できるだろう」
「……」
「、お前、運が良いな」
「え?」
「は、俺達の組織に来た当初は、アイザックとカシウスの二人と接触していなかっただろう。がうちに来たのはアイザックとカシウスが月に向かった後であったためにカシウスのデータにお前は登録されていない状態で、カシウスもアイザックも、月の民の末裔達もお前には無関心だというのが分かっている」
「それじゃあ……」
「は、その運を手放さない方がいい。これ以上に俺達はもちろん、団長達と関わるといつ、月の民の末裔達に目をつけられるか分からない」
「あ……」
「その中で俺は、何もできないお前を守る余裕はない。……団長は分からないが俺は多分、アイザックとカシウスが月から無事に帰ってきても、お前を迎えに来る事はないだろう」
「そんな……」
それは、にとって残酷な結論だった。
「月に残っているらしい月の民の末裔達は、この空の民の住人達にとって脅威的な存在になるのは間違いない。そして月の民の末裔達は、カシウスとアイザックは空に帰れたとしても二人を付け狙い、その二人に関わってしまった俺達も狙われ、以前のよう、気の休まる時間はなくなった」
「……」
「それだからお前ももう、俺達に関わらない方がいい。が俺のせいで命を落としたと分かれば、お前の親だけではなく、孤児院の兄弟達が悲しむからな……」
「あ……」
はユーステスの最後のそれを聞いて、胸が熱くなるのを感じた。
「、俺と別れてくれないか。いや、違うか、は俺と別れた方がいい」
「……」
はユーステスにはっきりと言われても何も答えず、そこから動けなかった。
ユーステスは溜息を一つ吐いて、続ける。
「……お前がこれ以上に俺に何も言う事がないなら、俺はもう行く。俺とイルザ達だけではなく、ゼタとバザラガ、ベアトリクスも忙しくなって、お前の事もすっかり忘れるさ。お前も俺達の事を忘れた方がいい」
「……」
手を伸ばせば、まだ手が届く範囲に彼は存在している。
だから。
「待って!」
「!」
の声が、ユーステスを引き留める。
ユーステスはゆっくりとの方を振り返る。
「何だ」
「……ッ」
はあの時と同じだと、思った。
目の前に居るユーステスはあの時と同じ――遺跡で見つけて組織の拠点で再会した時も、今と同じ、何も寄せ付けない、冷たい顔をしていた。
普通の力を持たない女子供であれば、彼のその顔を見た途端に震えて逃げたくなるだろうほどだった。
それでも彼は、自分の声に応じて、話を聞いてくれた。
今もその優しさは変わらない――はそう、思いたかった。
「ね、ねえ、此処で――このグランサイファーで大人しく待っていてもいい? ユーステスの月計画の仕事が終わるまで私、いつも通りに此処で待ってるから!」
「……それは不可能だ」
「ど、どうして? 団長さん達は、この空で月からの襲撃者を迎え撃つんでしょ? その間だけ、私でも此処に居られると思うけど……」
ユーステスは深い溜息を吐いた後、にそれを打ち明ける。
「団長達は、俺達の組織で技術者の一人として手伝ってくれている十二神将のマキラからそれの適正反応があると言われ、宇宙船に積む機神の操縦者として、アイザックとカシウスを救出するために月へ向かう手配となっている」
「ええ、団長さん達も月に向かうの?」
これはは初耳で、思わずグランとルリアを見る。グランとルリアはバツの悪そうな顔をして「ユーステスの言うよう、僕はマキラに言われて月に向かう準備をしている」と、返事があった。
「団長以外では、バザラガ、そして、グウィンもそれの仲間に入っているようだ」
「えええ、バザラガは分かるけどグウィンも? グウィンだけずるい、私も月に行きたかった!」
「何も出来ないお前が月に行ってどうする」
「ね、ねえ、まさかユーステスも団長さん達と一緒に宇宙船に乗るの?」
「……いや。俺はそれの適正試験に受からず、その仲間に組み込まれていない。俺はこの空に残り、イルザ達と一緒になって月からの襲撃者を迎え撃つ側に立った」
「そう、それは安心した」
「何でそれで安心するんだ」
「月に行けるなら私も、ユーステスと一緒に行きたかったから。月からユーステスと一緒にこの空の世界を眺めるの、夢だったんだよ」
「……」
にこにこ笑ってそう夢を語ると、急に肩の力が抜けたユーステスと。
は腰に手をあて、はっきりと言う。
「それじゃなくても、ユーステスが月に行かなくて安心した。ユーステスがマキラちゃんの適正検査にに受からなくて良かったとも思う」
「何故。俺はマキラの適正検査に受かれば、バザラガと同じよう、月までアイザックとカシウスを助けに行きたかった」
「分からない? 団長さんやバザラガはルリアちゃんとゼタがついてるからまだ良い、グウィンも慎重派だから良いけど、ユーステスは月に行っても一人で無茶しそうだからそれ心配だった」
「……」
この時にユーステスのエルーンの耳はピクピク動いていたが、この場にはバザラガとイルザは不在で、グラン達ではそれには気が付かなかった。
「……とにかく」
とにかく。
ユーステスは自分の気を落ち着かせようとフラメクに触った後、に言った。
「とにかくマキラは、自分の作った宇宙船に機神を積んで、それの操縦者として団長達を連れていくと話していた。ラカムはその間、この艇を手放すという。いつもならお前を預かり先に置いていくが、前も話したよう、ほかの国も月の民の末裔達の襲撃にあっていて、今回に限ってはそうもいくまい。お前は、孤児院に戻った方がいい」
「そ、それじゃあ、その間はユーステスの言う通りに大人しく実家の孤児院に戻ってるけど、全てが終われば私を迎えに来てくれる?」
「何度も言わせるな、はもう俺達と関わりを持つな。俺達に関われば、お前も、お前だけじゃなくお前の家族も月の民の末裔達に狙われるようになる」
「それなら、私からユーステスに会いに行くっていうのは――」
ユーステスはこの時、何を思ったのか。
「!」
フラメクではない、もう一つの銃を手に取り、にその銃口を真っ直ぐ向けた。
そして。
「警告。その場からさっさと逃げろ。逃げなければ、撃つ」
「……」
ユーステスはに銃を向けた状態で感情も何もなく、抑圧の無い声を発する。
はユーステスの警告を受けるも、その場から動けなかった。
「カウントダウンを開始する。十秒以内に逃げろ、逃げなければ撃つ」
「……」
体は震えているし、唇も震えている。
ユーステスは標的を定めれば味方でも撃てる冷酷な男で、裏切り者の始末は決まって彼の役目だ――そう彼を評価したのは、イルザだったか、バザラガだったか。
「10、9、8、7……」
カウントダウンは始まり、頭では逃げないといけないと分かっていても、足は動かなかった。
「ユーステス!」
「ユーステスさん!」
「止せ、二人の間に入るな」
二人のやり取りを近くで見ていたグランとルリアがそれを止めようとするも、その二人を止めたのはオイゲンである。
「オイゲン、何で止める。このままじゃが……」
「そうですよ。が危ないです」
「ユーステスはいざとなったら、俺かラカムが止める。ルリアは回復の準備を。団長は、黙って見ていろ」
「でも」
「――お前達が間に入れば、これ以上にこじれるぞ?」
「……」
「……」
オイゲンにぴしゃりと言われたグランとルリアは、大人しく引き下がった。
その間にもユーステスのカウントダウンは続いている。
「6、5、4、3」
「……」
「」
「……」
動けない。
「2、1――」
「ッ!」
ゼロに近付いた時、はとっさに自分の腕を体の前に組んで身構えた。
「――」
ゼロ、の声と銃声は、いつまでもに届かなかった。
「はぁ」
代わりにユーステスの大きな溜息と、舌打ちが聞こえた。
「誰がこの銃でお前を撃てるか」
「ユーステス……」
はこんな時でも彼の優しさは変わっていないんだなと、ぼんやりと思った。
ユーステスは銃口をから外して、淡々と言った。
「お前もこれくらいでさっさと逃げないと、月の末裔達の襲撃から逃げられんぞ」
「……」
「俺はそのお前と、お前の家族を守れる自信はない」
「……」
「そうだ、これを」
ユーステスは一枚の書類をに見せた。
「何これ?」
はそれが何であるか分からない。
ユーステスはその書類の正体を明かした。
「これは、組織に置いてあった、俺とお前の契約書だ」
「ユーステスと私の契約書?」
「この書類はは俺の見習いとして契約する、とあり、それを認めたイルザとローナンのサインもある。この契約書の効力があるうちは、お前は組織内では俺の見習いとして認識され、組織の拠点にも出入り自由だ」
「それなら、まだユーステスの見習いとして……あっ」
ビリビリ。ユーステスはその契約書をの前で破いて、その紙片は風に乗って散らばっていった。
「……これで俺とお前の契約は破棄され、お前は組織内での居場所はもう無いに等しい。月の事件が片付いてもお前は、組織に戻れなくなった」
「そんな……、そこまでする?」
「そこまでしなければお前は、月の事件が片付いても俺を追いかけてくる気だっただろう」
「……」
はそれについて否定できなかった。
「俺はもう行く。団長達でカシウスとアイザックが無事にこの空に戻ってきても、俺はもうお前と関わらないし、お前も俺と関わらない方がいい。お前は、俺以外の男を見つけて、結婚した妹と同じように幸せになればいい。じゃあな」
「……」
今度はは、艇を出ていくユーステスを引き留めなかった。
ユーステスもの方を振り返らなかった。
ユーステスが出て行ったのを見た途端、の足が動いたかと思えば。
「!」
「しっかりしてください!」
がくん、と。ひざを落として座り込むを、グランとルリアが支える。
そして。
「、本当に大丈夫か。あいつ、との契約書まで破る事なかったのに」
「ビィの言う通りよ! 何も、との契約書まで破る事なかった!」
「大変な事になったな……」
「ちゃん……」
今まで黙って二人の様子を見守っていたビィ、イオ、カタリナ、ロゼッタの女達もを心配して集まる。
「……そうだな、オレはユーステスの気持ちが分かる。あの組織の連中、カシウスとアイザックの影響で月の民の末裔というヤバい奴らに目をつけられたからな、それで今後のの扱いは変わってくるだろう」
「うむ。俺もラカムと同じくユーステスがとの契約を破棄してまで、そいつらからを守りたいと思うユーステスの気持ちも分からんでもないが……」
ラカムとオイゲンは、契約を破棄してまで月の末裔達からを守ろうとしたユーステス側の気持ちは分かると話した。
「ありがとう、もう大丈夫」
「」
はしばらくして、立ち上がった。
「……ごめん、今は一人にして」
「……」
はふらついた足で、自分の部屋に戻った。
その日の夜。
ユーステスが立ち去った後、はいつも通りにファスティバの仕事を手伝っていた。
がユーステスに契約を破棄されて別れを告げられたという話はその日のうちにグラン達以外――ファスティバやローアイン達の間でも広まっていたが、彼らはに何も言わずにいつも通りに接してくれたのは、もありがたいと思った。
夕飯が終わって片付けも終わって一人になれる時間を見計らってか、グランはを甲板に誘い、二人で地べたに座って今後の話をした。
「。僕はマキラの宇宙船で月に行くけど、まだ猶予はある。それまで、この艇でゆっくりするといい」
それから。
「それから、アイザックとカシウスが僕達の手で無事にこの空に帰って全てが落ち着けば、僕が君を迎えに行くよ。そこは安心して欲しい」
「でも私はもう、ユーステスどころか、あの組織とも関わりなくなったから……」
「は、ユーステスとの契約を破棄されて組織に帰れなくなった。僕達もユーステスがにそこまで酷い事をするとは思わなかった」
「……」
「そうまでして月の民の末裔達から、それから、の家族を守りたいというユーステスの気持ちは分かるけれど、ほかにやり方はあったと思う」
「ほかにやり方……」
ほかにやり方。何が残っている? グランに言われるも今のでは、ユーステスを引き留める方法は思いつかない。
「……、それでも君がもう一度この空で羽ばたきたいと思えば、僕達が君を迎えに行くよ。君は月の事件が落ち着くまで、孤児院で僕達を待っているといい」
「団長さん……」
はグランの優しさに泣きそうになるのを堪える。
「……ユーステスと別れて契約も破棄されて一人になった私にどうして団長さん、そこまで優しくしてくれるんですか。私なんていまだに組織に正式加入していなくて、ユーステスのオマケみたいなものだったのに」
「ユーステスが居なくてもはもう、このグランサイファーの一員で間違いない。僕だけじゃなくて、ビィ、ルリアとイオ、ファスティバやジャミル、ローアイン達もが居てくれた方が良いって思ってるんだ、だから――」
グランはそれ以上、言えなかった。
の瞳から、涙があふれていたせいで。
「ごめんなさい、今になって止まらなくて……うう……」
「……うん、君がユーステスの前で泣くのを我慢していたのは分かってた。僕の前では我慢しなくていい」
「ありがとう、ありがとう……」
はグランの隣で、せめて彼以外には迷惑をかけないよう、うつむいて声を殺して、泣いた。
グランはそのまま、が泣き終わるまで彼女に付き合ったのだった。