君と空までの距離(03)

 夜。外はすっかり暗くなっていた。


「お父さん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。心配かけてすまなかったな」

「全く。自分が仕掛けた動物の罠を忘れてそれに引っ掛かって動けなくなっていただけだったとは……」

 ドラフの姉とユーステスは、自分が仕掛けた動物の罠を忘れてそれに引っ掛かって身動きが取れなくなっていたドラフの父親を無事に発見し、下山している最中だった。

 ドラフの父親はその中で、夜道であってもランタンの明かりだけで迷いなく道を進んでいるユーステスに興味を抱く。

「しかしエルーンの兄ちゃん、エルーンの中でもかなり優秀な方でタダモンじゃないわな。たとえ身体能力が優れているエルーンであってもこの暗い山道をランタンの明かりだけで難なく進んでいけて、ワシの仕掛けた罠を頼りにワシを発見、更にはそこらにあった草でワシの腕の傷を治療できる知識もあるときた。ワシはそこまでやれるエルーンは見た事がない」
「……、山岳地帯だけではなく、ほかの危険地帯を攻略できるよう、訓練を受けた身だ。これくらいわけない」
「ふむ。頼もしいな。しかも男前じゃないか。エルーンの兄ちゃん、うちの娘どうだ? うちの娘はマナリア魔法学院の卒業生で、現在はそれを活かした仕事についている自慢の娘だ。うちの娘は、エルーンの兄ちゃんの相手としては申し分ないと思うが――」

「それは――」

「――お父さん、彼には彼の帰りを待ってる愛する彼女がもうついてるのよ。私じゃ彼の相手にならないわ」

 ドラフの父親がユーステスにそう持ち掛けた所、ユーステスが何かを言う前に、ドラフの姉の方から素早くそう断りを入れた。

 ドラフの姉のそれを聞いたユーステスは、怪訝な顔になる。

「……俺の帰りを待つ愛する彼女って、あいつの事か?」
「あら、違うの?」

「……」

 ユーステスはドラフの姉にはっきりと答えない。

 ドラフの姉はそのユーステス相手に落ち着いた様子で言う。

「それ否定するなら否定していいけど、私のお父さん、下山しても私をどうかって、あなたにしつこく誘ってくるわよ。私のお父さんの誤解を解かなければ彼女、またうるさくわめくんじゃない?」

 ……。

「……そうだな、あいつは、俺の女に違いない」

 ユーステスはドラフの娘にとうとうそれを認めたうえで、父親の方を振り返る。

「ドラフの父親、俺にはもう、俺の女がついてる。それだから、娘を俺にあてがうのは止めてくれるか」
「何だ、彼女持ちか。残念だな」

 ユーステスにはっきりとドラフの娘を断られた父親は、残念そうに肩を落とした。

 そしてドラフの娘はユーステスに向けて言った。

「あなた、無事にテントに戻ったら彼女に謝った方がいいわよ。彼女との言い合い聞いてたけど、あれは言い過ぎよ。私、失敗続きでもあなたと二人で一緒にやりたかったっていう彼女の気持ちの方が分かるわ」
「ああ、それは分かっている。山に入っているうちに頭は冷えた、俺の方からあいつに謝らなくてはいけない」

 お互い、冷静になれば話はつく。ユーステスはドラフの娘に言われずとも、テントに戻ればに謝る気だった。

 しかし――。


「――?」

 ユーステスはドラフの娘と父、三人揃って無事にの待つテントに戻ったはいいが、肝心のはテントに不在だった。

、何処行った? あいつ、大人しく待ってろと言ったのに。もしかして俺に愛想つかしてイルザの通信機使った――形跡はないか、何かメモ残してないか……」

 ユーステスはは最初は自分に愛想をつかしてイルザの通信機を使ったと思ったが、それはテントに残されてあったのでその可能性は消え、同じく残されていたの荷物を探る。しかし手がかりは何も出て来ない。

 ユーステスはもう一つの可能性を思いつく、それは。

「……まさかあいつ、アランドゥーズが残した研究物がまだ残っていて、それに連れ去られたか?」

 ……自分の不在の間に最悪な展開になっている? ユーステスはがアランドゥーズが残した研究の何かに連れ去られてしまったのではないかと最悪な事を考え、今度は自分の装備品である銃が詰まった荷物をあさった。

「ねえ、うちの弟、そっちに来てない?」
「!」

 その間、ドラフの姉も焦った様子でユーステスの所に飛び込んできた。

 ここではじめて、だけではなく、彼女の弟も行方不明であるというのが判明したのだった。

 ドラフの娘はテント内にの姿もない事に気が付いて、青ざめる。

「あなたの彼女も居ないってどういう事? 彼女、もしかしてあなたに愛想つかして、あなたのいう通信機使って仲間の迎えがきたんじゃあ……」
「いや、それは有り得ない。の通信機で団長達が来てるなら、山に入っていた俺達も拾ってくれるはずだ。それからその通信機はそこに残されて、の荷物もテントに残ったままだ。とお前の弟は多分、まだこのキャンプ地に居ると思う」
「それじゃあ二人で何処行ったの?」
「知るか、そんなの」
「ねえちょっと、随分冷たくない? 少しは彼女を心配したらどう――」

 心配したらどうかという彼女の言葉は、ユーステスは自分の手持ちの銃に弾丸を詰めていく様子を見て、何も言えなかった。

「ねえ、そのハンドガンに詰めてる弾丸、魔法の魔力が詰められたやつじゃない。それ危険物扱い指定でマナリア学院でも権限持った講師陣だけしか扱えないよう、徹底的に管理されてたんだけど、あなた、何でそんなもの持ってるのよ。しかもそれだけじゃなくてその背負ってるライフルも規格外に改造してる?」
「さすが、マナリア学院の卒業生であのドラフの父親についてるだけはある。中途半端なモンじゃ、何者かに連れ去られたと、ついでにお前の弟を助けられんからな」
「魔法の弾丸が扱える改造ハンドガンと改造ライフル銃だけじゃなくて、殺傷能力の高いショットガンやマシンガン、それに飽き足らず何本サバイバルナイフ持ってるの? ……あなた一体、何者?」
「さあ。俺はこれで何者かに連れ去られたと弟を助けにいく、お前はそこで待ってろ」

 ユーステスは、何者かに連れ去られただろうを助けにいくために本格的に完ぺきに武装して出て行こうとした所で――。

「おい、嬢ちゃんとうちの息子、すぐ近くで見つかったぞ。て、エルーンの兄ちゃん、タダモンじゃないと思ったが自分の彼女が不在なだけでそこまで武装するか普通」

 ドラフの姉と同じく弟――自分の息子を心配して辺りを探していたドラフの父親が現れ、銃で固めた武装したユーステスの姿を見て驚いていた。


 つまり。

「……つまり弟の魔法の訓練のため、川の向こうの森まで出かけていたと?」

「うん。ユーステス達を待ってる間暇だったから弟君に頼まれて、川の向こうの森で魔法の訓練やってたら、けっこう時間経ってたんだね。それでユーステス達が無事に戻ってきたの、全然気が付かなかった。メモ残すのも忘れてた、ごめんなさい」

 ドラフの父親にあっさりと見付かってテントまで戻ってきたは申し訳なさそうにユーステスに不在だった事情を説明したのだった。

 も不在だったのは弟の仕業であると判明した途端、ドラフの姉は弟を睨みつけてその事情を問い質した。

「アンタ、何で魔法が扱えないっていう彼女に魔法の訓練頼んだのよ」
「え、ええと、お姉さんとそこのエルーンのお兄さん、あのグランサイファーの団員で、マナリア魔法学院の知り合いも多く居るって聞いてそれで……」

 自分のせいで大げさになっていたと分かった弟も、申し訳なさそうにドラフの姉とユーステスにに魔法の訓練を頼んだ理由を明かした。

 とユーステスの二人がグランサイファーの団員だと分かった途端、ドラフの姉も弟と同じく目の色が変わった。

「え、あなた達、あのグランサイファーの団員だったの? しかも、それでマナリア魔法学院の知り合いも多い? それじゃ、マナリア魔法学院のミラちゃん先生知ってる? 彼女、私の恩師なんだけど……」
「もちろん。ミラちゃん先生ことミランダ先生は私も知ってるし、団長さん繋がりでほかにも話した事のある先生居るし、そこで現役の子達とも友達だったりしてー」
「うわ。魔法が扱えないのに、グランサイファー経由でマナリア魔法学院とも懇意なんて何それ、ずるくない?」
「あはは、よく言われる」

 呆れるドラフの姉と、言われ慣れていてそう笑い飛ばすと。

 弟は小さな声で、ドラフの姉にとの訓練を話した。

「えっと、それのせいか、お姉さんのアドバイスでけっこういい訓練になったんだよ。おまけにお姉さん、失敗しても厳しいお姉ちゃんと違って、失敗してもやればまだできるって僕を褒めてくれて僕を乗せるの上手いんだよ」
「何よ、私の厳しい指導じゃ無理だったっての?」
「う、え、ええとそれだけじゃなくて、お姉さんにマナリア学院で教わる効率の良い的あても教えてもらって、それ作ってもらったんだ!」
「マナリア学院で教わる的あて? あ、木にくくりつけてある絵のやつ?」
「うん。お姉さんに苦手なもの描いて魔法の的にすればいいって言われて、それ、お姉さんと一緒に作ったんだ。確かに、このやり方だったら集中力切れなかった」
「へえ。確かに木に苦手なものくくりつけて的当てにするってのは、マナリア学院でも教わる方法だわ。本場のマナリア学院の訓練では本物使うんだけど、今回は絵で十分か」
「え、ほ、本物って、マナリア学院の訓練では虫が苦手だったら本物の虫使うの?」
「当然。それも自分で捕まえてくる必要もあるのよ。それができずに他人に頼れば減点されて、それが続けば不良が多いっていう落第組に入れられるから気をつけなさい」
「……マナリア学院の入学、考え直そうかな」
「それで、アンタの苦手なものっていうと虫と魔物とあと……」

 ドラフの姉は弟の言う事は無視するよう、木にくくりつけてある虫や魔物が描かれた絵を興味深そうに見て、そして。

「ちょっと、何でこの中に明らかに私だって分かる絵があるのよ!」
「う、え、ええと、お姉ちゃんの絵が一番効果的だって分かって」
「アンタね、それで魔法上達して嬉しいわけ?! 私で効果あるなら、存分に相手になってあげても良いんだけど?!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 手から火の魔法を繰り出しながら弟を追いかけるドラフの姉と、ドラフの姉から逃げる弟と。

 その間、は自分を助けるために武装してきたユーステスを見上げて、何かを期待するよう、聞いた。

「ねえ、テントから抜け出した私の事、心配してくれてたの?」
「……、組織の裏切り者のアランドゥーズの研究がまだ残っている可能性があったからな。お前がそれの何かに連れ去られてるんじゃないかと思って、それで」
「そうか。でも、そこまで武装して私を助けようとしてくれたんだね。ありがとう。嬉しい」
「……」

 にこにこ笑うを見て、ユーステスは彼女と向き合う。

「その、さっきの言い合いは、俺が全面的に悪かった。確かにこういう自然な場所では二人で来ているからには二人で協力した方がいいし、魔法に頼らず自然に身を任せた方がいいとも思った。後から思えば、の言う事の方が正しかった。すまない」

「うん。私も十二神将の子達の話だけ鵜呑みにしてテントのやり方とか焚火とか事前に何も頭に入れてこなかったの、悪いと思ってたんだ。それで私もユーステスに謝らなくちゃいけないと思ってたの。ごめんなさい」

 それからユーステスは、に向けて手を差し出した。

、遅くなったが俺と二人でキャンプ、やるか」
「うん。私もユーステスと二人でキャンプやる!」

 は迷わず嬉しそうにユーステスの手を取って、それから二人は周囲を気にせず抱き合う。

「……二人とも仲直り、できたのかな?」
「みたいね。良かった、良かった」

 ドラフの弟と姉は木の影でこっそりととユーステスが抱き合うのを見て、安心したのだった。


 そして、それから。

 夜。

「じゃじゃん、フライパン一つでできるハムとチーズとオムレツのトロトロホットサンド、事前に素揚げしておいた野菜を使ったパスタ、おまけにスープ付!」
「うん、どれも美味いな」

「良かった」

 は改めてユーステスと二人で一緒に落ち葉や薪を拾って彼の指導のもと焚火を作り、焚火を囲んでローアイン達に教わったキャンプ料理を披露すれば、彼は美味しそうに残さず食べてくれたので今までの事は忘れて、満足したのだった。

 が作った料理以外でも、ユーステスの手で焼いた肉が並んでいる。

「ユーステスが焼いてくれたお肉も美味しい~。このお肉、隣のドラフ一家のお父さんが狩りで取ってきたの分けてもらったぶんだよね」
「ああ。肉は、ドラフの父親を助けた礼に分けてもらったものだ。ドラフの父親は狩りで取ってきたものは、趣味以外で食堂も経営していて、更に知人のレストランにも卸しているとか……。明日の朝になれば、罠にかけておいた獲物を捕りに再び山に入ると話していた」
「それ、ユーステスも付き合う約束したの?」
「ああ。また自分の罠に引っ掛かって帰り際にそれ捜索するのも面倒だしな。お前も来るか?」
「私、狩り用の武器持てないし山の知識もないから今回は遠慮するわ。その間、ドラフのお姉さんと弟君の魔法訓練の方に参加しようかな。弟君にマナリア学院の訓練方法もっと教えてくれって、頼まれたんだよね」
「……、魔法も扱えないお前に魔法の訓練を頼む人間が現れるとはなぁ。ドラフの娘の方はそれ、了解したのか」
「ドラフのお姉さん、自分じゃどうしても厳しくなるから、私の褒めて伸ばすやり方に任せるってー。魔法が扱えない私にも気前よくそれ教えてくれたマナリア学院のアンとグレア、ついでにオーウェンさんに後でお礼、言っておこう」

 魔法が扱えないに魔法の訓練を見せてくれていたのは、マナリア魔法学院のアンとグレア、オーウェンの三人だった。
 は魔法が扱えない自分に対して決して邪険に接する事なく、グラン達と同じように扱ってくれたアンとグレア、そして、最初は真面目なせいか魔法を教えるのを渋っていたが結局はアンに言われるままに同じように魔法の扱いを教えてくれたオーウェンには感謝しかないと思った。

 の話を聞いたユーステスは考えて、言った。

「ふむ。は、同年代とそれ以上は無理だが、それ以下の年少組の指導者向いてるんじゃないか」
「え、そ、そう? 確かに私は実家の孤児院でも、小さい妹達の面倒見るの好きだったけど」
「お前、グランサイファーでルリアとイオだけではなくて、サラやアンチラ、フュンフといった子供達、白竜騎士団でもアーサーやモルドレッドの騎士見習い組から人気あるだろ。団でも外でも、厳しい大人より、お前の褒めて伸ばすっていう指導方法なら言う事聞けるっていう子供、多いんじゃないか?」
「そうかー。ユーステスにそう言われるの、嬉しい。私も小さい子相手なら、イルザさんみたいな指導者になれるかな?」
「年少組を指導するのに、イルザを目指さない方が良いと思うが……、逆効果だぞ、それ。子供相手の指導を参考にするなら、ゼタかベアトリクスだろ」
「あはは、それもそうだね。イルザさんだと、弟君も泣くかも。確かに子供相手なら、イルザさんじゃなくてゼタかベアトリクスの方が参考になるね」
「まあ、お前の指導があってもなくてもドラフの娘の強力な魔法を見れば、今は未熟な弟も化ける可能性はあるか。帰れば、団長達がドラフ一家に興味持ちそうだな」
「うん。団長さん達、絶対、ドラフ一家に興味持つよね。明日帰ったら、団長さん達に今回のキャンプの話するの、楽しみだな~」

 他愛のない話が続く。

「デザートのクレープもあるよ。食べる?」
「ああ、もらおう」

 とユーステスはそんな事を話しながら食事をすませて、そのあとは二人で自然の音を聞きながら静かな夜を過ごしたのだった。