空からの手紙(05)

 同時刻。

 は艇にある自分の部屋で休んでいた。

 いつもであればファスティバとジャミル、ローアイン達が仕切る食堂で手伝いをやっている時間ではあるが、ファスティバから「もう休んだ方がいい」と言われて部屋に戻った次第である。

 部屋に戻るも何も手がつかず、ベッドに横たわり伏せたままだ。

 は白紙の魔術書で団員達の記憶を取り戻していくのはいいが、同時に、自分のやる気が失われていくように感じていた。

 さっきも注文を間違えて、それが一回だけではなく何回かあって、とうとう、ファスティバから「ちゃん、白紙の魔術書の影響かどうか分からないけどまだ本調子じゃないたいね。しばらく、休んだ方がいいわ。団長さんにはアタシから言っておくから心配しなさんな」と、笑顔で言われてしまった。

 ファスティバのいう「しばらく」は今日一日だけではないというのは、でも分かっていた。ファスティバとのやり取りを後輩のジャミルだけではなく、ローアイン、トモイ、エルセムの三人も心配した様子で見ているのが分かって、その視線が嫌で「はい、分かりました」と彼の言う事を素直に聞いてその場から逃げ出すように食堂を出て行ったのがついさっきの話である。

 今頃、団長のグランにその報告がいっている頃だろうか。

 食堂での注文を間違える失敗は今日一回だけではないし、今まで団長のグランのためにやっていたという星晶獣の勉強もルリアに教えてもらうも続かずに放り出したままで、掃除の師匠であるクラウディアから指示を受けている掃除も中途半端に残ったままだ。

「……私、どうしてこの艇に居るんだろう」

 そもそも、武器も魔法も扱えず身体的にもほかの種族より劣るヒューマンの女がどうして、全空でその名前を知らない人間はいないような騎空団、グランサイファーにその名前を登録してあったのか。

 げほ、げほ。……咳が出て熱っぽいが、気にしてはいられない。

 ほかの団員達――コルワやメーテラ達から「調子どう?」と気さくに話しかけられるも、彼女達と違って力を持たない自分では不釣り合いな気がして遠慮がちに受け答えをしていたら「もういいわ」とサジを投げるように言われ、何処かへ行ってしまった。ユエル達やルナール達も似たような反応で、イルザと同じく姉的存在だったように思うシルヴァからも残念そうな目で「今のは妹扱いしない方がいいかもしれないな」と言われ、離れていった。

 自分の記憶では自分がグランサイファーに居るのは団長のグランに助けてもらってその恩を感じているから――のようだが、何か違う気がした。星晶獣の勉強も、食堂での手伝いも、掃除も、全てグランのためのようだが何か違和感があって、それの違和感が何か、今の自分では分からない。何も。

 それよりも前に。

「……何で私、あのユーステスさんと恋人として付き合ってたのかな」

 ユーステス。イルザの組織でエルーンの狙撃手として活躍しているという彼は、鋭い目つきに冷たい声、その姿はいかにも戦闘狂だった。

 いかにも戦闘狂のエルーンの男と、何もできないヒューマンの女が恋人として付き合えるのだろうか。

 組織のゼタ達は「ユーステスとが恋人として付き合っていたのは本当だ」というが、彼女達は記憶喪失の自分をからかっているような気がして、その事実は今でも信じられなかった。

 げほ、げほ。体がだるいのは気のせいかどうか。

 でも。

「……でも、ユーステスさんがほかの誰よりカッコイイのは分かるし、彼のエルーンの耳は、ほかのエルーンの耳より綺麗でふわふわで触り心地良さそうだったなぁ」

 ユーステスの顔を思い出せば鋭い目付きと冷たい声を除けばほかより格好良い男で変わりなく、黒いエルーンの耳はほかのエルーンの耳より美しくて触り心地は良さそうだった。

「……白紙の魔術書の賭けの勝負が決まる前にユーステスさんともう一回会って、ちゃんと、話したいな」

 記憶を失っても部屋に戻って考えるのは、どういうわけか、ユーステスの事ばかりだった。

「だけどユーステスさんがいうには、記憶を失う前の私と別れ話が持ち上がってたっていうからな、私が賭けに勝ってユーステスさんとの記憶取り戻しても別れ話になって、そうなればもうあのエルーンの耳触れないよね……」

 白紙の魔術書を使った賭けに勝って恋人状態の記憶を取り戻しても、その状態で別れ話はあったようで、賭けに勝ったとしてもユーステスとの別れは決まっているのでもう彼のエルーンの耳には触れないだろうと思えば悲しかった。

「どうにかして、賭けを伸ばせないかな。賭けの内容、人間限定の百人以上じゃなくてメドゥーサ達の星晶獣も入れて二百人以上にするとか……。そうすればまだユーステスさんと別れないですむ、かも? 明日になったら誰かに聞いてみようか……」

 それがいいかも。明日になればルリアかイオ、同じ組織のグウィンに話を聞いてもらおうか……。

 げほ、げほ。苦しい。誰か助けて。でも力を持たない自分がこれくらいで助けを求めたら駄目だ、ここまで何もできない自分を置いてくれた団長さんに申し訳ないし。

 げほ、げほ、げほ。

「ああ駄目だ、もう寝よう。寝たらなんとかなるかも……」

 目を閉じた途端、そのまま意識が遠のいた。


 ――……。

 あれから自分はよく眠れただろうか。

 今が朝なのか、夜なのかも分からなかった。

 体が重くて動かない。

 咳は治まったような気はする。

 何かに向かって何か言葉を発したような気もするが、それも分からない。

 薄っすら目を開ければ、そばに誰か居る気配がした。

 その誰かが女ではなく男であるのは分かっていたが、それが団長のグランではないような気がした。

 そもそも誰か居ると思うのは現実ではなく、夢かもしれない。

 でも。

 顔や髪、腰あたりに触れてくるその大きな手は優しさがあって、触れられると体だけではなく心も落ち着いたように思う。

「――ごめんなさい」

 ようやくしぼりだした言葉がこれかと思えたら、笑えると同時に、泣けてきた。

「――」

 相手が何かを言った気がするが、分からない。

 ただ。

「ん」

 何かを口移しで飲まされて、それのせいか再び、意識を手放した。


 あれから何時間か、何日か。

 分からない状態で、恐る恐る、目を開ける。

 今度ははっきりとしたものだった。

 自分を見下ろす人物が一人。

、気分はどう?」

「……団長さん?」
「僕が分かるか。それならもう大丈夫みたいだ。良かった」

 自分を見下ろしていた団長――グランはほっとした様子で、椅子に座り直した。

 はゆっくりとした動作で起き上がり、此処が自分の部屋ではなく、医務室であると気が付いた。

「私、自分の部屋で寝ていたはずでは……」

 どうして医務室に居るのか。不安そうに辺りを見回すに説明するは、グランである。

、君、夜の間に自分の部屋で熱を出して倒れてたんだ。朝になってルリアとイオがそれ見つけて、カタリナで医務室まで運んだ次第だ。ああ、言っておくけど僕とラカム、オイゲンの三人は君に触れていないからそこ安心してくれ」

「そこは別に団長さんでもラカムさん達でも心配していませんけど、私、何で熱を出して倒れてたんですか? 今までそんな兆候無かったように思いますけど……」

「ああ。それね、は慣れない環境で気を張り過ぎてそれで体壊したんじゃないかって、ルリアとイオの二人と同じく君の様子を間近で見て心配してたファスティバの話。ファスティバのその報告があって、その次の朝にルリアとイオで君の所に行ってもらったんだよ」
「慣れない環境って、私はこの一年、恩人の団長さんのためにこのグランサイファーで過ごしてたんですよ。それで慣れないって……」
「多分、それは白紙の魔術書が捏造した記憶だ。今のは、僕が君の恩人でこの艇に乗っている――それが矛盾してるって分かってるんじゃないのか?」
「それは……」

 記憶の自分と現実の自分の矛盾と違和感――それが何かは、薄々、気づいてはいた。

 しかしそれを表に出せばこの艇に乗っている理由が無くなると同時に自分の居場所はどこにも無いような気がして、それが怖くて、中々言えなかった。

「僕もがそれ言いづらいのは分かる。それで僕達がの記憶と現実の矛盾をつけば、がこの艇に乗ってきた理由を失ってしまうからね」
「……」
、僕がビィやルリアを入れず、一人で医務室に居る理由、分かる?」
「……なんとなく、は」
「うん。僕が一人で此処に居るのは、今の君の思いを聞くためだ。団長として、君の思いを聞くには今が丁度良いと思ったから」
「でもそこまで団長さんに迷惑をかけるわけには……」

 最初はその気持ちを自分より年下のグランに向けて吐き出すのはどうかと思ったが。

「僕に遠慮しなくていい。こういう時の団長だから、遠慮するな」

 その優しさに触れて、決心する。

「コルワやメーテラ達、ルナール達に――団の皆が私を見るなり、口を揃えて言うんです。ユーステスさんのために頑張っていた自分はどうしたのか、ユーステスさんで頑張る自分を見るのが好きだったって。でも私はその時の記憶が全然無くて、ユーステスさんへの気持ちも全然分からなくて、白紙の魔術書で皆の記憶を取り戻しても記憶を取り返した団員達から同じ事を言われて、そのせいで星晶獣の勉強も掃除も料理もやる気出なくて、どうしようもなくてそれで……」

「そういうわけか。のそれは、僕達の予想と変わらなくて僕達も彼らと同じように心配してたんだ。ほかの団員達もね、君を本当に心配してるからそう言うんだ。、団員達のそれはあまり気にしない方が良いと思う――というのは、ただの気休めで根本的な解決策ではないね」

 はは。グランは笑うが、は笑えなかった。

 グランは今度は真面目な顔で、に言った。

はユーステスと会って、彼ともう一度話をした方がいいと思う。それが今できる、一番の解決策だ」
「はい。私もそう思います。でも彼は、白紙の魔術書の賭けが終わるまで力を持たない何もできない私と会う気配無かったので、私にはどうしようもなく……」

 ユーステスに会いたくても彼は、力を持たない自分には賭けの勝敗が決まるまで会ってはくれないだろう。はこの時ばかりは何も力を持たない自分を恨めしく思った。

 自分の事で沈むを見て、グランは言う。

、君はユーステスとどうなりたい?」
「私は……」
「僕の前でその気持ち、吐き出すといい」
「団長さん……」

 はグランの優しさに泣きそうになるも、必死で自分の今のユーステスに対する思いをグランに向けて、吐き出した。彼と別れるのが惜しくなって白紙の魔術書の賭けも今ではどうでもいいと思っているという話も打ち明けた。

 グランは目を閉じて考えた後、目を開けて落ち着いた様子でに言った。

「うん。のその提案は、僕も納得するものだ。もしそれがユーステスに受け入れられるようだったら、僕もそれに協力するよ」
「団長さん、ありがとう……。でも、それがユーステスさんに受け入れられるかどうか、分かりません。そもそもユーステスさんが私の話を聞きにこの艇に来てくれるかどうかも分からないのに……」

 そのを見てグランは言う、言ってやった。

、君にいい事を教えてあげるよ」
「え?」
は、この二日の間、熱でうなされていたんだよ。君が魔力に疎いせいでルリアの回復魔法もあまり効かなくて、おまけに僕達では君の看病まで手が回らなかった」
「ええ、私、倒れてから熱で二日も寝てたんですか? ああ、魔術に疎いせいでルリアちゃんの回復魔法も効きづらい私の看病なら別に必要ないと思いますからそこは心配しなくても……」
「――僕達は君が倒れてルリアの回復魔法もあまり効き目が無いと分かってすぐ、組織のイルザに連絡を取った。が熱を出して大変だけど僕達では手が回らないから、そちらである人物を手配してくれないかって」
「イルザさんにある人物を手配、ですか? グウィンか、ゼタ達ですか?」

 は最初、単純にグウィンかゼタ達だろうと思っていた。

 グランはニィと口の端をあげ、その人物が誰かを打ち明ける。

 そして――。


「――ユーステスさん!」

「……、大きな声を出すな。せっかく誰も居ない静かな場所を見つけたのに、台無しだ」

 とある一室で地べたに座って床で銃の手入れをしていたのは、ユーステスだった。

 グランに教えられた場所――そこは図書室の一角で、そこにはユーステスと、それから。

 にゃあ。ふさふさの美しい毛皮を持った猫一匹。

 は猫を気にせず、ユーステスに近付く。

「あ、あの、団長さんからユーステスさんが此処に居るって聞いて、それで、その、あの!」
「深呼吸でもして落ち着いてから話せ」
「すーはー、すーはー。だいぶん、落ち着いたかも! 隣、いいですか!」
「……俺が断っても俺の隣に来る気だろ、お前」
「はい。ユーステスさんに断られても隣に来る気まんまんです」
「……」

 言っては本当に遠慮無く、ユーステスの隣に陣取る。

 にゃあ、にゃあ。猫もユーステスとの方へ近付くが、二人に遠慮してか、本棚の上で見守るだけ。

 とユーステスは猫を気にせず、二人、向き合う。

「あ、あの、団長さんが言うには、ユーステスさんは、私の看病のためにわざわざ艇に来てくれたって聞いたんですけど本当ですか?」
「……、イルザからが熱を出して大変のようだからグランサイファーまで行ってやれ、お前はのために行く義務があると強く言われて、仕方なく来ただけだ」
「そうですか。でも、私のために来てくれたのは嬉しいです」

「……」

 えへへ。は自分の髪を払いながら、嬉しそうに笑う。ユーステスは思う所はあったが、今は黙っている。

「……」
「……」

 ユーステスは銃の手入れを続けるだけで、自分からに話しかける事はなかった。

 数分沈黙が続いたあと、それに耐えられなくなったか、の方から切り出した。

「あ、あの、いいですか」
「……何だ」

 が思い切って話しかければ一応、返事がきた。

「……あの、ユーステスさんがこの艇にいつ来たのか分からないんですけど、夜に私が居る医務室まで来ました?」
「ああ。昨日の夜だったか、思ったより早くこの艇についたのでイルザだけではなく団長からも様子を見てやって欲しいと言われ、お前が寝ている医務室に入ったは入っている」
「それじゃああれ、ユーステスさんの仕業だったんですか?」
「あれ、とは?」
「ええと、その、あの」
「……何が言いたい。はっきり言え」

 ユーステスは銃の手入れを続けた状態で、中々はっきりしないに睨みつける。

 はそれでもここで聞きたい事を聞いておきたかったので、勇気を出して聞いてみた。

「私が寝ている時に口移しで何か飲ませたの、あれ、ユーステスさんの仕業ですか?」
「――」

 ユーステスの銃の手入れをしていた手が止まる。

 は焦りながらも、続ける。

「その時は意識が飛び飛びではっきりしなくて、もしそれが夢だったらユーステスさんに申し訳無いなーと思ったんですけど。え、ええと、その様子、もしかして夢だったんですか、ね。夢の話ならもう気にしなくてもいいです、この話は二人だけの秘密ってとこで、一つ――」

「――あれは、ただの風邪薬だ」

「風邪薬、ですか。それじゃあ私にそれ口移しで飲ませたのは……」

「それは、俺の仕業で間違いない」
「……」

 ユーステスはの前で自分の仕業であると、はっきりと認める。

「お前が魔力に疎いせいでルリアやほかの術者の回復魔法が効き目無いというのは、前から知っていたからな。それだからお前に何かあった時のために一応、薬のたぐいは持ち歩いていた。お前が起きていればそのままコップで飲ませていたが、熱でうなされていてこちらの話も聞けないようだったので仕方なく口移しで飲ませた」

「そうだったんですか。もしかして私の熱、その薬のおかげで下がったんですか」

「さあな。俺の薬は効果無くて、普通に寝ていて治っただけかもしれない。ああ、もしそれが風邪薬かどうか怪しいと疑うなら手元にそれがある、後でイルザか団長達と一緒にその成分を調べるといい」

 言ってユーステスは、自分が持っていた風邪薬の粉末をに手渡した。

「いえ、イルザさん達で調べる必要無いです。多分、それのおかげで調子がよくなったのは自分が一番よく分かってますから。それに……」
「それに、何だ。お前、俺が口移しで薬飲ませたのが嫌だったのか? それはそれで謝るし、二度と自分の目の前に来るなと言うならそうするが」
「いえ、それは別に嫌じゃないし謝る必要も無いし、目の前から消える必要も無いです。私が言いたかったのは神経質そうなユーステスさんが私に抵抗無く口移しできたのに驚いたってだけで、それのせいで私とユーステスさん、皆が言うよう、本当に恋人同士だったのかって分かってそれだけでも良かったかなと」
「……、俺はお前が本当に熱で苦しそうでそれ見て、その薬で楽にしてやりたいと思ったからで、それのせいで単純に口移しになっただけだ。別にお前に好意があってそうしたわけじゃない、そこ勘違いするなよ」
「それじゃあ、恋人関係ではない女の人でも苦しんでいれば、私と同じ口移しできたんですか?」
「それは……」
「そもそも、回復魔法が効きづらい私のためにその風邪薬持ち歩ている時点で、私とユーステスさんが本当に恋人同士だったというのが分かるじゃないですか」
「……」

 にこにこ笑うと、そこから顔を反らすユーステスと。

「……お前、その確認を取るために俺の所に来たわけじゃないだろ」
「あ、そうだった」

 は改めてユーステスと向き合う。

 そして。

「あの、白紙の魔術書の件で話があって来たんですけど」
「何だ」
「ユーステスさんが団長さんに言われてこの艇に来たという事は、私の白紙の魔術書の登録者数、見ました?」
「ああ。八十人以上は確認できて、星晶獣と天司を入れればもう百人突破している。俺も団長達と同じく、お前目当てに短期間でここまで団員の名前が集まるとは思わなかった」
「これだけで私がこの団の役に立っているという証明になります、よね」
「そうだな。最初はそれ賭けての事だったからな。なんだ、お前は現時点では八十人だが星晶獣と天司を入れればもう百人達成しているから俺と恋人関係に戻って、別れ話をしたいのか? それならそれで、それに応じてもいいが」
「違います、それの反対です」
「それの反対?」

 ユーステスは最初、の言う事が分からず彼女を見詰める。

「私はそれで恋人関係に戻ってもユーステスさんと別れたくないと思ったので、まだ賭け続けませんか。人間限定の百人以上じゃなくて、今まで登録してくれた星晶獣を含めた二百人以上にするとか。思い切ってこの賭け、取り止めるという手もありますけど」
「――」

 の提案は、ユーステスからみれば予想外で変わりなく。

「……お前、俺について思い出したのか?」
「いえ。ユーステスさんについては、まだ全然覚えていません」
「それなら何故、俺と別れたくないと思った。俺との関係を思い出せばお前も、俺と別れたい気分に戻るんじゃないか?」
「それですよ」
「それ?」
「そもそも、何で私とユーステスさんの間で別れ話が持ち上がってたんですか? 団長さん達に聞けば、私が武器も魔法も扱えないせいでユーステスさんの仕事で揉めたと聞いてますが、本当ですか?」
「それは本当の話だ。まあ、誰も居ない――猫しか居ないこの部屋であるならお前にその別れ話のいきさつを話していいか……」

 ユーステスはと向き合い、それから、自分が組織の女性を使って潜入捜査をしたのはいいが、後でそれが彼女のにバレてそれで揉めに揉めたという話を聞かせたのだった。

 その理由を聞いたは。

「えー。それが別れ話の理由なら、ユーステスさんの言い分より、私のその時の自分の嫌な気持ちの方が分かりますね」
「組織の仕事でお前以外の女と組むのはよくある話だと、お前に事前に言い聞かせていたが……」
「今回のその女との仕事の話、私に伝えていましたか?」
「……」
「そもそも、今回のその女との仕事、事前か事後に私にその仕事内容を伝えてくれれば私もそれについては、多分、了解したと思いますよ。ユーステスさんはどうして私に直接その仕事内容を伝えなかったんですか?」
「それは……」
「ユーステスさん?」

 に詰め寄られたユーステスは観念したよう、自分の気持ちを白状した。

「……、組織の仕事でも武器も魔法も扱えないお前をこれ以上、危険な目にあわせたくなかったから、それで」
「何だ、私のそれ気にして私に報告せず、私とも組まなかったんですか。武器も魔法も使えずとも孤児院育ちなだけあって、私はそこまでヤワな女じゃないですよ」
「しかし、武器も魔法も扱えず身体的にもほかの種族より劣るヒューマンのお前が、俺やイルザの組織についていく事は不可能だろう」
「本当に危険な仕事であるならいつものようにグランサイファーかキャピュレットのジュリエットかフェードラッヘの白竜騎士団か、ほかの国にお世話になってると思います。私、それが危険な仕事であると分かってるならそこにユーステスさんと一緒に行きたいとか、なるべくそばに居て欲しいとか、駄々こねる子供じゃないですよ。一年も付き合いあって回復魔法が効かないので風邪薬持ち歩いてくれていたユーステスさんであるなら私のそれ、分かってるでしょうに」
「……」
「私がその話で嫌だと思うのは、仕事で女と一緒だったという事だけではなくて、自分があなたと恋人として付き合ってたのにユーステスさん本人からそれについて何も教えられなかった、ただそれだけの感じがします。それにユーステスさんが言うように何もできない私を思って私をそこから遠ざけてくれたのがちゃんと伝わっていれば、そこまで怒るような話でもないです」
「……」
「私以外の女との仕事も、その相手の女にはっきりと自分の存在を伝えているのが私にも分かればそこまで喧嘩にならなかったはずです」
「……」

 ユーステスはの勢いに圧倒され、何も反論できずにいる。

「多分、それで喧嘩になったのは全部、ユーステスさんの説明不足じゃないですかね?」
「……」

 ユーステスはにぴしゃりとそう指摘され、何も反論できなかったという。

「それで、それ踏まえたうえでの提案なんですけど」
「……何だ」

「さっきも言いましたけど白紙の魔術書使っての賭け、中止しませんか」

 一息ついて、続ける。

「私、白紙の魔術書使って賭けに勝ってそれで恋人関係に戻っても、そんな些細な事でユーステスさんと別れたくないと思ったんです。そうなら、ユーステスさんを忘れたままでもう一度一から関係をやり直して、お互い、納得できた時に白紙の魔術書使って恋人関係に戻る――それでよくないですか、ね」

「構わんが、お前はそれで組織やグランサイファーに残っていられるのか? 今までは俺を介して組織やグランサイファーに残っていられたが、俺から離れるとなれば今までのようにはいかなくなるぞ」

「あれ、私、いつ、ユーステスさんと離れるって言いました?」
「何?」

「私、目の前のユーステスさんと別れたくない、ユーステスさんを手放したくないと思ったから、白紙の魔術書の賭けをいったん中断すると言ったんです。それだから、ユーステスさんのために組織やこの艇で頑張るのは今までと変わりないかと!」
「――」

 胸を張るに、ユーステスは。

 はユーステスに構わず、続ける。

「私の今の記憶では、今まで恩人の団長さんのためにこの艇で色々頑張ってたと思ったんですけど、団長さんが言うにはそれは白紙の魔術書が捏造した記憶だとか。それ聞いてそれで今まで何やっても上手くいかなくて、やる気出なくて、しまいには熱出して倒れたとか散々だったんです。でも団長さんから本当はユーステスさんのために頑張ってたんだという真実を聞いて、それなら自分のやってきた事は間違いじゃなかったって納得したんですよ」

「……何で団長のためでは納得しなくて、俺のためならそれに納得したんだ」

「ユーステスさんの隣にいくにはそれだけ頑張らなくちゃ、隣に居られませんよね」

「……」

「私のその思いはすでに団長さんに話していて団長さんもそれに納得してくれていますし、今までのようにユーステスさんのために頑張るのは変わりありませんので、これからもユーステスさんのために組織と団を行ったり来たりで反対に忙しくなりそうです」

 はユーステスにそのやる気を見せるよう腕をあげて、笑う。

 ユーステスはの思いを聞いて、そして。

「……お前、俺に関する記憶が無い状態で、今までと同じように俺のために頑張るとは、俺が怖くないのか」
「え?」
「俺は、この怖い顔のせいで力を持たない子供から逃げられる事が多い。動物もそうだ。犬や猫に近付いてもこの怖い顔のせいで逃げられる。子供と同じく力を持たないお前も、俺が怖くないのか」
「……そうですね。ユーステスさんは最初はいかにも戦闘狂で怖い人だなって思いましたけど、今は全然怖くありません」
「何故。団長に俺は団に居る間は無害だとか言われたか?」
「団長さんにも何も言われてません、自分で怖くないと思ってるからユーステスさんに近付いたんです。ユーステスさんは初対面の人間は少し怖いかもしれませんけど、時間をかければ優しい人だって分かるので大丈夫ですよ」
「だからどうして、俺が優しいと分かる。お前は団長の居ない隙に、この銃で俺に撃たれるとか思わないのか?」
「ユーステスさんは私にそんな酷い事しません」
「お前に、俺の何が分かる」

 は身を乗り出し、ユーステスの顔を見つめて言う。

「ユーステスさんは最初にこの艇で会った時、私の白紙の魔術書の賭けに乗ってくれましたよね。それからユーステスさんが見た目通りに怖い人なら多分、その賭けに乗らずにさっさと艇を出て行ったと思いますし、その賭けだって私に配慮するかのよう星晶獣と天司達を除いた人間限定の百人でいいなんて条件出すあたり、そこまで怖い人とは思いませんよ」
「……」

「それからその時も、此処で間近で見ても思ったんですけどユーステスさんのその黒いエルーンの耳、手入れされてて、とても綺麗ですよね。綺麗というか、美しいです。それだけで優しい人だって分かりますから」
「――」

 その言葉は、その威力は。

 続ける。

「同じエルーンのローアインさん達は女の子によく見られたいからって普段から髪だけじゃなくてエルーンの耳まで念入りに整えてるの見てるんですけど、ユーステスさんのエルーンの耳はそういうのとは違った手入れの仕方で、今も窓から差し込む光で黒い毛がキラキラ輝いて見えます」
「……」

 の評価にユーステスのエルーンの耳はぴくぴく反応しているが、今のにはそれが何を意味するのか分からない。

「それだけじゃなくて」
「……それだけじゃなくて何だ」
「それだけじゃなくてユーステスさんのその綺麗な顔、単純に私の好みの顔だったってのもあります」
「それ俺の前で堂々と言うか? ……そういうはっきりした所は、記憶を失う前と変わらんか」
「反対に聞きますけどユーステスさんは私の顔、嫌いですか?」
「別に嫌いではないが……」
「可愛い?」
「……」
「えー、肝心なとこ答えないんですか? カリオストロとクラリスで可愛い同盟組んでるし、デザイナーのコルワにも衣装の着せがいがあるって評判なのに?」
「そこまで知らん」
「えー」

 素っ気無いユーステスだったが、顔は笑っているようで、自分に付き合ってくれている。は今はそれだけで十分と思った。

 そしては立ち上がると、書棚の上に居座る猫に向けて声をかける。

「猫ちゃん、おいで」
「にゃあ?」

 に手招きされた猫は書棚から飛び降り、の胸に収まる。

「あなたの毛もユーステスさんのエルーンの耳と同じよう、ふさふさで美しく、そのお顔も格好良いね」
「にゃあ、にゃあ~」

 猫はにそう言われて実際に自慢の毛を撫でられ、ご満悦の様子だった。

 は猫を抱いた状態で再び、ユーステスの隣に座る。

 ユーステスは怪訝な顔で、の腕の中で気持ち良さそうな猫を見やる。

「そいつ、ダーントの所の猫か?」
「さあ、この子、ダーントさんの所では見た事がない猫ですね。私では、この子が誰の猫か分かりませんけど、この念入りの手入れの良さは、この団の誰かの飼い猫でしょう。呼べば私の所にはちゃんと来てくれたので、人懐こい子であるのはこれで分かります」

 それからは、その猫をユーステスに差し出し言った。

「ユーステスさんもこの人懐こい猫、抱いてみたらどうです? 普通の猫は分かりませんけどこの団の猫なら、ユーステスさんを怖がりませんよ、ねえ?」
「にゃあ」

 猫もに応じるよう、返事をする。

 しかしユーステスは、その猫を触らなかった。

「その猫は俺に近付けるな」
「猫、苦手なんですか?」
「猫は苦手ではないが、その猫はあまり触れたくない」
「私の知らない間に、この子と何かあったんですか?」
「さあな」

 言ってユーステスは再び、から視線を逸らすよう、銃の手入れに戻る。

「にゃあ」

 猫もから離れて、再び、書棚の上に居座る。

 は改めてユーステスに迫る。

「それでユーステスさんは、私の白紙の魔術書を使わずに一から関係をやり直すっていう提案に乗ってくれるんですか?」
「……」
「ユーステスさん? 返事くらいしてくださいよ、そこ決まらないと困るんですけど」

 は中々返事をくれないユーステスに困るが。

「……お前、記憶が無い状態でも俺と別れたくないから白紙の魔術書の賭けを中断すると言ったな?」
「ああ、はい、その通りです。私は、白紙の魔術書で恋人関係に戻ってもユーステスさんと別れ話をしたくないからそれの中断を――て、ユーステスさん、急にどうした――」

 ぐい、と。

「きゃあっ?」

 はユーステスに軽い力で床に押し倒されてしまった。

 ユーステスはに覆いかぶさり、彼女を組み敷く。

「ユーステス、さん?」

 彼は言う。

「俺は此処での話を聞いて、今までの気が変わった。の言う通りで、些細な事で別れ話が持ち上がった原因は、俺の説明不足だったように思う。俺もこんなくだらない事で、と別れたくないと思った」
「ユーステスさん……」

「それからお前ばかり自分の意見を主張してそれを押し通そうとするが、俺の方からもお前に言っておきたい事が二、三、あるんだがね」
「……何ですか?」

 はニィ、と笑うユーステスに、息を飲む。

「まず第一、組織内で女と一緒の仕事についての報告をしなかったのは、お前が技術部を盾にして俺についていこうとしたせいもある」
「え、私、さっきも言いましたけどユーステスさんがそれをちゃんと説明してくれれば、ユーステスさんにはついていかないかと――」
「――俺の前ではそうだが、イルザはどうだ。技術部でもお前がまだ未熟なのはイルザも分かってるだろうが、お前を妹扱いしているイルザはお前から俺の仕事内容を聞いて『俺と自分を組ませてくれ』と強く頼めば弱った様子で俺に内緒で俺の同行を許可するだろうというのは、俺も分かるからな。俺はそれを危惧して、お前に女と組む仕事を報告しなかった」
「あ……」
「お前、俺にそれを頼むのは無理と分かっていても、イルザには頼みにいくだろ?」
「……ああ、私は多分、イルザさんには私もユーステスさんと組みたいって直談判してますね」

 はそれについては何も否定も反論も出来なかった。

 確かにユーステスから女と組む仕事内容を聞いていればイルザに突撃して、「自分とユーステスを組ませて欲しい」と懇願すれば、自分を妹扱いしているイルザは弱った様子でそれに了解したように思った。

「それから第二に、確かに今までの俺は仕事でそれに乗じて女と関係を持つ事はあるにはあったが、が来てお前と正式に付き合うようになってからは、それは控えていた。それを信じるか信じないかは、お前次第だ――その話はお前にも散々聞かせていたように思ったが?」

「ええ、ユーステスさんほどの男前なら、私と付き合っていても仕事でも私以外の女に誘われては断れないでしょう。どうやってそれ我慢して――」

 はユーステスは仕事でも女からの誘いがあれば簡単に受け入れるだろうと単純に思ったが、それをくつがえしたのは。

「ん」

 はユーステスの仕業に悲鳴もあげず、そこから逃げる事もせず。

「仕事から帰ればが居るからな、お前抱ければ十分だろ」
「……」

 ユーステスは再度、に問いかける。

、お前、この状態で俺と恋人に戻る気はあるか?」
「……別れ話する気ないなら、ユーステスさんと元に戻りたい」

 もユーステスに応じるよう、彼の背中に腕を回した。

 そして。

「お前、それで元に戻れば部屋に戻ってこれの続きする気あるか?」
「続き、て、あ……」

「くだらない喧嘩と白紙の魔術書のせいでお前と離れてからだいぶん、たまってるからな。の俺の記憶が戻ってお前を抱けると分かれば、これ以上に最高な話はない」
「ええと、私、ユーステスさんとすでにやる事やってたんですか?」

「お前、今更それに気が付いたのか? 俺と一年も恋人として付き合ってるなら、やる事やってるだろ」
「い、いや、それはそうなんですけど、それについての記憶無いんですけどぉ?」

「そういえば最近、マンネリ気味だったからな、これはこれで新鮮味あって良かったか。ああそうだお前、ファスティバに連絡しとけよ、明日は俺のせいで使い物になりません、て」
「ええ、前の私は知りませんけど今の私は、ファスティバさんにそれ伝えられる勇気ないです」

 顔を真っ赤にするにくつくつと笑うユーステスと、ユーステスのそれに引くもそこから離れないだった。

「それよりも以前にユーステスさん、私の記憶がすぐに戻るような言葉、持ってるんですか?」
「当たり前だ。それでお前の記憶が戻ればさっそくお前を抱くがその前に――」

 ユーステスはを開放してそこから立ち上がり、そして。

「猫。お前の仲間に伝えておけ。これ以上にに触れれば容赦せん、とな」

「!!!」

 今まであくびをしながら書棚の上からを見守っていた猫――イーウィヤは、ユーステスに鋭い眼光で睨まれ、そこから飛びのいたのだった。