「模擬宇宙に入った途端、セレンらしき女の子がすぐに見付かったから、ヘルタにカフェ再現してもらって、此処で『なの』と二人で女子会に誘ってみただけだよー」
「うん。開拓者の言う通りでセレン、すぐ見付かったよ。丹恒、今まで、どこ探してたの?」
「……」
ニヤけた顔の開拓者と、本当に何で見付けられなかったのかと不思議そうにしている『なのか』に見詰められた丹恒は、何も反論できない。
「でも驚いた」
「何が」
「丹恒は自分と同じ雰囲気の冷たそうな雰囲気の黒髪美少女選ぶかと思ってたけど、目の前のセレン、金髪碧眼の色白で、まさしく、お人形さんみたいな美少女だったのに驚いた。おまけにセレン、私達と年齢も変わらないとこは、良かったけどね」
開拓者は、まじまじと私――、セレンを見詰め、その意外性を口にした。
開拓者の横に座るセレンは、黄金に輝く髪を腰まで伸ばしていて、空色と同じ青い瞳を持っていた。
開拓者はセレンを見てドレスを着て着飾れば、本当に、お人形さんみたいだ、と、素直にその感想を持った。
セレンはそんな開拓者に向けて、微笑む。
「ありがとう。私が丹恒の好みにあってるか分からないけど、お人形さんみたいっていうのは悪い気しないわ。……実際、お人形みたいだったから」
「え。実際は人形みたいって、どういうわけ?」
「ああ、こっちの話、気にしないで」
「えー、それ聞いたら気になるんだけど」
「お人形みたいってよく言われてた、って、意味かな」
「あ、そういうわけね」
セレンは最後、小さな声で呟いたつもりが、開拓者にはしっかりと聞こえていたようだ。開拓者は丹恒と同じくセレンにそのわけを聞こうと詰め寄るが、セレンは開拓者のそれを上手くかわしたようだった。
「……」
セレンの事情を知る丹恒だけは、開拓者とセレンのやり取りに眉を寄せるだけだった。
セレンはその話を切り替えるよう、今度は、その丹恒に狙いを定めた。
「ねえ、丹恒。開拓者達から聞いたけど、私の事、探してくれてたの?」
「……ああ、ヘルタからお前が模擬宇宙で行方不明って聞いて、それで」
「あれ。丹恒、ヘルタであれば模擬宇宙に入ってる人間のデータと、その位置くらい、完全に把握してるの、分かってるんじゃない?」
「あ」
「おまけに、いつものよう、ヘルタがレギオンとかのデータ消してくれてたうえで、私も模擬宇宙に入ったんだけど」
「……」
丹恒は今になってその事実に気が付き、間抜けな顔をさらけだした。
「……、そういうお前は、何で模擬宇宙に入った。そこの開拓者や三月と違って無能力のお前は、ヘルタの強化任務なんて受けられないだろ」
「つい最近、職員の席替えがあったばかりでしょ。その後にヘルタに模擬宇宙での各部屋の再現度はあってるかどうか、植物やら備品の置き方までチェックしてくれって言われてそれで。いつもの月イチ任務。それも忘れてたの?」
「俺は姫子さんから、お前が模擬宇宙内で行方不明と聞いて、駆け付けたんだが……」
「私、ヘルタにちゃんと任務受けて此処に入ったんだけど。ヘルタからも模擬宇宙内のレギオンは消滅させてるって聞いたうえでね。姫子もそれ知ってるはずでは……」
「うわ。姫子さんとヘルタにいっぱい食わされたか……」
「あ、そういうわけ」
はぁー。その事実に気が付いた丹恒は頭を抱えて盛大な溜息を吐き、それを知ったセレンもくすくす笑うだけだった。
でも。
「でも、私が模擬宇宙で行方不明って聞いてすぐに駆け付けてくれた所は、嬉しかった。ありがとう」
「……いや、セレンがシミュレーション内でもレギオン相手にできないと思ったら、護衛役として自然と動いてただけだ」
にこにこ。丹恒は、反発せずに素直に感謝するセレンから、顔をそらした。
と。
「へえ、セレンと丹恒、アンタ達、本当に恋人として付き合ってたんだ?」
「ここだけ、めっちゃ暑くない~?」
ニヤニヤ。ニヤけた顔でセレンと丹恒を見比べるのは開拓者で、同じく手をあおいでニヤけた笑みを浮かべるのは『なのか』であった。
それから開拓者は改めて、セレンについて聞いた。
「セレン、丹恒の失敗で此処に来たんだよね?」
「あら。開拓者って話に聞いてた通り、本当、遠慮ないのね」
「だろ」
セレンは開拓者の遠慮ない物言いに感心し、丹恒は腕を組み参ったように彼女にうなずいてみせた。
「私は、自分の疑問を抱えたままでいるのは、仕事でも私生活でも、よくないと思ってるだけだよ」
開拓者はセレンに向けて、そう、反論した。
開拓者の反論が効いたのかどうか。セレンは決心した様子で、開拓者に向けて話した。
「まあ、ヘルタから私と丹恒の話を聞いてるならその通り。
私の家は、自分の国では、国王陛下のもとに仕える学者の一族でね。代々、その王に仕え、王やその親族に教育を施すというのが、私達一族の使命だった」
「国王に仕える学者の一族……、なんだ、やっぱ、いいとこのお嬢様じゃない」
「うんうん。此処に入ってセレンを一目見て、なんか、ウチらと違って本物のお嬢様っぽいなーって思ってたんだよね」
開拓者だけではなく『なのか』も、セレンを見て、どこか品のある子だなとは思っていた。
ヘルタは『そういう設定にしてある』と話したが、セレン自身がもともと、お嬢様だったというオチか。
セレンは語る。
「国の家宝として崇めて扱っていたのが、あなた達が集めている『星核』の一つだったとは、当時の国王陛下も、学者の父も、兄も、分からなかった。でも、ある日、どこからかレギオンの襲撃がきて、一つの大国を滅ぼした。それがきっかけで、レギオンの目当てが星核狙いであると理解したのと同時に、今までは私達が眺めている夜空の向こう側にも神様が支配している世界があると分かった。そんな夢のようなおとぎ話、同じく外宇宙から来たという丹恒が現れ、彼から星核について、その星核を狙うレギオンの軍勢について説明してくれるまで、私達は何一つ分からなかった」
「……」
続ける。
「丹恒の説明を聞いたうえで国王陛下はこれ以上の犠牲は出したくない想いで国民の安全のため、星核を丹恒に明け渡した方がいいと決断された。私もその他の臣下達も、国王陛下の提案に乗った。丹恒も国王陛下の考えに賛同して、時間と場所を決めたうえでそれの準備に入った。でも……」
「でも?」
「……」
「セレン」
「……、言いづらい話は、俺が替わろう」
開拓者が続きをうながすも中々決心がつかないセレンに代わり、丹恒が申し出る。
「しかし、セレンの父と兄がそれを裏切り、星核を持ち出し、レギオンの連中に渡してしまった」
「ええ、どうして? セレンの家が国王に仕えてる一族なら、セレンのお父さんもお兄さんも、国王の考えに賛同して丹恒についてくれるんじゃない?」
セレンに続けて話したのは丹恒で、単純な疑問を口にして大袈裟にのけ反るのは、『なのか』だった。
なのかの大袈裟な態度にセレンは、くすくす笑う。
どうやら『なのか』のおかげで、セレンの緊張感がほぐれたのか、話の主が丹恒から彼女に切り替わる。
「それも単純な話。父と兄は、これまで目にした事のなかった宇宙の技術を目にして、狂ってしまったのよ。父と兄は自分もレギオンや丹恒のように宇宙に行きたい、そこで自分も強力な武器を開発したいという欲が、数万の国民の命より上だと判断したわけ。
そこから、私の国が滅びるのに時間はかからなかった。自分の欲だけで国民を見放した父と兄から星核を受け取ったレギオンの軍勢は、今まで以上の力を解放し、その強力な攻撃で私の国は、私の星は、一日足らずで焦土と化した。生き残った人間達は大半が狂い、今度はレギオン関係なく人間同士の醜い争いが起き、そこでは女子供も関係なく力が弱いものは殺されて、地獄と化した」
「……」
「私は、私の父と兄のせいで私も裏切り者扱いとされ、自分の国で処刑が決まった。私は父と兄からレギオンから与えられた小型の宇宙船で一緒に来ないかと誘われたけどその宇宙船には乗らず、国王陛下と一緒に地獄と化した国で死ぬしかないと思ってたけど、そこへ現れたのが……」
「あ、そこに現れたのが格好良くその地獄からセレンを助けにきた丹恒だったわけ? やるじゃん、ヒューヒュー」
この、このぉ。『なのか』は口笛を吹いて丹恒の袖をつつき、一人で勝手に想像して、勝手に盛り上がる。
「いえ。その時の丹恒はレギオンと同じく小型宇宙船を使って、自分に協力してくれた国王陛下だけはその地獄から逃がそうとしてくれてたのよ。私も丹恒のそれ知って国王陛下を逃がそうと彼に手を貸そうとしたけど、そこで予想外の事が起きてね」
「まさか、国王、自分よりセレンを助けたの?」
「そう。国王陛下は、自分はまだわずかに生き残っている国民を守る義務があると話して、頑なに丹恒の船に乗らなかった。国王陛下は丹恒に、この地獄から誰かを助けたいと思うならそばにいた私を助けろって言って、それを嫌がった私を無理矢理に丹恒の船に乗せた。それから国王陛下は私に向けて、お前は裏切り者の一族の責任を取る必要がある、彼らを追いかけその手で処刑しろ――、そう言って、私をその地獄から逃がしてくれた」
「やだ、何、丹恒より、国王陛下の方がカッコイイじゃん!」
「ウチも、丹恒より、国王陛下のファンになるわ!」
きゃー。開拓者と『なのか』は、セレンの話だけで彼女が仕えていた国王に傾倒して、盛り上がる。さっきまで『国王』呼びだったのが、セレンの話を聞いた後では『国王陛下』とちゃんと敬称をつけるまでになったという。
セレンは丹恒を振り返り、話を続ける。
「丹恒は、私を姫子とヴェルトさんが待ってた星穹列車にいったん引き渡して、父と兄が持ち出した星核を追いかけていったわ」
「ええ。丹恒、国王陛下の言う通り、セレンをセレンのお父さん達の所まで連れて行かなかったの?」
セレンの話を聞いて開拓者は、丹恒を睨みつけるが。
「……、セレンは、特殊能力持ちの開拓者や三月と違って、なんの能力を持たない無能力者だった。その中で、セレンを反レギオンの所まで連れていけるか?」
丹恒の話を聞いた開拓者は、今度はセレンの方を見て聞いた。
「そうなの?」
「ええ。私は開拓者や『なのか』と違って、なんの能力も持たない普通の人間よ。そうそう、私とあなた達の間には、千年以上の差があるって、その嫌な現実をアスターから突き付けられたわ」
「千年? そんなに?」
「そう。私は、私より遠く未来から来た丹恒にしがみついてるだけが、せいいっぱいだった。でも、丹恒のおかげで私の父と兄は宇宙の世界に耐えられずにあっさりと塵と化し、星核を持ち出したレギオンも討伐できたと聞いた時は、すっきりしたかな。
それから、星核とレギオンのせいでボロボロになった私の星もアスター、それから、ヘルタ達の協力で長い時間はかかるけどなんとか復元できると聞いて、そこは安心してる」
「……」
ふふ。セレンはその時を思い出しているのか笑っているが、開拓者はもとより、『なのか』ですら同じように笑っていいかどうか判断に迷った。
「私はその後、姫子、アスター、ヘルタの計らいでステーション内の万有応物課の倉庫担当になったの」
「万有応物課の倉庫担当? セレンと私達の間に千年も差がある中で、ステーション内での仕事に追いつける?」
「ステーション内の備品の在庫がなくなればそれの補充、職員が必要なものを取り寄せたり、そこから職員の落とし物を見付けたり。そういう単純な仕事で、それは科学技術なくても誰でもできる仕事と思うけど。元の世界でも、そういうアイテム整理を引き受けていたから」
「なるほど。それなら、千年の差があってもできるか」
セレンの説明には開拓者も納得した様子だった。
「今回も、模擬宇宙内での再現力――、つい最近、席替えがあった職員の机の置き方や、そこの備品の置き方はどうかチェックしてくれって、ヘルタの依頼で入ったんだよ。訓練用のレギオンの出現を切ったうえでね。でも、私を心配して丹恒だけじゃなく、開拓者と『なのか』まで来てくれるとは思わなかった。ありがとう」
「あ、いや、私は、丹恒とセレンの関係が気になって此処まで駆けつけただけだから」
「同じく~」
開拓者と『なのか』は、素直に礼を言うセレンに恐縮する。
「私、ここでは倉庫内でアイテム整理とか、落とし物の管理とか、そういうのやってるから、開拓者達の方でも何か必要なものがあるとか、何かなくしたとかあれば、私の所まで連絡してね」
「了解」
「了解だよー」
開拓者と『なのか』も、セレンに快く応じる。
そこで席を立つのは、丹恒だった。
「セレンについて理解したのであれば、そろそろ、いいか。セレン、ヘルタの用事が終わったのであれば、さっさと模擬宇宙から出るぞ」
「あ、待ってよ。肝心なとこ、まだ聞いてないんだけど」
話が一段落したところで丹恒がセレンの手を取って無理矢理に模擬宇宙を出ようとした所を引き止めたのは、開拓者だった。
「……なんだ。まだセレンに何か?」
開拓者に思い切り嫌な顔をして、一応、そのわけを聞いた。
「セレンと丹恒の喧嘩の原因、まだ聞いてないんだけど。セレンが言ってたよう、丹恒がデートすっぽかしたであってるの?」
丹恒はセレンと顔を見合わせた後、それから。
「あー、まあ、セレンとのデートをすっぽかしたのは本当で、今回は俺が悪いのは間違いない」
「丹恒は真面目な方で、遅刻もせず、約束ごとは守る方だと思ってたけど。その日、セレンと何かあったの?」
はあ。丹恒は大きな溜息を吐いた後、開拓者に向けて言った。
「半分は俺のせいだが、半分は開拓者と三月のせいだ」
「え」
「えー、セレンの喧嘩の原因、ウチらも原因? 何それ」
開拓者はそれほどでもないが、なのかは自分も原因であると聞いてその不満を口にする。
丹恒は決心した様子で、開拓者と『なのか』にそれを白状した。
「開拓者と三月、お前らが、今日は入れないと渋る俺を無理矢理に模擬宇宙内の強化訓練に誘った日があっただろう。それ、覚えてるか」
「丹恒を無理矢理に模擬宇宙内の強化訓練に誘った日? あー、多分、ヘルタの模擬宇宙内で強化ポイントが二倍になる日だったかな?」
「そうそう、開拓者が今日は強化ポイントが二倍になるから模擬宇宙に入って訓練やろうって、それ嫌がる丹恒を無理に誘って――あ」
開拓者は軽い感じで、『なのか』はそれを思い出した途端に青ざめる。
丹恒は、自分のこめかみに指をあて、言った。
「そうだ。今回、模擬宇宙の強化訓練で強化ポイント二倍になる日で得だからと、それに参加するのを渋った俺を無理矢理に参加させたの、誰だったか」
「えー、その日、セレンとのデートの日だったんだ。でも、それが原因でセレンと喧嘩したなら私も謝る必要あるけど、丹恒もセレンについて私達に打ち明けてくれれば良かったじゃない。そうすれば私も『なの』も、強引に丹恒を訓練に誘わなかったよ」
「そうだ、そうだ。丹恒がセレンについてウチラに話してくれてれば、ウチラも丹恒を強引に模擬宇宙での訓練に誘わなかったよ!」
丹恒の話を聞いて開拓者だけではなく、『なのか』も机を叩いて抗議の声を上げる。
はぁー。丹恒は盛大な溜息を吐いて、反論する。
「お前らにセレンについて明かせば模擬宇宙での訓練に参加しない代わりに、隠れて俺とセレンのデートについてきそうだったから言えなかったんだよ」
「ええー、私達、丹恒が私達の訓練の誘いを断ってセレンのデートに行っても、丹恒とセレンのデートについてこないよ、ねえ?」
「うんうん。開拓者だけじゃなくて、ウチでもそれくらいの常識持ってるよ!」
「その止まらんニヤけた顔見て、それの説得力あると思うか……」
丹恒は、ここまで説得力無い表情はないなと、顔を引きつらせる。
「俺がこの夜中に列車内の廊下をうろついていたのは、お前達で駄目になったセレンとのデートの埋め合わせをどうしようかって考えてたせいだ。これは開拓者に関係の無い話だし、それで俺の事は気にするなって伝えたわけだよ」
「なんだ、丹恒、そんな単純な話で悩んでたんだ。おまけに、確かに私には関係無い話だったわ。その事実が知れて、スッキリした」
うん。開拓者は、丹恒についての自分のモヤモヤが晴れてスッキリした様子だった。
丹恒だけではなく、セレンがそれに補足するよう話した。
「私もデートすっぽかされたのが、半分は開拓者と『なのか』のせいだと分かって、安心したかな」
「え、セレンは何で、私と『なの』で安心したの?」
「その約束すっぽかされたの丹恒が私より、ほかの女の所に行ったんじゃないかって疑ってたから」
「あ、そういうわけ。でも、セレン以外の女にいく、丹恒にそこまで勇気ないと思うし、セレンも丹恒が約束すっぽかしただけでそれ疑うなんて、相当嫉妬深い感じ?」
「ふふ。私の星の私の国ではそういうの、当然のような世界だったから。私が丹恒に嫉妬深いの、それの影響かもね」
「え。自分の国の影響で嫉妬深いってそれどういう――」
開拓者はセレンの話に興味を持つが。
「……、セレン、開拓者に余計な事言うなよ。また開拓者に詰め寄られるぞ」
「そうね。もう夜も遅いし、これで退出するわ」
セレンは丹恒に言われ、彼と同じように席を立った。
そして。
「私も此処でヘルタと丹恒に、開拓者と『なのか』を紹介してもらって良かったと思う。改めて。開拓者に『なのか』、これからよろしくね」
「うん。これから、よろしく」
「よろしくー」
開拓者と『なのか』は、セレンと快く握手を交わした。
「セレン、先、出るぞ」
「待ってよー」
セレンは丹恒が先に模擬宇宙を出て行ったのを追いかけるが、それは振りだった。
セレンは丹恒が出て行ったのを確認した後、その様子を見ていた開拓者と『なのか』に近付き、こっそり自分のアドレスを渡して言った。
「これ、仕事用じゃない、私の個人用のアドレス。登録してくれると嬉しいんだけど」
「え、何で、仕事用じゃない個人用のアドレスを私達に?」
開拓者はどうしてセレンが自分達に個人用のアドレスを渡したのか、不思議だったが。
「丹恒が私の知らない所で怪しい動きしてたら、連絡よろしくねっていう意味で」
「あ、そういうわけね。はは、了解ー」
「了解。ウチも、丹恒追いかけて此処まで来たセレン、応援するよー」
「ありがとう。それじゃあ、またね」
セレンはそれから丹恒を追いかけるよう本当に、模擬宇宙を出て行った。
残った開拓者と『なのか』は、二人、顔を突き合わせて言った。
「セレン、中々面白い子だったなー。彼女、丹恒にもったいないくらいだった」
「だねー。セレンで丹恒からかうと更に面白そう~」
開拓者と『なのか』は、去り際に丹恒に内緒でセレンがそう耳打ちしてきたところは遠慮なく笑って、セレンを入れれば、これから先も楽しくなりそうな予感がした。
ところで。
「でも、セレンで何か引っかかるんだよな……」
「セレンで何か引っかかるって、何が?」
?
開拓者は『なのか』にその妙な部分を聞いた。
「ねえ、さっきのセレンの国王陛下がセレンを思って自分を逃がしてくれたっていう過去の話で、何か気がかりなとこなかった?」
「さあ? ウチでは何も分かんないけど。自分よりセレンを逃がした国王陛下、カッコイイくらいしか」
「そうなんだけど。国王陛下じゃなくて、セレンで何かまだモヤモヤした感じが残ってるんだけどなー」
「???」
腕を組んでセレンについて何か考える開拓者に興味を持つも、『なのか』には何も分からなかった。
余談。
真夜中。
誰も居ないカフェにて集うのは、姫子、アスター、ヘルタの三人である。
姫子は席につくなり、パソコンをいじるヘルタに聞いた。
「ヘルタ。セレンと丹恒、どうなった?」
「ああ。お前の計画通り、元通り」
「それは良かった。あの二人、こじれると面倒臭いし、セレンで丹恒だけじゃなく、開拓者に何かあると面倒だからね。お疲れ様。ヘルタ、アスター、コーヒー飲む?」
「頼む」
「お願い」
姫子は席を立つと慣れた様子でキッチンに入り、自分のぶんとヘルタ、アスターの三人ぶんのコーヒーを用意し、元の席に戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとね」
ヘルタ、アスターは姫子から素直にコーヒーを受け取り、礼を言う。
それで――。
姫子は声を潜め、ヘルタに聞いた。
「それで、開拓者、セレンの肝心の裏の顔に気が付いてた?」
「いや、全然。開拓者、あの子、年頃なのに男女の関係について相当鈍いわね……。ここで丹恒とセレンの関係、打ち明けなくても良かったんじゃない?」
「あはは。でも、いずれはセレンの事がバレるから、今回、丹恒とセレンの喧嘩の件を利用しようっていう姫子の判断は良かったと思うよ」
開拓者の鈍さを目の当たりにして呆れた調子で言うヘルタと、姫子側の意見に乗るのはアスターである。
それからアスターは指折り数える。
「セレンの星の国の歴史が私達の世界と千年以上の差がある事、彼女の一族が国王に仕える一族である事、彼女がどうしてその国王と地獄と化した国から丹恒と脱出できるまで一緒についていけたのか……、これだけ材料揃ってるのに、開拓者ってば、セレンのその事実に気が付かないなんて、ねえ」
「そうそう。それだけ材料揃ってて、開拓者がセレンのそれに気が付かないなんてねえ。三月ちゃんがそういうのに鈍いのは分かるけれど、開拓者までそれに気が付かないなんて、私も予想外だったわ。これから先、面倒な話にならなければいいけど」
「姫子、話してる内容とその表情、違うんだけどっ?」
そういう姫子の顔は楽しそうで、その裏表にアスターは引き気味だった。
ヘルタは言う。
「まあ、開拓者ならセレンのその事実知っても『それがどうした?』って、あっさりしてそうだがね」
「私も開拓者のそのあっさりした飾り気のない部分は、評価してるのよ。開拓者であれば、セレンの秘密に気が付いてもいつも通り接してくれそうだって期待してね。丹恒も私達と同じ気持ちじゃないかしらね」
ヘルタの話を聞いて納得する風にうなずくのは、姫子だった。
「そうだね。丹恒も開拓者であれば、セレンを受け入れてくれると思ったかも。でも、丹恒だけじゃなくて、セレンも自分の故郷を捨ててまで丹恒と関係続けて良かったと思ってるのかなぁ?」
うーん。納得する姫子と違ってアスターは、セレンと関係を続ける丹恒の考えが分からないと腕を組み天井を見詰める。
姫子はアスターに向けて、言う。
「セレンは、自分の故郷を捨ててまで此処に来たわけじゃないわよ。むしろ、故郷を愛してるからこそ此処まで来たんじゃないの」
「え、そうなの?」
「やっぱり、そうか」
姫子はアスターに言ったつもりがそれに反応したのは、ヘルタだった。
姫子はヘルタを見据え、聞いた。
「あら、ヘルタはセレンのそれ、分かってたんだ?」
「なんとなくね。自分の欲望に忠実なあの女が此処までついてくるの、それくらいしか思いつないってのもあるけれど。実際、セレンの手でちゃんと自分の金で買い取ったうえで、こちらの科学技術をあちらに横流してる形跡があった」
「ええ、それ本当? 中立立場のステーション以外で、許可無い科学技術の横流しは、法律違反じゃなかったっけ。何で、経営者の私に報告なかったの! ヘルタがセレンのそれ気が付いてたなら、私に報告くらい入れても良かったんじゃない?」
ヘルタからの話は初耳で、テーブルを叩いて抗議する。
ヘルタは淡々とアスターに説明する。
「セレンが故郷に私達の科学技術を横流ししてるのは微量なもんで、現地でも限られた人間だけが知っているものよ。私から見てもセレンのそれは今のところは法律違反にはならないギリギリの範囲だから、それをアスターが気にする必要ない。これが大規模になれば、さすがに私もアスターに報告してる」
「ヘルタがセレンのそれ良いってしてるなら、良いんだけどぉ……。でもちょっと、セレンと丹恒の関係、複雑だね」
「そうね。セレンは自分の故郷を出てまで丹恒と一緒になりたい気持ちは本当でしょうけど、裏は、自分の故郷のために丹恒を利用しているだけ。丹恒もそれ分かってあの女と付き合ってるんだから、手におえない」
「えー、セレン、丹恒と一緒になりたいのに、故郷のために丹恒を利用してるの? おまけに丹恒もそれ分かっててセレンと付き合ってる? 何それ、意味わかんないんだけど」
「この中でセレンに近いの、あなたでしょう、アスター。それで、セレンの気持ちが分からないの?」
「え、この中で私が、セレンに近い? どうして?」
アスターは目を瞬きさせて天井から、そう言ったヘルタに視線を移すが。
「ヘルタの言う通り、この中でアスターが一番セレンに近いわね。本国に帰れば大企業の社長の娘でお嬢様であるアスターの相手になりたいっていう男達の誘い、山ほどくるじゃない。このヘルタ・ステーション内でも、どうにかしてアスターと付き合いたいって企む男達が多いのも知ってるわ。でもその中で、アスターの興味は防衛課のアーラン一人だけ、ステーションでもその彼を利用してるしねえ」
「うええ? わ、私が興味あるの、アーラン以外、ほかにもあるよっ?! それに私、アーラン利用してないし! そこは、セレンと違うと思うけど!」
くすくす笑いながらそれを指摘する姫子と、アーランの名前を出した途端に顔が真っ赤になって反論するアスターと。
ヘルタは溜息を吐いた後、姫子に向けて言った。
「丹恒は、あの国でのセレンの境遇に同情したって話してたわね」
「ええ。あの星の歴史とその周辺国の伝統と風習を見ればセレンの境遇は別にそこまで不思議な話ではないけれど、そこより遥か未来から来た丹恒から見ればセレンのそれはグロテスクでしかなかったようね。セレンはセレンで丹恒の手でそこから救われた、彼に感謝してるってさ」
「全く。丹恒であっても、現地に行くのであれば、そのへんの教育、徹底的にやっておくべきだった。これから開拓者用に、それの教育プログラムも開発する必要があるわね」
「今からそれやっても手遅れだと思うけれどね」
「やらないより、マシでしょ。開拓者もああ見えて、ステーションだけではなく、ほかの星でも現地の男達に人気あったしね。開拓者であれ、その星の歴史や風習を学んだうえで、そこでへんな男に騙されないような教育は受けた方がいい」
言ってヘルタはパソコンを機械的な速さで操作し、ステーション内に登録されてあるスタッフデータを表示させ、セレンの項目を出現させた。
セレンの顔写真と、出身地、経歴など細部まで書かれてあるがその中に重要なものが一つ。
ヘルタのパソコンに現れたヘルタのスタッフデータ、その中でもセレンの項目を見て、アスターはヘルタに確認を取る。
「ヘルタのスタッフデータ、限られた人間しか見られないようになってるのよね」
「ああ。このスタッフデータは、ヘルタステーションでも限られた人間しか見られないようになってるから、そこは安心して。
そうでも開拓者も『なのか』もまさか、自分とそこまで年齢の変わらない少女が元の国では、ここまでの経歴の持ち主だったとは、夢にも思わないでしょうね。
丹恒も本当、やっかいで面倒な女に手を出したものよ」
姫子はアスターとヘルタのやり取りを聞いたうえで、データでその表示されている内容を指でなぞる。
「セレン・クロム。クロム国の正統な第二王女、そして、隣国のディアン国のウォルター・ディアン国王と政略結婚した第二王妃、ときたか」
そして姫子は口の端を上げて面白そうに、言った。
「本当、ヘルタ・ステーションでも、ここまで面白い経歴、ほかにないわね。これから先、セレンをめぐって丹恒だけではなくて、開拓者と三月ちゃん、四人の間に何か起きるか楽しみね~」