・クロム。
とある星のとある大陸の隅に位置するクロム国の正統な第二王女――といえば聞こえはいいが、実際は違った。
私の人生は、常に二番目だった。
父はまだ五歳になったばかりの自分に向けて、言った。
――お前の身は、この大陸を支配する中央国家の国王陛下のものだ。この家に女として産まれた時からすでにそう決められている。これから先、国王陛下の趣味にあうものを身に着け、国王陛下に見合った女性になるような教育を受けろ。
この世界では大陸一繁栄している中央国家だけが特別で、昔からの伝統で国王は多くの女性達をはべらせて多くの子を産み、その中からたった一人の優れた後継者を決める、と、教えてくれたのは、小さな貧乏国で王をやっている父だった。
自分のクロム国は、大陸を統べる中央国家――、人口十万以上と言われ、普段から荷馬車や人間が行き交う活気あるディアン国に比べれば、人口五千人足らずの小さな国である。主に農業をやっているが、それでも貧しい国の一つだ。
クロムでは国民が食べるにも苦労する中、父はそれが何でもない風に語る。
クロム国の女は昔から、本人の意思は関係なく、どこかの大きな国の王のもとに嫁ぐのが決まっている。それが一番目でも二番目でも三番目でもいい、とにかく、どうにかして別の国家に潜り込み、自分の小さな国もその恩恵を受けられればそれでいいのだと。
父の跡継ぎで貧乏国の王になるのが決まっている兄は興奮した様子で、父と同じ事を話した。
――、お前はクロム国の期待の星だ。クロム国では最近まで女の子が産まれなかったせいで、この国はほかの国より成長が乏しく、ここで暮らしたいと言う国民も減ってきて衰退の一途を辿るだけだった。しかし、お前がどうにかして中央国家の王に気に入られれば、クロム国は再び息を吹き返す。、国王に気に入られるよう、頑張れよ。
父や兄からその話を聞いた時は、怒りも悲しみもなく、ただ、それを静かに受け入れるだけだった。
そして。
子供から女に成長し、それなりの教育を受け、予定通りに中央国家の国王陛下のもとへ。
父の目論見通りに『それなりの教育』を受けたおかげで国王陛下に気に入られたのか結婚を決め、中央国家の第二王妃として嫁ぐ事になった。
しかしその時、国王陛下の隣にはすでに一番目の妃が隣に座っていた。
中央国家の国王陛下はこの時、四十を超えていて、自分より相当年の離れて、誰が見ても叔父さんと言える風格だった。因みに一番目の王妃も国王と年齢は変わらない。
国王陛下は幸か不幸か、第一王妃との間に子供が出来ず、跡継ぎに悩んでいたところ、私が第二の嫁候補に手をあげたので国の定めにのっとって結婚を決めたと正直に話してくれた。
私はそれでも、相手が四十を超えた叔父さんであれ、国王には変わりないので、父と兄、自分を支持してくれている国民に見送られながらディアン国へと。
肩書は、・ディアン、ディアン国の第二王妃である。
その結果に父と兄は涙を流して喜び、クロム国の国民達も祝福してくれたが、当のディアン国の国民からはよく思われなかったようで、街を歩けば『貧乏国から金持ちの男を漁りにきた卑しい女』と、陰口を叩かれ批判され、石を投げられる始末だった。
しかしその代わりに日々の暮らしに困っていた自分の国とは違って贅沢な暮らしを約束され、不自由のない生活が送れた。その点に関しては自分を批判する国民に対しては寛容的になり、更には自分のある野望のために批判的な人間達を好きにさせて泳がせている最中である。
そして兄から、自分のおかげでクロム国も中央国家の支援がきて、食料や物資も届き、減っていた国民も増えてきているらしいと聞いている。
中央国家――、ディアン国の国王陛下は支配国家にありがちな暴力でものを言わせるような酷い暴君ではなく、その反対でお人好しで優しく、国民達から慕われた人物で、彼から見れば小娘であろう自分にも国民達と同じように優しく扱ってくれたのは、感謝しかない。
個人的に言わせてもらえれば中央国家の国民には嫌がられても王室での扱いは悪くなく、ちゃんと個人の部屋を与えられ、国王陛下も一番目の王妃様も優しくて、二番目の王妃としては、それなりに、しあわせだったように思う。
一番目の王妃様も二番目の妃候補として手をあげてくれた自分に対して凛とした態度で「ありがとう。これで、跡継ぎ問題の肩の荷が下りた」と、私を快く応じてくださったほどだ。
あの時――天体から未知なる襲撃者、反レギオンの軍勢が現れ、たった一日でディアンに次いで二番目に大きな国家が滅ぼされたと聞くまでは――。
朝。
時計の音で目が覚めた。
「ふぁ……」
「、起きたか」
時計の音を止めたのはではなく、当然のように彼女の部屋に居座っていた丹恒だった。
丹恒は椅子に腰かけ、静かに新聞を読んでいる。
は、まだ覚めない目をこすりながらベッドの上でぼんやりと、新聞を読んでいる丹恒を見詰める。
「……あれ、丹恒、帰ってたの?」
「夜中に帰ってきた」
「姫子の列車で開拓者と『なのか』の二人と一緒の仕事――星核探しの旅、終わったの?」
「いや。まだかかるが、いったん休憩、姫子さんの計らいで休みが取れた。しばらくの間、ヘルタ・ステーション内に滞在できると思う」
は丹恒は今まで開拓者や『なのか』と一緒に姫子の星穹列車に乗って、星核探しの旅に出ていたと聞いている。
丹恒は簡潔に答えるだけだったけれど。
はベッドから体を起こして、丹恒に近づき言った。
「お帰りー、そして、おはよう」
「ただいま、そして、おはよう」
から毎回『お帰り』が聞けるのは悪い気はせず、彼女を引き寄せてそのぬくもりを堪能する。
というか――。
「というか、毎回言ってるけど、何で私が寝てる夜中に帰ってくるのよ。せめて、朝とかにできない?」
「時差の関係で、仕方ない。遠征先が昼間であっても、こちらは夜、というのは、よくある話だと、姫子やヘルタから説明聞いてなかったのか」
「説明聞いてるけど、それ、説明聞いてもちんぷんかんぷんなんだけど。自分の星から宇宙に出れば地上に居る時よりも時間が遅く進むなんて、信じられなかったから」
「そうだな。しかし、時差といっても近場の銀河の移動だけであるなら一日の誤差ですませられるのは、ヘルタをはじめとする天才クラブの英知の結晶だと、以前にヘルタが自慢してたな。真相はどうか分からんが。昔は別の星に一日行って帰ってくるだけで十年単位で時間が経過していて大変だったとか……」
「別の星に一日行って帰るだけで十年……。どちらにしても、宇宙の事なんて何も知らなかった文明レベルの低い星から来た私からすれば壮大な話に変わりないわね……」
はあ。宇宙に関する知識の無い文明レベルが低い星から来たからしてみればその話は、混乱するばかりだった。
でも。
「でも、ヘルタ達のおかげで一日の誤差だけでこうやって丹恒と会えるのは、良かったと思うわ」
「……、、お前、朝から俺に襲われたいのか」
丹恒は参った様子で、を抱き締める、が。
「ちょっと、私は朝からそんな気、別にないんだけど。それに、私、これから仕事だから丹恒に構ってる時間ない」
「……」
にはっきりと拒否され、沈む。
「それよりさ、時間あるなら久し振りに一緒に朝ご飯、食べに行こうよ。ねえ」
「……そうだな。久し振りに一緒に食べるか」
丹恒はに誘われ、沈んでいたものはすっかり浮上して、その手を取ったのだった。
ステーションのカフェにて。
朝のカフェは、ステーションのスタッフ達で賑わっている。
「どこの席にする? いつもは万有応物課の皆と一緒だけど、丹恒と一緒の時は、注目されない隅の方がいい」
「そうだな。いつもの隅の席が空いてるといいが……」
ステーション内では、丹恒と一緒だとどうしても注目されるので、彼が同席の時は隅の席を選んでいる。
「、丹恒!」
「こっち、こっち!!」
カフェで提供されている食事を選んでどこの席に座ろうかとウロウロしていた丹恒とに向けて、ひと際大きな声で手招きしてきたのは開拓者と三月なのかだった。
しかも席は隅ではなく、一番目立つ中央である。
「おーい、おーい」
「ウチらの声、ほかのスタッフの雑音で聞こえないのかなー? もっと大きい声で呼んでみる?」
最初は無視して席を探そうと思ったが、開拓者と『なのか』の二人は周りを気にせず、もっと大きな声でと丹恒の名前を呼ぶのだった。
は弱った様子で一応、丹恒に聞いた。
「どうする?」
「……、開拓者と三月に応じなかったらこれ以上に目立つぞ。仕方ない。あいつらと一緒に食べるか」
はあ。丹恒は開拓者と『なのか』の暴挙に観念したよう、を連れて二人と同じテーブルについたのだった。
は、開拓者と『なのか』とは、模擬宇宙内で初めて会話したのが最後だった。
「、おはよー。と一緒に食べるの、今回が初めてだね。一度、と食事したかったから、丁度良かった」
「おはよー。ウチも開拓者も、丹恒というより、と一緒に食事がしたかったから、見つけて声かけたんだよねー」
「おはよう。そうだったの。それは、嬉しいわ。でも、声かけるならもう少し静かに、後、とても目立つあなた達と一緒であるなら中央の席より、隅の席の方が嬉しいかな……」
はは。は純粋にそう話した開拓者と『なのか』に向けて、なるべく穏やかに要求した。
開拓者は席についたに向けて、遠慮がちに聞いた。
「、目立つの嫌い?」
「どちらかというと静かな方が落ち着くかな」
「へえ。そういうとこ、同じく静かなとこが好きな丹恒と気があいそうだね。でも、なら此処に来た当初は、随分目立ってたんじゃない?」
「そう?」
「そうそう。そのお人形みたいな容姿なら嫌でも目立つと思うし、私もそれでがカフェに入って来たのすぐに分かったから。それに何より――」
何より。
開拓者の視線は、の選んだ食事に注がれる。
「何より、その細い体でそんな大盛チャーハン食べるんだ? 意外~」
「うわ。が持ってきた大盛チャーハン、開拓者と同じくらいの量じゃん。確かにその細い体で朝からそれは、凄い!」
開拓者だけではなく、『なのか』もの手元にある食事量を目にして素直に驚いている。
の手元には、ステーション内のキッチンロボットが自動的に作った大盛チャーハンがあった。因みに開拓者にも同じ大盛チャーハンがある。
ついでに言えば丹恒と『なのか』は、ほかのスタッフと同じステーション内で保存食として配給されている食材を混ぜて固めただけの乾物で簡単にすませている。
「丹恒、がこれくらい食べるって知ってるの?」
「ああ。こいつ、出会った時もそれくらいの量、食べてたぞ」
「そうなの?」
「元の星での話だがその時のは、城の庭で肉まん五個セットの箱を抱えて、誰に分けるとかなく、一人でその肉まんセット食べてた」
「マジで?」
「嘘ぉ」
「ちょっと丹恒、恥ずかしいとこ、思い出させないでよ!」
呆れた調子でその時の彼女が抱えていた肉まんの数を指で示す丹恒と、信じられないと顔を見合わせる開拓者と『なのか』と、本当に恥ずかしそうに顔を赤くして丹恒の背中を叩くと。
そしては開拓者の視線を気にしつつ、丹恒に向けて言った。
「そうだ、あの時、丹恒に私の肉まんあげたでしょ!」
「え、そうだったか?」
「そうそう。私、その時、城の客人だっていう丹恒にお近づきの印で、その肉まん分けたの思い出したよ。私が丹恒に肉まん分けたんだから、一人で肉まん五個も食べるなんてのは……」
「いや。それは違う。あの時、お前が俺のせいで肉まん一個落としてそれの責任取れって、俺に向けてわめいてきて、おまけに俺が国王に正式に招待された客人だとは知らずに不審者扱いしてきたんだろうが。お前から肉まんもらったのも、その詫びだった。何も知らない開拓者と三月に下手な嘘吐くな」
「……そうだったかな?」
丹恒相手では下手な小細工は効かず、誘導失敗。は弱った様子で視線を天井に向けるだけ。
開拓者は興味深そうにとのなれそめを丹恒に聞いた。
「それよりも前に何で、丹恒のせいで肉まん落としたの?」
「俺のテレポート先が運悪くの目の前で、そういうテレポート技術を知らなかったがそれに驚いて肉まん落としたってだけだ」
「なるほど。テレポート技術を知らなかったからすれば急に目の前に丹恒現れたら、驚くわ。それで、丹恒、に責任取って落とした肉まん買ってあげたの?」
「いや。に反対に肉まんもらった。押し付けられたと言うか……」
「何で?」
「その時に丁度良く、俺の目当てだった国王が現れたせいだ。その時のは、国王の前では大人しい女を演じていたらしい。国王の前で慌てて俺に残りの肉まん押し付けて、自分は仕事があるからと、さっさとどこか行った。これが俺との最初の出会いだった」
目を閉じれば、思い出す。
の星にあった中央国家――ディアン国の城の中庭にて。
は昼休みが終わった頃、城の中庭で肉まん五個セットが入った箱を抱え、そこから一個取り出し、今まさに口に入れようとした所で、テレポート機能を使って突然にあらわれた丹恒に驚き、その肉まんを地面に落としてしまった。
丹恒は気にせずの横を通り過ぎようとしたが、それを引き止めたのは鬼の形相のだった。
『ちょっと! 私の肉まん、あなたのせいで落ちたんだけど! どうしてくれるの!!』
『え?』
丹恒は最初、どうして名前も知らない女が自分に向けて怒っているのか訳が分からず、戸惑うばかりだった。
は地面に落ちた肉まんを指さし、丹恒に訴える。
『ほら、これ!! 私が食べようと思ってた肉まん!!』
『俺のせいでその肉まん落とした? それ、自分の不注意じゃないのか』
『あなた、私の前にどうやって現れたのよ。あなたが急に目の前に現れて、それに驚いて落としたんだけど!』
『……お前、テレポート技術知らないのか?』
『テ、テレポート? 何それ?』
『……』
はこの時、自分が立っているのが惑星と呼ばれる星の中であること、外側の宇宙にヘルタ・ステーションが浮いていてそれを拠点に各地の星を渡り歩く姫子の星穹列車が走っていること、星核のこと、宇宙で破壊工作を繰り返す反レギオンのことも何も知らなかった。
は丹恒を睨みつけながら、言った。
『此処、城のごく一部の関係者しか入れないようになってると思ったけど。というか門番、何やってんの。不審者簡単に入れて国王陛下に何かあったらどうするの』
『そういえばこの星、宇宙の知識も無い文明レベルが低いとか姫子の奴、事前学習で話してたな。最初はそれで簡単に上手くやれると思ったが、この女の反応見れば、それは意外と面倒な方だったか?』
うわー。この時の丹恒は、姫子から、ここは宇宙の知識が無い文明レベルの低い星だと聞いていて、それの方がやりやすいかもしれない、簡単な任務ですぐ終わると思っていたが、の反応を見てそれを改めなければいけないと思うと同時に、色々面倒臭いとも思っている。
丹恒はしかし、まだ箱に残っている四つぶんの肉まんに注目する。
『その箱見るに、肉まんはまだ四つ残ってるから、十分じゃないか? それか、後で誰かに分けるつもりだったというのであれば、俺も弁償する意志があるが……』
『最初の一個が美味しいのに~。二個めは肉まんの餡をじっくり、三個めは皮を味わい、四個めと五個めは崩して、お茶に浸して食べるのが格別だったのに~』
『……』
あああ。五個ぶんの肉まんはそれぞれ違ったやり方で楽しめたのにと頭を抱えると、この女これ全部一人で食べる気だったのかと呆れる丹恒と。
はすぐに立ち直り、丹恒に向けてその手を差し出した。
『落とした一個分でいいから、弁償しなさい。そうすれば、不法侵入の件も、この件も、城に訴えるのは、無しにしてあげるわ』
『……、何で俺がお前に弁償しなくてはいけなくて、それで訴えられるんだ。それにお前、城の人間か? 城の人間であるならばそれなりに教育を受けているものかと思ったが、ここまで不躾な人間は初めてだな。お前の方が城に忍び込んできた不審者じゃないのか』
『む、む、わ、私だってそれなりの教育を受けた城の人間で、不審者のあなたに不審者だって思われる方が不愉快なんですけどぉ。この件、私が城の人間に訴えればあなたの方が普通に負けるわよ』
『お前が何者か知らんが、城の人間であるならば、もう少し大人しくした方が良いんじゃないか。それから俺はもとから不審者ではなく、この城の客人として正式に招待された身であるからして、お前からつっかかってきたと分かれば、お前の方が不利だと思うが』
『は、はあ? あなたが城の客人として正式に招待された身の上ですって? 嘘でしょ、私はそんな話、全然聞いてないんですけど!』
『そりゃ、俺の事は城の一部の関係者――それこそ、王族しか知られていない。お前、城の人間でも、その一部から外れてるんじゃないのか』
『……』
『それから、肉まんの件で言えば、それを誰かに分け与える予定もなく自分一人で食べるのであればその数あれば十分だとは思うが』
『ぐ、ぐぐ、あなたの方こそ嘘吐いて私をたぶらかそうと――』
と。
『――、何事だ? さっきから言いあいが聞こえているので、心配して見にきたが』
『こ、国王陛下!』
と丹恒の言い合いに丁度良く現れたのは、国王陛下、その人だった。
国王は目を細め、丹恒を見据える。
『お前は……』
『国王陛下、この男、突然に私の前に現れた不法侵入者の不審者で気を付けた方が――』
は国王に向けて突然に現れた丹恒は気を付けた方がいいと訴えかけたところ、丹恒は落ち着いた様子で国王に向けてひざまずき、そして。
『初めまして、丹恒と申します。先に書簡にて、連絡を差し上げた者です。その書簡を読まれているのであれば、俺が此処に簡単に入れた事に関して納得いただけるものかと』
『――ああ、星核とそれを狙う反レギオンとかいう襲撃者について知る異国の人間か。なるほど。確かに手紙にあったよう、この城に無断で入れた貴殿は、私の知らない技術を持っているようだ』
『うぇ? こ、国王陛下、この不審者と知り合いだったんですか?』
は、突然に現れた丹恒と、彼を知っている様子の国王のやり取りに驚き、二人の顔を見比べる。
国王陛下は穏やかに、丹恒をに紹介する。
『、彼は私の正式な客人だ。名前は丹恒、で、あっているか』
『はい。丹恒とお呼びくだされば、十分です』
『よかろう。顔をあげよ』
『はい』
丹恒は国王の指示を聞くよう、背筋を伸ばしてその顔を見せる。
国王は丹恒の振舞いに感心したよう、に向けて言った。
『なるほど。身なりも礼儀も正しいときたか。よ、これで彼が不審者に見えるか』
『ぐっ』
は国王に言われ、言葉を詰まらせる。
国王の横で顔を真っ赤にするを見て丹恒は内心、笑う。
国王は言う。
『ようこそ、丹恒殿。遠い所からよく来てくださった。まずは、客室へ案内しよう。話はそれからだ』
『光栄です』
丹恒は立ち上がると背筋を伸ばし、裏では『どうだ』とに向けてニヤリと笑い、国王の後についていく。
一人残されたは呆然としていたが、はっと我に返り、そして。
『ち、ちょっと待って!』
『?』
『何だ』
の呼びかけに国王だけではなく、丹恒も驚いている。
『お前が国王と知り合いで城の人間なら、落とした肉まんの弁償くらいは後でできると思うが』
『弁償? さっきの言い合いはそれだったのかい? か貴殿が城の何かを壊したと言うのであれば、私が肩代わりをするが』
『あ、あわわ、私が何かを壊したとかいう話じゃなくてですね!』
は国王に肉まんの件が知られそうになり、慌てる。
『国王陛下の正式な客人だっていう、あなたにこれ、あげるわ』
『え、俺は別に腹は減ってないんだが』
『遠慮しないで! ここの肉まん美味しいから! おやつにぴったり!』
ずいっと。はまだ残っていた肉まん四個が詰まった箱を、丹恒に押し付けてきたのである。
『その代わり、中庭での話、国王陛下には黙ってて! お願い!!』
は言うだけ言って肉まんの箱を丹恒に押し付け、そのままそこからどこかへ立ち去ってしまった。
『……どうすれば』
『はは。貴殿との間に何かあったかは聞かないが、あの子の選んだ食べ物は間違いなく美味しいんだよ。これから先の会議の軽食にうってつけだ。後で私にもそれ、分けてくれないか』
丹恒はから肉まんセットを無理矢理に渡されてもとそれに戸惑うが、と丹恒のやり取りを見ていた国王は遠慮なく笑っていたという――。
当時を思い出しながら丹恒は、開拓者と『なのか』に向けて話した。
「本当、とは、衝撃的な出会いだった」
「はは。、国王陛下の前では猫かぶってたんだ。それは、面白い出会いだったね。でも、それが今の丹恒とを見れば良かったのかな?」
「えー、丹恒と、そんな出会いだったんだ。でもそこから恋愛に発展するなんて、ウチでは信じられない。その後、どうなったの?」
開拓者はニヤけた顔で今でも隣同士の丹恒とを見比べ、『なのか』はその後がどうなったのか知りたくて興味深そうに二人を見詰める。
「……」
丹恒は『なのか』のその後どうなったのかという言葉で、との初遭遇の後の話も思い出した。
その後――。
から仕方なく肉まんセットを抱えて客室へ通じる廊下を国王と並んで歩く中、丹恒はそれとなく彼に聞いてみた。
『あの。さきほどの彼女――、でしたか。彼女は、国王の姫君ですか、それとも、妹君とかですか?』
『ふむ。丹恒殿には、私との関係はそう見えるか』
『はあ。あそこまで国王への不躾な態度を見れば、彼女はただの城の人間ではない――、国王の身内と分かります。しかし、国王の身内であっても彼女のあの態度はどうかと思いますが』
『ははは。、彼女は私の姫でも妹でもないが、殺伐とした城の中であっても彼女の変わらない明るさには私も救われているのでね、私も彼女には寛容なんだ』
『は? 彼女は国王の娘でも、妹でもないのですか。それならそれで、あの不躾な振る舞いは問題あると思いますが――』
『――は、私の二番目の妻だ。この国ではは、私の一番目の王妃と同じ扱いを受けている。問題無い』
『――』
丹恒は国王からあっさりとその衝撃的な事実を聞いてそれこそ肉まんセットを落としそうになり、それから一時間後に再び会議の場で国王の二番目の妻として得意になっていると再会するのだが、それはまだ開拓者と『なのか』に打ち明けない方がいいだろうなとは思った。
その代わり。
「……、まあ、色々あってを此処に連れて来られたぶんは、あの出会いで良かったんだろうなとは思う。俺も気持ち良く豪快に食べるを見るのは、悪い気しないしな」
「うわ、丹恒てば、だけまた無自覚にキザったらしい言葉使ってる~」
「なんか、ウチまで火照ってきたわー」
くつくつ笑いながらそう感想だけ話した丹恒を見て引くのは開拓者で、『なのか』もどういうわけかその言葉を聞いて顔が熱くなったのだった。