――現在。
「あの時のあれのせいで丹恒に私の裏の裏、ばれちゃったんだよねえ」
「そうだな。しかしあの一件で俺は、が毎晩、寝る前に酒飲んでる理由が分かったんだ。槍の技見せる前の咳も、その影響だった」
はは。は髪をいじりながら笑うが、丹恒は笑えなかった。
丹恒はを抱き寄せ、参ったように言った。
「まあ、あれのおかげで俺は、の事を本気で考えるようになった。咳で拒絶された時も、もっとに触れたいとも思った」
「……そうだったの?」
「今までよそ者の俺だけじゃなくて、自分に批判的だった国民を前にして強気だった王妃様が裏じゃ、それと反レギオン軍のせいで酒と薬の力がないと眠れなかったなんて、誰が思うか」
「……」
「俺はのその裏の裏を知って、ますます、から目が離せなくなったし、そのを支えてやりたいとも思った。その結果が、これだよ」
一息ついて、続ける。
「おまけで打ち明けるがあの時、塔の上から満月が見えてただろ。そこから月明りが差し込んで、そこで月の光に照らされて寝てるほど美しいものはないと思った」
「やだ、月明りに照らされて寝てるとこが美しいって、面と向かって言われると照れるんだけど」
えへへ。は丹恒にそう言われて、照れ臭そうだった。
丹恒はそのを見据え、話した。
「月は表を明るく照らす太陽と違い、あらゆるものの裏側を映すと言われている。月の下では、その隠していた本性を現す、とも」
「それ、丹恒の国の話? 仙舟だっけ?」
「……、そうだな。俺の国――仙舟の羅浮では、月は、政治や裁判だけではなく、占い、日常場面の決め事にも利用されるほどだ」
「へえ。月でものごとが決まるなんて、面白そう。私も一度、丹恒の仙舟に行ってみたいなあ」
チラチラ。は期待を込めた目で、丹恒を見る。
丹恒は溜息を一つ吐いて、にその厳しさを説明する。
「Ⅱ階級で無能力のでは、そこまで行くのは無理だ」
「えー。姫子の星穹列車使えばⅡ階級の私でも丹恒と一緒なら、行けるんじゃない? 開拓者も『なのか』も星穹列車で、仙舟まで行けたんでしょ?」
「開拓者と三月は特別な力を持ってるので何処でも許可が下りるが、無能力のは多分、姫子さんの許可が下りないと思う」
「むぅ。姫子相手の説得は、私でも無理だわー」
はあ。は初対面でも相手に何でも言う性格であったが、どういうわけか姫子相手にはそれができず、無能力の自分では彼女の許可が下りないと分かって早々に諦める。
丹恒は姫子ですぐに諦めたを慰めるよう、彼女の頭を撫でながら話した。
「いつか」
「うん?」
「いつか姫子さんの許可が出てと二人で仙舟に行ける時が来れば、に見せたい景色が色々ある」
「……うん、その時を楽しみにしてる」
それがいつになるか分からないけれどは、丹恒にそう言われるのは十分で、嬉しいと思った。
その『いつか』が来るのは比較的早かったが、今のと丹恒には分からないまだ先の話である。
同時に思い出すのは。
「丹恒だけだったなあ」
「何が」
「丹恒だけだった。私の裏側や男遍歴知っても笑ってすませてくれて、おまけに、自分も娼館通って色んな女を相手にしてきたって返してくれたの。それ聞いたとき、おかしくて、笑っちゃった。そこで丹恒は、冷たいだけの人じゃないんだって、思ったの」
「……そうか。まあ、があの国で第二王妃まで上り詰めるの、そこまで経験なけりゃ、できないだろ。それくらい理解できるし、その、俺もそう話した方がも安心できると思ってそれで」
「うん。丹恒と違って今まで付き合ってきた男達は私のそれ知ると暴力的に豹変して、色々酷い暴言浴びせてきたから……」
「そういう奴らこそ、見る目がないと言いたい。今になって、がそういう屑男の餌食にならなくて良かったと思う」
「ありがとう……」
は丹恒の優しさに泣きそうになるのを堪え、そして。
「ねえ、仕事で出かける前に、ステーションの医務室に一緒に行ってくれない?」
「ああ。薬、俺が居ない間に切れそうか?」
「うん。もう少しで薬、なくなりそう……。自分一人で行ければいいんだけど、私、あそこの主治医、なんか苦手で」
「了解。があそこ苦手なの、分かる。でもそれより前にやる事があるから、医務室に行くの、その後でいいか」
「やる事って何――あ」
はここで丹恒に床に押し倒されて、まだ、行為の途中だった事に気が付いた。
丹恒はにまたがると彼女を見下ろし、笑いながら言った。
「途中で開拓者に邪魔されたが、まだ時間あるだろ。とヤれる時に、ヤっとくべきじゃないか」
「……そうね。丹恒なら、私を好きにしていいわ」
は微笑み、それに了解したと、丹恒の髪に触れる。
丹恒は怪しく自分の髪に触れてくるを上から見下ろしながら、思う。
「……、本当、見た目と中身が違うというだけでを振った男達は、見る目がなかったな」
「そうそう。こんないい女、ほかにいないわよ」
「自分で言うか。まあ、それがだよな」
「ふふ、よく分かってるわね」
お互い、笑って、その肌に触れあい、その気持ちを確かめあったという――。
余談。
過去――、ディアン国は城の廊下にて。
『ちょっと、いいか』
『はい、何でしょう――て、た、丹恒さん?』
丹恒は洗濯物を抱えて忙しそうにしているメイドの一人に声をかけたが、メイドは声をかけてきた相手が丹恒だと分かると、途端に顔を真っ赤になって、慌てた様子だった。
丹恒は、最初はただの名前も知らない客人だったが、国王の命での護衛についた事でその名前は城内で一気に広まったらしく、おまけにその外見から、現在では一番の有名人である、と、から聞いている。
丹恒は気にせず、メイドにその目的を話した。
『、見なかったか?』
『……?』
メイドは最初、が誰か分からない風だった。
丹恒は怪訝な顔で、メイドを見返した。
『、ここの第二王妃じゃないのか』
『ああ、第二王妃様ですか?』
『そうだ。第二王妃のを見なかったかと、聞いている。知らないなら、知らないでいいが』
『い、いえ、第二王妃様なら、中庭に居るのを見ました』
『そう、ありがとう』
『いえ……、では、ごゆっくり』
メイドは丹恒に頭を下げて、引き下がる。
丹恒はメイドの指示に従うよう、中庭に向かって歩き――途中で立ち止まり、壁に耳をあててみた。
自分にの居場所を教えてくれたメイドと、別の部屋で待機していたほかのメイドの会話が聞こえてきた。
『何で、あの第二女ばっかり優遇されるの?』
『国王陛下のみならず丹恒さんまで一人占めして、あの第二女、なんなの』
『丹恒さん、国王陛下の指示とはいえ、あの第二女について気の毒よねえ』
『あの第二女がいなければ、丹恒さん、狙えたのに~、本当、邪魔!』
メイド達は隠れて、に対する悪口を言い合っていたのだった。しかも『第二女』と呼んでいる影響か、最初、の名前を忘れている風だった。
『……、女は怖いもんだな。この封建主義の中じゃ、特に女の力が強い、か』
丹恒は影でメイド達のに対する悪口を聞いて、顔を引きつらせるだけだった。
丹恒は城でメイド達のに対する悪口を聞いていたので、あの時――、中庭でがメイド達の話題を口にするとは思わなかった。
外から来た自分に気があるのを知って、そのが彼女達に色々協力しようとしているのを、メイド達は知っているのだろうか。
メイド達の悪口を知りながらそれに協力するの心境は、どういうものだろうか?
『……』
考えても分からない。
この世界に来て数日経つが丹恒は、の事は何も、分からなかった。
それでも、夜になればと中庭での逢瀬は、なんとなく続いている。
これは、丹恒が塔でと薬を見つけた次の晩の話だ。
丹恒はが約束を破って逃げた後の次は不機嫌で彼女に対して何も言う気がなかったが、それに堪えたのか、今度はの方から丹恒に歩み寄って来たのである。
丹恒は中庭に酒を抱えていつもの姿で現れたを見て、静かに言った。
『今回は逃げなかったのか?』
『別に逃げたわけじゃないし! 私の居場所、何であなたで失う必要があるの』
『昨夜、中庭に姿見せなかったから、心配してた』
『ごめんなさい。昨夜は大人しく、部屋で休んでたから……』
『そうか……』
丹恒は下手な嘘だなと思ったが、黙っていた。同時に、の薬をくすねた事もバレていない様子だったので、ほっとした。
『ねえ、それより、今夜は、このお酒にあうパンを持ってきたんだけど、食べる?』
は紙袋を持っていてその中に二つ入っているパンを、丹恒に見せる。
それを見た丹恒は。
『二つあるなら、一つもらおう』
『ここのパン、美味しいんだよね。お店の場所、メモしておいたから、はい』
『どうも。確かにこのパン美味いが、夜中に食べると太るぞ』
『聞こえないー、聞こえないー』
『……』
夜中に二人で一緒にパンを食べるのも、悪くなかった。
丹恒は溜息を吐いて『星核は、またでいい』とに言って、彼女のパンを口にする。
パンで丹恒の機嫌が取れたと分かったは『良かった』と言って微笑み、彼の前で遠慮せず、酒を口にする。
『……』
そのさい、丹恒が注意深く観察していると、の手の中にあの皮袋があった。は丹恒の視線に気が付かず、酒を飲む。
丹恒はの粉薬については医療班の分析待ちなので、今回は特に何も言わなかった。
今夜はパンの影響か『宇宙では何を食べているのか』の話になり、宇宙のステーションでは畑で作物を作ったり動物を飼育するのが難しいので乾物の保存食で補っていると話せば素直にとても嫌な顔をして、しかしその反対、星穹列車では色んな星から食材を取り寄せる事が出来てそこのレストランの食事は美味しいものばかりと説明すれば嬉しそうだというのが分かり、ほかの話はそうでもないが、居酒屋の店長の言う通りに食に対しては貪欲でそのコロコロ変わる百面相が面白かった。
この時の丹恒はすでにに興味を持って好意を寄せていたが、第二王妃という事もあってか彼女から一歩引いて接している。一方のはその丹恒に対しては、自分の都合の良い男としか扱ってなかったという。
丹恒と、二人の関係が変わったのは、丹恒が国王からのある話を聞いた時である。
朝の中庭にて。
丹恒の朝は早い。兵士達が起きる前に起きて周囲に反レギオン軍や星核による異常が現れてないか一通り確認した後、に用事がないか聞くためにいつも落ち合っている中庭に向かった。
ところ、で。
『、頼めないかな』
『……』
『頼む、この通り』
『……確かにあの兵器使えば勝ち目あるかもだけど、こっちでも犠牲者、出ると思うんだけど』
『それは、仕方のない事だ。戦争にはそれなりの犠牲はつきもの――、それ、が一番よく分かってるんじゃないかな』
『……』
中庭で、何やら、国王との間で深刻な会話が続いている。
国王が朝早い時間にと話しているのは珍しいと思ったし、夜に遅いもこの朝早くに活動しているとは思わなかった。その二人の間に自分が入って良い場面だろうかというのもあって丹恒は、咄嗟に柱の陰に隠れた。
は国王に観念したよう、それに応じる。
『……分かった。ロイに、あれの使用許可出すわ』
『ありがとう。ロイを使えるの、しか居ないからな、助かる』
の了解を得られた国王は、嬉しそうだった。
そして。
『……ねえ、ウォルター、私のロイで兵器の効果分かれば、あの人に星核の場所を教えてそれを渡す約束、できる?』
『そうだな。でロイが使えてあの兵器の威力が分かれば、このディアンでは、怖いものなしだ。ロイで反レギオン軍だけではなく、あいつらを一掃できれば、ようやく、彼に星核の在処を教える事ができる』
『!』
丹恒は、から『星核』の話題が出た事に驚いたし、彼女がちゃんと国王に星核について進言してくれていたのかと分かって、自分の体の中が熱くなるのを感じた。
それだけではなく――。
『ウォルター、国王の名前か……』
ウォルター・ディアン。丹恒はの口から「ウォルター」の名前が聞こえ、それが国王の名前だと分かるのに、時間がかかった。
柱の陰から覗き見ればは、国王に甘えるようにその体をくっつけていた。国王も甘えるに応じるよう、彼女の頭を撫でている。
『……』
丹恒は、国王に甘えるを見るのは、これが初めてだった。
は丹恒が覗き見しているとは知らず、甘えた声で続ける。
『ねえウォルター、ロイとその兵器で敵国の人間達とレギオン、あの人が宇宙に帰れば、私とロイだけじゃなく、お父様のクロムを今まで以上によくしてくれるのよね?』
『ああ、それは以前、と約束したじゃないか。とロイが私の前についてくれる限りは、クロムの最大限の保護を約束する、と』
『ありがとう。私もロイも、この国に来たかいがあった』
『ただ、そうなった時、君はディアンの国民達から今まで以上に批判の的にさらされるよ。君は、それでいいのかい?』
『別にいいわ。私が予定通りにあなたの子を産めば、それもひっくり返されるんだから』
『はは、には誰も敵わないなあ、なあ、丹恒殿?』
『!!!』
国王は丹恒が隠れている柱の方を振り返り、国王で丹恒が潜んでいると分かったは、顔を真っ赤にして、国王から離れた。
『い、いつから、聞いて……!』
『その、国王に俺に星核を与えるように話してくれたところから、か』
『全部じゃない!』
素直に答える丹恒と、顔を真っ赤にしたまま、のけぞると。
丹恒は、そのに歩み寄る。
『それより、お前、本当に国王に星核の在処を教えてくれるよう、進言してくれてたのか』
『や、約束だったの、忘れてなかっただけ! で、でも、そこで盗み聞きなんて、酷い、酷くない?!』
『いや、お前と国王がいい雰囲気だったんで、出るに出られず。おまけに、国王を気安く名前呼びするなんて、本当に国王と夫婦だったんだな』
『あ、当たり前でしょ、第二でも、王妃扱いなんだから! ばか、ばかじゃないの、そこまで覗き見なんて、サイテー!』
『!』
うわああ。丹恒はそのに感謝していたが、はあまりの出来事に耐え切れず泣きながら丹恒の前から再び、逃げてしまった。
『どうすれば……』
『はは、これは、君がを追いかける場面じゃないのかい?』
『――』
が泣きながら逃げていくのをどうする事も出来ず呆然と立ち尽くす丹恒だったが、残っている国王に言われて彼の方を振り返る。
国王はにこにこ笑うだけで、丹恒との関係については何も追及してこなかった。
『……(食えない人だ。誰かさんを思い出すな)』
丹恒はその国王を見て誰かを思い出し、顔を引きつらせるだけだったという。
それから丹恒はを追いかけず国王と向き合い、今がいい機会だと思って、彼に遠慮がちに聞いた。
『あの、肝心の星核の話、ですが』
『うん。から、丹恒殿の話はよく聞いているよ。君も相手によくやっていると、感心しているところだった』
『それじゃあ……』
丹恒は期待を込めた目で、国王を見詰める。
国王はしかし、困った風に肩を竦めるだけだった。
『悪いが、もうしばらく待って欲しい。近々、ディアンで大きな作戦を決行する事になって、そこでの力が必要になる。その時に、丹恒殿にについていて欲しいと思っている』
『あの、何で、俺がそこまでについていなければいけないんですか。そうなれば俺の代わりに、前任者のロイを呼び戻せばいいのではないですか。そもそも、大きな作戦というのは、俺達と――宇宙と関わりのない反レギオン軍以外の敵国を相手にした軍事作戦ですよね、それに無能力のの力が必要とは、いったい、どういうわけですか』
『丹恒殿。私の命での護衛についてから数日が経つが、その間、彼女についてどこまで知れた?』
『それは……』
支持者の集会、雨の紫陽花通りの話と、夜の中庭での逢瀬――。
丹恒は、との関係をどこまで彼女の旦那である国王に話して良いか、迷った。
その結果。
『、彼女は城でも外でも、第二王妃というだけで、どうしてあそこまでこの国の人間達から異様に嫌われているのですか? 数日についていた俺の目から見ただけですが、彼女はそこまで嫌われるような人間ではないと思うんですが……』
『……、丹恒殿、貴殿に星核を与えるので宇宙に帰らず、私の国で私の軍の参謀役か、指揮官になる気はないか』
『お断りします』
『丹恒殿であるなら、を上手い具合に使えると思ったんだが。残念だ』
『……』
はは。国王は笑うが、丹恒は笑えなかった。
丹恒は冷静を装い、続ける。
『国王は、を第二王妃と置く代わり、彼女を利用しているだけですか』
『そうだね、それは否定しない。外の世界から来て短い時間だけの丹恒殿には明らかにするが、私とはお互い、利用しているだけの、政略結婚だった。私は公にしている通りに跡継ぎ問題があっての子供目当て、は別の目的があって私を利用する。私の国民もそれを知っているので、彼女に批判的で、よく思っていない』
『よそ者の俺でもに利用価値があるのであれば政略結婚というのは理解できますが、それでは、無能力の彼女はどんな役目を持ってこの国に貢献しているのですか。の子供目当て以外に、さきほど、や国王から最強兵士と評判のロイの名前が出ていましたが、それも関係ありますよね』
『ああ、丹恒殿が欲しいね。君、本当にうちの軍に入る気ないかな? 引き受けてくれたら、と同じく、この国で贅沢な暮らしが約束できるが』
『お断りします。俺の質問に、回答を』
ふう。溜息が聞こえた。国王だった。
国王は空を見上げながら、言った。
『我が国で最強兵士と評判のロイは、兵士一の力に対して百の力を持っていると評価されているほどの腕だ』
『それは、凄いですね。それなら、がロイを自慢するはずです』
『うん。でも肝心のロイは、の言う事しか聞かないんだ。ロイはの影、彼女の手足だと、日頃から豪語していているくらいだ。その証拠にディアンに居る頃の彼は、が第二王妃になっても、にぴったりくっついて、彼女に近づく不届きものを排除するのに精を出していた。それでは、街の人間にも恐れられるようになってね』
『ロイはどうして、にそこまで執着してるんですか?』
『ロイは貧困街の孤児院育ちで、そこから抜け出したはいいが食べるにも困って腹を空かせて倒れている所を、クロムの姫だったに助けられたらしい。ロイはその恩を返すのに、に尽くしている』
『それは、ありきたりな話ですね……』
『そうだな。そのロイに転機がきたのは、宇宙から星核狙いの反レギオン軍が現れてからだ。は一度、城の外で反レギオン軍に襲われてね、ロイが咄嗟に対応して反レギオン軍を追い払い、は事なきを得たが、未知なる襲撃者相手にロイは追い返すだけが精一杯で、お互い、深い傷を負ってしまった』
『!』
それは。
その事実は、丹恒も知らないものだった。
国王は空から『それだけで』、空気が変わった丹恒に視線を移す。
『……、ロイは自分より、を傷つけた反レギオン軍に復讐を燃やし、私に自ら自分をそこの最前線に出してくれと懇願してきたんだ。私としては思ってなかった志願で、宇宙から来て未知なる力を使う反レギオン軍に対応できるのは今の所、ロイだけだったので、それに快く応じた次第だ。
しかしロイが不在の間、第二王妃として城でも敵が多いの方が危険に晒される。どうしようかと思ってたところで、同じく宇宙から来た丹恒殿が現れたというわけだ。反レギオン軍と同じ力を持つという丹恒殿であるなら、ロイの代わりにを守るのに丁度良いと思った』
『俺は、が反レギオン軍に襲われて傷ついたというのは今まで、知りませんでした』
『そうか。はそれを公にせず、隠している。丹恒殿も城や外でそれを話さないで欲しい。彼女の名誉のために』
『……』
が持っていたあの白い粉の薬の成分は、眠り効果のほか、痛み止めの効果もある、と、つい最近、ステーションの医療班から分析結果が送られてきた所だった。
国王の言う通りにが反レギオン軍のせいで傷を負ったというのであれば、その成分と一致するもので――。
『……クソが、何で今までその最悪な事態を予想できなかった』
『……』
国王は丹恒の静かな怒りを知るもそこは何も言わず、続ける。
『ロイはそれで海岸の最前線で反レギオン軍相手に奮闘しているが、しかし、反レギオン軍でうちの手薄になった所を狙ってくる外部の敵にも対応しなくてはいけなくなってね』
『それで、ロイを国に呼び戻すのに、の力が必要というわけですか』
『ああ。であれば、ロイを無制限に使える。白状すれば私はより、ロイが欲しかった。他国の敵軍も宇宙の反レギオン軍も丹恒殿の力で一掃するより、でロイの力を示した方が、国力は高まる』
『……』
国王の告白を聞いて丹恒は、自分の槍を持つ手が震える事さえ、気が付いていない。
丹恒は自分の感情を抑えつつ再び、国王に問いかける。
『あの、側はどうして、国王の中央国家に目をつけたんですか。彼女のクロムは貧乏で弱小国家とは聞いていますがしかし、国王の中央に行かずとも、周辺の国に支援を受けるだけでも良かったのでは……』
そうすればはあそこまで国民に嫌われる必要もなく、反レギオン軍にも目をつけられなかったのでは――。
国王は少し考え、反対に丹恒に問いかけてきた。
『丹恒殿は、についていたロイがのクロムだけではなく、うちの国でも最強兵士と評価されているのか、から聞いてるか?』
『についているロイがどうしてこの国でも最強兵士と評価されているのか知っているか、ですか。俺はそれについてから聞いていませんが、それはロイがを守るためにクロムでも相当な年月をかけて修行を積んだのでは?』
『普通はそう思うだろう。だがロイは、と同じ年齢なんだ。ロイはと同じ若さで、我が国最強の兵士という称号を得ている』
『え? ロイはと同じ若さで、最強と言われるその力を得たというのは……、……、まさか、違法薬物接種、ですか?』
ぱちぱち。国王は気が付いた丹恒に拍手を送る。
『ご名答。ロイは、違法薬物を過剰に摂取され、出来上がった、強化兵士だ。ロイ以外にも色々試したらしいが、ロイしか成功しなかったと聞いている。ロイは多分、のためにそれらを耐え抜いたのだろうね』
『それ、は知ってるんですか』
『知ってるだろう。なにせ、そのロイを作ったのは現クロム王――彼女の父親だ』
『――』
国王は丹恒に構わず、淡々と続ける。
『クロム王はそれだけじゃなく、このディアンを中心に、周辺国に戦争の兵器を開発しては売り裁く、いわゆる、闇の商売人だ。クロムは貧乏国というが、裏ではその儲けた金で更に武器や兵器を作って売っているので金が残らないだけの話だ。クロム王の道楽のせいで、クロムの国民が疲弊しているというから困ったものだ。
宇宙からこの世界に来た丹恒殿もすでに調べているだろうが我が国とその周辺国は、隙あれば資源とその領土を奪い合うといった、こう着状態が続いている』
『……』
『の父、クロム王は、それらの戦争に有利な兵器開発や人体実験を得意とし、我が国でも裏でその兵器を買い取ったり、ロイ以外の強化兵にも金を出したりしている切っても切れない関係だ。クロムは、その影響でここと敵対する国から相当の恨みを買ってるんだ。ああ、一応、断っておくがは父の稼業に何も手を出していないし、それの跡継ぎは一番上の兄と決まっている。はしかし、クロム国の姫というだけで周辺から迫害されてきた』
『はそれで、この城の人間達からも批判されてたんですか。しかしそれでどうして国王は、を引き取ったんですか』
『は、自分を第二王妃として嫁にすればクロムであらゆる薬物で強化されたロイが使えるし、自分の体で後継ぎ問題も解決出来ると自ら、私の所に売り込みに来たんだ。その代わり、我々の中央国家でこれまで以上に自分達の兵器目当てに攻めて来るほかの国から危険に晒される自分とロイの保護、同時に、自分の父の道楽で食うに困ってるクロムの民の支援を頼むと』
『……』
『私はロイとクロムの兵器が欲しかったし、跡継ぎ問題もあったので、独断でのそれに応じた。しかし、私の周囲の人間――大臣や兵士達は、ロイやそこの兵器を獲得するのはいいが、クロムの姫のせいでこちらまで危険に晒されるのはよくないとその取引には最後まで反対だったんだ。それというのも……』
国王は少し間を置いて、それから、決心した面持ちで丹恒に打ち明ける。
『それというのもは、クロムだけではなくディアンでも、私より真っ先に狙われる存在でね。がそこに属しているというだけで、敵国に狙われやすくなるんだ。
それだから、街の人間達だけではなく、城の人間達もの存在をを疎ましく思っているがしかし、が味方につけば我が国も十分な力を得るのが分かっているので表向きは彼女にいい風に接しているが裏では丹恒殿も知っての通りだ』
『あの、とのクロム国とはいったい、何ですか。がそれで国王より真っ先に狙われる、しかし、彼女が味方につけば国王の国も十分な力を得るとは……、あ』
丹恒は自分で言って、自分で気が付き、青ざめる。
国王はその丹恒に笑みを浮かべて、言い放つ。
『――軍事国家要塞都市、クロム。
クロムは我がディアンの要塞であり、防衛拠点だ。彼らが倒れれば私の国もただではすまない。
はそこの第二王女であり、同時に、ロイとセットでクロムの最強の盾としてその名前を馳せていた』