01:消えない炎と冷たい夜明け(01)

 これは、何かの予兆だったのか。


 とある日の出来事。

「丹恒、丹恒。見て、応物課に届く品を検品してたら、面白いもの見付けちゃった!」

「何だ?」

 ヘルタ・ステーションの仕事終わり、星穹列車の資料部屋に紙袋を手にして駆け込んできたを見た丹恒は、怪訝な顔をして彼女を出迎える。

 は得意になって、紙袋に入れて持ってきたものを丹恒に見せる。

「仙舟ガイドと、仙舟文字の翻訳集! それから、仙舟のことわざ集とか生活特集とか、仙舟を舞台にした恋愛小説とか、仙舟に関するものが収録された本だよ!」

「!」

 それは。

「丹恒の出身って、仙舟同盟だったよね。私が担当する応物課の倉庫に届く品の中に、仙舟の本を何冊か見付けて、買い取って来た」

「……、買い取って来たって、ステーションで自分の稼いだ金、それに使ったのか?」

 丹恒は最初、そんな事に自分の稼いだ金を使うなと思ったけれど。

「うん。面白そうだったし、何より」

「何より?」

「――何より、恋人の丹恒の国の事、何も知らないままじゃよくないと思って」

「――」

 にこにこ笑顔でそれが何でもない風に話すと、それに参ったように顔を手で覆う丹恒と。

 は語る。

「私の故郷の星に居る時とか、私がこの宇宙に来て間もない頃、丹恒て、自分の事は何も話してくれなかったじゃない。それが、開拓者来てから彼女と一緒に星核調査の旅始めるようになって、それから少しずつだけど、自分の事、色々話してくれるようになったよね。私、それ、とても嬉しかったんだ」

「……」

「あと、この星穹列車限定だけど、開拓者の紹介で、ヤリーロ-Ⅵはベロブルグのブローニャ達とも知り合えたのは良かった。ブローニャも彼女についてるゼーレもお酒好きで、彼女達が列車に遊びに来るとき、開拓者が不在でも、私のためにってヤリーロ産のお酒持ってきてくれるようになったからね。あと、ブローニャの護衛のジェパードとそのお姉さんのセーバルもお酒飲めるって分かって、一気に飲み友達が増えたのも嬉しかったんだ」

「……」

 ヤリーロ-Ⅵの中でもベロブルグのブローニャ、ゼーレ、セーバル、ジェパード達は開拓者の誘いで星穹列車に遊びに来た時に『偶然』にと居合わせて、丹恒はその時に渋々という感じで彼らにを紹介したのだった。は自分と同じお姫様でお嬢様だったブローニャと気があい、彼女もと同じお酒を嗜むと分かってからは列車に来れば開拓者が不在でもバーで飲む約束をして、今ではの良い飲み友達である。

 因みにブローニャが列車に遊びに来る時はどういうわけか彼女の護衛としてゼーレだけではなくジェパードもついて来て、ジェパードが来る時は彼の保護者という立場で姉のセーバルも来て、四人揃って酒が飲める人間だったのでを指名、そこのバーで彼らの相手をするようになった。

 は列車のバーでヤリーロ組の四人の相手をするのは楽しいので別に不満なかったが、丹恒はあまりよく思ってないようで、彼らと飲んでいるといつの間にか丹恒が背後にいて「そろそろお開きだ」と言って、首根っこを掴まれて退散する始末だった。

 はそうやって偶然を装わなければ、丹恒から、今まで旅の中で知り合った別の星の人間を紹介してもらえなかった。

 それというのも丹恒いわく「俺との関係というかの国王と政略結婚して第二王妃の時に俺と関係を持ってたという立場について、ステーションだけではなくて別の星では不快に思う人間の方が多いし、それについて説明するのが面倒でいまだに開拓者と三月にも打ち明けていない」との事だった。

 自分の過去とその事情を知ってそれに理解ある姫子からも「丹恒の言う通りで側に事情がある政略結婚とはいえ第二王妃という立場で丹恒と関係を持ったというのは不快に思う人間が多いし、それを簡単に別の星の人間に明かさない方がいいわ」と、厳しい調子で言われ、同じく過去を知って理解あるヴェルトからも「開拓者と『なのか』相手でもその件については慎重に、時期を見計らった方がいいかもしれないね」と、いつになく真面目に彼女達に気遣うように話した。

 も自分の政略結婚とはいえ国王と結婚して第二王妃という立場、それから、その時に丹恒と関係を持ったという件について不快に思う人間の方が多いというのは理解できるので、丹恒から相手を紹介をしたいという以外は、ステーションはもちろん、列車内でも別の星の人間達と交流を持つのは控えていたのである。

 そんな中、その次の列車の旅は、星核ハンターのカフカにより、仙舟同盟に決まった。

「丹恒は、ブローニャのヤリーロ-Ⅵの次の旅が自分の故郷である仙舟同盟になった時だって、私に何も言ってくれなかったよね。それどころか、丹恒の故郷だっていう仙舟行きが決まっても開拓者達と旅に行かずに資料室に引きこもってるって姫子から聞いてさ、丹恒、どうしちゃったんだろって心配してたんだよ」

「……」

 あの時の丹恒は、星核ハンターのカフカの策略で次の目的地が仙舟同盟に決まったさい、開拓者と三月なのかはヴェルトに任せて、自分はそこに同行せず、資料室に引きこもった状態だった。これには開拓者も三月なのかも、ヴェルトすら彼に何も言えなかったらしい。

「姫子は私に絶賛引きこもり中の丹恒の事はそっとしておいて欲しいってメッセージ送ってきて、私もその方がいいって思って丹恒、ほったらかしにしてたんだけど」

 その最中のは姫子からのそのメッセージを受け取り、彼女の話は分かるので、自分は丹恒に会いに行かずにステーションでの仕事を淡々とこなすだけに徹していた。

 それが。

「ある時、仕事終わりに自分の部屋に戻ったら丹恒が来てて、何かと思えば、強引に私の腕を掴んで、私を襲ってきたでしょ」

「……」

「丹恒、私が仕事終わりで疲れてるから今日は無理って訴えても、私の話聞いてくれなかったよね」

「……いや、あの時は俺もにどうかしてた。俺はその時、過去に因縁のある相手が仙舟で暗躍していると聞いて、それなら俺が行かなくてはいけないと思ってそれ決めた途端、自然との部屋に行ってて……」

 丹恒は思う。

 多分、星核ハンターのカフカが助けたいと思った仲間の中に因縁の相手――刃が居ると分かってそれは開拓者達にも危険が迫っているとも理解してすぐに仙舟行きを決めたさい、開拓者達よりもに会いたかったのは、開拓者達より自分の身に何か起きると嫌な予感を抱いたせいだった。

 ――また仙舟で罪人として捕まり、幽閉され、二度とと会えなくなったら? そう考えると恐ろしくなって、彼女がどういう状態でもいい、彼女を抱きたい、その思いだけでの所まで行っていた。

「ねえ、あの時、私を無理に抱いたの、開拓者達だけじゃなくて、自分も仙舟でよくない事が起きるかもって思ったせい?」

「……そうだな。俺はその時、故郷の仙舟で開拓者達だけじゃなく、自分にもそこで何かよくない事が起きそうだった、から、それより前にに会いたかった。に会って、のぬくもり感じて、その不安を取り除きたかったんだ」

「うん。私で丹恒の不安が取り除かれるのはいいけど、私を使いたいなら、ちゃんと説明してからにして。あの時の丹恒、怖かった。何か、知らない男の人みたいで……」

 はその時に暴走した丹恒を思い出すが、あれは、あの彼の姿は果たして本当に自分の知っている丹恒だったのだろうか? と、今でも思う時がある。

 いつもの丹恒であれば、自分が「今日は都合悪い」と訴えて拒否すればそこからあっさり引いて解放してくれるが、その時はそれと違って泣いて懇願しても駄目で、更には――。

「……(目の色、変わってた気がする)」

 目の前の普段の丹恒の目は綺麗な青色だったが、その時の丹恒の目は明かりを消した暗い中でも分かるくらいに発色して、青白く輝いていた気がした。

 現在は、通常の青色なので安心はしている。

 その時だけではなく、丹恒が開拓者達と仙舟の旅から無事に帰ってきた後の話になるが、抱かれている最中、彼の目が妖しく輝く時が何回かあった。

 時々、彼の目が青白く輝くのは、何の意味があるのだろう?

 はそれを丹恒に聞きたくても、中々聞けなかった。

 はそれを丹恒に明かしていないがそれのせいか、丹恒はがそこまで嫌だったのかと心配そうに話した。

、その、あの時、俺とするの、そんなに嫌だったのか?」

「い、嫌じゃない。嫌じゃないけど、あそこまで強引なのは駄目ってだけ」

 はこれくらいで丹恒の機嫌を悪くしないようにと、慌ててそれを否定した。

「相手が丹恒なら、ちゃんと説明してくれたら、急に来ても断らないよ。急に来て断る時は、アレの日の時だけだし」

……」

 丹恒はたまらず、を抱き締める。

 そして。

 丹恒は青い瞳でを見詰め、再び、何かを探るように話した。

「あの時、俺は本当にどうかしていた……、のか?」

「何? あの時、丹恒の中でもなんか変わってたって思ったの?」

「……」

「丹恒?」

「……いや、何でもない。俺の思い違いだ、気にするな」

「そう……」

 彼はいつもそうだ。自分に何かあればしつこく追及してきてその手をゆるめないくせに、こっちが彼に何か聞きたいと思えばその質問を考えておかなければ口を閉ざして何も話してくれなくなる、ずるい男だ。

 今のではしかし、それについてどう質問して良いかどうか分からなかったので、今回はその追及は諦めた。

 はそこから話題を変えるよう、明るい調子で話した。

「丹恒、そのあとに仙舟向かってくれたのは良かった。開拓者も『なのか』もヴェルトさんも、丹恒のおかげで仙舟攻略出来たって嬉しそうに話してたよ」

「そうだな。俺が開拓者達のために故郷の仙舟行き決心できたの、のおかげもある、か」

 確かにあの時に仙舟まで開拓者達を助けに行けたのは、の存在も大きいと思った。

 と。

「……」

「何だ?」

 丹恒は今度は、自分をジッと見詰めてくるの大きな青い目に、息を飲んだ。

 の目の色は丹恒の青と違って、空というよりは、海の碧(アオ)に近い、緑がかった青だった。

 はその青い目に丹恒を映して、決心したように話した。

「ねえ、その時、仙舟で丹恒に何があったか、私にまだ話せない?」

「それは……」

 故郷の仙舟で明らかにされた、飲月君の力の話はにはまだ早い――。

「……」

「……」

 数秒の睨み合いの後、溜息が聞こえた。だった。

 は簡単に丹恒から離れ、何かを諦めたように言った。

「まあいいや。開拓者達から丹恒は仙舟の旅が終わった後も無事で普段通りだったって聞いてるから、仙舟でもそう危ない目にあってないぶん、安心はしてる、かな」

「……すまない」

 丹恒は、仙舟の過去の事、飲月君の事、仙舟での自身の立場について、全て、に何も話せない事がもどかしく、胸が痛んだ。

「で、話を元に戻したいんだけど。これらについて」

「……」

 はそれからいつもの調子で机の上に買い取った本のうち、仙舟の文字翻訳集を置いた。

「それ以外で、丹恒が何かで暴走する時、私の知らない言語で話してるのもセットになってるの、自覚してた?」

「……そうだったか?」

「うん。私の故郷の時でもそうだったけど、開拓者と『なのか』も丹恒と三人一緒の時で、丹恒が何かで怒ってる時、自分達の知らない言語でぶつぶつ何かしゃべってるの聞いてて、それ、意味不明過ぎて怖いって話してた。あと、雑学が凄いけど内容聞かないと殆ど意味分からないって」

「……」

 は自分の故郷での話と、開拓者と『なのか』の情報でくすくす笑うも、丹恒は笑えなかった。

 は丹恒の前で仙舟の文字翻訳集を掲げ、得意になって言った。

「で、私が担当する応物課の倉庫に届く商品の中で見付けたのが、仙舟の文字翻訳集だよ! 文字翻訳だけじゃなくて、言語集もついてる。あと、仙舟のことわざ集とか、生活特集とか、更には仙舟人の恋愛事情が分かる恋愛小説まで揃ってて、色々面白そうだったから、これで仙舟について勉強すれば、私も丹恒通になれる」

「いや、開拓者達はもちろんだが、ステーションの一員になってるも、仙舟だけではなく、ほかの星でも使用可能な自動翻訳機能――共感覚ビーコンが使えるだろ、それでその本、必要か? それだけじゃなくて共感覚ビーコンのおかげで、文字だけじゃなく、色んな星の人間と会話も出来るから、その影響でその手の翻訳本は絶版されたと聞いていたが、まだ生き残ってたのか……」

 丹恒は、別の星に行き来する中で、宇宙の科学技術の一つ、自動翻訳機能――通称、共感覚ビーコンを使えばすぐにその世界の文字も理解して相手と意思疎通ができ、それは開拓者だけではなくも利用可能で、その本は必要ないと思ったし、その影響か、その手の翻訳本も絶版されて今はどの星でも扱ってないと聞いている。

 それがの手元まで――しかも仙舟の翻訳本が彼女の手の中に届いたというのは、なんの因果だろうか。

 は自分の耳を指さし、言った。

「それなんだけど。ステーションでも共感覚ビーコン使ってたら時々、相手の声が遅れて聞こえてくる時あるじゃない。あれ、なんていったっけ?」

「ああ、遅延か。タイムラグともいう」

「そう、それ。私の居るステーション内では少しの遅延は問題ないけど、多分、丹恒と開拓者達が行き来してる星の中では、共感覚ビーコン使っても、同時通訳って難しくて数分の遅延が発生してるんじゃない? 文字を読むにも広告用の短文はまだいいけど、小説とかの長文だと、すぐに読めないでしょ」

「ふむ。それは否定できんな。開拓者も三月も仙舟以外の別の星での話だが、相手と会話が難しく感じる時があると頭を抱えていたのを見た事がある。の指摘通りで、言葉だけではなくて文字、小説といった長文でも遅延があってその内容をすぐに理解するのは難しい。所長のアスター、天才クラブのヘルタ達でもまだそこは難しい問題があると、話していた」

 の話は丹恒も納得するもので、開拓者と『なのか』も、共感覚ビーコンを使っても相手の会話に追いつけない、更には長い文章を理解するにも難しい時があると話していて、所長のアスター、そして、天才クラブのヘルタもそこは改善の余地があると言っていたのを思い出した。

 は続ける。

「それでその中でも丹恒の仙舟の言葉難しいのか、共感覚ビーコンでも完璧に訳せてない時あるよね」

「……、お前、いつ、それ分かった? 共感覚ビーコンでも仙舟の言葉が難しくて翻訳しきれてないというのは、開拓者達の情報じゃないだろ」

 共感覚ビーコンが使えてもそれは、完璧ではない。丹恒だけではなく開拓者と『なのか』も、惑星間を旅するうち、それを身を持って痛感している。

 の場合はしかし、普段はステーションにこもっているのでほかの星の住人とそこまで会話する必要はないし、列車内でも同じ事だ。ステーションの人間が使う宇宙共通言語であれば共感覚ビーコン機能は役立つもので変わりないはずだ。

 は丹恒が不思議そうにしているのを見て、反対に聞いた。

「あれ、丹恒、自分じゃ分かってなかったの?」

「何が」

「エッチの最中、なんか訳分からない言葉で私にささやいてたでしょ、その内容、私では理解不能だったんだよねー」

「――」

 それは。

 丹恒はまさか、それをが覚えているとは思わず、呆気に取られる。

「あの言語、ステーションでは殆ど聞かないから、多分、丹恒の仙舟の言葉だよねえ? 私ではそれ聞き取れなかったから、共感覚ビーコン機能、追いついてないと思ったんだけど」

「お前、あれ、聞いてたのか!?」

 はそれを何でも無い風に言うが、丹恒はその事実を知って驚き席を立つ。

 は笑いながら話した。

「そりゃ聞こえるでしょ、耳元で何か話してたら」

「……終わって、お前が寝た後を見計らっての時だから、聞こえてないと思ってた」

「あ、そうだったの。終わって寝た後でもしばらくして、起きてる時あるよ」

「何で、黙ってた」

「いやあ、普段聞けない丹恒の甘い声聞きたかったから、なんとなく……」

「……」

 は、丹恒が自分に何か甘い言葉をささやいてるのは分かったので、そこで起きて余計な事はしない方が良いだろうと思って、寝た振りをしていたのだった。

「で、あれ、実際、なんて言ってたの? 光とか、鏡とか、花とか、単純な単語までは聞き取れて私を凄く褒めてくれてるのは分かったけど、ほかはよく分からなかったんだよね」

「今更、言えるか!」

 うわー。丹恒は、まさかが起きてそれを聞いてるとは思わず顔を赤くして、穴があればそこに入って引きこもりたい気分で、頭を抱える。

「これで分かる通り、仙舟の言葉に限っては共感覚ビーコン機能あまり使えないから、この本で仙舟の言葉を勉強すれば丹恒の話も理解できるじゃない。言葉だけじゃなくて、仙舟の文字も読み書き出来るようになれば、星穹列車だけじゃなくて、ステーションでの仕事も幅広がると思うんだよね」

「……」

 丹恒は少し考えた後、やがて、決心した様子でに向けて言った。

、お前、今更、仙舟の勉強やったところで無駄なの、分かってるだろ。俺との時間、とっくに切れてるせいで」

「――」

 その、話は。

「……分かってるよ。今更、仙舟の勉強やったところで無駄だって事くらい」



「でも、倉庫でこれらの本を見付けた途端、なんかくるものがあったんだよね。ここでこれ見付けたの、何かの縁じゃないかって」

「……」

「私、これが無駄と分かってても、仙舟の勉強頑張りたい。ねえ、いいでしょ?」

「……、は、一度決めたら俺が何言っても聞かないからな。好きにしろ」

「うん、丹恒は私の事、よく分かってるね。その通りで、私の好きにするよ」

 は丹恒の了解が得られて、嬉しそうだった。

 はさっそく、仙舟の文字翻訳本を開いて言った。

「仙舟の文字難しいっていうけど、私の好きな言葉から覚えていけばなんとかなるよね」

「そうだな。それで、の好きな言葉は何だ」

「え?」

 丹恒はそのに参ったよう、改めて、椅子に座った。

 は目を瞬きさせて、椅子に座った丹恒を見詰める。

「私の仙舟の勉強が無駄と分かってる丹恒でも、私に仙舟の勉強を教えてくれるの?」

「暇な時があれば、付き合ってやるよ。今が、その時だって話だ」

「ありがとう!」

 わあ。は嬉しくて嬉しくて、自分から丹恒に抱き着いた。

 丹恒は単純な話で嬉しそうに自分に抱き着いてくるは天使か悪魔か考えて、天使以外にないだろと早々に結論付けたのだった。

 以前、星穹列車内で同じように単純な話で嬉しそうに自分に抱き着いてきたと、それに満更でもなさそうにデレていた丹恒を間近で見ていた姫子から「丹恒って普段は誰よりも落ち着いて判断力も抜群だけど、が関わると途端にバカになって判断力も鈍くなるわよねえ」と、呆れた様子でそう評価され、彼女の隣についていたヴェルトからもそれに同意するよう深くうなずかれたが、今はそれに関して気にする必要は無いと思った。

 それからは、丹恒を先生にして、机に仙舟の文字翻訳集をひろげ、勉強を始めた。

 さっそく、自分の一番好きな言葉を丹恒に教える。

「それでね、さっそくだけど、私の好きな言葉、一番!」

「一番、ね。これか……」

 ……単純だな。故郷の星では常に二番目だったからすれば、納得する言葉で、丹恒は彼女のそれに苦笑するしかない。

 丹恒は仙舟の翻訳集で『一番』の項目を探し、それをに示した。

「次は、好きなもの」

「好きなもの。……これだな」

「組み合わせた発音、お願い」

「『一番好きなもの』――、遅延無しで分かるか?」

「えっと、えっと、『一番好きなもの』、これでいい?」

「発音ちょっと怪しいし、たどたどしく聞こえるが、なぞるだけならそれでいいか。で、次は何だ?」

 丹恒はこの時、これまた単純にその次は『肉まん』とか、『パン』、『ケーキ』、の好きな食べ物が続くかと思った。

 は椅子から立ち上がると何を思ったか丹恒に近付き、そして。

「『一番好きなもの』、今度は上手く言えてる?」

「――」

 自分の胸を指差しそう言ってきたに、丹恒は。

「何それ、お前、最初から勉強する気なくて、俺誘ってたのかよ」

「ええ、私、別に丹恒誘ってないって。最初から丹恒と勉強するつもりで、本開いたんだけど。で、私が一番好きなの丹恒で変わりないからそれ利用すれば、発音上手くいけると思っただけだよー」

「それが誘ってるっていうんだ!」

 ――うわあ、彼女は天使じゃなく、悪魔だった! それに気が付いた丹恒はたまらず席を立ち、を強く抱き締める。

 そして。

、俺が相手なら俺の急な誘い、断らないんだったよな。今から、抱くからそのつもりで」

「そ、そうだけどでも、私が丹恒使えるの短いんだから、仙舟の言葉、勉強する時間、なくなっちゃうじゃない。今回は仙舟の言葉勉強中心にした方がいいと思うんだけど!」

 は最初、確かに自分は丹恒が相手なら急な誘いでも断らないと話したが、これのせいでせっかくやる気になっていた仙舟の言葉の勉強の時間が減るのは勘弁して欲しいと泣きたい気分だった。

 けれど――。

 丹恒は軽い力でを床に押し倒し、そして。

「ヤってる最中でも、仙舟の言葉の勉強はできるぞ」

「え、どうやって――あ」

 は最初は丹恒の言っている意味が分からなかったが、途中でそれに気が付いて顔が真っ赤になった。

 丹恒はそのを見下ろし、勝ち誇ったような顔で言ってやった。

「今から恋人間で使える仙舟の愛の言葉、教えてやるよ。俺の甘い言葉、聞きたいんだろ?」

「……お手柔らかに、お願いします」

 は、ここではじめて丹恒に負けを認めて、それに観念したよう、彼の手を取ったのだった。