ドォン、ドォン。
何処かで爆発音が連続で聞こえた。
「何事?!」
丹鼎司の病院の病室にて、ウトウトと半分だけ寝ていた開拓者は、大きな爆発音で目を覚ました。
「何~、またどっかで襲撃でもあったの?」
開拓者と違ってぐっすり寝ていた『なのか』も、爆発音で目を覚ました。
「あれ、花火だよ」
「花火?」
開拓者と同じ部屋――病院の一室で毛布をかぶって休んでいた青雀も目を覚まし、窓からその様子を見詰めて開拓者と『なのか』に向けて話した。
「さっきの、天舶司の御空様が打ち上げた星槎レース開始の花火の音。空の色は今までと変わらないけど、システム時間的には、もう朝だよ。外では、花火の音聞いて、あちこちから人が出てきてる」
「あー、アタシ、けいちゃんやフォフォ達とお祭り行く予定立ててたんだけどなあ。セレンと無口君から連絡あるまで動けないって、伝えておかなくちゃ……」
青雀の話を聞いて、同じように毛布をかぶって休んでいた素裳も窓から外の様子を見ていて、手持ちの端末で何やら友達と連絡を取り合っているようだった。
素裳と青雀以外――、龍女の白露も同じように毛布をかぶって寝ていたが、花火の音で飛び起き、それから、開拓者に飛びついた。
「開拓者よ、祭り始まったなら、わしと食べ歩きツアーに行かぬか? 祭りの間でしか出ない弁当もあるぞ!」
「あー、私、丹恒がセレンとどうなったか分かるまで、此処から、動けない」
「何じゃと。あの二人はほうっておけばいいではないか、開拓者がそこまで気にする必要はないと思うが」
「いやいや。私、丹恒、それから、セレンの仲間だから。白露は私より、夜のうちに長楽天の事務所に戻った浄硯に連絡取って、彼女と一緒にお祭り行けば良いんじゃないかな」
「……わしは、開拓者と一緒が良いんじゃが」
白露は不満そうだったがしかし、そう言って、開拓者から離れなかった。
因みに地衡司の大毫と浄硯は、丹恒がセレンを連れ出したと分かった時点でそれに安心したと言って、開拓者と一緒がいいと駄々をこねる白露を残し、長楽天にある事務所に帰っていった。
それから浄硯の方で、セレンと丹恒に何があったかその後を気にしているだろう天舶司の御空に連絡を入れておくと話してくれたのは、開拓者も助かった。因みに太卜司の符玄には、彦卿が話をつけてくれるようだった。
開拓者は自分から離れない白露に笑った後、今度は、窓から祭りの様子を見ている素裳と青雀の二人を気にした。
「素裳、青雀。二人も丹恒とセレンの事は気にしないで、お祭り楽しんできなよ。後で丹恒とセレンがどうなったか、ちゃんと報告入れるからさ」
「それがいいよ。丹恒とセレンは、ウチと開拓者で待ってるからさー」
開拓者と『なのか』は、お祭りに行きたそうな素裳と青雀に向けて、彼女達を気遣うよう、そう話した。
しかし。
「いやいや、ここまできたなら、アタシもセレンからのナマ報告待ってるよ。開拓者の報告気になって、反対にお祭り楽しめないからさ」
「私もセレンからのナマ報告待ちたいから、此処で待ってるよ。お祭りは一日やってるから、いい時に楽しめばいいしねー」
「素裳、青雀、ありがとう」
「はは。セレン、なんだかんだで素裳と青雀と仲良くなってんじゃん」
素裳と青雀は、ここまでくれば自分達も祭りよりセレンのナマの報告を待ちたいと言って、開拓者と『なのか』と一緒に、その時を待っててくれている。それを知った開拓者は微笑み、なのかも嬉しそうだった。
と。
コンコン。部屋のドアのノックの音が聞こえた。
「セレン――じゃない、浄硯?」
開拓者は最初はセレンが帰ってきたのかと浮かれてドアを開けるが、そこに居たのは、長楽天の事務所に戻ったはずの浄硯だった。
「浄硯、白露を迎えに来たの?」
「む。わしは、開拓者と一緒じゃなければ、動かんからな!」
開拓者は浄硯は、いつまでも自分から離れない白露を迎えにきたのかと思った。白露も浄硯を警戒して、開拓者にしがみつく。
「いえ。お祭りの日くらい、龍女様の好きにすればいいですよ。私がもう一度此処に来たのは、開拓者、あなたに御空様から預かったものを渡しにきたの」
「御空から預かり物?」
言って浄硯は、手にしていた紙袋を開拓者に渡した。開拓者は浄硯から受け取った紙袋の中身を確認する。
「え、これ、仙舟の狐族の女性達が好んで着てる、露出多めのエロドレスじゃん」
開拓者は、御空をはじめ、狐族の女性が着ている、胸元を強調して肌を露出させてスカートも短くしてある際どい衣装を『エロドレス』と影で呼んでいた。
「どうしたのこれ」
「いえね。私から丹鼎司の病院で丹恒さんにさらわれたセレンさんの話をしたところ、それ聞いた御空様が言うには、朝になれば、これが必要になるから開拓者に持っていきなさいって。おまけにそれ、御空様によれば、お祭り仕様の特別な装飾が施された高価なドレスだから大切に扱うように、ですって」
浄硯の話している通り、お祭り仕様なのか、そのドレスはオレンジ色を基調にして、金で縁取られ、大きな花柄が目立つ派手目なデザインであった。
「御空、このお祭りで、私にこのエロドレス着ろって? 祭りでも、冗談でしょ?」
「違うわ。これ開拓者が着る用じゃないから、そこ安心して。誰が着るかは、これからすぐ分かるから、開拓者はそれに手をつけないで」
「はい?」
くすくす。浄硯は笑うだけでそれ以上の説明はせず、開拓者はわけが分からず首を傾げるだけで。
と。
ぴぴぴ。開拓者の端末の着信音が鳴り響いた。
開拓者は狐族のドレスを置いて、手持ちの端末のメッセージを開いた。
「お、丹恒からメッセージ、キタ!」
「嘘、なんて、なんて?」
「無口君、セレンとどうなったって?」
「早く教えて!」
「……」
開拓者の報告でその周囲に、なのか、素裳、青雀の娘が集まり、白露も不本意ながらその内容が気になり輪の中に入る。
開拓者は丹恒からのメッセージと、浄硯が持ってきた狐族のエロドレスを見比べて、顔を引きつらせながら、それを全員の前で読み上げる。
「開拓者、悪いが、鱗淵境までセレンにあう新しい服、持ってきてくれ。――あいつ、もう一回、ひっぱたいてやりたい気分だわ」
そして、それから――。
「セレン、本当にヘルタ・ステーション、出て行くの?」
「うん。私、仙舟の旅でカンパニーの再教育受けるって決めたから、約束通り、ヘルタ・ステーション出て行くよ」
星穹列車にて。
仙舟の旅が終わった後にセレンは丹恒とともにヘルタに言われた通り、荷物をまとめて、星穹列車に現れたのだった。
「えー。ウチらが仙舟で星槎レース楽しんでる間、アスターとアーラン、応物課の温明徳とエイブラハムが中心になって、セレン残留の署名集めてくれたんでしょ。それ見たヘルタがジェイドにそれ提出すればステーションに残れるかもって言ってくれたのに、出ていくんだ」
それに不満そうに言うのは『なのか』である。
実は、セレンがアスターの知り合いの幹部の一人娘ではなく、よその星の出身でそこでウォルターと政略結婚を果たした第二王妃であるとヘルタで明らかにされた後、アスターからその説明を聞いた応物課の課長である温明徳は、どうにかして仲間のセレンがステーションに残れる道はないかと探っていたところ、彼女と同僚だったエイブラハムが立ち上がり、防衛課のアーランと一緒になってセレン残留のための署名活動をしてくれていたという。
開拓者も『なのか』に続いて、感慨深げに話した。
「まさか、いつも弱気で、ショップの温世斉や、子供の温世玲に対して反論できなかったあのエイブラハムが中心になってセレン残留の署名活動を立ち上げるとは、私も夢にも思わなかった」
「アスターによれば、エイブラハム、友人の死をきっかけに防衛課から応物課に異動したのはいいけど、そのさい、自分の意見をちゃんと聞いてくれたの、同じく新入りで同僚のセレンくらいだったとか。ほかの時でも、セレンだけはちゃんと自分の話を聞いてくれたのをしっかり覚えてたんですって。
セレン以外のほかの応物課の人間は、いい時にだけ応物課にきたとかで、素っ気なかったとか。アーランも防衛課から応物課に異動したエイエブラハム気にかけてて、彼がセレンと仲良いの見て、安心してたらしいわ」
くすくす笑いながらそう補足したのは、アスターからその話を聞いていた姫子だった。
「それだけじゃなくて、同じ応物課のエイブラハムが立ち上げなくてもそれ以外の課でもセレン残留の署名活動しようって動いてくれたスタッフ、何人かいたらしいね。あわせてスタッフ半数以上の署名集めたのは、大したもんだ。これには、アスターだけじゃなく、ヘルタも驚いていた。いやはや、ヘルタ・ステーションでのセレン人気、話に聞いてた通り、凄かったんだな」
うん。エイブラハム以外のほかの課の数人のスタッフもセレン残留の署名活動をしていて、その結果を見たヴェルトは、それだけの署名を集めたセレンに感心を寄せる。
セレンは言う。
「私の残留のために署名活動してくれたエイブラハムとそれ以外のスタッフ、応物課の温明徳課長と防衛課のアーランには今でも感謝してるけど、仙舟の街を見れば故郷の王国再建のために外に出て色々な世界を見た方が良いと思ったし、仙舟でヘルタ本人だけじゃなく、ヘルタ・ステーションのスタッフの評判の話聞いて、やっぱり、そこが運営する学園に入って再教育受けた方が良いって思ったの。
無能力で無資格でヘルタ・ステーションに居座ってるより、ちゃんとカンパニーが運営する学園で再教育受けて、スターピースカンパニーに入社して、そこで色々資格取った方が、今よりもっと胸を張ってヘルタ・ステーションの一員だって言えるでしょ」
「ふふ、そうね。仙舟から帰ってすぐにステーションでセレンのお別れ会やって、その席でセレンのその演説聞いて、アスターはもちろん、ヘルタも泣きながらセレン抱き締めたのは、私も驚いたわよぉ。あのヘルタが泣いて出て行くスタッフ見送るなんて、前代未聞よ」
その時の様子を思い出した姫子は、肩を竦めて苦笑するだけだった。
ステーションに帰る前の話――仙舟の鱗淵境での話である。
セレンは丹恒と鱗淵境で話し合いを続けた結果、彼と別れない状態で周囲にその付き合いを認めてもらうため、ヘルタとジェイドのいうカンパニーが運営する学園に入学する事を決めたと、改めて、開拓者達に話した。
セレンと丹恒からそれを聞いた開拓者と『なのか』は、セレンのその意志は固いと分かり、
『良いんじゃない? セレンが丹恒と別れず、周囲に丹恒との付き合いを認められるように前に進むためにステーションを出ていく、その内容であれば私もそれに協力するし、応援するよ』
なのかも、
『ウチもセレンが丹恒の付き合いを認められるまでになるために外に出て行くなら、それ、全力で応援する!』
そう言って、二人揃ってその話を快く受け入れてくれたのだった。
仙舟の人間――景元、彦卿、符玄、御空はもちろん、素裳と青雀も丹恒と戻ってきたセレンからその話を聞いてそれについては嬉しそうに喜んでもらえて、更に景元が代表でセレンに、
『セレン嬢が私達の仙舟の街を見た結果、二人でその結論を出せたのは良かったと思うし、仙舟の人間としても光栄だ。私達も仙舟から、セレン嬢の開拓の旅、そして、その先でも丹恒殿との関係が上手くいくよう祈っているよ』
と、最後、そうまとめてくれて、彼らと笑顔で握手をして別れられたのは、セレンも丹恒も良かったと思う。
そして。
仙舟の旅からステーションに帰ったセレンと丹恒は、揃って、ヘルタにそう伝えれば彼女は微笑み、
『セレン、丹恒と別れないでその付き合いを認められるよう、カンパニーの再教育受けるのは、良い決断だと思うわ。私もセレンが出したその結論は歓迎する、というか、アンタ達、その結論出すのに随分遠回りしたわね。私、あいつらと最初から別れない方に賭けてたから助かった~』
と、胸を撫でおろしていたのである。
最後のヘルタの呟きを聞き逃さなかった丹恒とセレンは、彼女の首を捕まえて『あいつらと別れない方に賭けてたってどういうわけ?』と、笑顔で彼女に詰め寄った。
実はヘルタはジェイドだけではなく、トパーズやアベンチュリンといったカンパニーの高級幹部達と、仙舟でセレンと丹恒は別れるか別れないか、二人がどうなるか賭けていたらしい。
カンパニーの高級幹部達側はすぐ別れる方を選び、ヘルタはセレンを信じて別れない方に賭けていたとか。商品はステーションの利益になるものだったらしく、ヘルタはそれ聞いて憤慨するセレンに詫びた後に再教育先の学園でセレンに色々優遇してくれるように手配したからこれで勘弁してと、観念したように話した。
ヘルタは次に、セレンが丹恒と別れてステーションを出て行くと決めたさい、スタッフの皆に別れの挨拶をする時間はないと素っ気無かったが、『仙舟から帰ったら星穹列車じゃなくて、ステーションに寄っていきなさい、驚く話があるから』と、セレンを当初の予定の星穹列車ではなく、ステーションに行くよう仕向けたのである。
そこで待っていたのは――。
そこでは応物課の仲間達が中心になって、スタッフ総出で、セレンのお別れ会を開いてくれていた。
ステーション内部は花で飾り付けられ、保存食ではあるが、軽い食事だけではなく、セレンが好きなお酒も用意されてあった。
エイブラハムが代表して、
『アスター所長や姫子さんからセレンの事情聞いて、セレンが仙舟で丹恒さんのためにステーションを出て再教育先の学園に入ると決めたという話を聞いて、スタッフ総出で、慌てて用意したんだ。セレン、君と別れるのはつらいけど、君はそうと決めたら誰の説得も聞かないの、私含めて、応物課のスタッフ達はよく分かってる。それなら最後はセレンのためにちゃんとした、お別れ会を開こうと思ったんだ』
驚くセレンに向けて、お別れ会を開いたそのわけを話してくれたのだった。
セレンはそこで彼らの仕業に泣きそうになりながらも、故郷の星で星核狙いのレギオンの襲撃があってそこで自分の故郷が壊滅的にやられ、第二王妃で既婚者である中で丹恒と関係を持ち、そこから拾われヘルタ・ステーションまで来た話、丹恒とヘルタの手を借りて故郷の王国再建もやっているという話と、仙舟の旅でステーションとスタッフの評判を色々聞けたおかげで、自分を見詰め直すため、カンパニーの学園に入る決意をした話も聞かせる事が出来たのは良かった。
セレン一人ではそれらを告白するのは無理だったが、事前に姫子とアスターが故郷でのセレンの境遇を説明してくれていて、その場では丹恒はもちろん、開拓者と『なのか』も一緒に説明してくれたのは、ありがたいと思った。
スタッフ達はセレンの壮絶な過去話に驚いていたが、最後はそれに納得し、セレンの演説を聞いた後に温世玲がスタッフ代表として彼女の前に立ち、
『セレンお姉さまのその決断は、素晴らしいと思いました。スタッフ一同、いつまでもセレンお姉さまの帰りを待ってます! 私もセレンお姉さまが帰ってくるその日まで、セレンお姉さまのような素敵な女性目指して、頑張ります!』
泣きながらそう挨拶し、
応物課の温明徳も、
『セレンはヘルタで除籍処分を受けたせいでデータは消えたままだが、応物課ではいつまでもセレンの名前は残っている。君の帰る場所は残しておくから、いい時に帰ってきてくれよ』
と、いつもの笑みを浮かべて言って、拍手で見送ってくれたのは、セレンだけではなく、そばについていた開拓者達も泣きそうになった。
スタッフだけではなく、その時、ヘルタとアスターもセレンのその演説を聞いて感動したのか、泣いて彼女に抱き着こうとするアスターだったが、それより早く動いたのはヘルタだった。
ヘルタはアスターと同じく泣きながら、
『私は本当は、無能力で無資格でも、ステーションでも色々頑張ってたセレンを手放したくなかったの! でも、カンパニーの上層部の奴らに睨まれたら最後、それに応じるしかなかった!』
と、セレンに抱き着いてきたのは、セレン本人だけではなく、丹恒、そして、開拓者達も驚きを隠せなかった。
『セレン、カンパニーの学園で何かあれば、私の名前、遠慮なく使っていいから。外でも私の権力を使えば、誰でも黙らせられるわよ!』
『セレンなら、ヘルタの名前使わなくても外でも上手くやれるでしょ。私のステーションでもスタッフの皆と上手くやれてたんだから、それくらい大丈夫よね。
あ、でも、学園で何かあればヘルタと同じよう、私の名前、遠慮なく使っていいからね。私であれば、カンパニー運営であれ、学園の権力者どもを黙らせられるから』
『……(ヘルタはもちろん、アスターお嬢様の名前の威力は外でも半端ないからな、学園の権力者達はセレン相手に心折れないといいが……)』
ヘルタと違ってアスターはにっこり微笑みそう言ってのけ、二人の話を聞いていたアーランはセレンより学園の権力者達に同情を寄せつつ、それぞれ、セレンを見送ったのだった。
それらを経てセレンは丹恒、それから、開拓者達と、星穹列車まで戻ってきたのである。
と、ここで『なのか』がそれに気が付き、彼女に聞いた。
「セレン、応物課だけじゃなく、ほかの課のスタッフ達からもらったせん別、どうするの?」
「そうだった。これ、どうしよう。カンパニーのジェイドによれば、学園の寮は二人一組の相部屋で、けっこう狭いみたいだから、これ全部入るかな……」
そういうセレンの周りには、お別れ会でスタッフ達からもらった、せん別品――、手紙や花束、ぬいぐるみ、保存用の食料類が入った紙袋が何個か置かれている。
セレンが入る事になるカンパニーが運営する学園は男女共学で、寮は、ジェイドに聞けば、二人一組の相部屋だった。そういっても女子限定の女子寮で相手も女同士だから安心しなさいと、その話を聞いて余計な心配をする丹恒に笑っていた。
姫子は腰に手をあて、呆れた風に言った。
「花束類は、私達の方で管理してあげるわ。セレンは、必要なものだけ持っていきなさい。中でも界種課のカポーティからもらった百本の薔薇の花束なんて、この列車しか置く場所ないでしょ」
「はは。そうだよねー。姫子、ありがとう」
セレンはお別れの会で、課をまたいで自分の信者を集めている界種課のカポーティから、大袈裟過ぎる仕草で「我が姫、どうぞ」と、百本の薔薇の花束を用意されていたのは驚き、感動し、思わず受け取ってしまった。
カポーティから百本の薔薇の花束をもらったさい、周囲のカポーティ信者の女性達から羨ましそうに見詰められ、ちょっと、悪い気がしたけれど、そばで彼の満足そうな顔を見れば、受け取って良かったと思う。
「これと、これだけでいいかなー。あ、ステーション限定の保存食も忘れずに入れておこう」
セレンはいくつかある紙袋の中から手紙類と、保存食類、ぬいぐるみだけ受け取った。
花束類だけ残した理由、それは。
「皆にもらった花束類は、休みの日、この列車に戻った時に管理できればいいよね」
開拓者は紙袋の中で花束だけ置いていくセレンを見て、言った。
「セレン、最初はカンパニーの再教育先の学園入るにしても、そこでは外部から遮断されて隔離されるって聞いて恐怖だったけど、カンパニーのジェイドの計らいで休みの間はこの星穹列車に戻れるようになって、良かったね」
「そうそう、丹恒とは彼が龍尊の飲月だと分かったうえで付き合い続けるってカンパニーのジェイドに伝えれば、仙舟で丹恒の秘密知っても丹恒と付き合いを続ける覚悟を決めたのであれば、休みの日くらいは星穹列車に戻って来られるよう、学園に列車行きの通行手段を設けてくれると話してくれたのは良かったと思う。
あと、学園内で成績良かったり、資格取ってレベルアップしたぶんだけ、休みの日が伸びて列車で丹恒と会える時間も増えるし、支給品の端末で今までと変わらずに丹恒と連絡も取りあえるって。
ジェイド、話がつけばけっこう良い人だってのが分かって、ちょっとほっとした」
「俺とセレンからすれば、それだけ配慮してくれれば、十分だ。今までもそんな適度な距離感だったしな」
丹恒も笑って、セレンを自分の所へ引き寄せる。
と。
「ちょっとぉ、これが最後だからって、ウチらの前でイチャつくなよー。セレン、仙舟のお祭りで、丹恒とお揃いのペアバングル買えたんだから、十分じゃないのぉ?」
もう。『なのか』は自分達の前でも気にせず抱き合う丹恒とセレンを見て、更には二人が仙舟の祭りで買ったお揃いのペアバアングルをつけているのを見て、その不満を口にする。
因みに祭り当日、予約していた琥珀色のペアバングルを買うため、丹恒と一緒に長楽天の露天商まで戻ったさい、店の人間から
『え、お姉さんの相手、飲月の丹恒様だったの? それじゃ、男避けのペアバングル付ける必要なくない? 相手が丹恒様だと分かれば、お姉さんに近付く男いないって』
と、丹恒の姿を見てとても驚かれ、更に、大食いの時に知り合った長楽天の人間達――主に狐族の女性達から『相手、丹恒様?! 本当、三月の言う通り、最強の彼氏じゃないの!』と、驚かれたのは面白くて、気分良かった。
けれどもセレンは琥珀色のペアバングルがとても気に入っていたので、丹恒の了解を得て、即決、それからそれをつけて丹恒と二人で仙舟の街を歩けたのは、とても、良い思い出に残ったのである。
更に約束通り、御空に用意された特別席で丹恒と『なのか』の三人で一緒に見た星槎レースは、見応えあって迫力あり、感動した。
おまけで開拓者が今までのうっぷんを晴らすよう張り切って単独で星槎レースに出場し、そこでエース級の操縦者と競いあっていたのには、なのかは最大級の声援を送り、セレンは笑って拍手を送り、丹恒は呆れた様子だった。
セレンは『なのか』に丹恒とお揃いの琥珀色の腕輪を見せつけ、言う。
「なのか、私がこれつけてる間は、私と丹恒の関係も上手くいってるって思っていいよ」
「外した時は、上手くいってないって?」
「そう。これだけで私と丹恒の関係が分かるから、便利でしょ」
「なるほど。そういう使い道もあるのか。でも、外した時はその関係が壊れてるのが分かるってのも、恐ろしいね~」
「はは。そうならないよう、外でも頑張るよ、私」
「うん。丹恒相手にできるセレンなら、外でもやっていけるよ。ウチも皆と一緒で、陰ながら応援してるから、頑張れよ!」
「ありがとう」
『なのか』はセレンに向けて手を差し出し、セレンも快くそれに応じて、握手を交わした。
と。
「セレン、丹恒。時間じゃぞ」
車掌のパムが、セレンと丹恒を呼びに来た。
どうやら目的地の星についたようだ。
「セレン、行くか」
「うん」
丹恒はセレンに手を差し出し、セレンも丹恒の手を受け取り、二人揃って列車の扉に向かう。
「ちょっと待って」
それを引き留めたのは、開拓者だった。
「丹恒は一度、セレンが入学予定のカンパニーが運営する学園までついていくんだっけ?」
「ああ。セレンと学園についたらそこで待っててくれているカンパニーのジェイドと色々手続きした後、『一人』で、星穹列車に戻ってくる」
「そっか。それじゃ、二人とも――セレン、気を付けて」
開拓者は丹恒の話を聞いて安心したよう、セレンの背中を押した。
セレンはきっと開拓者は、自分について一度列車を降りる丹恒が、再び、列車に帰ってくる確認がしたかったのだろうと思った。
そして。
セレンは、自分を見送る開拓者、なのか、姫子、ヴェルト、パムの顔を見回した後、言った。
「私の千年遅れた頭では何年かかるか分からないけど、まずは再教育先のカンパニーが運営する学園を卒業するのを目標に、次は、スターピースカンパニーの正社員になって、そこで色々な世界を見て色々な資格取って、必ず、丹恒と一緒にヘルタ・ステーションに戻ってくるよ。
それまで、どうか、開拓者達も元気でね」
「うん。私達も星穹列車で開拓の旅を続ける中で、セレンが学園を卒業してカンパニーの社員になって、色々資格抱えて、丹恒と一緒にヘルタ・ステーションに戻ってくる、その時を、楽しみにしてるよ。それじゃあ――」
「またね」
セレンは開拓者と握手を交わした後、明るく、丹恒と一緒に、列車を降りていった。
また、会える。
セレンと丹恒を見送った開拓者は、誰にでもなく呟いた。
「私もセレンがヘルタ・ステーションに戻ってくるその時になれば、セレンと一緒にお酒が飲めてるといいなあ」
「おいおい。セレン相手の酒は気を付けた方がいいぞ、開拓者……」
「あらあら。その時は私も一緒だから、開拓者もセレン相手で大丈夫だと思うわよ~」
「ウチはその時は、お酒遠慮して、甘いドリンクの方がいいや。そうだ、その時、セレンが好きな甘いお菓子も用意しておかなくちゃだねー」
開拓者の呟きを聞いて冷や汗を流すのはヴェルトで、それを何でもない風に言うのは姫子で、『なのか』はその時にセレンのために彼女の好きな甘いお菓子を選ぶのを楽しみにしていて、それぞれ、再び戻ってくると約束したセレンの相手をする気で、星穹列車で彼女の帰りを待っている。
彼女の色のついた世界は、始まったばかり――。