ヘルタ・ステーション、レギオンが出没するエリアにて。
「あ、丹恒――」
開拓者は最初、セーフティエリアではなく、職員のパス持ちでしか入れないステーション内部で丹恒を見つけ、彼に向けて気さくに声をかけようとした――ところで。
「丹恒さん、ありがとうございます」
「いや。また何かあれば、俺を頼ってくれて構わない」
丹恒に頭を下げるのは、ステーションで顔にゴーグルにマスク、体にはプロテクターを身に着けている防衛課女性スタッフの一人だった。
「本当に、ありがとうございますっ。依頼のお礼はアーランさんに渡しておきますので、いい時に受け取りにきてくださいね」
「了解」
彼女は丹恒に向けてしきりに頭を下げ、丹恒は女性とそこであっさりと別れた。
防衛課の彼女は途中で影に隠れていた開拓者とすれ違うが、彼女は開拓者は目に入らないよう、浮かれた様子で、その場を立ち去ったのだった。
「……(あれ、もしかして、ヤバイ場面に遭遇した?)」
彼女の表情は防衛課の標準装備である顔を守るためのゴーグルとマスクに隠れていて分からないが、すれ違った時の浮かれた様子と頬が紅潮している部分を見れば、まさしく、恋する乙女そのもので――。
「に報告しなくちゃ――」
「――おい、余計な真似はするな!」
開拓者は内心、どうなるかなと、期待しつつ、自分の端末を手に今の場面をに報告しようとした所、いつの間にか背後に来ていた丹恒に止められてしまった。
開拓者はなるべく穏便にすませようと、丹恒と笑顔で向き合う。
「丹恒先生、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、じゃないわ。開拓者、お前、今の場面、に伝えようとしてただろ。に余計な事するな」
「いやでもから、自分の知らない所で丹恒が怪しい動きしてたらよろしくって言われてるんだけどぉ」
「怪しい動きって何だ。というか、開拓者と密約交わしてたのか……」
ここで丹恒は、が開拓者と結託していると分かって、顔を引きつらせる。
開拓者は、防衛課の彼女が立ち去った方角を見詰めて、言った。
「さっきの女の子、防衛課の新入りの子じゃなかった?」
「……、新入りの用事でステーションの奥に部品を取りにいくはずが、組んでいた仲間の一人が用事で来れなくなって、どうしようかと思ってた所に防衛課の課長であるアーランがその時丁度一緒にいた俺に『暇なら、新入りについて行ってくれないか』と声をかけてきたので、それに応じただけだ。アーランはカフカ達の襲撃以降、ここらへんにレギオンが出没するので、新入り一人じゃ心配して、俺をつけただけに過ぎない」
丹恒は淡々と、開拓者に自分の状況を説明した。
「彼女、可愛らしい子だったね」
ひひ。開拓者はゴーグルとマスクで顔は分からなくても可愛らしい雰囲気の子ではあると見抜き、意地悪そうに笑う。
はあ。丹恒は溜息を吐いて、開拓者に向けてハッキリと言った。
「俺は、ステーションでも列車でも、だけだ。は何かあれば手をかけてやりたいと思うが、以外の女はそこまで思わない」
「そう。丹恒、ステーションでも列車でもだけは甘いってのは、私から見ても分かるよ」
「それにこの件、も知ってる」
「そうなの?」
「ああ。俺がこのステーションでアーランの防衛課に協力しているのはも知ってる事だし、防衛課の連中も俺とが恋人として付き合ってるのは知ってる事だ。それだから、に余計な報告するなよ」
「へえ、そうなんだ」
開拓者は一応、丹恒の話に納得する。
そして。
「防衛課の依頼終わったんで、俺はもう行くが」
「どこ行くの?」
「仕事終わり、応物課の倉庫に居るを迎えに行ったあと、星穹列車に戻って俺の資料部屋でと二人で過ごす予定だ。俺がステーションに居る時は、だいたい、これだ」
「相変わらず、ラブラブだね~。丹恒がとそこまでの関係なら、私がを心配する必要ないか。私はまだスタッフの間で何かないか、依頼受けてくるよ」
「お前も相変わらず、物好きだな。しかし、開拓者のそれのおかげでもステーションで仕事やり易くなったって話してたから、そこは感謝する」
「そう?」
「が言うにはステーションでは開拓者が依頼を解決してくれるので仕事が早く終わるし、それで開拓者と仲良いだけで新入りから尊敬されるとか」
「ふむ。私もにそう評価されるのは、嬉しいかも」
「そうか。に、お前がそう言って喜んでいたと、伝えておくよ。それじゃあ」
「またねー」
ここで開拓者はに会いにいくという丹恒と別れ、張り切ってステーションでのスタッフの依頼をこなしていったのだった。
開拓者はしかし、丹恒ととの関係を気にする必要はないと言ったものの、新入りの娘の様子が気になったので、仕事終わりに防衛課に立ち寄ってみた。
「開拓者、何の用事だ? 貴様に依頼は出してないはずだが」
案の定、防衛課の課長であるアーランに怪訝な顔をされて出迎えられた。
おまけに。
「お、エイブラハムじゃん」
「どうも」
アーランの近くに、どういうわけか、防衛課から万有応物課に異動したはずのエイブラハムの姿があった。
開拓者はアーランより、エイブラハムに興味を持って彼と向き合う。
「何で防衛課に、応物課のエイブラハムも居るの?」
「ああ、応物課と防衛課は、ほかの課より、何かと繋がりが深いんだよ。復興後に温明徳隊長が立ち上げた奇物収容の隊員の人材補充だったり、物販搬入や人の出入り時の警備だったり、色々。私は元防衛課を活かして、そこの橋渡し役みたいな事をしている」
「なるほど。そういうわけならそれは、元防衛課のエイブラハムが適役か」
「それで、開拓者、何か防衛課に用事かい? アーランさんの手を必要としないなら、元になるが私がそれ引き受けてもいいが」
「ふむ。元防衛課で応物課のエイブラハムほど、今回の話で丁度良い人材いないわ」
「どういうわけ?」
「実は……」
開拓者はここで、アーランとエイブラハムにさっきあった丹恒と新入りの女の子の出来事を話した。
「ああ、その話か」
開拓者のその話に興味深そうに応じるのはエイブラハムではなく、アーランだった。
「丹恒さんにその新入りについて行ってくれと依頼したのは、俺で間違いない」
アーランは開拓者にそれを認めたうえで、言った。
「列車だけではなく、このステーションでも護衛役をやってもらっている丹恒さんは、防衛課の新入りの教育も時々、やってもらってるんだ」
「そうなの?」
「うむ。丹恒さんは、貴様が来る以前からこのステーションでは貴重な戦力の一人として認識されていて、彼一人でもレギオンに対応出来るのが大きいからな。このステーションで星核ハンターの襲撃があっての後になるが、思わぬ場所でレギオンが出没して俺一人じゃ手が回らん所を丹恒さんに補ってもらっているし、そこで新入りの教育も任せている」
「それ、肝心のには……」
「防衛課と丹恒さんが協力体制にあるというのは、も知ってるぞ。というかあいつら、列車はどうか分からんが此処でも人目も気にせず始終ベタベタしてるからな、それであの二人の間に入れる人間がいれば俺も見てみたいもんだが」
「始終ベタベタって、あの二人、アーランから見てもそれなの?」
「基本、ベッタリだな。俺から説明しなくても二人を見ていれば新入りでも分かる関係だと思うぞ。あの二人をよく知ってる応物課の温明徳はもちろん、あいつらとあまり縁の無いほかの課の課長達や師匠クラスのご老体達も、あの二人については遠くから眺めて見守るだけで十分だと言ってるくらいだからな」
「そっかー。いやでも、さっき、丹恒と一緒に居た新入りの子は、を知らない様子で、丹恒に舞い上がってた風だったけど」
「あー。エイブラハム、そろそろ、あれの時期か?」
「ですね。そろそろあれの時期で、各課で計画表出す必要があります」
ここでアーランは開拓者ではなく、エイブラハムにそれを聞いた。エイブラハムもアーランにうなずき、応じる。
開拓者はアーランにその件について、聞いた。
「あれの時期って、何?」
アーランは開拓者にあれの時期について、説明する。
「このヘルタ・ステーションは、ヘルタに憧れて入ってくる人間が多いが、その反面、ヘルタについていけずに出ていく人間も多くて、けっこうほかのステーションより人の出入りが激しい。それで三か月に一回ほどアスターお嬢様がカンパニーから新入りを補充させるんだが、そのさい、各課が集まって、新入りの紹介がてら、顔見せ程度の合同訓練やるんだよ」
「新入りの紹介がてら各課が集まる合同訓練……! それ、どんな内容なの?」
「何、事前抽選で決めた別の課の見知らぬ相手と組んで、各所に設けられたスタンプまで行ってそれを獲得、その合計ポイントで自分と相手の実力が分かるという単純なイベントだ。最後には立食パーティーもあって、そこで各々交流を深めてもらうという内容になってる」
「面白そう! それ、ステーションのスタッフじゃない私も参加できる?」
アーランの説明を聞いたは、目を輝かせて、彼に詰め寄る。
「貴様が参加する意欲があれば、参加していいと思う。ステーションのスタッフの俺達はもちろん、と丹恒さんはアスターお嬢様とヘルタの号令で強制参加だが、丹恒さん以外の列車組は自由参加だ」
「私もその合同訓練に参加できたら参加するって、アスターお嬢様に伝えておいて」
「了解。さっそく、貴様の参加をアスターお嬢様に伝えておくよ」
アーランは開拓者にうなずくと、手元のパネルを操作して、その話をアスターに伝えている。
ふと。開拓者は気になる事をアーランに聞いた。
「というかステーションのスタッフじゃない列車組の丹恒がアーラン達と同じくそれに強制参加って、何で?」
「それも関連だよ。がそれに参加するのはいいが、そこでが女性スタッフはまだいい、しかし、見知らぬ別の男と組まされるのは我慢ならないと丹恒さんの意見があって、それならアンタもと一緒に参加すればいいとヘルタが提案して、丹恒さんだけは強制参加になったわけだ。因みに列車組の三月さんは自由参加で、参加する時としない時がある、まさしくその自由参加を活用している」
「なるほど。丹恒、仕事とはいえ、が自分以外の男と組まされるの嫌がるの、分かるわ。『なの』は相変わらず自由だなぁ」
はは。開拓者はアーランから丹恒と『なのか』の合同訓練の参加状況を聞いて、苦笑する。
それから開拓者はアーランを見て、言った。
「それ聞いて思ったけど温明徳隊長の応物課、アーランの防衛課、それ以外の各課の間柄、私が来るまではそこまで交流ないと思ってたけど、このヘルタ・ステーションにもそういう各課が一同に集まる合同訓練あったんだねー」
「それなんだが、それもが関わっていて、がアスターお嬢様の紹介で来るまで、このヘルタ・ステーションには合同訓練というシステムはなかった」
「え、が来るまで合同訓練のシステムなかった? それ、どういうわけ?」
「その話を聞きたければ、そこで暇そうにしているエイブラハムに聞いてくれるか」
「エイブラハムに?」
開拓者は、今まで黙って二人の話を聞いていたエイブラハムに注目する。
アーランに指示されたエイブラハムはのけぞり、嫌そうな顔を隠さなかった。
「えー、あれ、開拓者に話すんですかぁ」
「仕方なかろう。エイブラハム、お前、あの開拓者のキラキラした目で見詰められて、黙ってられるか?」
「……」
「俺は忙しい。エイブラハムが開拓者の相手、してやれ」
「了解しました」
エイブラハムは最初、それについて話すのを思いきり嫌そうだったが、アーランの言うように開拓者にキラキラした期待を込めた目で見つめられては黙っているわけにもいかなかったという。
防衛課の休憩室にて。
「話の合間にどうぞ」
「ありがとう」
エイブラハムは開拓者に自販機から調達したドリンクを手渡した。開拓者はエイブラハムからドリンクを受け取り、さっそく、一口。
エイブラハムはその間、防衛課が利用する休憩室で開拓者相手に、がきっかけでその合同訓練が出来た当時を語り始めた。
「あれは確か、温明徳隊長が主催した応物課の飲み会でが丹恒さんとの付き合いがステーション全体に発覚してから一か月くらい経った頃だったかな、防衛課の女性スタッフの中に、丹恒さんに積極的にアタックする女の子が現れてね」
「え、ステーションのスタッフ全体で丹恒との関係知ってる中でそれって、矛盾してない?」
「それね。彼女、飲み会以降に入って来た新入りで、ほかの課との関係も希薄な頃に防衛課の中だけで丹恒さんと出会ったから、応物課のの事も何も知らない状態だったんだ」
「うわー。それ、さっき私と遭遇した防衛課の女の子みたいな話?」
「そうそう。飲み会に不参加でそれより後に入ってきた防衛課の新入りの子は、と丹恒さんがそういう関係だって知らなくてね、時々、護衛としてステーションに来る丹恒さんに舞い上がって、積極的にアタックしてたらしい。ほら、丹恒さん、ステーションの男達の中で一番イケメンなうえ、防衛課でもほかの男が相手にならないくらい一番強いからさ……」
「あー。そりゃ、との付き合いを知らない新入りの女の子なら、一番イケメンで一番最強の丹恒にメロメロになるか。私もステーションじゃなくて別の星の話だけど、丹恒に勇気出して思い切って話しかけるんだけど、理由に即断られて泣いてる子、何度か見てる」
「そうなんだ。それはより、勇気出して丹恒さんに話しかけたその子達に同情するなあ」
「丹恒も罪な男だよ……」
エイブラハムは開拓者からその話を聞いてよりその勇気を出して丹恒に話しかけた女の子に涙し、開拓者もエイブラハムと同じようによりはその女の子に同情して、苦笑するしかない。
「その中の話なんだけど、丹恒さんは、新入りの子に自分と食事会をかねたデートしてくれって強引に誘ってきて、それに断り切れずに応じてしまった。丹恒さんが仕方なくその彼女とデートした件、翌日にはにバレちゃってね、二人の間で亀裂が入って喧嘩になったんだ」
「へえ。丹恒がの知らない間に別の女の子に食事どうかって誘われてデートすれば、そりゃ、と喧嘩になるわ。あれでも、丹恒て、列車はもちろん、ステーションでも自分が認めた人間以外の誘い、そう気軽に応じるっけ? 丹恒という男は、列車組の私と『なの』でも、仕事終わりの食事に誘っても、気が乗らない時は中々それに応じてくれないんだけどさ」
丹恒は、自分が認めた仲間か、その時に自分の気が乗らなければ誘いに応じないという、気難しさはあった。開拓者も『なのか』も仕事終わりに気さくに丹恒を食事に誘うも、その成功率は低い。
「それね。その子も丹恒さんのその性格知ってて、普通に誘ったんじゃ断られるの分かってるから、同じ防衛課のアーラン課長の名前を出したそうだよ。彼女、丹恒さんにその食事会に防衛課の課長のアーランさんも来るからどうかって、考えて誘ったんだ。でも実際にその食事会に現れたのはその子一人で、丹恒さんが彼女にハメられたって分かった時はもう取り返しのつかない所まで来てたっていう」
「なるほど。丹恒も課長クラスのアーランの名前出されちゃ、付き合いあるから、行かないわけにはいかないか。その子も考えたねえ」
開拓者は、考えて丹恒を誘った彼女の仕業に感心を寄せる。
エイブラハムはドリンクを飲みながら、続ける。
「で、丹恒さん、冷たそうに見えて、意外と真面目で女性に優しいだろう。それで後輩の面倒見も良いから、今でもアーランさんだけじゃなくて、温明徳隊長もそうで、ほかの課の課長達からも頼りにされてるんだよな。丹恒さんはそれが仇になったのか、彼女の食事会を断る事が出来ずにそのまま最後までデートを続けたそうだよ」
「うん。丹恒、冷たそうに見えて真面目で優しいから、それでアーランやそれ以外の課長達からも信頼されてるの分かる。ほかの星でも丹恒はそれのせいか、組織系のトップの人間からすぐ気に入られて誘われてるの見てるよ。丹恒、それで彼女の約束は約束として最後までデートしてあげたんだ。
でも丹恒のそれ、嫉妬深いが知ればめちゃくちゃ怒りそうだけど……。エイブラハムや応物課の人達は、の嫉妬深さを知ってる?」
開拓者は、模擬宇宙でと初めて出会った時、丹恒に内緒で彼に何か怪しい動きあれば連絡よろしくと笑顔で仕事用ではなく個人のアドレスを自分に寄越した件で、が相当嫉妬深いのを知っている。
「ええと……」
開拓者にそれを聞かれたエイブラハムは最初はそれを言うべきかどうかどうしようかなあと迷った様子だったが、『話せば楽になれるよ』という開拓者の言葉を聞いて決心し、彼女に応物課でのの様子を打ち明ける。
「うん、まあ、は大人しそうに見えて実は嫉妬深いのは、応物課の皆も知ってる事だ。、応物課だけじゃなくて、ほかの課の女性スタッフが丹恒さんと仕事やステーションの話してるだけで、間に入って阻止してくるの何度か見てるからね。
おまけに、相手が自分より上の階級でも一歩も引かず、反対に相手がに泣かされて帰るってのも何度か見てる。それ以外、温明徳隊長相手でも引かず、自分の意見を主張してそれを押し通して、見事、その交渉に成功しているのも何度か見てるんだよね。それでショップの温世斉も、が来てから、カンパニーとの交渉がやり易くなったって、彼女を尊敬してる風だったなあ」
はは。エイブラハムは、上の人間相手でも一歩も引かないの交渉術に感心を寄せると同時に、その気の弱さから同僚相手や新入り相手でも中々自分の意見が言えない彼は、そのを羨ましく思っている。
実はの交渉術は故郷での第二王女と第二王妃時代、自分の父であるクロム王、そして、ディアンの国王陛下に自分より上の立場の権力者と色々やりあう交渉現場に連れて行ってもらった成果であるが、それは、エイブラハムも開拓者も知らない話である。
開拓者ものそれは、認めている。
「うん。て普段は猫かぶりだけど、丹恒の事になると本性見せるよねー。私、無能力でも丹恒に関しては裏表の無い、好きなんだよね。それから、上の人間相手でも――私相手でも、自分の意見をハッキリ言うとこも好きかな。私、が無能力でもそういうとこは、評価してるんだよ。
それから、がそこまでの女じゃないと、あの丹恒についていけないってのもあると思う。普段の丹恒は私と『なの』相手に気取ってるんだけど、これが相手だと強くものが言えないってのは、私から見ても面白い関係だわ」
開拓者は、がそこまでの女でなければあの丹恒についていけないだろうというのは、理解していた。
エイブラハムも開拓者と同じく、あのでなければ、丹恒についていけないと思っている。
「そうだな。今回の合同訓練の話も、開拓者の推察通りで、丹恒さんがそのに負けたせいだったんだよな」
「お、何それ、どういうわけ? 詳しく!」
「まあ、一回、ドリンク飲んで落ち着いたらどうかな」
エイブラハムは目をキラキラさせて詰め寄る開拓者に苦笑して、彼女にドリンクを飲むようにすすめる。
ずずず。開拓者はドリンクを飲み干した後、エイブラハムに詰め寄る。
「続き、早く!」
「ええと、どこまで話したっけ」
「丹恒の防衛課の女の子のデートがにバレたとこ!」
「そうだった。翌日には丹恒さんがその子とデートした件がにバレて、はその丹恒さんにめちゃくちゃ怒ってたんだよね。周りがそのを慰めて宥めるも、は全然怒りが収まらず、誰も彼女をどうする事もできなかった」
「あの中での機嫌を元に戻せるの、その原因となった丹恒くらいじゃないの?」
「開拓者の言う通りで、応物課の皆も、ああなったを元に戻せるのそうなった原因の丹恒さんしか出来ないって思ってたんだよ。
が応物課に仕事に来てもその件で思い切り不機嫌でほかの皆が彼女に近付けない所、それに弱った様子の丹恒さんが現れて、ようやくが元に戻るかって思えば、丹恒さんでも失敗に終わったようで、とうとう、二人の間で喧嘩越しの言い合いが始まった。応物課が居座ってるベース部分でスタッフの私達が居るにも関わらず、と丹恒さんは人目も気にせず二人の間で言い合いして、誰もそれを止められなかった」
「うわあ、絵に描いたような修羅場! それで、どうなったの、どうなったの?」
「その時、温明徳隊長が一歩出て、と丹恒さんの二人に向かって、喧嘩するなら此処じゃなくての倉庫でやってくれって一喝、言い合う二人を仕事場から追い出してくれたんだ」
「温明徳隊長、デキる男!」
ぱちぱち。開拓者は、温明徳に拍手を送る。
「は自分がついてるのにその子のデートを最後まで続けた優柔不断な丹恒さんに怒って、丹恒さんは防衛課と付き合いのある自分の立場くらい考えて欲しいという主張で、彼女が担当する倉庫の外まで――私達が担当する搬入口まで聞こえるくらいの喧嘩になって、最終的にはが泣きながら飛び出してそれっきりになったんだ」
「と丹恒、どっちの主張も分かるけど、それっきりって、丹恒、泣いて飛び出していったを追いかけなかったの?」
「そうみたい。後で倉庫から中々出て来ない丹恒さんを心配した温明徳隊長が行ってみれば、にひっぱたかれたのか顔が赤く腫れて放心状態の丹恒さんが突っ立ってたらしい。温明徳隊長、女性に人気あるのに、あそこまで女性相手に何も出来ずに呆然と突っ立ってる丹恒さん見たの初めてだって、後で皆の前で笑い話にしてたな」
「丹恒との関係を取り持っただけじゃなくて、それをネタ話に消化するなんて、さすが温明徳隊長だわ。私、彼のそういうとこは好きだな」
「私もだよ。私も温明徳隊長の応物課に転職したのは正解だと思ってる」
開拓者とエイブラハムは、温明徳のやり方を称賛し、笑いあう。
それから。
「それから、温明徳隊長が丹恒さんにこんな事でと別れたくなければ彼女を追いかけた方が良いんじゃないかってアドバイスして、ようやく、丹恒さんがその場から動いたんだ。でも、丹恒さんがの部屋だけではなくてステーション内部やヘルタさんの模擬宇宙、停泊してた星穹列車、どこ探してもが居なくて、一時間あまり探しても見つからずに途方に暮れて、とうとう、その場から――ステーションの廊下で置物みたいに座り込んで動けなくなってた」
「うわ。それ、思い切り通行の邪魔じゃん」
「うん。同じ応物課の温世玲はその丹恒さんを嫌な目で見るだけで、ショップの温世斉も手持ちのアイテムでなんとかしようとしたけど結局何も出来ず、ほかの課の女性達や男達も一人だけであそこまで弱って動けない丹恒さんを遠巻きに眺めるだけで何も出来ず、それ見かねたアスター所長が星穹列車の姫子さんを呼んで、姫子さんがが居ないだけで何も出来なくなった腑抜けの丹恒さんを宥めてた」
「うあー、何でその時、私、存在しなかったんだ! そんな姫子に宥められる情けなくて面白い丹恒見られるの、その時だけじゃん! カフカ、ステーションに襲撃するの遅過ぎ!」
「それ、その時に不在だった三月さんも同じ事を話してたよ。何でその時、ウチ居なかったの、ヴェルトさんも早くウチ見付けてくれれば良かったのにって」
もったいない! 開拓者はどうしてその時に自分が存在しなかったのか、もう少し早くカフカが来てくれれば良かったのにと、彼女を恨む始末だった。
当時、まだヴェルトに発見されなかった三月なのかもその話を聞いた時、もう少し自分を早く発見してくれればと、ヴェルトに対して同じように恨んだとか。
「姫子さんに丹恒さんを任せたアスター所長は、防衛課のアーランさん、それから、と同じ応物課の温明徳隊長を呼び出し、三人を中心とした捜索隊を結成した。捜索隊に、応物課と防衛課だけじゃなく、ほかの課の課長達もの影響で丹恒さんが使えないとまずいっていうんで、ぞろぞろ集まって来てね、課長達の指示でベテランだけじゃなくて新入りも集まって、ステーションのスタッフ総動員でを探したわけだ」
「それにエイブラハムも参加したの?」
「そうだね、その時に新入りだった私もそれに参加している。で護衛の丹恒さんが使えないままじゃステーションも危ないから、アスター所長の号令で、ほかの課も一丸となって、捜索に協力したんだよ。でもこれのおかげでがすぐ見付かった。が見付かれば丹恒さんも冷静さを取り戻し、時間が経てばも落ち着いてて、二人ともお互い悪かったって謝って、あっさり元に戻ったというわけ」
「丹恒とが上手くいかないだけで、ステーションでそこまでの騒動になるとは……」
「丹恒さん、姫子さんの星穹列車中心に護衛やってるのは有名だけど、さっきのアーランさんの話であったよう、このステーション内でも貴重な戦力として認識されてるからね。の影響で丹恒さんの機嫌を損ねてステーションに協力できないと立ち去られてはステーションも危なくなるからというんで、アスター所長だけじゃなく、ヘルタさんもそれだけは避けたい内容だったんだろう」
「ふむ。、無能力でも丹恒をステーションに繋ぎ留める重要な役目があったのか……」
「で、そのさい、私も含めて、何が起きたかわけが分からない新入りもそれに参加してたんだけど、後で新入りの間ではこれのおかげで、交流が薄かった別の課と交流出来て、普段は名前も知らないスタッフの名前も知る事が出来て、色々良かったという感想があった。
新入り達のそれ聞いたアスター所長だけじゃなく、ヘルタさんも、新入りの顔見せと紹介がてら、何か月に一回かは各課を集めた合同訓練やる必要があると分かり、それが今回の合同訓練の始まりになったわけだよ。おまけに、と丹恒さんの付き合いもここで新入り達に分かってもらえるから、丁度良かったんだ」
「なるほど。丹恒とのその騒動があって、合同訓練が出来たのか。そういや、その原因となった丹恒にアタックしてた新入りの子はそれから、どうなったの? 目当ての丹恒が本当にと付き合いあると分かってそれにショック受けてステーション、辞めたとか?」
「いや。彼女、が見付からないだけであそこまで弱った丹恒さんにショック受けて、更には騒動の後でも丹恒さんととの関係は自分は深入り出来ないと悟ったとか。彼女はその騒動があった後、丹恒さんをすっかり諦める事が出来たらしく、今では、防衛課ではない、別の課にいる新しい彼と上手くやってるようだよ」
「そう、それは良かった」
「因みにに彼女と丹恒さんのデートをバラしたのは、彼女の友人だという話があったり……」
「うわ、最後に怖い話しないで!」
防衛課の新入りの彼女は丹恒を諦め、別の課の新しい男と上手くやっている。開拓者はエイブラハムから丹恒にアタックしていた防衛課の彼女の顛末を聞いて安心したのと同時にその裏を知り、女の怖さを思い知ったという――。
そして。
「で、肝心の、自分の部屋や星穹列車にも居なかったなんて、結局、どこに居たの?」
「ああ、それがさ……」
くすくす。エイブラハムはその時を思い出したのか笑うだけで、肝心のの居場所を答えてくれなかった。
「エイブラハム」
「ごめん、ごめん。あんな面白い話、今でもなくてさ、それも現在の人気の一部になってるんだ」
エイブラハムが笑いながら開拓者に示した場所、そこは、彼女も驚く話だった。