余談。
過去、その日。
ヘルタ・ステーション内部にて。
『丹恒、アンタ、が行きそうな場所、ちゃんと探したの?』
『ステーションの彼女の部屋、ステーションのセーフティエリア、ヘルタの模擬宇宙内部まで、彼女の行きそうな所、全部、探した。更には姫子さんの星穹列車の隅から隅まで、捜索した。それなのに、何処にも見つからなかった。くそ、、何で何回メッセージ送っても返信ないんだ!』
『……』
丹恒の手元には自分の端末があって、今までにない素早い動きでメッセージを何度か送っているがからの返信はいまだにない。
アスターの「丹恒がで大変だから来て!」という要請を受けて星穹列車からステーションに来た姫子は、と連絡がつかないだけでここまでになる丹恒を見るのは初めてで、さすがの姫子もこれにはどうしていいのか分からなかった。
丹恒は今までにない泣きそうな顔で、姫子にすがる。
『……姫子さん、まさか、星穹列車とは別の移動方法でステーションを出て行ったとかはないよな?』
『それは有り得ない。それというのも私とヘルタの手でステーションに保護された時からは、このステーションから出られないようになってる。それが誰かの手で突破出来たとしても、すぐにヘルタが感知して、私達に知らせてくれるようになってるわ』
『それならいいが。……いやしかし、最悪、ステーションの立ち入り禁止区域の地下に迷い込んだりとかは。あそこ、よくないものがうろついてるっていう噂があるんだが』
『そこ、ステーションのスタッフでも課長クラスじゃないと入れないの、防衛課に協力している丹恒が一番よく知ってると思うけど。と同じ応物課の温明徳、防衛課のアーラン、ほかの課長達も倉庫でしか使えないをそこまで連れていくとは思えないわよ』
『姫子さんの方で、が星穹列車のどこかで迷ってるとか感知できないか? 姫子さんなら、俺の知らない場所、捜索可能じゃないか』
『それもとっくにやってるわよ。私もヴェルトも、車掌さんまで、列車内の施設はもちろん、個人の部屋まで隅から隅まで探したけど、は見つからなかった。は星穹列車に存在しない、それだけは断言出来るわ。……というかこの話、私がアスターの呼びかけで此処に来てから二、三回、繰り返してるんだけど』
『まさか、俺に愛想尽かして別の男の部屋に居るとかじゃないだろうな。クソ、ああもう、何でこんな事になったんだ!』
『……(そうなった原因、新入りの子の誘いを断り切れなかった、お人好し過ぎる丹恒に原因あるんだけど。今はそれ言わない方がいいか)』
カチャカチャ。最悪な事を考えて青ざめて今までにない手早さでメッセージを打つ丹恒と、その丹恒に呆れる姫子と。
ステーションの廊下に座り込んで呆然自失としている丹恒相手に、根気よく話しかけている姫子であった。
と。
アスターで捜索隊が発足して三十分経った頃、応物課の温明徳が丹恒の前に走ってきた。
『丹恒、、防衛課の奴らが発見したって! さっさと立て!』
『!』
丹恒は温明徳の声でようやく立ち上がる事ができ、姫子に支えてもらいながら、温明徳と一緒にそこへ駆け込んだ。
防衛課がを見付けた場所、そこは――。
『アーラン! 、どこだ?』
『落ち着け。結論から言えば、は無事だ。を発見したのは、アスター所長の飼い犬、ペペだ』
『ペペが?』
『わん!』
丹恒が見れば、アーランの足元にはアスターの飼い犬でアーランが世話している犬、ペペの姿があった。
『ペペ、お手柄だ。後でアスター所長から褒美がもらえるぞ』
『わん、わん!』
そう言ってアーランがペペを撫でれば、ペペは誰が見ても嬉しそうだった。
そして。
『ペペについていけ。そこに居る』
『……』
ペペは丹恒の足にまとわりつくと、彼をそこへ案内するよう、駆け出した。
丹恒はふらついた足でアーランに言われた通りにペペを信じて、ついていく。
ペペが丹恒を案内した先、そこは――。
『食堂?』
ペペが丹恒を案内した先は、ステーションのスタッフが利用する食堂だった。
『……そういえば、食堂、見てなかったな』
今は昼時間ではないし、を探している時も、食堂に人の出入りはなかったはずでは――。
丹恒は、食堂だけは捜索していなかったと、今になって思い出した。
ところが。
『わん!』
『!』
丹恒は最初は柱の影になって分からなかったが、ペペの案内で、食堂のいつも利用している隅の席で横になって気持ち良さそうに寝ているを発見した。
丹恒はを見て安心したのと同時に、寝ている彼女を抱えて揺さぶる。
『! おい、、起きろ! 何でこんな所で寝てる!』
『んー、も、朝? おはよう、そして、おやすみぃ……』
『!』
『……丹恒? どしたの、いつもと雰囲気違う――ひゃあっ!?』
目を開けたは丹恒のいつもと違う雰囲気に息を飲み自分は彼に何かやらかしたのかと、今までの事をすっかり忘れて彼の頬に手をあてがうも、丹恒は気にせず彼女を強く抱き締めたのだった。
その間、食堂の入り口では、アーラン達の知らせを聞いて、姫子とアスターだけではなく、ほかの課の人間達も集まって二人を見守るに徹する。
丹恒に急に抱き締められたは、慌てる。
『い、いきなり何、どしたの、急に』
『、もしかしてお前、俺と喧嘩して飛び出して行ったの、忘れたのか?』
丹恒はを解放すると彼女と向き合い、それを忘れている風のに呆れる。
は丹恒の話で、自分の状況をようやく思い出した。
『え、あ、そういえばそうだった。私、あれから、此処でシェフロボットに作ってもらった大盛チャーハン食べててそれで眠たくなって寝てたんだわ』
『は? 此処でシェフロボットにチャーハン作ってもらって食べて、それで寝てた?』
『ええと、そこの席見てもらえば分かると思うけど、優柔不断な丹恒に怒って飛び出したはいいけど、自分の部屋や姫子の星穹列車に戻るのもなあと思ってた時、怒りでエネルギー使ったせいかお腹空いて、食堂に駆け込んだの。で、シェフロボットがいつもの大盛チャーハン作れるっていうからそれ注文して、一皿だけじゃ満たされなくて、何杯かおかわりして、そしたら急に眠気来て椅子並べて寝てた』
『……』
丹恒がの指さした席を見れば確かに、彼女がシェフロボットの作る大盛チャーハンをたいらげたと思われる皿が何枚か重ねて置いてあった。
丹恒はこめかみに指をあて、の仕業に引き気味に言った。
『あのなあ、喧嘩の最中に大盛チャーハン食べて寝る奴が居るか! ヤバくないかそれ』
『な、何よ、そっちこそ、私をすぐ追いかけてきてくれなかったじゃない。丹恒が私をすぐ追いかけてくれれば、ここまでヤケ食いしなかったわ!』
『おい、お前ら、いい加減に……』
『アーラン、待って。ここは二人に任せた方がいいと思う』
『アスターの言う通り、ここは、二人に任せた方がよくてよ?』
『……』
再び丹恒との言い合いが始まり、二人を見守っていた人間の中で、アーランが一歩出て二人の間に立とうとしたところ、アスター、そして、姫子に止められ、不本意ではあるが、彼はそこから引き下がった。
事の真相を知った丹恒は落ち着いた様子で、に言い返した。
『俺はあれからお前の事、だいぶん、探したんだぞ』
『え、そうだったの?』
『ああ。あれから温明徳課長に言われてを追いかけたが、途中で見失った。ステーション内部はもちろん、ヘルタの模擬宇宙、星穹列車の隅から隅まで。その間ににメッセージ何個か送ったが全然返信寄こさなかっただろ』
『メッセージって……、うわ、何これ、一時間の間に百件近いメッセージ入ってるけど、全部丹恒からじゃん。ヤバ』
今度はが丹恒の仕業に引く番だった。
でも。
でもメッセージの内容を見れば確かに自分を必死に探してくれているものだと分かり、これにはも丹恒に何も文句はなかった。
『本当に、あれからちゃんと私を探してくれてたんだ。それは、素直に嬉しい』
『……』
の素直な返事を聞いた丹恒は決心した面持ちで、彼女に言った。
『その、今回の件は、俺が全面的に悪かった。すまない。次からは、仕事上の誘いでも、にちゃんと報告してから行く』
『うん。それが分かってくれただけでも十分だわ。私も、このステーションで丹恒の立場考えずに色々言い過ぎたの悪かったと思ってたの、ごめんなさい』
も丹恒にちゃんと謝り、お互い、それに応じたと、手を取り合う。
おお、これで一件落着か――。周りで見守っていた人間達もほっとしたところ、だった。
『というかお前、俺との喧嘩の最中に怒りのエネルギーで腹減るのはいいけど、それで、大盛チャーハン食べるか普通? しかもそこで寝るってどういう神経してるんだ』
『な、何よ、怒りでエネルギー使ってお腹減れば食欲満たすために食事するのが普通の人間の証だし、それで眠たくなるのも普通の人間でしょ!』
再び、と丹恒の言い合いが始まった。
『……』
しかしそれはさっきの喧嘩の言い合いとは違うなというのは、そばで聞いていたアーラン達でも分かった。
丹恒はの頭を撫でながら、言った。
『、お前、やっぱり面白いな。さすが、俺が選んだ女だけある』
『ふん。そっちこそステーション全体とヘルタの模擬宇宙だけじゃなく、星穹列車の隅から隅まで私を探してくれるなんて、さすが、私が選んだ男だわ』
『うむ。ここまで手のかかるお姫様のは、ほかの男じゃ扱えんだろ、列車でもステーションでも、専属護衛の俺がついてないと駄目だな』
『そうね。丹恒は列車でもステーションでも私専属の護衛なんだから、私から目を離さないで。今回は仕方ないけど、次はないわよ。その間に私以外のほかの女にいけば私の気がすむまで拷問してからの首切りだからね、分かってる?』
『分かってるって。この宇宙で俺の首を取れるのは、だけだ。なら俺に、何してもいい』
『うん。私も丹恒なら、何されてもいいわ。好きにして』
『……』
は笑顔で丹恒に飛びつくと背伸びして彼の首に腕を巻き付け、丹恒はそのに参ったように彼女の腰に腕を回し、大衆に見られているとわかっていても、お互い、今まで離れていた時間を埋めるよう抱き合い、その場から離れなかった。
それは、ちょうど、柱の陰に隠れて見えないが、二人の冷めない熱は、集まるスタッフ達にも伝わるほどだったという。
その影響か、スタッフ達はそこから目を逸らしたり、さっさと仕事に戻ったり、羨ましそうに見詰めたり、『さすがお姉さま、一生お姉さまについていきます!』という温世怜の興奮した声が聞こえたり、『これだから若いモンは』という師匠クラスの老人達の愚痴が聞こえる中――。
『はい、解散、解散! 丹恒とは見ての通りもう心配ないから、皆、それぞれ、各自の仕事に戻ってね!』
『……、、防衛課やほかの課の連中からはアスターお嬢様と同じ清楚系美人で人気あってその彼女と付き合ってる丹恒さんが羨ましがられてたが、次にほかの女の所に行けば自分の気がすむまで拷問してから首切りって、その見た目と違って怖い事言うな、丹恒さん、大丈夫か……。いや、あの丹恒さんだからこそ、そのと付き合えるのか……。どっちにしろ今は、ペペに癒されたい気分だ。ペペ、俺と一緒に来るか?』
『わん!』
ぱんぱん。アスターは所長らしく手を叩いて音頭を取り、集まっていたスタッフ達を解散させ、アーランはここでようやくの裏の顔を知ってぐったりと疲れた様子で、ペペに癒される時間は必要だと思った。ペペはアーランに抱かれて、とても、嬉しそうだった。
『まったく。と丹恒、どっちもどっちなんだよな。似たもの同士がくっついただけというか。新入り達よ、これで分かったと思うが、と丹恒に関わる時は慎重になれよ、色々面倒臭いし、色々羨ましくなるから!』
『了解~』
応物課の課長である温明徳は丹恒はもとよりの裏の顔にも気が付いていて、そこに意外性はなくただ似たもの同士がくっついただけと理解していて、そこでエイブラハム含めた新入り達に向かってそう言い放ち、エイブラハム達の新入りもと丹恒には滅多な事では近付かない方がいいと今回の一件で思い知ったという――。
そして。
『お。が見付かったって送信してすぐ、ヘルタからと丹恒がどうなったのか連絡来たわね。ヘルタもなんだかんだ、が気になって仕方ないんだから~』
ふふふ。姫子はヘルタから最初の頃は『故郷での影響か嫉妬深くて面倒なは、もうほっといていいんじゃない? 丹恒も相手によくやったと思うわ、もうそろそろそのと離れて別の新しい女にいっていいと思うけどね』と、嫉妬で飛び出して行って行方不明のは冷たく突き放し丹恒には同情している風だったが、が見付かったという知らせを聞いて『、丹恒とどうなったの?』とを気にする短いメッセージが届いているのを知って、ヘルタもなんだかんだでを気にかけているのが分かって、微笑む。
それ以来、姫子、アスター、ヘルタの三人の間でもと丹恒は面倒臭い女と面倒な男がくっついただけという認識がなされ、再びで丹恒が使えなくなると困るので、何かで二人の仲がこじれたら、自分達で二人の仲を取り持った方が穏便にすませられるというのを学習したのだった。
因みに、が丹恒に開拓者が原因でデートの約束をすっぽかされて再び喧嘩になって、それがもとで開拓者に彼女の存在がバレた時、この経験が活かされたという――。