番外編:04 雨、燦燦(01)

 その日、仙舟の羅浮では久し振りに雨が降っていた。


 開拓者、三月なのか、丹恒の三人は、出された依頼を片付けるため、仙舟の羅浮までやって来ていた。

 仙舟同盟の艦は特殊な天幕に覆われていて、そこでは空の色、天候の全て、天舶司の役人達が担い、司辰宮の管制室で管理が行われている――らしい。

 仙舟は羅浮、天舶司の長官は、開拓者もよく知る、御空である。

 彼女――開拓者は、傘も差さずに雨に打たれながら隣を歩く丹恒に向けて話した。

「最近、依頼で仙舟の羅浮に行けば雨、多いね。これ、丹恒の影響かな?」

「何で、俺の影響なんだ」

「丹恒の持明族は、雨と風を操る龍の末裔なだけあって、雨が好きななんだよね。羅浮で天舶司の長官として天候を操れる御空、丹恒に気遣って雨にしてるとか」

「さあな。俺というよりは同じ持明族で現龍尊の白露も雨が好きらしいから、彼女の希望を聞いてるだけじゃないのか?」

「そうかなー。どっちにしろ私も自然界の雨好きだから、雨の日は嬉しい。宇宙空間じゃ、自然界の雨や風を肌で感じられないからね。あ、仙舟の雨が自然界の雨と違うのは分かってるよ」

「そうか。羅浮で雨を降らせてる御空もお前からそれを聞けば、嬉しいんじゃないか」

「後で、御空か白露に会いに行ってみる?」

「時間があればな。そういえば、三月はどこ行った」

「さっきから、なの、見当たらないね。あ、あそこ、屋台のテラス席で座って何か食べてる」

 丹恒は、いつの間にかいなくなった『なのか』が気になり、辺りを見回し、探している。開拓者も丹恒にあわせて、なのかを探す――と、彼女が屋台の前に設置されているテラス席に座り、何かを食べている所を発見した。

「なの!」

「あ、開拓者、丹恒。どうしたの?」

 『なのか』は今まで丹恒と開拓者が自分を探しているのにも気がつかないで、屋台の敷地内にあるテラス席に座り、屋台の獏巻ロールケーキを頬張っている。

 丹恒は頭を抑えながら、『なのか』に向けて言った。

「俺と開拓者は、突然居なくなった三月を探してたんだが……」

「あ、二人揃ってウチ、探してくれてたんだ。いや、ウチ、雨苦手だから、屋台の軒下が丁度良いと思って休憩してたんだよねー」

 あははー。屋台の軒下を借りるには屋台で何かを買う必要があり、それで、甘いケーキの獏巻ロールを注文したと、『なのか』は開拓者と丹恒に向けてバツの悪そうに話した。

 開拓者は、『なのか』に聞いた。

「『なの』は雨、苦手なんだ?」

「それね。雨の影響で、髪がボサボサになっちゃうから。ウチ、ただでさえ、くせっ毛だからさあ。アンタと丹恒はそのへんの心配なさそうで羨ましいわ」

 『なのか』は自分の髪をいじりながら、自然な場所でも乱れない開拓者と丹恒の綺麗な髪を羨ましそうに見詰める。

 丹恒は開拓者と一緒に『なのか』と一緒の席に座り、そこで思い出した事があった。

「そういえばも三月と同じで、髪がボサボサになるから雨は苦手と言ってたな」

「あれ、、ステーションに居るから雨の心配ない――ああ、の故郷での話?」

 答えられないならそれでもいいと、開拓者は遠慮がちに聞いたつもりが、丹恒は珍しくそれに応じた。

の故郷は、雨がよく降る土地だった。は自分の故郷は曇りがちであまり明るくない場所だと愚痴っていたが、その影響か、雨が上がった後は川が綺麗でその付近に群生する植物も多種多様、そこに集まる鳥や動物も種類が豊富で活動的になり、生物学者の俺から見ればそこは楽園のようだった」

「へえ。あ、そうだ、ウチ、以前、別の星で雨の日に映える紫陽花撮って、それ、に送った事あったの思い出したよ」

「私もそれ、思い出した。雨上がりに綺麗に咲く紫陽花、それだけじゃなくて、色んな種類の花撮って、に送ったよねー。後でにめっちゃ喜んでもらったのは、良かった」

 開拓者と『なのか』は以前、別の星の庭園で雨上がりの紫陽花の写真を撮るためジッと待っている丹恒と一緒になって、紫陽花の写真を撮ったのを思い出した。

 丹恒はその間、店員にお茶と串団子を注文し、話を続ける。開拓者も丹恒と同じ串団子を注文した。

 その間、丹恒の話は続いている。

「紫陽花は、の国の花だ。の国では家の前や広場にいろんな色の紫陽花があちこち咲いていて、城の裏には紫陽花通りと呼ばれる紫陽花の通り道があった」

「うわー。あちこちに紫陽花いっぱいなんて、私もそれ、見てみたかったなあ。丹恒、の故郷、写真に残してないの?」

「お城の裏手にある紫陽花通りなんて洒落てるじゃん、ウチもそれ写真で残っていれば、見たいなー。おまけに、がそこに立てば写真集できるんじゃない?」

 開拓者はその話を聞いて目を輝かせ、『なのか』はからかい調子に丹恒の腕をつついた。

 丹恒はしかし、冷静に開拓者と『なのか』に向けて言った。

「あいつら――レギオンのせいで、の故郷で自然なものは全て灰と化した。更にがヘルタのステーションに保護された時点で、ヘルタ・ステーション、及び、ステーションを統括するスターピースカンパニーの規約で、の故郷の記録は手元に残らないようになってる。の故郷のあの美しかった楽園も、城の裏手にあった紫陽花通りも全部、過去のものだ」

「あ……」

「そんな……」

 丹恒からその話を聞いた開拓者と『なのか』は、口元を抑え、絶句するだけ。

「その中で俺だけ、雨が降るたびにの故郷を思い出せるのは良かったのか、悪かったのか……」

「丹恒……」

 丹恒はそれを懐かしむよう、雨の降る空を見詰める。

「え、ええと、あ、そうだ、なの、そこの袋に入ってるの何? 誰かのお土産?」

 開拓者は暗い雰囲気からそれの話題を変えるため、『なのか』のそばに置かれてあった袋に注目する。

「そ、そうだね、これ、のお土産! ウチが食べてるのと同じ、獏巻ロールケーキ!」

「え」

「何だって?」

 『なのか』は戸惑う開拓者と丹恒に構わず、胸を張って得意げに言った。

、最近、丹恒のため、仙舟の勉強始めたじゃんか」

「それ、私も知ってるけど」

 開拓者と『なのか』は、は応物課に届く荷物の中で丹恒の仙舟に関する本を見つけ、それを買い取り、丹恒のために仙舟についての勉強を始めたと聞いている。

「その時の、自分が持ってる仙舟のガイド本にのってたグルメコーナーでこの獏巻ロールケーキが紹介されてて、美味しそう、一度、食べてみたいって言ってたからさー。今回、丁度、獏巻ロールケーキの屋台見付けてのぶんも買っちゃった」

「なの、いい子!」

「えへへ」

 ひしっと。開拓者は『なのか』のに対する優しい気持ちが嬉しく、彼女に抱き着いた。『なのか』も開拓者に抱き着かれ、照れ臭そうに笑う。

 しかし。

 丹恒も『なのか』のその気持ちは嬉しいと思うが、事情があり、それは受け取れないと断りを入れる。

「三月、悪いが、それ、に持っていかないでくれるか」

「え、何で? 、甘いもの嫌いだっけ? 丹恒、いつも、のお土産にって、お菓子類買ってたよね?」

「お前ら、ヘルタ・ステーションの規約に目を通していないのか? ヘルタのステーションでは、自力で手に入れたものはいいが、それ以外は検閲があって、その土地でしか手に入らないような珍しい食材は問答無用で没収されるんだよ」

「えー、そうだった? 開拓者、それ、知ってた?」

「いや、私も知らないよ。そうなの?」

 はあ。『なのか』だけではなく、開拓者にもその説明を求められた丹恒は、溜息を一つ吐いて、のために彼女達に説明する。

「閉鎖的なステーションでは、たった一つの品で争いが生じる事がある。食品類がそれの筆頭だ。自分で手に入れたものは文句は言えないが、特権を持って手に入れたものは羨ましがられて紛失や盗難が発生し、お互い疑心暗鬼となり、それが争いのもとになるんだ。ヘルタのステーションでも、とある上級階級のスタッフが『取引先の国からの頂き物』と言ってそこでしか買えない高級な食材を自慢で持ち込んだ結果、それ以下のスタッフの間で争奪戦が起き、全体が混乱状態に陥ったらしい」

「うわ、そこまで?」

「仙舟でしか手に入らない獏巻ロールケーキの持ち込みはステーションの検閲で危険と判断され、没収されるだろう。閉鎖的なステーションでは食べ物一つで、嫉妬されて恨みを買う。俺は、をそういう醜い争いごとに巻き込みたくない。ついでに言えば俺があてに買ってる菓子類は、ステーションの自販機でも取り扱ってるものだ」

「ああ、それで、丹恒がいつも買ってるへのお土産、無難なスナック菓子ばっかりだったんだ?」

「どこでも手に入るようなスナック菓子なら、醜い争いは起きないし、検閲の没収も免れるからな」

「ふむ、そういうわけね」

 開拓者は、旅の終わり、丹恒がの土産としていつも紙袋を抱えているのを見ていて、その中身も普通のスナック菓子だったと記憶している。

「うう、ウチも、ウチのせいでをそういう醜い争いに巻き込みたくないわ。これ、姫子とヨウおじちゃんのお土産にするよ」

 くっ。開拓者も『なのか』も丹恒の説明に説得力があり納得し、に獏巻ロールケーキを持っていくのは諦め、姫子とヴェルトの土産に変更したのだった。

 しかし。

「しかし、三月のその気持ちは俺も感動したよ。も三月のそれを聞けば喜ぶだろう」

「うん。もいつか、この仙舟で獏巻ロールケーキ食べられるといいね」

 『なのか』は丹恒に言われ気を持ち直し、嬉しそうだった。

「どうぞ」

「ありがとう」

 ここで店員から、開拓者と丹恒が注文したお茶と団子が運ばれてきた。

 開拓者は団子を食べながら、丹恒に言った。

「ねえ、雨の日になればの故郷を思い出せるなら、話せる範囲でいいからの故郷の話、聞かせてよ。雨降ってる今が、丁度良いんじゃないかな?」

「いや、それは……」

 開拓者は雨が降る今なら――、『なのか』のおかげで落ち着いている今なら、丹恒からそれが聞けると思った。

 丹恒は最初、開拓者相手でもの故郷について話すのは渋っていたが――。

「前にから、自分の国は美食国家で旅人を食事でもてなす習慣があって、そのおもてなし受けた丹恒にも評判だったって聞いてたんだけど本当?」

「えー、何それ。丹恒だけ、そんないいおもてなし受けてたの? そっちの方がずるくない? それならウチも、の任務に参加したかった!」

「その時、開拓者はもちろん存在せず、三月もヴェルトさんに発見されてなかった頃だ、の任務は参加不可能だろう。というか、開拓者にそこまで話してたのか。まあ、本人からそこまで聞いてるなら仕方ない、その話は本当で、の国で出される食事はどれもウマかったな……」

 丹恒は、の故郷の話をする気はなかったが、開拓者からにそこまで聞いていると分かってそれなら仕方ないと、の故郷について少しずつ、話し始めた。

「中でも、の行きつけの居酒屋で食べられる肉料理はどれも絶品で、そこではステーキを注文し、俺は肉野菜炒めとシチューを注文するのが定番だった」


 それは、丹恒にとっては過去のようで現在のような、不思議な感覚を持ったのだった。



 過去。

 の国――ディアンでは、その日、朝から強い雨が降っていた。

 嵐までとはいかないが、土砂降り、という表現があうくらいの大雨だ。

 空は分厚い雲に覆われ、昼間でも部屋の中は明かりがないと暗かった。

 丹恒はディアンに来てから城ではなく外、街中にある小さな家を借りて、そこに滞在している。現地ではなるべく宇宙科学の技術を使わず、その世界の基準にあわせて生活するよう心掛けていて、ロウソクやランタンを用いて明かりを灯した。

 中でも、火でつくランタンの明かりは幻想的だ。

 たまには、この原始的な生活も悪くない、と、思った。

 それから雨の日は窮屈だとは思わない。好きな本に没頭できる。手持ちの端末で呼び出せるアーカイブ整理も悪くない。もともと、外出するより屋内で過ごす方が好きだった。

 ……。

 強い雨の日は外部の客は入れず、城は閉鎖され、それにあわせて、護衛の仕事は休みと、に伝えられた。国王を含めた城の人間も雨の日は外出せず、城の中にこもるという。それは原始的な生活で、退屈ではないかと思うが、それがこの世界の住人の文化であり習慣であると理解できればそこまで非難する話ではない、と、事前学習で学んでいる。

 ……。

 雨の日の休み、彼女は――はどうしているだろう。彼女も本が好きだと話していたので、本を読んでいるのだろうか。それとも、同じく休みを取っている国王の相手か、退屈だと愚痴を言いながら、大人しく部屋で休んでいるか。いや、彼女は大人しく部屋で休むような女じゃない、雨の日でも国王とどこか出かけているのではないか。そうなら、彼女だけではなく国王にも護衛役の自分が必要ではないのか。雨の日は休みで護衛は必要無いと言われたが、国王はほかの兵士を護衛にしてと外に出ているかもしれない。自分はよそ者でまだ信頼されていないのか。

 ……。

 ……。

とメッセージやりあえたら……』

 手元の端末でメッセージを確認するが、当然、のアイコンは存在しない。

 ……。

 雨の休日、部屋で読書やアーカイブ整理を楽しむはずが、どういうわけか、を気にしている。

 あの日――夜にと城の中庭で話をするようになってから、を追いかけてばかりだ。

『クソ、自分で確認するしかないか』

 丹恒はモヤモヤした気分を払うためにコートを手に取り、外に飛び出した。


 城に行けば、城の門は閉じられていた。身近な兵士を捕まえてどうにか入れないかと聞けば、『第二王妃様の護衛でも、許可が無ければ、よそ者は無理』とあっさりと追い出される始末だった。

『……』

 どうにかして城に入れないものかと、門の軒下で辛抱強く待っていたら声をかけられた。

『あらま、本当にそこでジッと待ってたのか』

『兵士長?』

 城の門前、大雨の中、ジッと待っていた丹恒を心配したのか、ディアン国の城の軍をまとめる兵士長が現れた。

 兵士長は四十半ばの男で、筋肉を自慢するだけの体は持っている。国王のウォルターと同年代で親しい友人の一人、と、紹介があった。因みに妻子持ちである。

 兵士長は丹恒の登場に特に驚く風でもなく、言った。

『いや、姫様の護衛が雨の中、ジッと待ってるってそこの門番から聞いてな。お前、雨の中でも待てるタイプだったのか』

『雨の中でも待ってるのは苦じゃない』

『なるほど。で、この雨の中、お前が此処まで来たのは、姫様から何か用事でも言われてたのか?』

『特に何も……』

 兵士長はを姫様、と、呼んでいる。

 丹恒は兵士長には第二王妃様じゃないのかと聞けば、彼女は第二王妃なんて似合わないから、と、笑って答えるだけだった。

 それから兵士長から、ほかの兵士やメイド達でも同世代やそれより下はは、きちんと『第二王妃様』と呼んでいるが、それより上の人間は『姫様』呼びが多いと教えられた。

姫様、まだ、あどけない女の子だからなあ。うちの娘とそう年齢も変わらんってのもある。多分、年齢の高い人間は俺と同じ気分で姫様呼びが多い』

『そういえば、あなたは兵士長というわりに年齢が若いが、それがこの国の基準か?』

『いや。兵士長になるには色々経験を経て実績を積んだ人間が任されるので、ほかの国でも大体、俺より上――、六十から七十前後だ。ディアンもつい最近まで、その年齢の兵士長だった』

『その前の兵士長は、今は引退しているのか?』

『――前の兵士長は宇宙からの侵略者、レギオンにやられて殉職した』

『あ……』

『あの時は、レギオンに関する情報がなかったからな。兵士長が率先して兵を率いてレギオンに向かっていったんだが、呆気なくやられちまった。彼だけではなく、ほかの隊長クラスもごっそりレギオンにやられちまってなあ。で、残り物の俺に兵士長という役目が回ってきたわけ。俺もまさかこの年で兵士長になるとは夢にも思わなかった』

『……すまない』

『何で、お前が謝る。お前はそのレギオンを倒すためにあいつらと同じ宇宙から派遣されてきたんだろ、こんな頼もしい話はない。実際、お前でレギオンに関する情報があがって、それなりに対抗できてるからな。お前のおかげでこのディアンも保ってるというのは、俺でも分かるさ』

『……』

 ははは。兵士長は笑うも、丹恒は笑えずになんと言っていいか分からず黙っているだけだった。

 兵士長は腕を組み、話した。

『丹恒、兵士達が集まる鍛錬場に国王と共に現れ、顔あわせの初日にその槍一本で遠慮なく、俺を吹き飛ばしたじゃないか。俺だけじゃなく、各国から集めた腕自慢の傭兵達も全員呆気なく倒していっただろ。お前のあれ見て、俺だけじゃなく、ほかの兵士達の士気が上がったんだ、まだ、自分達も未知なる侵略者――レギオン相手にやれるってな。
 それから、お前からレギオンに関する情報が得られて、城の兵士達だけじゃなく、外から集められた傭兵達も自分達の手で、レギオンを一つ残らず消滅させてやると意気込んでいる。これには、国王も丹恒が来てくれて良かったと話していたよ』

『……ありがとう。現地の人間にそう言ってもらえるとは思わなかった、それだけで、この国に来たかいがあったというものだ』

 丹恒は、この時の兵士長の言葉は素直に嬉しく、胸がいっぱいになった。

『うむ。それから丹恒、お前も仕事とはいえ一人でこんな見知らぬ土地に来て心細かったんじゃないのか。姫様相手もいいが、たまには男の付き合いも必要だと思うぞ。今夜、暇なら、俺と飲みに行かないか?』

『……考えておくよ』

 丹恒はその後、約束通り、夜、兵士長と飲みに出かけたのだった。

 ディアンでは国王だけではなく、兵士長も信頼できる人間であると判断し、何かあればこの二人についていけば問題無いと思った。


 そして、現在、城の門前にて、丹恒はその兵士長と向き合う。

『姫様、うちの兵士達だけじゃなく、外から来た傭兵達にも休める時はきっちり休めって言ってくれるからな。丹恒、姫様の護衛になって随分経つが、まだ彼女を信頼できないのか?』

『そういうわけじゃないが……』

 ――むしろ、彼女を信頼しているからこそ此処まで来た次第だ。というのは、兵士長を前にして言えるわけがなかった。

 兵士長は言う。

『ロイ以外にここまで長い間、姫様に付き合える人間が居るとは思わなかったと、ウォルター……じゃない、国王も感心していたが』

『そうなら、そろそろ星核の在処について教えてもらえないだろうか。それが分かれば俺で対応できるし、レギオンの連中も撤退すると思うが。兵士長は、国王から星核の在処を聞いていないのか?』

『さあね。兵士長の俺でも、国王だけが知る星核の在処は分からん』

『そうか……』

 丹恒は兵士長が嘘を吐いている風には見えなかったので、それ以上の追及は止めた。

 ふう。溜息が聞こえた。

『まあ、俺も国王が宇宙から来た丹恒の力を使わず、自分達の力でレギオンを撃退したいという思いは分からんでもないが。――それが姫様のロイを使える名目にもなるしな』

『……、現在、レギオンに関してはそのロイが担当していると聞いているが、彼一人で大丈夫なのか』

『お前、姫様からロイの事を聞いてないのか』

からロイについては同じクロム国出身で、彼が孤児院を抜け出した所を助けただけ、そして彼はクロム国一番の兵士だ、としか』

『なるほど。お前でもまだ、そこまでか』

『どういうわけだ』

 丹恒は、兵士長の含んだ物言いが気になった。

 兵士長は面白そうに丹恒を見つめ、続ける。

『丹恒、国王が姫様にロイの代わりにお前つけた理由、聞いてるか?』

『国王が言うにはで、俺の実力と誠実さが分かるという話だったが。それと今のロイとどういう関係が?』

『国王の言う通りだが、それ以外にも理由はある。姫様とロイについて何も知らない人間の方が、何かと都合がいいからな』

『どういう意味だそれは。とロイ、姫と護衛の関係以外、何かあるのか』

『さてね。俺はこれ以上に口出せんが、ロイだけではなく、姫様も見た目通りの大人しい女として扱えば痛い目見る、とだけ忠告しておこう』

『……、別にを見た目通りの大人しい女として扱ってない。あそこまで酒飲みで雑な女、見た目通りに扱う方が難しいと思うが』

『!』

 丹恒のそれを聞いた兵士長は目を見開き、ヒュウ、と、口笛を吹いた。

『何だ。お前、もう姫様の裏の顔知ってるのか。それでまだ護衛辞めないのか』

『何でだ。それだけで、の護衛辞める理由が見当たらないが』

 兵士長は笑いを堪えた様子で、言った。

『姫様の裏の顔を知っているうえで、護衛として雨の中、城まで来たと? マジか』

『……何がおかしい。護衛が雇い主を心配するのは普通じゃないのか』

『はは、まさかお前と姫様がそこまで関係が進んでるとは思わないだろ、普通。姫様の裏の顔を知った男達は貴族でも、さっさとそこから逃げ出すのが常だったからな。その姫様のもとに残ったのが既婚者であるが後継ぎが必要だった国王と、同じ国のロイだけだった』

『……』

『これは国王も予想外じゃないか。これほど面白い話、ないぞ。よし、決めた』

『何を決めたんだ』

『お前が姫様とそこまでの関係なら、いいとこ連れてってやるよ』

『どこに連れていく気だ。言っておくが、俺を騙そうとは思わない事だ』

『はは。兵士長でも、初日に俺を吹き飛ばしたお前を騙せるとは思わんさ。姫様の所だ。ついてくる気あるなら、ついて来い』

『……』

 丹恒は兵士長を信じるよう、彼のあとをついていく事に決めた。


 それから兵士長は城から外に出て、街中へ向かって歩いた。

『おい、に会いにいくというのに、城より外に向かっているが。、この雨の中、外に出てるのか?』

『お前、雨で休みの日でも、姫様が大人しく城に居る女と思うか?』

『思わない』

『即答か。本当、姫様の裏、よく分かってるな。ところで、お前、酒の臭いがきつい場所は平気か?』

『一応、平気だ。……もしかして、が居る場所というのは、の支持者の集会になってる居酒屋か?』

『お、もう、姫様にそこ連れていってもらったのか。やるねえ。姫様、よほど信頼しないとあの店まで連れて行かないぞ』

『……』

 兵市長が丹恒を案内した先は、その通り、の行きつけの居酒屋だった。


『店長!』

『あ、兵士長様……、と、おや、あなたは、王妃様の新しい護衛の丹恒さんではないですか』


 居酒屋に行けば、雨の影響か、中は大勢の客で賑わっていた。

 兵士長が外から声をかければいつかの大男――店長がひょっこり顔を出し、しかし、丹恒には申し訳なさそうに応じる。

『丹恒さん、うちの店が気に入ってくれたんですか? しかし、本日は雨の休みの日の影響か、あいにくと満員でして……』

『いや、今日は、丹恒と一緒に休みの姫様に会いに来たんだ。姫様なら奥の個室使ってるだろ、俺と丹恒、そこ案内してくれよ』

 申し訳なさそうに頭を下げる店長に対応するのは、兵士長である。

 兵士長に言われるも店長は、参った様子だった。

『いやでも、兵士長様でも王妃様の許可取ってます? 私、後で王妃様にうるさく言われるの怖いんですけどぉ』

『大丈夫、大丈夫。俺の案内なら、姫様も応じてくれるだろう。姫様の所へ案内してくれるか』

『では、こちらへ……』

『……』

 丹恒が兵士長と一緒に案内された先は、賑わう店内から外れた、奥にある個室だった。