その日、クロムという名の星の地上では、雲一つない青空が広がっていた。
彼女は、悲願だった再建したディアン城のバルコニーに立ち、広場に数万人集まった現地の国民を前にして、言い放った。
「――エレナ・ディアン王妃に続き、ウォルター・ディアン国王陛下が崩御されました。お二人の功績を後世に残すため、ウォルター・ディアン国王陛下の遺言状に従い、この私――第二王妃である・ディアンが跡を継ぎます」
それから数年後。
その日のヘルタ・ステーションは、スタッフ総動員でとある業務――式典の準備に追われていた。
壁にはペイントや紙でできた輪っかや花で飾り付けがなされ、会場のテーブルには招待客用のご馳走や酒類が並ぶ。
普段のステーションらしからぬ光景ではあるが、ある人物のために、ヘルタだけではなく、アスターが金に物を言わせて各地から集めた結果だという。
中でも温明徳率いる万有応物課は、その中心にあり、この数日の間、徹底してその日を完璧な状態で迎えるために奔走していたのである。
ヘルタ・ステーション、応物課に配属されたばかりの新入りは、その中、台車を引っ張ってその人物を探していた。
「主任! エイブラハム主任!」
「はい、何かな」
彼――会場で招待客に配る用の酒の準備をしていたエイブラハムは、新人に応じるために振り返った。
新入りはエイブラハムを見つけると、あるデータを彼に示してきた。
「あの、これ、今日の式典で招待客に配る用の品なんですけど。人数と商品、これであってますか」
「どれ、どれ。うん、これで、間違いないね。というか君、数日前から用意していて、今更、それ、聞くのかい? それから今日だけじゃなくて、何回も聞きにきてるけど、そんなにそれ配って何か失敗するの心配?」
エイブラハムはこの数日の間、新入りの彼が自分の前にその招待客リストと配る用の品のデータに間違いがないか、何度も聞きにきている事にうんざりしていた。
新入りはしかし、式典に招待されている客のデータ表をエイブラハムに見せたうえで、興奮状態で言った。
「いやいや、応物課でもⅣ階級の主任はそうではないかもしれませんが、ステーションに入ったばかりのⅡ階級の僕からすれば、この招待客リスト見て震え上がってるんですよ。しょっちゅうステーションに来てるヘルタさんの天才クラブの仲間のスクリューガムさんはまだいいとして、同じく天才クラブで、でもヘルタさんと因縁あってかたまにしかステーションに来ないルアン・メェイ様が来るとは思わないじゃないですか!」
新人は勢いをつけて、エイブラハムを前に続ける。
「それだけじゃなくて。Dr・レイシオを中心にした博識学会のメンバー数名、スターピースカンパニーの十の石心として有名なジェイドさん、トパーズさん……、あと、アベンチュリンさんもカンパニーでは最初はオーク家相手に戦って一度はその席を外されるも、再び、高級幹部にまで返り咲いた有名人じゃないですか! それからあと、あそこ見てください!」
「あそこ? ああ、ネットエンジニアのレオナード主任が中心となって、ライブ用に設置した中継用のカメラか」
新入りが示した先、天井の各所にレオナードを中心にネットエンジニア達が設置したライブカメラがあった。
「更に、この式典が仙舟やヤリーロ・Ⅵ、ピノコニー、カンパニー内部にライブ中継入るって、何なんですか、これで失敗できないですよ、新入りの僕はここまでするとは思わなくて、震えあがってます!!」
「はは。数か月前に入った新入りにしては、荷が重たいイベントだよなぁ」
エイブラハムは、新入りが緊張して失敗できないと震え上がっているのはよく分かると思った。
――かつての自分もそうだったから。
新入りは力説した後、エイブラハムの前に置かれている酒瓶に注目する。
「というかエイブラハム主任、箱に入ってるそのお酒、仙舟の年代物の高級酒じゃないですか! うわ、うわ、僕、それ、初めて見ましたよ!」
「これ、仙舟の取引先から、今日の式典でぜひ、使って欲しいと申し出があってね。新入り君の稼ぎじゃまず、手に入らない一品だね」
「それ、今日の式典で招待客に配るぶんだけじゃなくて、スタッフのぶんも用意されてるの見てますけど。新入りでⅡ階級の僕でもその仙舟の高級酒、飲めるんですか」
「そうだねえ。君の頑張り次第では、Ⅱ階級でも飲めるはずだ」
「それ聞けば、やる気出ます!」
「頑張れー」
エイブラハムは仙舟の年代物の高級酒が飲めると聞いてやる気を見せる新入りを見て、笑う。
それから。
新入りは招待客用に配る品と、エイブラハムの手元にある仙舟の高級酒を見比べ話した。
「招待客に配る用のお土産で、仙舟の高級酒だけじゃなく、クロム酒も入ってますよね。僕、これ好きなんですよー。仙舟の高級なお酒と違ってクロム酒は僕でも買える手ごろな値段なんですけど、ステーションの自販機じゃ一か月に一回しか入荷されないのでスタッフの間で争奪戦になってるんですよね。エイブラハム主任の方で、何とかなりませんか」
「あー。その要望、君だけじゃなくて、何人かのスタッフの間でいくつかきてるね。クロム酒の入荷頻度を上げてくれって」
「そこまで要望きてるならクロム酒の入荷、何とかなりませんか、何とかなりませんか」
「それ、二回も言う事かな」
「自販機の酒、色々制限されてるⅡ階級では閉鎖的なステーションのささやかな楽しみの一つなんですよぉ。自販機じゃ甘ったるい酒しかない中で、すっきりしたクロム酒が一番口にあったんです。お願いします、お願いします、エイブラハム様!」
「私に拝んだところで、通用しないよ。自販機関係なら販売営業担当の温世斉に頼んだらどうかな」
「あー。ちょっとここだけの話、僕、あのアフロの人苦手なんで……」
「なるほど。それで私の所に来たのか」
はは。エイブラハムは仙舟の高級酒を会場のテーブルに置きながら、苦笑するだけ。
「しかし、君に朗報だ」
「え?」
「そのクロム酒の入荷、次の周期で入荷頻度が上がると思う」
「マジですか! どこ情報ですか、それ」
「君、この式典、何のためにあるか分かってる?」
「何のため……、ヘルタさん、それから、アスター所長代理から、新入りを数名補充するのと、以前にステーションに入ってたけどある理由で辞めたスタッフが再び、此処に舞い戻ってくるので、それの歓迎式典と聞いてますけど」
「そうそう。その舞い戻ってくるスタッフの一人がクロム酒を生み出したクロム出身でね、彼女が入ればステーションにもクロム酒が入荷しやすくなると思うよ」
「おおお! それは応物課総出で歓迎しなくては!」
わー。ぱちぱち。新入りはエイブラハムからその情報を聞いて、素直に喜んでいる。
「クロム酒の人気がここまでとは。これ聞けばクロムの彼女も喜ぶな」
エイブラハムはその新入りを見て微笑ましく思う。
ふと。
新入りは、ふと、我に返った様子で、真面目な顔つきでエイブラハムに聞いた。
「しかし、クロム星って最近になってカンパニーだけじゃなく、各地で話題になってますけど、ステーションでもスタッフ総出でここまで歓迎するような話なんですかね?」
「それは……」
エイブラハムは少し考え、反対に新入りに聞いた。
「君、最近、各地で話題になってるクロム星について、どこまで知ってる? あ、データ見ないで、君の答えられる範囲でよろしく」
「クロム星、ええと、かつてはカンパニーに未登録で宇宙科学も知らない文明レベルが低く名も無き星の未開拓だったけど、そこに星核があるのが発覚、それによってレギオンに目をつけられて壊滅するだけ、しかし、ある一人の女性の活躍でレギオンを撃退して宇宙まで進出、彼女の手引きでカンパニーと契約を果たし、この数年で特級クラスまで跳ね上がり、その価値は今や、同じように未開拓から特級クラスに跳ねたヤリーロ・Ⅵに匹敵するほどというのは、知ってます」
「そうだね。クロムは宇宙科学も知らない文明レベルの低い未開拓の星で、星核でレギオンに侵食されて壊滅を辿るだけだったがある一人の女性の活躍で宇宙にまで進出を果たし、その功績が認められてカンパニーに登録され、同じように星核に侵食されて壊滅を辿るだけだったヤリーロ・Ⅵと競うように発展していった星だ。ヤリーロ・Ⅵはまだ宇宙科学に関する知識は豊富で歴史があるぶん何とかなったが、クロムはその彼女が居なければ、そこまでなってなかっただろう。本当、彼女の存在はクロムだけではなく、この宇宙の歴史すら変えるほどだった」
「そういえばこの式典、そのクロム星から何人かステーション入りするスタッフを歓迎するものだって聞いてますけど。いやいや、それでも、特級クラスに跳ね上がった星とはいえ、カンパニーだけじゃなく、仙舟やピノコニーに中継入れてまで歓迎式典やります? 僕がこの万有応物課に入った時なんか、おごそかなものでしたよ。引継ぎだけすませて、あとは温明徳課長の手引きで星穹列車に乗って、近場の星の居酒屋に集まってかんぱーいって」
「はは。その歓迎方法はステーションの伝統というか、応物課の伝統だね」
エイブラハムは新入りは温明徳を中心にしたⅣ階級のスタッフの手引きで星穹列車に乗って近場の星に降りて居酒屋で歓迎会をする――、これも『彼女』の仕業だったなと、その時を、懐かしく思う。
それからエイブラハムは、新入りを見て言った。
「君、カンパニー出身だったよね。カンパニーの新入り歓迎会はそれと違って、ピノコニーの豪華ホテルで歓迎会やってたけど、今でもそれ、変わってないのかな」
「はい。僕は、カンパニーでそこそこ力つけて、ヘルタ・ステーション入りできたのは、ささやかな自慢です。エイブラハム主任の言うよう、カンパニーの新入り歓迎会は、ピノコニーの豪華ホテルで立食パーティー、そこは主任が新人だった頃とあまり変わってませんね」
むふん。新入りは、自分がカンパニー出身でステーション入りを果たした件については、胸を張って、自慢そうに答える。
エイブラハムは、その自慢げな新入りを前に話した。
「そのクロム星は宇宙科学に関する知識が無い文明レベルの低い星だったが、ある一人の女性のおかげで、その他の一般人も宇宙進出を果たしてね。今日、このステーション入りを果たすクロム星出身のスタッフはその女性の手引きで仙舟やピノコニーの難関大学を卒業した猛者ばかりだよ」
「はぁ? 数年前まで宇宙科学も知らなかったっていうクロム星から、仙舟やピノコニーの難関大学卒業した人間が居るんですか!?」
「ははは。君の反応、それ初めて聞いた人間達と変わらない反応で何よりだ」
エイブラハムは期待通りに素直に驚く新入りを見て、愉快そうに笑う。
「最近になって、ヤリーロ・Ⅵの出身者がそれらの大学入ったっていう話は聞いてましたけど! 宇宙科学も知らなかった文明レベルの低い未開拓の星から、カンパニーに認められて数年でそれって、早くないですか!? というかさっきから登場する、ある一人の女性って何者なんですか、何でその一人の女性の活躍だけでそこまで?!」
「実はクロムのその彼女、私の同僚でね。数年前まで、私と同じ応物課のⅡ階級でこのステーションのスタッフとして従事していた」
「え。その当時のクロムは名も無き星で、宇宙科学も知らない文明レベルが低く、カンパニーも素通りするような未開拓の星だったんですよね? それでどうして彼女、ステーションでエイブラハム主任の同僚に?」
「それね。彼女、クロムに星核が潜んでいてそれのせいでレギオンが襲来、あいつらに襲われる中、その調査に来ていたステーションのスタッフの手で一人で宇宙まで逃げて、このヘルタ・ステーションに保護されたんだ」
「はぁ。星核でレギオン襲撃のさなか、その調査に来ていたステーションのスタッフの手で彼女一人だけがそこから逃げられたんですか。……もしかしてそのステーションのスタッフ、男だったり?」
「ご名答。彼、ステーションの護衛役として活躍してて、ヘルタに言われてその星まで降りて星核の調査に来ていたけど、現地で彼女といい仲になって、レギオンで蹂躙される星から彼女だけをステーションに連れ出す事に成功したんだよ」
「うわ、うわ。それ、カンパニーではご法度ですよぉ。カンパニーの一社員が星核の調査に来たのはいいけど、現地の女の子に手を出してそれ発覚すれば、降格だけならまだいいです、問答無用で彼女についての記憶消されていつもの日常に戻らされるらしいですよ……」
新入りは、カンパニーでは現地の女性に手を出してそれが発覚すれば彼女についての記憶を消された状態で日常生活に戻ると聞いて、震えている。
エイブラハムは落ち着いた様子で、続ける。
「それ、ステーションやカンパニーと同じような技術を持ってる星はそこまでではないようだよ。カンパニーで問題視されてるのは、クロムと同じく、宇宙科学も知らない文明レベルの低い星から現地の人間を宇宙に連れ出すのはよくないとされているせいだね。その影響でせっかく連れ出した相手が狂うかもしれないし、星の歴史を大きく変えるかもしれないっていう理由だ」
「ふむ。確かに、宇宙科学も知らない文明レベルの低い星から、宇宙まで連れ出すのはよくないというのは分かります。そのせいでせっかくそこから連れ出した相手が狂うかもしれないし、宇宙の歴史が狂うのも理解できます。それでどうして、クロムのその彼女だけ再び、このステーションに戻って来られたんですか」
「うん。その疑問は当然だ。彼女、ほかと違ってヘルタ・ステーションで保護されたのが運が良かったのか、ステーションで一年暮らした後、カンパニーにその実力が認められ、そこが運営する大学に入れたんだよ」
「カンパニーが運営する大学って、ピノコニーの折紙大学に匹敵かそれ以上と言われる、難関中の難関じゃないっスか! 彼女、ステーションで保護された後、カンパニーに目をつけられるほどの優秀な人材だったんですか?」
「そのようだね。彼女はカンパニー運営の大学で二年間学習、そこで宇宙科学の知識を得て、色んな資格を携えて首席で卒業、その後、念願のカンパニーに就職して、戦略投資部に配属された」
「うへ。戦略投資部って、カンパニーの中でもめっちゃエリートクラスでは……」
「そこで更に、十の石心のメンバーであるトパーズさんに弟子入り、彼女と一緒に色んな星を探索し、各地の歴史や経済を学習した。彼女が旅したのはそのヤリーロ・Ⅵ、仙舟、ピノコニーだったかな」
「……」
「ヤリーロ・Ⅵでは自然での生き方と生活様式を学び、仙舟では建築学と歴史を学び、ピノコニーでは経営学と政治を学び、どこいっても常に良い成績を保っていたので、各地ではステーションに行かずに自分の所に留まる気はないかって誘いがあったようだけれど、彼女はその誘いを蹴って、再び、ヘルタ・ステーションに入るのを夢見てた」
「……」
「彼女は順調にいけばそれから二年後――ステーションを出てから四年かけ、再び、このステーションに戻って来られる予定だったんだけどねえ。不測の事態が起きて、それは叶わなかった」
「そこで、何が起きたんですか」
「彼女の旦那さんが、亡くなった。彼は故郷で静養中だったが、とうとう、果て、彼女は故郷のクロムに帰る事になった」
あれは。
あの時の知らせは、ヘルタ・ステーション内部にも衝撃が走ったのを、当時のエイブラハムも覚えている。
四年の歳月をかけて、やっと彼女が帰って来る――そう思ってステーション全体が明るかったのに、急に、宇宙の底へと落とされた気分だった。
「というか旦那さんが亡くなったって彼女、結婚してたんですか? それで、レギオンに襲撃される故郷に旦那さん残して、調査に来た男性スタッフといい仲になって、二人だけで宇宙まで逃げたんですか……」
うわあ。新入りは最初、それはどうなのかと、思い切り引いている。
――この話すると皆、レギオンに襲撃されるだけの故郷に旦那一人を残して、男のスタッフとそこから逃げたのかって、彼女を悪く扱うんだよなぁ。
エイブラハムは溜息を吐いて、そのわけを明かした。
「断っておくけど、彼女は旦那さんを故郷に残して、二人だけで宇宙まで逃げたわけじゃない。彼女は故郷を一番に考えて、その旦那さんのために、男性スタッフの手を借りて宇宙まで来たんだ」
「どういうわけです?」
「実は彼女、レギオンにやられた故郷の復興のために今まで一人で頑張ってたんだ。ステーション時代でも、ヘルタに内緒で故郷に使えそうな宇宙科学アイテムをこっそり送って、故郷の王国再建に尽力してたんだよな。それというのも、地上はレギオンの毒に汚染されて駄目になっていて、現地の住人達はやむなく地下に隠れるしかなかったからさ」
「……」
「その時、無能力で無資格の彼女と違って、あらゆる資格持ってたその男性スタッフは、彼女の指示で電気やガス、水道なんかのライフラインを整え、地下でも快適に暮らせるようにしてたんだ。更に更に、彼女は自分も学校で資格持った後、今までレギオンの毒で汚染されてた地上も彼女の手で除染され、地上にも出られるようにした。少しずつだけど、彼女が暮らしていた街も、彼女とその男性スタッフの手で復活を遂げていった」
「……」
「彼女は、その男性スタッフの協力がなければ故郷の地下は泥臭いだけの場所で悲惨なものだったし、毒に汚染された土地を除染できずに地上まで出られなかったし、レギオンで壊され、旦那さんが暮らしていた、立派なお城の再建も叶わなかったと、後で語っている」
「そうだったんですか……。そういうわけなら、彼女がその男性スタッフと一緒で良かった」
「うん。そうでも、その中での旦那さんの死は、彼女も堪えたらしい。彼女はカンパニーを退社して今までのキャリアを捨て、故郷に帰ってその旦那さんを看取り、ステーションには戻らずに故郷――クロムで暮らしていくと宣言した。それから三年後、急に彼女から連絡がきてね。今まで知り合った人達の協力のおかげで旦那さんの悲願だったクロムでも宇宙進出整えられた、ステーションの手を借りたいって」
「あの。宇宙進出が旦那さんの悲願というのは……」
「うん。彼女の旦那さん、故郷ではお城で暮らしてた強力な権力者で、宇宙への憧れが強くて自分も彼女と同じように宇宙の世界を見てみたいと思ってたけど、自分が故郷に残らなければレギオンにやられたせいでその鬱憤がたまった民の暴動が起きると言ってそれ心配して、故郷に残ってたんだ。おまけに、そこではクロムのありのままの伝統を大事にする勢力の方が強くて、生きているうちにそれは叶わなかったようだ」
「……」
「彼女は旦那さんの死で失意の底にあったがその旦那さんの想いを継いで、その中で、自分の宇宙での経験をもとにクロムの住人達を説得し、それから、自分の手で契約したカンパニーの協力を得て石造りの建物しかなかったクロムを仙舟を参考に、古い建物と最新科学が融合する立派な都市に改造、宇宙港まで造ったとか。で、クロムで宇宙に出て行きたい住人を募集すれば意外とけっこうな人数が集まって、ステーションで彼らの教育を頼みたいという要望があった。ヘルタも彼女の要望を聞き入れてクロムに彼らを難関大学に入れるまで鍛えるような教育機関を作り、ようやく、彼らを宇宙へと送り出す事に成功したわけ。その間、彼女が故郷に帰ってから、実に六年が経ってたな」
「ステーションを出てから合計、十年……」
「彼女は十年かけてクロムの復興をやり遂げた後、自身の跡継ぎも決めて、その大学を卒業した彼らを連れてステーションに戻る決意をしたと話してくれた。その知らせを聞いて、現役スタッフ達だけじゃなく、その間、ヘルタについていけなくてとか、わけあってとかで、此処を離れていた離脱者までヘルタ・ステーションに集まったから大したもんだ」
「ああ、それで、今回、スタッフの中でも見た事のない人物が何人かいて、やたらと人が多かったんですね。でも、ヘルタ・ステーションはやっと配属になっても、ヘルタさんについていけずに辞めていく人間が多いと聞いてましたけど、エイブラハム主任はそうじゃなかったんですか」
「そうだねえ。私もヘルタについていけずに辞めたいと思う時あったけれど、彼女がステーションに帰ってくるまでは頑張ろうと思ってたんだ。その彼女が故郷のために頑張ってる十年の間、私はⅣ階級に昇進、主任まで成長したよ」
それからエイブラハムは周囲を見回し、同じように会場の準備を手伝っている応物課のスタッフ達を見回し、指折り数える。
「此処で彼女が居る当時から残ってるの、応物課では温明徳課長と私と、それから、恩世玲とショップの温世斉、ほか数名だね。それから、ネットエンジニアで同じくⅣ階級で主任まで上り詰めたレオナードも私と同じように彼女の雄姿を見たくて、最後まで残ってた一人だ。ほかにも彼女との再会を夢見て今まで頑張ってたスタッフは多い」
「……僕はその女性に会った事はありませんが、エイブラハム主任からその話を聞けば、僕もこの式典でその女性に会ってみたくなりましたね」
「そうだね。君も彼女に会えばきっと、彼女のファンになると思うよ――」
エイブラハムが新入りに微笑んだところ、だった。
『――ヘルタ・ステーション、ヘルタより緊急連絡、緊急連絡。予定より早く星穹列車がステーションに到着、入港確認完了。各自、配置につけ』
「あら。まだ余裕あったと思ったけど。急いで仙舟の酒を配らないと」
ステーション内部にヘルタの音声でアナウンスがあり、周囲もバタバタし始めた。エイブラハムも慌てて箱からまだ残っている仙舟の酒を配ろうとした所、だった。
『ちょっと、応物課のエイブラハム主任、何やってんの。アンタ、彼女の出迎えメンバーの一人として一番に登録してるくせに、それより格下の温世玲より出遅れるなんて、相変わらず鈍いわね。さっさと来なさい!』
「うわ。ヘルタから直に名指しできた!」
ひいっ。エイブラハムは、ヘルタに名指しで駄目出しを受け、後輩の前であっても情けなく震える。
「エイブラハム主任、そこは、僕がやっておきます!」
「え、いいのかい?」
「僕に彼女についての話を聞かせてくれた、そのお礼です。ここは僕に任せて、急いでください!」
「ありがとう! その仙舟の高級なお酒、君のぶんも取っておくよ!」
エイブラハムは新入りに手を振って、慌てて、彼女を出迎えるため、ステーションの発着場へと急いだのだった――。
それより数分前、銀河を走る星穹列車は資料部屋内にて。
「――。そろそろヘルタ・ステーションに到着だ」
「うん。いよいよね」
彼女――は、星穹列車の資料部屋にて、自分の手持ちの荷物を持って降りる準備を始める。
の隣についている彼――丹恒は彼女に再度、聞いた。
「忘れ物はないな?」
「大丈夫。完璧。でも、資料室を出ればもう此処に――星穹列車に戻って来られないと分かってるから、少し、寂しいわね」
「そうだな。でも、俺や開拓者達とは、会いたい時にいつでも会える。それが前回と違う所だ」
「……そうね。そこは、前回降りた時と違うから、安心だわ」
と。
「丹恒、。そろそろヘルタ・ステーションに到着じゃ、ラウンジへ。姫子とヴェルトだけじゃなく、開拓者達もすでに集まってるぞ」
ドアの向こうから、車掌のパムの声が聞こえた。
それを聞いた丹恒はと顔を見合わせ、に向けて手を差し出した。
「お手をどうぞ、夫人」
「ふふ、ありがとう」
は迷いなく、丹恒の手を受け取った。
そうでもはすぐに丹恒のその手を外した。
「?」
「ええと、まだその夫人っていうの、慣れなくて……」
手を外されて怪訝な顔になる丹恒と、困ったようにそのわけを明かしたと。
「私はやっぱり、第二王妃様の方がしっくりくるっていうか。丹恒には悪いけど」
「いや。俺もと同じ意見で、第二王妃様の方がにあってると思うぞ。ステーションのスタッフ達もそっちが馴染みあるんじゃないか。ヘルタはどうか分からんが」
「そうねえ。ヘルタの了解得られれば夫人よりは、ステーションでも第二王妃様のままでいいや」
「うむ。それでは改めて、第二王妃様、お手をどうぞ?」
丹恒はが納得したところでもう一度、彼女に手を差し出した。
「もう一度、ありがとう」
は今度こそ迷いなく、丹恒の手を取った。
それだけで、お互いの腕につけている琥珀のペアバングルのかちあう音が聞こえた。
はその音を聞いて、丹恒に向けて念入りに話した。
「ねえ。これ、私と離れてる間でも、外さないでよ。私が不在の列車内では特にね。いつかの時みたいに、列車内の新入りの子に勘違いされたら、困るから」
「分かってる。そういうお前も、ステーション内でこれ、身に着けるの忘れるなよ。ステーションの新入りでもこれで、俺との関係分かるからな」
「うん。そこはもう昔と違って、安心だわね」
「全く。仙舟でなくても早いうち、こういう分かりやすいアイテム、買っておけば良かったと思うな……」
と丹恒はその音を聞いて昔にステーションや列車内で繰り広げた喧嘩を思い出し、笑いあう。
そして。
『――ようこそ、ヘルタ・ステーションへ。星穹列車の皆様、歓迎します』
ヘルタ・ステーションのアナウンスが、と丹恒にも聞こえた。
「お。ようやく、ついたか」
「ここまでくるのに、長かったわねえ」
「だな。でもこれから先は、のものだ。誰にもその先は分からない」
「そうね。これから先は、私のものだわ。でも、怖くて不安な時もある。そういう時に、専属護衛の丹恒がついてくれると心強いわ」
「ああ、任せろ。俺はどんな時でも、の専属護衛だからな」
と丹恒はお互いの手をしっかり繋いだ状態で資料部屋を出ると、開拓者達が待っているラウンジへと向かったのだった――。