あれから――ヘルタ・ステーションを出てから、色々あった。そう、色々。大変な事ばかりだった。
あの人の手で星核の影響でレギオンにやられるだけの宇宙科学も知らない文明レベルの低い未開拓の土地から、無能力で無資格状態で宇宙に出てきたせいで星神に目をつけられ、自分は彼らに宇宙の歴史を狂わす異端児とみなされ、宇宙科学についての知識を得なければこの世界から強制排除されると、その試練を科せられた。
それを回避するにはヘルタ・ステーションを出て、スターピースカンパニーが運営する学校に入り、様々な資格を習得し、宇宙に関する知識を得る事だった。
しかし、それを受講するには私をこの宇宙へと連れて来た張本人、恋人の丹恒と別れなければいけなかった。
更に、後で判明したが丹恒は仙舟では最強の武人であるという称号を持つ龍尊の飲月君の力を受け継いでいて、各地の将軍達からも特別な人間の一人として認められて慕われ、そのせいで、彼の相手になるのは無能力で無資格の女は認めない、その付き合いに反対意見の方が圧倒的だと現地で聞かされていた。
一年――。一年、その関係が続けば認めよう。仙舟の偉い人達からそう告げられ、更には、スターピースカンパニーの上層部の人間達からも二人の関係が一年続けば、星神による追放は免れるかもしれないと話した。
一年。私と丹恒はそれくらいならなんとかなると思ったが、その裏には丹恒の飲月化した姿を私の目で見るのが条件に入っていたのである。
丹恒はその条件を知らされていたらしいが、私はまったく知らされていなかった。丹恒は頑なにその真なる姿を見せるのを拒み、そのままの状態で契約期間の一年が過ぎていった。
私と丹恒はそれから、開拓者と三月なのかが星穹列車に現れた時、二人の存在を盾にして、カンパニーが開拓者の力を使いたいのであればその期間を延長してくれと、丹恒との付き合いを契約期間が過ぎても続けていた。
それが覆されたのは、仙舟の羅浮で天舶司の長だという御空という女性から、仙舟で星槎レースが復活するので丹恒の恋人である自分も招待したいという招待状が自分あてに届いた事だった。
開拓者達もその話を聞いていて同行してくれるらしく、姫子とヘルタにその話を持っていけばすでに聞いていたようで、丹恒だけではなく開拓者と『なのか』付きであるならそう危険はない、仙舟に行っても良いという許可を得られたのである。
その時の私はようやく恋人の丹恒の故郷である仙舟に行けると、浮かれていた。丹恒はしかし、浮かない顔をしていて、どうしたのかと聞けば、自分がステーションのスタッフとはいえ無能力で無資格のせいで仙舟の人間に色々言われるかもしれない、覚悟しろ、と、その忠告を受けていた。
そこまでのものか――、そう思えば、仙舟の現地で仙舟を救った英雄の一人でその名前が轟いていた丹恒の評判を聞いて、更には、遠く離れた場所でもヘルタ・ステーションのヘルタの評判も聞く事ができて、自分の愚かさを実感したのである。
私も仙舟の人間の立場であるなら、龍尊の飲月の力を継いでいる丹恒には――彼のその、美しい龍に変化する姿を見れば無能力で無資格の女の付き合いは認められない、彼にはもっと相応しい女が居る、というのは納得できるし、理解できるものだった。
というか、さっさとその美しい龍の姿を見せてくれれば良かったのに、今まで隠していたのは酷いと思った。それを丹恒に訴えれば彼は弱った様子で『お前が俺の龍の姿を見るのはいいがその力に恐れをなして、目の前から逃げるのを見るのが怖かったから』と、龍尊らしからぬ返答があった。
……まあ、実際、仙舟に残されていた記録映像で丹恒の開拓の記録を見た所で、それに理解が追いつけず、吐き気すら催したのは確かだった。
多分、早い段階で――開拓者が現れる前からその龍の姿を見ていれば、無能力で無資格の自分では彼に追いつけるわけがないと早々に諦め、あっさり別れ、ヘルタに頼んで故郷に戻り、そこで静かに処刑を待っていたかもしれないと思った。
仙舟で丹恒の真なる姿、龍尊の飲月を見た後でも関係が続いたのはそれこそ、開拓者と『なのか』の二人がいい具合に緩和してくれていたおかげで、今まで、保っていられたのだろうというのも、実感した。
丹恒と話し合いの末、どちらにせよ、星穹列車でナナシビトとして開拓の旅を続ける中、無能力で無資格の私と一緒に居るのは難しい、星神や仙舟の人間達にも自分達の付き合いを認められるには、一時的に別れてその学校で色々な資格を習得した後、自由になった時、また付き合いを続ければいい――、彼の故郷である仙舟でそういう決断を下し、決心して、私はヘルタ・ステーションを出て、スターピースカンパニーが運営する学校に入った次第である。
無能力で無資格の女が宇宙の世界からの強制排除の回避、それから、仙舟の人間達に丹恒の付き合いを認めてもらうため、カンパニーの高級幹部で十の石心の一人であるジェイドの手引きにより、スターピースカンパニーが運営する学校に入ったはいいが、最初は一年間ステーションにいたけれどその宇宙科学そのものについていけず、更には丹恒と端末で連絡を取り合えるも、閉鎖的な学園内と、宇宙のどこを走るか分からない星穹列車の間では大きな壁があるというのを痛感し、入って数か月でウツ状態になった。最悪だった。
それから半月くらい経ったあとの話である。
彼が――丹恒がピノコニーの次の開拓地である、オンパロスにて、開拓者を助けるために壮絶な経験をして『なのか』と共にパワーアップしたという話を聞いて、その美しく逞しい、強力で素敵な新しい龍の姿を目の当たりにして、彼に追いつくには自分もそれ以上にならなければ無理だと思い知る。
『――そうそう、アンタが伏せている間、丹恒は開拓者を守るために三月ちゃんと一緒に、それ以上に成長したわ。アンタがそれでは、星神以前に、仙舟のお偉いさん達も丹恒とアンタの付き合いは認めない、まだ早いって思うんじゃないかしら』
姫子の容赦ない言葉は、自分に突き刺さるには十分だった。
星神による宇宙からの強制追放はもとより、雲騎軍の景元将軍をはじめ、仙舟の偉い人達に丹恒との付き合いを認めてもらうためにステーションを出て行ったのに、この体たらくは何だ。
そこから自身を奮い立たせ、丹恒に追いつくために頑張ろうと、決意を固める。決心してから早かった。
彼に追いつくには自分一人の力では無理だと理解したので、開拓者や『なのか』を中心に、色々な人の手を借りて、色々な技術を知って、色々な知識を得て、二年かけてその学校を首席で卒業、晴れて、当初の目的だったスターピースカンパニーに入社する事ができたのだった。
配属先は、戦略投資部である。多分、ジェイドの口利きによるものだろう、そこでトパーズの弟子として採用され、彼女と一緒にあちこち回ってその世界と歴史を見てきた。
ヤリーロ・Ⅵでは極寒の地でも耐えられる生活様式とその技術を学び、最終的には地炎として地下の人間をまとめる組織の長であり医者でもあるナターシャさんの付き人になった。最初はすでに星穹列車で顔見知り、地上にある立派なお城で優雅な暮らしをしているベロブルグの女王であるブローニャにつけばとトパーズのアドバイスを受け、ブローニャ本人と彼女についているゼーレからも城で暮らしていいと言われるも断り、地下の暮らしに興味があったので、ナターシャさんについた次第である。最終的にはナターシャさんと地炎の世話人であるというオルグさんからも『ずっとうちにいればいいのに』と誘われるも、それらを断り、次の土地へ。
次は、念願の仙舟に辿り着いた。仙舟では古い伝統を重んじる街と新しい街が融合した素晴らしい建築学を学び、仙舟に関する歴史も学んだ。仙舟の歴史を知れば知るほど、彼に――、丹恒に惹かれていくのはどうしてだろうと思った。産まれながらにして罪人として扱われるも、龍の美しい姿は人の目を奪うものだと、彼の後見人である景元将軍の話である。仙舟を離れる時になってその景元将軍から『太卜の符玄殿と天舶司の御空舵取が君を気に入ったようだ、秘書、あるいは、その配下に付けたいと。此処に残る気はないか』と伝えられるもそれを断り、次の土地へ。
ピノコニーでは政治と経済学を学んだ。経営はピピシ人についていくも、最初はついていけずに戸惑うばかりだった。しかし、ここでつまづいている余裕はない。ピノコニーでの協力者――サンデーやアベンチュリンの協力もあって、何とか、課題にあった、ある店を立て直す事に成功した。
学校を卒業して三つの地域を回って、気が付けば二年あまり過ぎていた。
『丹恒のために頑張るのはいいけど、たまには、休息も必要だ。ピノコニーではもう少し羽を伸ばし、映画やアニメだけではなく、カジノにも挑戦したらどうかな。嗜む程度であれば、そう怖いものじゃない』
ヴェルトさんは丹恒のために必死で勉強を続けるはいいが、疲れ切った様子の私を見て、そうアドバイスしてくれた。トパーズも『たまには休めよ。丹恒だけじゃなく、ステーションに戻れるように頑張るのはいいけど、体壊したら元も子もない』と言われ、ステーションに戻る前に休みを取って、ピノコニーを満喫する事になった。
ピノコニーでは今まで素通りだった元アニメーターのヴェルトさんの勧めでアニメや映画の娯楽を堪能し、そして、カジノを中心にギャンブルも一通りやって、こういうものかと体験できたのは良かったと思う。この娯楽があれば、ディアンの過激派、あるいは、現在の王政の反対派勢力も夢中になるかもしれないと。
……。
休みを経て全てのカリキュラムをこなし、とうとう、ヘルタ・ステーションに戻れるという矢先の出来事だった。
故郷――ディアンの土地で、国王陛下であるウォルター・ディアンが亡くなったという知らせが、自分の所にも届いた。
慌てて、故郷に帰った。その時の自分は飛行技術、それから、ほかの星を移動できる資格を持っていたので、小型宇宙船を使って簡単に故郷に帰る事ができた。
故郷では、星核の影響でレギオンの襲撃にあい、地上はその毒で汚染されて誰も住めない土地になっていた。城の地下で生き延びていた人間達は、そうなった原因を作った自分を恨んでいるだろう。
それでも。
それでも、それでも、たとえ政略結婚であれ、かつて自分を支えてくれていた国王陛下――ウォルター・ディアンの意志を継ぎたいと思い、スターピースカンパニーを退職、トパーズの師弟関係も解消、故郷に残る決心を固めたのだった。
彼――ウォルター・ディアンは生前、レギオンをこの星まで手引きしたという自分の父と兄の責任を取るため、ディアンの塔で処刑を待つだけの自分を丹恒の手で城の地下まで連れてきて、別れる間際にその真相を話してくれた事があった。
城の地下に王族だけが知る秘密の隠し部屋があって、そこに、丹恒が用意したという小型宇宙船があった。後で丹恒に聞けば彼はこうなるのを予想していて、あらかじめ、姫子に頼んで小型宇宙船を注文、国王陛下の了解を得て秘密の隠し部屋に置いてあったとか。
ウォルターはその小型宇宙船を前にして、言った。
『実は、私も宇宙に憧れていた。丹恒殿がこの世界に現れる前の話だが、海に眠る星核でこっそり、宇宙に関する情報も得ていたんだよ。海の中にある星核は時々、私の夢に現れて、宇宙の世界を見せてくれた。丹恒殿の星穹列車や、ヘルタ・ステーションの存在も彼が来る前からすでに知っていた』
ウォルターが隠していた星核はやはり、レギオンが集まっていた海岸――海の中にあったようだ。
父と兄の手で覚醒し、海岸から地上に現れた星核は異様な光を放ち、今まで散り散りだったレギオン軍を集結させ、ディアンに総攻撃を仕掛けて来た。地下に避難している住民達は震えるだけしかできず、自分の意志で地上に残っていた住人達は同じく地上でレギオンの洗脳により狂った人間達の手で女子供も関係なく殺されるだけというその地獄の中で、彼は語る。
『星核の力で夢に現れる宇宙の世界の話は、誰も信じてくれなかった。私も最初は信じられなかったが、星核があるという現地の海岸まで行けば、確かにその星核があった。最初は小さな光の塊だった。私は星核にもう一度宇宙の夢を見せてくれと訴えれば、その夜、本当に宇宙の世界が夢に現れた。それから私は何度もその宇宙の夢を見て、それをメモに書き留めるようになった。誰も信じてくれないならそれでいいと思ったが、の父であるクロム王にそれが見つかり、彼は私がメモに描いていた宇宙の科学アイテムに興味を持ったようだった』
私の父、クロム王は科学者だった。しかも、殺戮兵器や化学薬品で人体実験を扱う危険な科学者である。ウォルターはクロム王が危険な男であると知っていたので宇宙の知識を与えるのは早いと思ったが、クロム王から今までの成果は誰のおかげかと言われれば、それに応じるしかなかった。ディアンはクロムから殺戮兵器を買い取り、更には防衛拠点として自分達の盾にもなってくれて、そのおかげで近隣国を支配していった経歴があるので、彼には逆らえなかったという。
『ほう。宇宙の世界には、機械というものと人間を融合させた最強兵士が居るのですか。機械、機械……、図と材質を見れば鉄と銅、ほかの金属があれば何とかなるか? そういえば、が孤児を拾ってきてたな。あいつ使ってみるか……』
父は私が拾ってきた孤児のロイを使って機械化を画策するも、この世界の技術ではまだ上手くいかなかったようだ。
『クロム王は機械化が駄目なら薬物系はどうか、それ、星核に聞いてくれないかと無茶な事を言ってきた。私は駄目元で星核に聞けば、宇宙ではその方法を使った強化兵も存在すると教えてくれてね。私は半信半疑で夢の教えをメモすればクロム王は喜び、これならすぐ用意できると言って、去っていった。私はそれらの知識をクロム王に教えるべきではなかったと、後悔した。ロイを見てもらえば分かる通り、あれは、私の責任だ』
『……』
『まあ、ロイ以外に成功しなかったのが幸いだ。ロイは、のために頑張っただけだからな。クロム王はそこが分かっていなくて、何回か同じ方法でロイ以外の孤児を使って実験したようだが、どれも失敗に終わった。多分、いくら星核の教えがあっても、宇宙の技術と私達の世界の技術ではまだ大きな時差があるというのはこれで思い知った。丹恒殿によれば、私の国と宇宙の世界では千年もの時間の差があるとか。これには私も何も言えなかったよ』
『……ロイはそれからずっと、私を守ってくれたわ。あなたがお父様にその技術を教えなければロイもそこまでになってないし、私とロイはとっくに、どこかで死んでいたかもしれない。そこは、気にしないでいいと思う』
『ありがとう。君にそう言ってもらえると、少し、肩の荷が下りた』
『……』
続ける。
『そういうわけで私もいつしか、宇宙への憧れが強くなっていってね。そして、本物の宇宙の世界から丹恒殿が現れたのを見てから、ますます、宇宙に出たいという思いが強くなった』
『……それなら、私より、国王陛下が宇宙に逃げた方が良いんじゃない? そうだ、今から、第一王妃様を連れて、二人で宇宙に逃げたらどう?』
『丹恒殿の話では、そこにある星穹列車まで行ける小型宇宙船は操縦者含めて、二人乗りが限界のようだ。私と、第一王妃を二人同時に連れてはいけないと聞いた』
『そうだわ、国王陛下が小型宇宙船を操縦して、第一王妃様を乗せて飛べばいいじゃない。丹恒に操縦教われば、国王陛下でも第一王妃様と何とか列車までたどり着けると思う。丹恒はその間、自分を迎えに来てくれる仲間を待っていればいい――』
『――、君が丹恒殿と宇宙に出て、星穹列車に乗ればいい。私の子供を産めばクロムとディアンの人間を入れ替えるという壮大な野心を抱いていた君は、こんな狭い所で終わる女じゃないだろう?』
『……クロムはもう、存在しないわ』
そうだ。自分が不在の間にクロムはすでに、レギオン軍の巣窟となっていて、父と兄含め、クロムの人間の大半が彼らの眷属として成り果てていたのだった。
ウォルターはその真実を知って愕然とする私を前に、申し訳なさそうに話した。
『この星にある星核でレギオンや未知なる生物が現れるも今までは何ともなかったが、丹恒殿の星穹列車が現れてから、その勢いが加速したようだ。それまでは君の父王と兄上殿はかろうじて正気を保っていたが、上空に星穹列車が現れた時、海の中にあった星核もその正体を現したかのように何か強い力を放つようになって、彼らもその手に落ちてしまった。丹恒殿が言うには、海岸に現れた星核は産まれたてで、このまま放っておけばこの星は滅ぶだけだとも聞いた』
丹恒やヘルタによれば星核は、それを受け取った人間に強力な力を与えると同時に、反レギオン軍の力を活性化する能力があるという。レギオンもまた、それに惹かれるようにそこに集まってくる……。
『ロイはそこの海岸で、クロムでレギオンと化した住人達を討伐してもらっていた。同じクロムの人間をやらなければいけない彼もつらいだろうに、君に被害が及ばないためなら引き受けたと言って、海岸の前線に出てもらっている』
……。
ロイ。
ロイは今でも、地上でレギオン相手に戦い、生き残った人間達を城の地下まで誘導する役目を持っていた。ロイは一心不乱に、レギオン相手に、戦い続ける。それは、丹恒がヴェルトさんを連れてこの星に舞い戻り、星核を封じて、再びレギオン軍を壊滅させるまで、続いたという。
ウォルターが地下に残る理由は、それだけではなく。
『それから、この国の――今や、この世界の代表となった王である私が此処に残らなければ、その鬱憤がたまった住人達で、地下でも暴動が起きてしまう。レギオン関係なく、醜い人間達の争いで、この星は滅ぶだけだ。私はそれも星核やレギオンの計画のうちと分かれば、悔しい。私はどうにかして、なんとしてでも、この星の中で自分の世界を続けたいと思っている』
『……』
『更に言わせてもらえれば、が地下に残っていれば――生き残っていると分かれば、君の最期は処刑されるより、悲惨なものになる。それならはもう、丹恒殿と一緒に宇宙まで逃げた方がいい。ここは君の旦那らしく、私の手で、最後のの願いを叶えたい』
『……』
私は。
『……いつから?』
『何だい?』
『いつから、私と丹恒の秘密の関係、知ってたの?』
『それね。最初、この城に現れた丹恒殿を見た時、好みの顔だと思って、彼をの護衛につけたんだ。ロイがレギオン討伐で使えない間、ほかの兵士ではの相手は無理、外から来ての事を何も知らない状態の彼が丁度いいと思ったのもある。思った通りで、君はすぐに丹恒殿に夢中になった。いくら外から来ての事を知らない男であれ、夜の中庭で君が素をさらけ出しているのは、珍しいなと』
『ち、ちょっと、ウォルター、私と丹恒が夜の中庭で密会してたのも知ってたの?!』
『はは。君が毎晩、その痛みを隠すよう、夜の中庭で酒を飲んでいたのは私も知ってたからね。兵士長の話で丹恒殿が夜になれば部屋を抜け出し、ふらっとどこかへ行くという報告も受けていた。兵士長はその丹恒殿が一人で飲みにいくとか、隠れて女に会いに行く風でもないので、まさか、宇宙から来たというのは嘘で、実は城を調査するために来た敵側じゃないのかと、余計な心配してたな』
『……』
ウォルターは丹恒の行動を不審がる兵士長の勘違いを笑うも、私は笑えなかった。
『ねえ、そこまで分かって何で、私と丹恒を引き離さなかったの? 仮にも私の旦那様なら、その関係を知った時点で激怒して、相手を追放するなりするものじゃないかしら』
『最後だから言わせてもらうけれど、君は、私の君に対する愛は無いというのは、最初から知っていたんじゃないか。私は、第一王妃しか愛していない、彼女との間に子ができなくても、彼女だけだと。それはすでに、丹恒殿にも見抜かれている』
『それは……』
『の方もディアンで贅沢できればそれでいい、と、常々話していたのは、第一王妃への遠慮ではなく、本心からのもので、君も最初から私の子をなす気はなかっただろう』
『……それ分かってたのであれば、何で、私を第二王妃として置いたの?』
『そうだな。を第二の嫁にして利点があるとすれば、彼女との間に中々子ができず、国の存亡を心配する大臣達やディアンの民達を安心させるためと、時々、暴走するクロム王を抑えるため、それから、の言う事しか聞かない強化兵のロイを好きに使えると思ったくらいか。そのへんは、の思う通りで、君への感情はその同情しかない』
『……』
自分はウォルターの本音を聞いて、震えるだけしかできない。
ウォルターは私に構わず、淡々と話した。
『私ははこのディアンに来る前もずっと、クロムで第二王女として頑張っていたのを見ていたからね。ディアンに来てからも、表面上であっても、第二王妃としてよくやってくれたのを見ている。これが最後だ、父であるクロム王と兄上殿を失ったは十分、それの責任を果たした、これくらいのご褒美を与えるにはいいかなって』
『……私は、そこまで頑張った人間じゃないわ。ここは私が残って素直に処刑を受ければ、地下でも暴動は起きない。私よりも国王陛下と第一王妃様を乗せて列車まで行けば――きゃあっ!?』
ここで今まで黙って二人の話を聞いていた丹恒が割込み、私の腰にその腕を回して抱える。
『いや、離して、離してってば、私はそのへんなものに乗る気ない、私はこのディアンで一生を――やだ、何これ、外して、外れない、どうやって外すの、ねえ、ねえってば!』
丹恒は少し乱暴に私を扱い、小型宇宙船に乗せ、無理に椅子に座らせてベルトを締め、そこから逃げられないようにし、自分の訴えを聞かなかった。
丹恒は、ウォルターに向けて表情崩さず、言った。
『国王――いや、ウォルター。一時間、持ちこたえられるか。を星穹列車に置いた後、仲間の援軍呼んで、助けにいく』
『クロム王と兄上殿の置き土産である、レギオンの残骸から作った兵器を携えたロイが使えるうちは、それくらい、なんとか。君達の手でレギオン軍と星核をどうにかしてくれるのであれば、宇宙からの使者に従おう』
『了解。それじゃあ、一時間後に』
丹恒も小型宇宙船に乗り込み、操縦席に座る。
『……』
丹恒の操作で暗かった部屋に明かりがつき、わけのわからないものが動いているというのは私でも分かって、これは自分でどうにかできるものじゃないと知れば、大人しく従うしかなく。
そして。
『――クロムでもディアンでも今まで一人きりだった、丹恒殿と良い旅を』
『ウォルター!』
宇宙船のドアが閉められると同時に、強い衝撃がきて、すぐにウォルターの姿は見えなくなった。
彼の――ウォルター・ディアンの最後の言葉は、宇宙に出てヘルタ・ステーションに居る間、ずっと忘れる事はなかった――。
それから私は丹恒の小型宇宙船で星穹列車に無事に乗る事に成功、私はしかし無能力で無資格であったために列車のナナシビトにはなれず、姫子の手配でヘルタ・ステーションに保護される事が決定、数日後にようやく丹恒と再会を果たしたのだった。
更に後で判明した事だが、丹恒はなんと、私との秘密の関係をすでに私の旦那であるウォルターに話してあったと白状した。
それは、星穹列車にある丹恒の資料部屋に初めて訪れた時の事だ。
私は丹恒と二人きりになってようやく故郷で自分のしてきた事が異常であったと理解し、自分一人だけが宇宙に逃げていいものか、彼と関係を続けていいものかどうか――それを迷っていれば、丹恒がそれを明かしてくれたのである。
『実は、俺が自分で夜はとあの中庭で密会してるという話を、国王に明かしてたんだ』
『は?』
『いや。俺もとほかの城の人間達に内緒で隠れて付き合うのはいいが、お前の旦那である国王の目だけは怖くてなぁ。国王にはちゃんと話しておかなくてはいけないと思って、早い段階でそれを打ち明けてた』
『早い段階って、いつ頃から?』
『そうだな。お前と夜の中庭で会うようになって、昼にフランの実を採取したあたりからか。国王ばかりがテントでを独り占めするのを見てそれに苛立って、自分も夜はを独占しているとそれ自慢したくてその食事会の後、彼に中庭での件を打ち明けたわけだ。そしたら国王、昼は自分がを独占しているし、普段でもを独占できると、自慢そうに語られた』
『……何それ、子供の自慢合戦?』
『それだから国王に、夜のは丹恒殿の好きに扱っていい――そう、許可をもらっていた』
『な……』
『国王が言うには、自分には第一王妃だけでに対する愛情はない、しかし、それでも第一王妃のためにチャンスがあればと子作りはしたいと思うが、からすればどうかなと、俺の前で正直に打ち明けてくれたよ。俺もその告白聞いてやっぱりなと思ったくらいだった』
『……あなた、それ聞いてよく平気だったわね。文明レベルの高い星から来た人間からすれば、おかしな話じゃないの』
『そうだな。俺も最初は国王とその国民達に利用されてるだけの見て悲しくなったが、彼らと接していくうち、どうもそれは自分の誤解であると分かってきた』
『誤解?』
『国王は、ディアンに来る前からクロム王に利用されるだけで自由がないを見てきたので彼女を何とか自分以外の相応しい相手を見つけてそこから解放してやりたかったが、が処女じゃないうえにクロム王の悪評も広まっていて中々貰い手がない、最終的には教会に入って一人で暮らすようになる、それではあんまりだ――という思いもあって、自分がを引き取ったのだと語ってくれた。
脱出する時にに話したよう、国民を安心させるためと、クロム王の暴走を抑えるためと、ロイを使いたいというのはそこまでじゃない、とも。あれは建前だな。に最後に自分は酷い旦那だから宇宙に出ても未練ないようにと、そこから突き放すようにするための』
『……』
『城の地下で会った第一王妃も、をあの狭い国に閉じ込めておくのはもったいないとも話していた。そうそう、ロイも国王や王妃と同じ意見だったな。はクロム王と居ると駄目になる、もっと広い世界を見るべきだって。
俺は彼らからのその評価を聞いて、そこまで憤る話じゃないと思った。それぞれがを思い、を然るべき場所に導きたいのが分かったからな』
『……』
『それから国王、自分とが居ない間、俺との関係をちゃんと国民達に伝えて、更に、それでも第二王妃の彼女の立場が悪くならないようにしてくれるとも話していた。多分、ここで姫子さんとあわなくて星穹列車を追放され、現地に帰ってもその処刑は免れるだろう、とも』
『ウォルター……』
私はその真実を知って、泣きたくなるのを堪える。
それでも。
『……、俺の前では我慢するなよ』
『丹恒?』
『これも国王から聞いたが、は今まで第二王妃として常に気を張っていて、ディアンの国民の前では何を言われようが――悪口や悪評を聞かされようが、気丈に振舞っていたと。それで、俺が来る前、夜はそれを隠すように酒を飲んで眠っていたと』
『……』
『国王はそれだから、お前のために寝室に何本かの酒を用意していたんだってな。でもそれは、体に悪影響だというのは俺でも分かるし、国王もの酒で何かを誤魔化す癖を心配していた』
『……』
『この星穹列車ではのような酒飲みは一人もいなくて酒を用意できないし、ヘルタ・ステーションでも制限があってそこまで酒が飲めない。は此処に居る間、どうする気だ? 何かを誤魔化すために酒はもう使えない』
『……』
『』
『……この宇宙にも睡眠薬くらいあるでしょ、お酒が使えないなら薬使えば何とか――』
何も言えなかった。
丹恒に強く抱き締められたせいで。
『俺は第二王妃の時の強気なも好きだったが、夜の中庭で普通の女に戻ってる時のも好きだ』
『丹恒……』
『この資料室でも俺と二人きりの時は第二王妃なんか辞めて、普通の女に戻れよ。普通の女になれば泣けるだろ、我慢するな』
『私、私は……』
『俺がこの手でを宇宙まで連れてきたんだ、この宇宙で何かあれば俺に頼ってくれると俺も嬉しい。あの塔でも俺が常に二番手だったを一番に見て、一番に考えるってそう、約束しただろ』
『う、うう、信じていいの、それ、信じていいの?』
『この宇宙で俺を信じないで、誰を信じるんだ。俺が一番に守るから、だから――』
限界だった。
『うわあああ』
私はこの日、はじめて、酒の力を使わず自然に、男の前で思い切り泣く事ができたのだった。