仙舟行きの日は星槎レース祭りの当日ではなく、一日前、前の日だった。
開拓者がを仙舟に招待した日が星槎レース本番一日前であるのは、天舶司のリーダーで星槎レース主催者の御空の計らいによるもので、彼女いわく、星槎レース本番当日は開拓者と『なのか』だけではなく、丹恒も久し振りに仙舟の知り合いに会うだろうしそれ以外の色んな人間からの誘いもあるでしょう、その中でを案内するのは難しい、をゆっくり仙舟の街を案内するには前日がうってつけと言われ、開拓者だけではなく丹恒も御空のそれには納得し、前日集合になった次第である。
星穹列車、ロビー内にて。
「、準備出来た? って、わあ、めっちゃキレイ! まさしくお姫様じゃん!」
「うぐぐ、普段から美少女と評判のウチも悔しいけど、今回のには敵わない! そんなの、しか似合わないでしょ! あ、写真撮っていい?」
ぱしゃぱしゃ。めかしこんできたを見て開拓者は興奮した様子で彼女の周りをうろつき、『なのか』はの了解を得る前から勝手に手持ちのカメラでそのを連写する始末だった。
といえば普段はリボン一つだけでくくったポニーテールにして、ステーションのスカートタイプの制服を着て地味な雰囲気だったが、今回は、髪を団子状にまとめてそれを金属製のバレッタで飾り、赤い口紅が印象的な化粧を施し、イヤリングとネックレスは真珠で揃え、黄色のワンピースにそれにあわせたレースのカーディガン、黒いブーツ、その様はまさしく、お姫様のような格好で現れたのだった。
ばっちり決めてきたを見て、開拓者は興味本位で聞いた。
「、普段の丹恒のデートでもそんななの?」
「いえ。普段のデートは普通にステーションの制服のまま出かける事が多いかな。どうせ、デート先もステーション内部だけだから。
今回、丹恒の故郷の仙舟だから、普段のデートより、気合入れちゃった。それから『なのか』に聞いたんだけど仙舟の星槎レースのお祭り、丹恒の知り合いもたくさん来るのよね? そうなら、丹恒に恥かかせられないでしょ」
開拓者に言われたは照れ臭そうに、頭をかいた。
開拓者はそのを見た後、腰に手をあて、丹恒に向けて言い放った。
「丹恒、ちゃんと見張っておきなよー。ナンパ凄いかも」
「……、仙舟につけば俺からはぐれないよう、ちゃんと言ってある。俺がついてれば、に声かけてくる男居ないだろ」
そういう丹恒は、が自分から離れないように彼女としっかり腕を組んでいる。
「うひひ、丹恒にしては、素直じゃん。記念に一枚」
ぱしゃ。なのかは手持ちのカメラを構え、仲睦まじい丹恒とを写真に残した。
「と丹恒の端末にもウチが撮ったの、転送しておいてあげるよ」
「わあ、ありがとう!」
「三月は写真に関しては、誰よりも上手いからな。もらっておこう」
と丹恒は、『なのか』から転送された写真を素直に喜び、受け取る。
この一枚が本当に最後の記念になるとは、も丹恒も夢にも思わなかった。
そして――。
「姫子、ヴェルト、留守、よろしくねー」
「姫子とヨウおじちゃんにも、色々、お土産、買って来るよ」
「行ってきます」
「……」
開拓者、なのかは見送りの姫子とヴェルトにそう言い残し、丹恒は二人に向けて一礼した後にドキドキして何も言えないの手を引いてそのまま星穹列車を飛び出して行った。
「やれやれ、やっと行ったか。も丹恒の仙舟を楽しんでもらえるといいが」
「……」
開拓者、なのか、丹恒、の四人を見送ったヴェルトは初めての仙舟に期待して繰り出すを思うが、姫子は違った。
姫子は決心した面持ちで、ヴェルトと向き合う。
「ヴェルト、あの子達が不在の間を見計らって、に関する話があるんだけど」
「……、君がヘルタやアスターと組んで、と丹恒の二人にどういう試練を課しているのか、ここでようやく俺に、話せるのか?」
「あら、全部、お見通しだったの?」
「君が無能力のにとうとう、仙舟行きの許可を出した時から、そんな気がしていた。ヘルタがそれの首謀者でアスターと姫子がそれに乗らなければいけない必要性があるというのであれば、時間は限られていて、更に言わせてもらえればこの仙舟行きがタイムリミットかな?」
「やっぱり、あなたには適わないわね。実は――」
ここで姫子はヴェルトにようやく、と丹恒に課していた一年契約の話をする事ができたのだった。
が開拓者達と降りた先は、仙舟は羅浮、コンテナが積まれた港だった。
「此処が、丹恒の仙舟?」
は仙舟についてまず、空を見上げた。
システム時間的には昼間のはずだが、オレンジ色の空で、それは時間感覚を狂わせる。
ステーションにこもりきりのはしかし、オレンジでも空を見るのは久し振りだった。
しかし聞けば仙舟の空は自然的なものではなく、映像として投影されているだけとか。
それでもにとって、空だけではなく、山や海といった自然なものを目にするのは楽しいし、栄養にもなった。
開拓者は辺りを見回し、に向けて言った。
「迎えが来ているはずなんだけど……」
「開拓者、無口君!!」
「三月、久し振りぃ!」
「素裳、青雀!」
わあ。開拓者と丹恒、なのかの三人は、迎え――雲騎軍の兵士の素裳、そして、太卜司の卜者である青雀の二人に歓迎を受け、手を取り合う。
「御空主催の星槎レースのお祭り、凄く楽しみにしてたんだー」
「星槎レースで活躍するエースの走り、ようやく見られるって分かって、めっちゃドキドキだよー」
「星槎レースに出場する人間は、仙舟でも限られるからな。雲騎軍でも、星槎レースに出場できる人間は憧れの対象だとか……」
開拓者、なのか、丹恒の三人も素裳、青雀と再会を果たし、二人を囲み、星槎レースについての話題が尽きない。
「……」
一人残されたは話題についていけず、割り込む事もせずに大人しくしていた。その間、コンテナが積まれた港の周辺を観察してみた。
「……(話に聞いてたけど、仙舟もあちこち、機械で制御されてるのか。へえ。私の国とは――宇宙科学もなかった石だらけのうちの国と、機械で制御された仙舟を比べればそりゃ、さっさと星核見つけて、その任務を片付けて列車に戻りたいと思うわ)」
はは。は、丹恒の仙舟は自分の世界――、宇宙科学もなかった自然に頼る生活とは随分違う世界で、これでは、初期の丹恒は星核を手に入れ、自分の国からさっさと逃げ出したかったに違いないと実感したのだった。
と。
「!」
「!」
ぼんやりと周辺を観察していれば、丹恒から声をかけられた。見れば、開拓者と『なのか』と丹恒の三人だけではなく、素裳と青雀から注目されている事を知った。
「アンタが、丹恒の噂のカノジョ?」
「あなたが無口君の。へえ?」
青雀は面白そうに、素裳は面白くなさそうに、それぞれ、を品定めしている。
も二人に品定めされているのが分かったうえで、余裕ある微笑みを作り、手を差し出す。
「初めまして。ヘルタ・ステーション、万有応物課所属、Ⅱ階級、です。そこに居る、丹恒の彼女として仙舟まで来ました。よろしくお願いします」
「あら、これはご丁寧にどうも。私は青雀、太卜司に所属する卜者の一人だよ、よろしくねー」
「む。ここまで丁寧にされちゃ、アタシもそれに応じなくちゃいけない。アタシは、雲騎軍所属の素裳。仙舟で何か困った事があればアタシ達――雲騎軍に頼ってね」
青雀、素裳もにあわせるよう、彼女と和やかに握手をかわす。
「こういう時のは、頼りになるね」
「……」
ひそひそ。開拓者は初対面の人間にはなるべく穏便にすませようと猫かぶりで接するに感心を寄せて丹恒に耳打ちするも、丹恒は何も返さず腕を組み彼女の様子を遠巻きに見詰めるだけだった。
ここでは、素裳に気になった事を聞いた。
「ねえ、無口君って、丹恒の事?」
「そう。あ、無口君のカノジョとして、無口君呼び、気に入らなかった?」
「別にいいと思う。無口君、可愛いじゃない。私も次から無口君でいこうかなぁ」
「はは。あなた、いい人だね。さすが、無口君のカノジョなだけあるか」
素裳はこれだけで、を気に入ったようだった。
次には、青雀に照準をあわせる。
「青雀の太卜司ってのは、仙舟を占いで統括する機関であってるかしら?」
「お、よく勉強してる。その通り。開拓者の列車組と違ってステーションの人間は、専門分野以外はからきしだって聞いてたんだけど」
「ふふ。恋人の丹恒の国の事くらいは、理解しなくちゃね」
「なるほど。丹恒のカノジョがそこまで仙舟の勉強してるなら、雲騎軍の景元将軍様だけじゃなく、天舶司の御空様も許可出すか」
うん。青雀は、が仙舟についての勉強をしている事に感心を寄せる。
そして。
「星槎、ついたよ。乗って!」
「、捕まれ」
「うん」
素裳の号令で目的地に行ける星槎がついたと分かって、丹恒はの手を取り、彼女を星槎に乗せる。
「わあ、これが星槎? 本で見るより、随分と大きいのね! 凄い! このタイプの小型飛行船なんて、初めて乗る!」
はここで初めて星槎が小型飛行船である事と、その大きさ、そのものを知った。
「誰が運転する?」
「星槎の運転は、ゲームが得意の私に任せて!」
はいっ。開拓者が以外の顔を見回し聞けば、青雀が勢いよく手をあげた。
「それじゃ、いっくよー!」
「!」
青雀は張り切って、星槎を操縦するがしかし――。
「ぎゃああ、何これ、揺れる、揺れ、うえ、ヤバイ、ヤバイ!」
「、暴れるなって! 落ちるぞ!」
青雀の操縦のせいか星槎は思ったよりスピードが出て、激しく揺れ、丹恒は悲鳴を上げて落ち着かず動き回るを捕まえるのが精一杯だった。
「到着!!」
青雀が操縦する星槎は、特別な客人を迎えるため、星槎海中枢に本部を構える司辰宮へと到着した。
しかし――。
「、大丈夫?」
「大丈夫じゃない……、しばらく、落ち着く時間必要……」
ぜえはあ。は、青雀の荒めの操縦があわなかったのか、降りてすぐに真っ青な顔で息も上がり、開拓者も心配するほど、その場で座り込んでしまった。
「ちょっと、星槎が初めてでも、ステーションに居る人間がここまでになるの信じられないんだけど! アンタ、本当にあのヘルタ・ステーションの人間なの?」
「アタシもこれには、ちょっと驚いたし、ガッカリしたかな。宇宙で暮らすステーションの人間は地上に留まるアタシ達と違って何でも臨機応変にこなせてカッコイイと思ってたし、その中でも天才クラブに名前があるヘルタのヘルタ・ステーションのスタッフ達は優秀で特別だって思ってたから。青雀と同じく、無口君のカノジョ、本当にあのヘルタ・ステーションの一員なのかって疑うよね」
操縦者の青雀、同じように揺れても動じなかった素裳は、これくらいで駄目になるに驚き、更には本当にあのヘルタ・ステーションの人間かどうか疑いを持つ始末だった。
それに反論するのはではなく、開拓者だった。
「は、ヘルタも認めるヘルタ・ステーションの人間で間違いない。でもある事情で、ほかとちょっと違うってだけだし、は激しい揺れが起きれば星槎だけじゃなく姫子の星穹列車内でもこんな感じだから。そこ、あまり気にしないで欲しいかなー」
「そうそう。は、れっきとしたヘルタ・ステーションの人間で間違いないって、ウチも保証出来るよ! おまけに、あのヘルタとも友達だからね、なめると痛い目見るよ!」
に対して嫌な疑いを持つ青雀と素裳に対して、開拓者だけではなく、『なのか』も同じように反論してくれた。
「二人とも、ありがとう……」
は、開拓者だけではなく『なのか』も自分を庇うように反論してくれたのは、とても嬉しかった。
しかし、まだ、ぐらぐら揺れてる感じがして、気持ち悪いのは変わらなかった。
「うぷ、まだ、気持ち悪い……」
「、俺に捕まれ」
「……うう、何処に居ても、丹恒が一番落ち着く」
「まったく。青雀の運転があそこまで荒いとは思わなかった。これなら俺が操縦した方が良かった」
同じように地べたに座ってに抱き着いて背中をさすって彼女を落ち着かせる丹恒と、丹恒に遠慮なくしがみついて自分を落ち着かせると。
「うわあ、二人とも、普段からああなの?」
「うん。普段からあんな感じかな」
人目も気にせず抱き合う丹恒とを見て顔を引きつらせて開拓者に耳打ちしてきたのは青雀で、青雀に笑いながら応じるのは開拓者である。
「素敵。いいなあ」
「素裳、ウチと一緒にヘルタ・ステーションで人気の同盟に入らない?」
さっきの疑いと違って丹恒との抱き合う様子を見て目を輝かせるのは素裳で、素裳の反応を歓迎してヘルタ・ステーションで人気の同盟に勧誘する『なのか』であった。
と――。
騒ぎを聞きつけたのか、司辰宮の門から出てきたのは、四人だった。その四人の内訳というのは――。
「――あらあら、お二人とも、話に聞いていた通りの関係なのね」
「はは、若いってのは、羨ましいものだねえ」
「わあ、丹恒先生のカノジョ、噂通りの綺麗なお姉さんだったんですね!」
「ふん。丹恒の恋人が此処まで来ると聞いたのでどのような美女か期待していれば、普通の小娘と変わらんかったか」
「あ、今回のお祭りの主催者の御空……、だけじゃなくて、景元将軍に彦卿、符玄まで?!」
騒動を聞いたのか表に現れたのは星槎レース主催の御空だけではなく、どういうわけか、雲騎軍の景元将軍とその護衛の彦卿、そして、太卜司の符玄まで揃っていて、これには開拓者も驚きを隠せなかった。
「け、景元将軍、て、あの、仙舟の本でどこでも名前がのってた雲騎軍の景元将軍様?!」
は、開拓者から中心に居る男性が仙舟で一番有名な雲騎軍の景元将軍であると分かって、慌てて立ち上がった。
そして。
どうにかして気分を取り戻して背筋を伸ばしたは、ドレスのスカートをつまみ、頭を下げ、門の前に揃う四人に向けて優雅にお辞儀をした。
「初めまして、ヘルタ・ステーション、万有応物課所属、第Ⅱ階級、と申します。貴殿と同じ仙舟同盟所属である丹恒の恋人として、仙舟に来訪しました」
景元はから先に名乗りを上げたのを見て四人を代表するよう一歩前に出て、を前にして、にっこり、微笑む。
「私は、仙舟同盟羅浮所属、雲騎軍の将軍、景元と申します」
「ええ、仙舟同盟は羅浮の雲騎軍のご活躍とその将軍様であられる景元様のお名前は、ヘルタ・ステーションを出た事がない私でも存じあげています」
「あなたの事は嬢、でいいかな」
「はい。雲騎軍の将軍として数々の名声を上げている景元将軍様に名前を呼ばれるだけで、光栄ですわ」
「嬢の話は、仙舟の英雄であられる開拓者殿と三月殿だけではなく、あなたの恋人である丹恒殿からもよく聞いている。嬢、ヘルタ・ステーションからはるばるようこそ、仙舟同盟、羅浮へ。歓迎するよ」
「こちらこそ、迎え入れてくれて感謝いたします。改めて、よろしくお願いします」
は景元に敬意を示すよう深くお辞儀をした後、顔を上げて姿勢を崩さず、彼と向き合う。
「……なるほど。丹恒殿の相手が事前にヘルタ・ステーションのスタッフであり、更にはカンパニーの幹部の一人娘で良家のお嬢様である、と、聞いていたが、それの通り、ここまで完璧にこなせる女性とは思わなかった」
景元に臆する事なく完璧な作法で対応したと、の完璧な作法に感心する景元と。
と、感心しているのは景元だけではなかった。
「うわ、何、、初めての仙舟で将軍相手にどうかと心配して私と『なの』で手を貸そうと思ってたけど、それ吹き飛ばすくらい一人で完璧な対応してるじゃん。凄ッ!」
「これ、開拓者はもちろん、ウチでも真似できないやつ! 、お嬢様でも、どこでそういうの教わるの? 後でウチにも教えてよ!」
「……(第二王妃としてこれくらい、わけないよな)」
わー。ぱちぱち。開拓者と『なのか』はは、最初、景元将軍の迫力に圧倒され何も物が言えなくなるのではないかと思い心配してその場合は二人でに手助けするつもりだったが、その反対での完璧過ぎる対応に感心し、彼女に拍手を送る。
一方の丹恒は、の故郷で第二王妃として賓客に対応するのその手の場面を何度も見ているので、彼女の作法に関して何も心配せず、腕を組み、余裕で見守るに徹している。
「何これ、私達の時と違って、完璧に差つけてるじゃんかー」
「いやでも、将軍様相手ならそこまで差をつけるの分かるよ。でも本当、完璧な作法で、そういうのが苦手なアタシもにそれ教わりたいくらいだわ」
青雀は自分の時と違って丁寧な作法できたに憤慨するも、同じ雲騎軍の素裳は自分では将軍相手でもそこまでやれないとの態度に感心した様子だった。
それぞれの感想を耳にしながら景元は、に言う。
「嬢、太卜司の太卜である符玄殿はそこまで思わなかったようだが、私の目にあなたは美しい姫君のように見える。さすが、丹恒殿が選んだ女性だ」
「美しい姫君なんて、そんな……」
は、たとえ世辞でも、それは素直に嬉しかった。
しかし、次の景元の言葉でそれは一変する。
「――更に付け加えるなら、第二でも一国を背負っていただけあるか」
「――」
――あれ、いつ、その件を教えた? は、景元が自分の身元を知っている様子に戸惑いを隠せず、思わず、丹恒を振り返った。
丹恒もの視線に応じるよう、だけに任せるわけにはいかないと思い、一歩、前に出る。
「……将軍、俺は、御空主催の星槎レースにアンタがわざわざ登場するとは――俺達の前に来るとは聞いていなかったが。どういうわけだ?」
「いや。裏でちょっと、御空舵取の星槎レースの会場で不測の事態が発生してね。丹恒殿の力を借りたいと思って、私も護衛の彦卿、そして、太卜の符玄殿を伴い、わざわざ此処まで来たというわけだ」
「は? 御空の星槎レースの会場で不測の事態が発生して、それで、裏で俺の力を借りたい? どういうわけだ」
「丹恒殿、ちょっと、こちらへ。これについては、星槎レースの主催者の御空舵取だけではなく、太卜の符玄殿も関わる問題だ。ああ、開拓者殿と三月殿、嬢は楽にしていてくれ」
「丹恒先生、よろしくお願いします」
「……」
景元は丹恒だけを自分の元へ呼び寄せ、護衛の彦卿には頭を下げられ、主催者の御空、符玄を加えて、四人で何やら難しそうな話を進めている。
一人残されたは、開拓者に助けを求める。
「ねえ、丹恒って実は、仙舟ではその名前を知らない人間は居ないと言われる有名人、雲騎軍の景元将軍様とも親しかったの?」
「そうだね。丹恒は、私と『なの』の二人と一緒に仙舟救った身だから、それで、雲騎軍の景元将軍にも頼りにされてるんだよ」
開拓者はに隠さず、応じる。
「へえ。でも、開拓者抜きで将軍様とあそこまで親しく話できるもの? あそこに居るの、星槎レース主催者で天舶司のリーダーである御空さんだけではなくて、将軍様の隣に居るのは最年少で護衛まで上り詰めた彦卿君で、更に符玄という女性も太卜司で偉い立場の太卜様なんでしょ。丹恒、私の前では仙舟では自分はただの一般人だって話してたけど、本当は、仙舟でそこそこ偉い立場だったりするんじゃないの?」
「さすが、よく仙舟の勉強してる。でも、丹恒抜きで、ここでそれのネタばらししていいのかな? 丹恒戻るまで保留でいい?」
「別にいいけど……」
と開拓者が見れば、まだ、丹恒、景元、御空、符玄の四人だけの話が続いている。彦卿だけは大人達の会話に参加しなかったが、景元のそばで不審者が現れないか、周囲を見張っている状態だった。
けっこう話が長いとは思うが、だけではなく、開拓者、なのか、素裳、青雀すら、丹恒と景元、御空、そして、符玄の間には入れなかった。
その間。
「というか、こっちもに聞きたい事あるんだけど」
「何?」
「さっき景元将軍がの完璧な紹介受けて第二でも一国背負っただけあるって話してたけど、何? どういうわけ?」
「あー。それ、今、明かさないといけない? それこそ、丹恒が必要な話なんだけど」
「私としては、いつでもいいけど、『なの』がめっちゃ聞きたがってる」
「、さっきからの完璧な自己紹介見てても思ったけど、前から普通のお嬢様じゃないって思ってたんだよ! ここで――丹恒の故郷でそれが明らかになるの、熱くない?」
きゃー。開拓者はそれほどでもないが、『なのか』は目をキラキラさせて期待を込めた目でを見詰めている。
と。
「、悪いが、不測の事態が発生した」
「え、何それ、私にも説明できる?」
丹恒がの前まで戻って来て、そう告げた。はドキドキする胸を抑えて、丹恒に説明を求める。
丹恒はうなずき、に淡々と説明する。
「此処、星槎海中枢周辺に――御空が主催する星槎レースの準備会場に、レギオンの群れが出現したようだ。レギオンだけじゃなく、それに触発されたか、魔陰の身の連中も現れて大変でそれの討伐に先日の大戦で立て直し最中の雲騎軍だけでは対応しきれず、俺の力が必要だと言われた」
「ちょっと、それ、丹恒だけじゃなくて、私と『なの』の力も必要じゃない!」
「そうだ、そうだ! ウチも開拓者も、それに惜しまず協力するよ!」
むふん。丹恒の話を聞いて、開拓者と『なのか』の二人はそれに協力すると、張り切る。
しかし。
「いや。悪いが、開拓者と三月はその間、を見てやってくれないか。俺は単独で雲騎軍のレギオン討伐作戦に参加する事になった」
「ええ、それどういうわけ。何で、私と『なの』が留守番組? 普通、ここで見るの丹恒の役目じゃないかな?」
「そうそう。ここは丹恒より、ウチと開拓者の出番と思うけど。それとも何、景元達からすればウチと開拓者じゃ、丹恒にも及ばないっていうの?」
丹恒の話を聞いて開拓者は腰に手をあて反発し、なのかも彼を睨みつけて反論する。
はあ。そうくると思った丹恒は、溜息を吐いて、そのわけを話した。
「開拓者。お前、俺がと二人きりになれるの、星槎レースの前日――、今日のこの日しかないって話してただろ」
「そうだね。丹恒、仙舟の知り合い多いから、祭り当日は二人きりは難しいと思って、今日のうちにと二人きりのデート楽しんで欲しいと思ってたんだけど」
「それを前提に、そこに居る主催者である御空と取引した」
「何の取引?」
「これから俺が一人でその討伐作戦に加わる代わり、星槎レースの祭り当日に俺とが二人きりになれる時間を作って欲しいと」
「!」
丹恒の思ってみない話に、開拓者は『なのか』と顔を見合わせる。
「それに関連して、同じくその御空に頼んで、と二人で見られる星槎レースの特別席も先に予約しておいた。俺一人で討伐作戦をこなせば、祭り当日にと色々楽しめるよう、取引したわけだよ」
「ええ、丹恒殿の言う事は本当よ。丹恒殿一人で雲騎軍のレギオン討伐作戦をこなせてもらえれば、私の権限で、と一緒に迫力ある星槎レースが堪能出来る特別席に招待してあげる約束をして、星槎レースのお祭り当日はその他モロモロ、便宜を図ってあげてもいいという約束もしてあげたの」
丹恒の話が本当であると補足するのは、星槎レース主催者の御空だった。
ここで開拓者は手をあげ、遠慮がちに御空本人に聞いた。
「あの、でも、今日は、を招待する代わりに私と『なの』で御空の星槎レースの準備を手伝う約束をしてたんだけどそれは……」
「それも免除してあげるわ。私の仙舟を助けてくれたあなた達もと一緒に、お祭り仕様の仙舟の街を楽しんでくれると嬉しいと思っていたので、丹恒殿の頼みは私からすれば、願ってもない事だったのよ」
「御空……」
開拓者は、御空の優しさと気遣いを理解し、胸がいっぱいになった。
御空は言う。
「将軍含め、私達には丹恒殿の力が必要で、あなた達はを仙舟に招待したいと思っていた。それだけで取引成立してるわ」
御空は何でも無い風に言うが、開拓者はその物言いがどこか引っかかった。
「……、あのさ、私じゃなくて、そこまで丹恒の力が必要って何? 将軍含め、仙舟組で何を企んでる?」
「別に何も企んではいないわ。私が主催する星槎レースを再びレギオン、そして、魔陰の身ごときに、汚されたくないだけ」
ふふ。御空は自分を疑う開拓者の睨みをものともせず、笑顔で交わしている。
その間、符玄は自分の部下である青雀を捕まえ、話をしている。
「青雀、そういうわけだ。お前、開拓者達の代わりに祭りの準備を手伝えよ」
「えー。何ですかそれ。開拓者達の案内が終われば、お祭りまで、ゲームで遊べると思ったのに!」
ぎゃー。今まで黙って話を聞いていた青雀は符玄に首根っこを捕まれ、抵抗するも、無駄に終わって何処かへ連れて行かれてしまった。
「素裳、悪いが君も雲騎軍の兵士として、御空舵取について、星槎レースの準備会場まで来てくれないか。そこで雲騎軍から色々指示が出ていると思う」
「素裳、こっちよ、いらっしゃい」
「は、はい、かしこまりました。直ちに、そちらへ向かいます!」
景元に申し訳なさそうに言われた素裳は背筋を伸ばし、を気にしつつ、それに応じるよう、御空の後ろをついてどこかに行ってしまった。
そして、残されるのは仙舟組は景元と彦卿で、ほか、開拓者、なのか、、丹恒の六人である。
開拓者は丹恒の肩を叩き、彼を称える。
「丹恒、のために御空と色々取引したなんて、やるじゃん。そういうわけなら、丹恒が一人で雲騎軍のレギオン討伐作戦こなしてる間、私と『なの』でを見てあげるよ」
「うん。そういうわけなら、ウチも納得だわ。その間、は、ウチと開拓者に任せな!」
開拓者と『なのか』の二人は丹恒の話にあっさり納得し、の面倒を引き受けると拳をあげ、笑顔で応じたのだった。
その中では改めて丹恒を見詰め、聞いた。
「丹恒、仙舟の偉い人達と私のために色々取引してくれたの?」
「ああ。予定変更で今日のデートは無理になったが、二人きりになるのは祭り当日の方がいいと思って」
「ありがとう、とても嬉しいわ。でも、丹恒がこれから雲騎軍のレギオン討伐作戦で離れるとなれば、次はいつ頃、会えそう?」
「そうだな……。夜の食事時には全て終わらせて、と会えると思う」
「そのあと、丹恒と一緒に食事出来るの?」
「ああ、先に話しておくがその食事の席では二人きりというわけにはいかないと思う。その食事会では、雲騎軍のレギオン討伐の祝勝会もかねるだろうから、将軍以外の権力者も参加してくると思う。しかし、将軍相手でも完璧にこなせたなら大丈夫だろう」
「任せて。そういう場は慣れてるし、得意なんだよ」
「さっきも思ったが、こういう時のほど、頼りになる事はないな」
「えへへ」
ぽんぽん、と。は人目も気にせず丹恒に頭を撫でられて、誰が見ても、とても嬉しそうだった。
「……あの二人、いつもあんな感じなのかな?」
「うん、まあ、だいたい、いつもあんな感じ」
「丹恒先生、一応、女性に興味あったんだ。そこは意外だったなあ」
「彦卿、そこはつつかない方がいいと思うよ~」
はは。と丹恒のイチャつきようを初めて目にした景元に耳打ちで聞かれた開拓者は苦笑するしかなく、彦卿は女性に興味無さそうだった丹恒が女性とあそこまで接触できているのを意外そうに見詰めて、それをたしなめるのは『なのか』の役目だった。
ふと。
「……なるほど、これでは、ヘルタも手を焼くか」
「え、将軍、ヘルタと親しかったっけ?」
「いや、別に?」
「?」
開拓者は景元の呟きを聞き逃さず、そこで景元はヘルタと親しかったかどうか疑問を抱くが、景元の方は開拓者にそれは曖昧にはぐらかすだけで話を終わらせた。
そして。
「その、丹恒殿、嬢との別れが惜しいのは分かるが、そろそろ、私の軍と合流して欲しいんだが」
「どんな敵が相手でも丹恒先生と一緒に戦えるの、楽しみだなー」
いつまでもから離れない丹恒を申し訳なさそうに離れるように促すのは景元で、久し振りに丹恒と一緒に戦えるのを純粋に楽しみにしている風なのは彦卿だった。
背中で景元と彦卿の二人の声を聴いた丹恒はため息を吐いた後、ようやく、から離れた。
「それじゃ、開拓者に三月、を任せたぞ。俺が留守の間、で何かあれば俺の端末まで遠慮なく連絡を入れてくれるか」
「了解、任されました!」
「は多分、ウチらと一緒だと丹恒に連絡いかないと思うよ。丹恒は気にせず、雲騎軍のレギオン討伐作戦、頑張れ!」
丹恒にを頼まれた開拓者と『なのか』は張り切り、景元と彦卿の二人と一緒に雲騎軍のレギオンと魔陰の身の討伐作戦の現場に向かうという丹恒を見送ったのだった。