07:指先にオレンジ(04)

 そして。

「開拓者殿、三月殿、そして――」

、よく来たわね」

「……分かってて、素直に来るバカがどこに居るのよ」


 神策府の門の前で、景元だけではなく、御空、符玄の三人が揃って待っていた。

 三人の中で景元と御空は普段と変わらない様子だったが、符玄だけは面白くなさそうに、不満な顔をさらけだしているのが開拓者でも分かったがしかし、それ以上に気になる事があった。

「あら、肝心の丹恒はどうしたの? 見当たらないけど」

「あれ、素裳にメッセージ送ってきた護衛の彦卿もいないね。丹恒は彦卿と一緒に、中で待っててくれてるんじゃないかな?」

「……」

 しかし、その中で肝心の丹恒と景元の護衛である彦卿の姿がなく、開拓者と『なのか』は不思議そうに辺りを見回し、だけは思うところがあり、紙袋に入っているお姫様の絵本を確認する。

 景元は溜息を一つ吐いた後、ではなく、開拓者と『なのか』に向けて静かに言った。

「丹恒殿は、この仙舟で嬢の決断が下るまで、君達の前に姿を見せられない。その丹恒殿には、私の護衛の彦卿がついているから心配はないよ」

「は?」

「丹恒はの決断が下るまでウチらの前に姿を見せられなくて、その丹恒には彦卿がついててくれてる? いったい、なんの話?」

 何も知らない開拓者と『なのか』は、思わず、を見る。

 そして。

 一歩出てに挑むのは景元ではなく、御空だった。

 御空は落ち着いた様子で、に言った。

。あなたの本当の名前、此処で私達に教えてくれないかしら?」

「私の本当の名前? ……それ、今、必要な話?」

「ええ。今、必要な話よ。あなたが此処で丹恒殿と会いたければ、必要な話だわ」

「私の本当の名前が知りたいというのは、私の素性を此処で明かせと? あなた達は、私と丹恒の話をどこまで知ってる?」

 ここまでくればもう遠慮はない。は猫をかぶるのは止め、腰に手をあて、いつもの調子で御空に聞いた。

 御空ものそれが分かっていたかのよう、微笑み、応じる。

「私達は、ヘルタ・ステーションのヘルタから聞けるところは、全部、聞いてるわ。あなたがカンパニーにとって不要な人材で異端児とみなされているうえ、カンパニーの再教育を受けるべきかどうか、その進路に迷っている話もね。そして、そのヘルタから、此処まで来たあなたに伝達があるのだけれど」

「何」

「此処であなたが全員の前でそれを打ち明ければ、私の手で丹恒殿の隠された秘密も教える事が出来る、と。それの通りで、此処であるなら――仙舟の私達の前であるなら、丹恒殿の秘めた力――仙舟で何があったか、私の手であなたに教えられるわ」

「……ヘルタは、私が丹恒の秘密が知りたければ、ここで私も自分の秘密をあなた達や開拓者に明かせと?」

「その通り。それが出来なければ、無能力で無資格なあなたは、カンパニーだけではなく、仙舟にとっても不要なモノ扱いされるだけよ」

「ちょっと、が無能力で無資格なために仙舟にとっても不要なモノ扱いされるって、そこまで酷い言い方……!」

「開拓者、その通りだから、今は黙ってて」

 御空の容赦のない物言いに開拓者がすかさず割り込むが、それを制したのは本人だった。

 は目を伏せて数秒考えた後、目を開け、決心する。

「そう……。そうね、私の正体を明かすには、ここが丁度良いかもしれないわ。今まで、あなた達ではなく、開拓者と『なのか』に色々隠してたのが面倒だった。これで、せいせいする」

、何言って――」

「開拓者……」

 の変わりように開拓者は一歩引き、なのかは開拓者の腕を掴んでその震えと不安を隠す。

 は戸惑う開拓者と『なのか』に構わず、かかとを叩き、スカートの裾をつまみ、深々と頭を下げ――。

「――私の本当の名前は・ディアン、ディアン国はウォルター・ディアン国王陛下の二番目の妻であり、第二王妃ですわ。以後、よろしくお願いしますね」

「――」

 顔をあげ、にっこり微笑んだ。

 しん、と、の言葉で場が静まり返った。

 『なのか』はもちろん、素裳も青雀もあまりの事に動けず、その中で、かろうじて動けたのは、開拓者だった。

「は、え、の本当の名前が・ディアンって、何それ、ウォルター・ディアン国王陛下の二番目の妻であり第二王妃って、、実は、故郷でディアン国の国王陛下と結婚してるって意味?!」

「そう。私、実は故郷では既婚者で人妻だったりして~。で、私の旦那様、大陸一繁栄してた中央国家のディアン国の国王陛下、ウォルター・ディアンだったり」

「はあ?! 、私達の前では国王陛下に仕える学者の一族だって!」

「それもあながち間違いじゃないんだけど~、列車でもステーションでも、故郷では私が第二王妃で既婚者だっての隠す必要があったから、開拓者と『なのか』の前では、そう偽ってたの」

「丹恒は、この事!」

「もちろん丹恒は、この件について知ってるわ。故郷で私が人妻だって知ってて私に先に手を出してきたの、丹恒だから」

「……国王陛下はと丹恒の関係、知ってるの?」

「国王陛下は、私と丹恒の関係、裏で知ってて表では知らない振りされてた感じかな。故郷に居る頃はウォルターに隠れて丹恒と関係持ってたんだけど、宇宙に来てからはもう隠れる必要なくて丹恒と関係続けてたの」

「……」

 あははー。はそれを何でもない風に笑うが、開拓者は笑えなかった。

 開拓者は震えながらも、に聞きたい事は聞いておかなければいけないと思った。

「ね、ねえ、二番目の妻で第二王妃って何? 普通、王妃だけで通じるんじゃ……」

「それね。私、故郷では元々、隣の貧乏国の第二王女で、それが縁で、中央国家の国王陛下のもとへ嫁ぐ事になったんだけど、そのさい、すでに国王陛下には第一王妃様がついててたんだ」

「それって……」

「私はそれでも構わないので第二王妃として置いて欲しいって懇願して、彼と交渉したの。それというのも、第二でも、大陸一繁栄していた中央国家の王妃になれば、贅沢な暮らしが約束されるから。
 その当時、ディアンの国王陛下と第一王妃様の間に子供が居なくて、私で国王陛下の跡継ぎ――彼の子を産む条件に第二王妃としてそこに置いてもらえる事になったわけよ。
 国王陛下は私の体目当て、私は国王陛下のお金目当て、いわゆる、政略結婚ってやつ」

「ええ、国王陛下の跡継ぎを産むのを条件に第二王妃になって、そこで贅沢な暮らしを約束されたって、それ、愛人と変わりないんじゃ……」

「うん。開拓者や『なのか』の世界では、第二王妃より、愛人関係が分かりやすいかも。私、故郷ではディアンで国王陛下の愛人として、贅沢三昧な生活してたんだ。その時、私の国にあった星核の影響で反レギオン軍が現れて私の世界をめちゃくちゃにしていった。ほんと、いい迷惑だわ。外の世界からあいつらが現れなければ――丹恒も来なければ、そのまま、第二王妃として贅沢な暮らしが出来てたのにさあ」

「……ねえ、、自分が故郷では国王陛下の愛人として贅沢三昧な生活してたって、それ、そう簡単に私に話せる内容?」

「そ、そうだよ、星核で反レギオン軍だけじゃなく、丹恒が来なければ第二王妃として贅沢三昧だったなんて、そこまで言う必要無いと思うけど!」

 開拓者は、がそれを何でもないように話している事に嫌悪感を抱き彼女を睨みつけるのが精いっぱいで、『なのか』も震えるだけで何もできなかった。素裳と青雀でさえ、あまりの話に何も口が挟めない。

 はそれを明かせば潔癖な開拓者は嫌悪感で睨んでくるのは分かっていたので、落ち着いた調子で話した。

「そうね。あなた達の前では、国王陛下との愛人関係については簡単に話せる内容じゃないかもしれない。この件については、姫子もヴェルトさんも、開拓者と『なのか』の前では慎重になるべきだって話してたから。でもね」

「でも?」

「でも、あなた達の世界から千年遅れて、宇宙科学の知識もない自然界の原始的なものだけで暮らしてた私の世界では、そこで男の言う事を聞く事しかできなかった私の世界では、それが普通だった、とだけ」

「あ……」

「そうだ。はい、これ」

 そしては紙袋から一冊の絵本を取り出し、それを開拓者に手渡した。

「これ、さっき本屋で買った、お姫様が出てくる絵本? 何で私に?」

「そう。そのお姫様と王子様が出てくる世界こそ、私が暮らしてた自然界の世界に近いからその絵本、買ったの。開拓者と『なのか』に私が暮らしてた千年前の世界を体験出来て、それを理解してもらえるのに、丁度良いと思って」

「!」

「そうそう、言っておくけど、その絵本だとお姫様側じゃなくて、王子様に近付くお姫様を排除してくる悪役の魔女が私に近いかもしれない。開拓者はそれ、悪役の魔女目線で読んだ方がいいかも」

「……ッ」

 から絵本を受け取った開拓者は笑えず、絵本を持つ手が震えるだけだった。

 次に出たのは今まであまりの事に動けなかった『なのか』が、開拓者が動けなくなった彼女の代わりに動いた。

「ね、ねえ、これ、全部、の冗談じゃないの? それか、どこかで、がおかしくなっちゃったとか!」

「あー、私の話が信じられない、そうくると思って、私と丹恒で、此処に来られると決まった時から、色々、事前に用意してたんだよね」

「用意って何……」

「ヘルタ・ステーション、応答せよ。ヘルタ――、マダム・ヘルタに繋いで」

「!」

 は落ち着いた様子で手持ちの端末から普段の機械人形のヘルタではなく、生身の本体であるマダム・ヘルタの方を呼び出したのである。

 マダム・ヘルタは、普段のメッセージ機能を使わず、開拓者となのか、そして、仙舟の人間達の前に立体映像としてその姿を見せた。

 映像のマダム・ヘルタは辺りを見回し、そして、に照準をあわせ、言った。

『――あら、。私を呼び出したという事は、アンタ達、腹くくったの?』

「しらばっくれんなよ、タヌキが。姫子がいくら開拓者の頼みでも、無能力の私に仙舟行きの許可出したあたりからおかしいって思ってたのよ。アンタやっぱ、私と丹恒の情報、事前に仙舟の人間達に教えてたわけ。それ、丹恒の予想通りだったわね」

『ふふ。アンタ達だって、私のやり方、分かってたうでそれに乗ったんでしょ。お互い様じゃない、第二王妃様?』

「私も丹恒も、これが潮時、丁度いいって判断しただけよ。アンタの図に乗ったわけじゃない」

 ふん。は腰に手をあてヘルタを睨みつけ、ヘルタは面白そうにに挑む。

「ええ、何これ、ってあんな性格だったっけ?」

「それより、がいつもの機械人形の方じゃなくて、本体のヘルタとあそこまで口が利けるのが信じられないんだけど!」

 開拓者と『なのか』は、いつも大人しかったが機械人形ではなく生身のヘルタ相手に口が利けると分かり、に震える。

 は気にせず、続ける。

「マダム・ヘルタ、面倒、ヘルタでいいわね。ヘルタ、アンタも私が此処に呼び出した理由、知ってるでしょ。私の情報、アンタの権限で開示してちょうだい」

『……、本当にいいの? 私がの情報の鍵を開ければ開拓者達だけじゃなく、ステーション全体、いえ、今まで知り合った人間達にアンタの素性が明らかにされるんだけど』

「構わない。ここまでくれば、そうしなければ先に進めない。それ、私も丹恒も分かってる」

『だけど、肝心の丹恒から連絡ないんだけど。あいつに連絡入れても応答ないし。そこの仙舟の将軍、丹恒は何て?』

 ヘルタはから突っ立っているだけの景元に視線を移して、彼に聞いた。

 景元は肩を竦め、ヘルタに丹恒の話を代弁する。

「丹恒殿は、神策府の一室に居る。嬢の手で天才クラブのマダム・ヘルタが現れたら、嬢の考えを優先する、と、だけ」

『……なるほど。チ、あいつ、任せで逃げたな』

「……(話には聞いていたが、天才クラブのヘルタ、間近で実物を見ると怖いなあ)」

 はは。ここで初めて機械人形ではない生身のマダム・ヘルタの実物を見た景元は、外見は美しい女性ではあるが中身は恐ろしい魔女であるには違いないと見抜き、顔を引きつらせて笑うしかなかったようだ。

 ヘルタは映像の中で手持ちのパソコンを操作しながら、落ち着いた様子で言う。

『まあいいわ。だけではなく、丹恒もそれに納得しているというのであれば、今が潮時というのは理解する。これを逃せば裏切り者で異端児のは、どちらにしろ、未来はないもの』

「……御託はいい、早くして」

 数秒の間があった。

 ヘルタはいつになく口を大きく開け、周囲でこちらの様子を伺うだけの雲騎軍の兵士達や士官達にも聞こえるよう、ハッキリと言った。

『ヘルタ・ステーション、応答せよ。ヘルタから、アスター所長代理に伝達。これらのデータを開示するため、アスター所長代理の了解を求める』

『うぇ?! ヘ、ヘルタ、これのデータ開示するの?! 何で?! が丹恒と仙舟で話つけてくるって、そういう意味だったの?!』

 ステーション内、アスターの今までにない焦りの声が、開拓者達にも聞こえた。

 ヘルタはアスターの返事を聞かず、続ける。

『ヘルタの権限でアスター所長代理のサインを獲得、アスター所長代理より一連のデータ開示の了解を得られたものとする』

『ええー、ちょっとちょっと、私は所長代理として、これの情報開示了解にサイン与えた覚えないんだけど! というか、いつの間に私のサイン獲得したの? ねえ、ねえってば、ヘルタ、黙ってないで説明しなさいよぉ!! 姫子、姫子はどこ?!』

 通信のステーション内部で『アスターお嬢様、気を確かに?!』というアーランの焦った声と、『わんわん!』とペペのいつになく大きな吠える声、アスターの姫子を探しているのか右往左往する大きな足音、スタッフ達の『何事?!』というざわめきが聞こえてきた。

 そして。

『――ヘルタより、ヘルタ・ステーションの全スタッフ達に通達。これから開示するに関する情報は、真実である。ヘルタ・ステーション、万有応物課、Ⅱ階級に属するに関する情報をこれより、全体公開する』

 タン、と。

 開拓者にはヘルタが何かのキーを押す音が、やけに大きく聞こえた。

『――』

 途端、周囲が――ステーション内部が静まり返った。アスターの足音も、アーランの焦る声も、ペペの吠える声も、ほかのスタッフ達の雑音も聞こえないほど――。

 続ける。

『情報開示の通りで、今まであったに関する情報――アスター所長代理の知り合いの幹部の一人娘というのは偽りの情報であり、それはヘルタ・ステーション及び、スターピースカンパニーでは規約違反である。それに伴い、ヘルタの権限を行使して本日付けで万有応物課、Ⅱ階級に属する・ディアンをヘルタ・ステーションのスタッフから除籍、追放措置を執行する。ヘルタ・ステーション、万有応物課、Ⅱ階級、・ディアンは本日付でヘルタ・ステーションから抹消された。以上』

「え、をヘルタ・ステーションから除籍、追放、抹消って何でそこまで――」

 開拓者は、ヘルタがそこまでする意味が分からなかった。

 途端――。

 けたたましい着信音が、いっせいに、辺りに鳴り響いた。

「う、うわ、何、何事?! って、何これ、ヘルタ・ステーションのスタッフ達からについて問い合わせがいっぱい?! がカンパニーの幹部の一人娘じゃなくてよその星から来た第二王妃って何、既婚者ってどういう事、そんなの私に聞かれても分かんないって!」

「ウチの端末にもステーションのスタッフ達だけじゃなく、ブローニャのヤリーロ組や今まで知り合った人間達からいっせいに着信きてる! うわ、全部、についての問い合わせじゃん!」

 ぎゃああ。開拓者と『なのか』は、いっせいに届くへの問い合わせに右往左往するだけで、何も答えられなかった。

 と。

「あ、アスター、それから、と同じ応物課の温明徳隊長の説得で、なんとか、スタッフ達のメッセージ攻撃止めてくれたって……、さすが」

「ウチも同じく。アスターと応物課の温明徳に感謝だわ~。それから、ヤリーロ組はブローニャとセーバルが皆を宥めてくれて、それ以外のとこは姫子とヨウおじちゃんの説得が効いたって」

 アスターと万有応物課の課長の温明徳だけではなく、ヤリーロ-Ⅵではブローニャとセーバル、それ以外は姫子とヴェルトのおかげで、スタッフ達やほかの星の住人からのメッセージ攻撃は一時的に終わったようで、開拓者となのかは、ホッとした様子だった。

 その中でだけは落ち着いた様子で、開拓者と『なのか』に向けて言った。

「開拓者に、なのか、公式なデータ開示で私が故郷では第二王妃で既婚者だって理解してくれた?」

「そ、そうだね、公式のデータの開示通りであるなら私達ものそれを理解しなければいけないんだろうけど、の所にはに関する問い合わせきてないの?」

「私、情報開示と同時に今までの偽の情報――アスターの知り合いの幹部の一人娘っていう偽情報で色々規約違反犯してるからヘルタ・ステーションから除籍処分受けて抹消されたの。それのせいで、ヘルタ・ステーションのスタッフが使える端末、使えなくなっちゃった」

「ええ。ヘルタ、何でにそこまでするの?! の今までの情報が偽物でそれがステーションやカンパニーで規約違反だとしても、そこまでする必要ないじゃん!」

 は電源が切れて画面が真っ暗な状態の端末を見せ、開拓者は思わずヘルタに詰め寄り、憤る。

 映像のヘルタは溜息を吐いて、淡々と話した。

『それがだけではなく、丹恒にとっても、必要な措置だったから』

「え。何でそれがだけじゃなく、丹恒にとって必要だって……」

 ヘルタはここで開拓者ではなく、景元を振り返る。

『仙舟の将軍、これでそちらの仙舟に秘蔵されている丹恒に関する情報も全部開示してくれるわよね? それが仙舟の雲騎軍の景元将軍と、私のヘルタ・ステーションの間で交わされた取引だったでしょう』

「……そうだね、嬢にここまでされては、その私の軍とヘルタ・ステーションの間で交わされた取引は成立している。私としては、丹恒殿は元より、嬢がここまで乗ってくれるとは思わなかった」

 景元はヘルタより、のやり方に参った様子だった。

 開拓者はここで、の何かを知っているらしい景元を睨みつけ、それに関して問い質した。

「景元将軍、やっぱり、私の知らない間に、ステーションのヘルタと裏で何か取引してたの?」

「ああ。丹恒殿の恋人である嬢に丹恒殿の龍尊に関する秘密を明らかにするのはいいが、そちらもそれなりの情報を開示して欲しいというのが、ヘルタと私達の間で交わされた交渉、取引内容だった」

「そう。それで、そもそも、丹恒の雲騎軍でのレギオンと魔陰の身の討伐作戦そのものが、嘘だったの?」

「そうだね、それは否定しない。私はヘルタから、丹恒殿と嬢の間で交わされた契約内容とその取引を聞いていて、それで当日は、どうにかして、丹恒殿と嬢を突き放して欲しいという依頼を受けていた。その理由でなんとか丹恒殿と嬢を突き放したが、丹恒殿は最初からそれが分かっていたようで、私と彦卿の三人で現場についてレギオンも何も無い状態を見てそれに勘付き、私達に向けて自分達の事で手を焼かせてすまないと反対に申し訳なさそうに謝ってくれたよ」

「それで丹恒は、の何かの判決が下るまで、景元将軍の神策府の一室に雲隠れ中なわけ?」

「丹恒殿は、開拓者殿達と仙舟を見てきた嬢の判決が下るまで自分は姿を見せない方がいいと、都合のいい事は話していたかな」

 ここで景元は開拓者ではなくの方を振り返り、彼女に言った。

「我々仙舟の人間は、いくらあなたが丹恒殿の恋人とはいえ、『無能力者で無資格のただの人間の娘』、おまけに『故郷では欲のために国王と政略結婚を果たした既婚者の第二王妃様』というとんでもない経歴を持つ女性に、丹恒殿の情報をあっさり渡す事はできないという考えだったからねえ。
 そこは、スターピースカンパニーの考えと変わらない」

「……無能力者で無資格のただの人間の小娘、欲のために国王陛下と政略結婚を果たした既婚者の第二王妃様というとんでもない経歴、ね。それが仙舟、アンタ達の本音ってわけ。仙舟の人間は本音を隠しての世辞が上手いから気をつけろって、丹恒が話してたの、本当だったわけか」

 景元はを前にしてそれが何でもない風に話し、は今まで自分を前にその本音を隠していた景元を睨みつける。

 雲騎軍である素裳は、急に猫をかぶらずいつものに戻って景元の前で姿勢を崩す彼女を見て戸惑い、慌てる。

、どうしちゃったの。今まで完璧な対応してたのに、急に雲騎軍の景元将軍様への口の利き方と態度変わって、それ、よくないんじゃ……」

「あら。私、この国の人間ではないからそういうの、関係なくない?」

「いや、そうだけど、でも」

「どうしてもそれにあわせろと言うのであれば、第二でも、王妃の私の方が将軍様より立場的に上じゃない。まだそれ気にするのであれば、此処に居る人間達は、第二王妃の私にひれ伏すべきじゃないかしらね?」

「そ、それはそうだけどっ」

「はは。素裳、嬢の言う事は理に適っているので私はその態度に別に気にしないし、君では第二王妃として色々な権力者とやりあってきた嬢の相手は無理だ」

「……」

 はは。素裳を笑顔でたしなめるのは、景元本人の役目だった。素裳も景元に言われては、堪えるよう、そこから引き下がるしかない。

 景元は、改めて素に戻ったと向き合う。

「私はでも、あなたが、丹恒殿の秘密を知りたくても自分の秘密まで――第二王女、そして、第二王妃で既婚者であるその事実を自身の周囲の人間達に公表できるとは、思わなかったよ。何か条件を付けたうえで――そこの開拓者の力を頼ったうえで我々と再度、条件開示の交渉してくると思っていたからね、あなたの度胸の良さには我々も感心する、それには敬意を払おうではないか」

「ふん。これくらいやらなければ、たとえ第二王妃でも、私がアンタ達に物が言えない立場なのは変わりないものね。相手より上の立場を取りたければそれに見合う以上のものを差し出せ、それ、交渉の基本じゃない」

「それ、裏切り者でも国王だったという、自分の父親の教えかな?」

「いえ。今でも籍が残ってる私の旦那様――、ウォルター・ディアン国王陛下の教えよ」

「あなたは今でも、そのディアンの名前を大事にしてるのかい?」

「私は、宇宙に来ても、このディアンの名前を捨てられない。たとえこの身が宇宙に焼かれても、ディアンの名前は捨てられないのよ」

「……、そうかい。これは、丹恒殿も焼くはずだ」

 景元はに微笑むだけで、それ以上、言及してこなかった。

 そして。

「将軍だけじゃない、私も天舶司のリーダーとしてあなたに言いたい事があるの、言わせてくれる?」

「何」

 次にと対峙するのは、御空である。

「私達は――将軍含めて、歴史と伝統、文化と風習を重んじる仙舟の人間は、持明族の龍尊であられる飲月君の力を継いでいらっしゃる丹恒殿の相手になってる、無能力で無資格のただの人間の娘でありながら、特殊な経歴を持つあなたの存在を疎ましく思ってたのは事実だわ。
 仙舟の人間であれば、景元将軍の言うよう、政略結婚とはいえ既婚者で第二王妃という、あなたのようなとんでもない経歴を持つ女性は――、いえ、女狐という方が相応しいかしら、その顔と体を使って権力者に引っ付いて贅沢な暮らしを目論むような女狐は、私達の英雄であられる丹恒殿の相手として相応しくない、という考えは変わらない」

「御空、そこまで……」

「――そこは本当、スターピースカンパニーの奴らと同じ考えで、嫌になる」

「……」

 参ったように空をあおぐ御空と、御空のそれに息を飲む開拓者と。

 も御空の気持ちを悟ったか、微笑み、それでもその意思は変わらないと、手を差し出す。

「……その通りで、貧乏な家を出て贅沢な暮らしがしたいためにディアンの第二王妃の座についた私を前にして、あなたみたいにハッキリと言うのは、嫌いじゃないわ」

 そして、

「私はでも、丹恒の秘密を知りたくて、ヘルタと姫子の誘いに乗って此処まで来たのよ。約束のもの、くれる? それ、雲騎軍の景元将軍じゃなく、天舶司の長である御空、あなたが持ってるんでしょ」

「……、あなたが丹恒殿の秘密を知るのはいいけれど、無能力で無資格のただの人間の娘がそれに耐えられるかしら?」

「知らないわ。でも、取引条件はクリアしてる。さっさと無能力で無資格のただの人間の娘にそれ渡しなさい」

「どうぞ」

 御空は何かを諦めるよう、ある一枚のカードをに手渡した。

 と。

「待って、将軍と御空舵取だけじゃなく、私からもいいかしら。私も、アンタに言いたい事あって、此処まで将軍についてきたのだけど」

「太卜様」

 最後にの前に来たのは、太卜司の長で太卜様である符玄だ。

 符玄は腰に手をあて、に挑む。

「ねえ、確認したいんだけどアンタ、此処に来る前から自分の進路、もうすでに決めてたのよね。それで、丹恒と仙舟に来る決心したんでしょ。よくやるわ」

「それ、太卜様の占い結果で分かったの?」

「いえ。占いしなくても分かるわよ、そんなの。丹恒もアンタも面倒な方法で決着つけようとしてるってのはね」

「……そうね。でも、無能力で無資格の私ではレギオンに対応できる丹恒に相応しくない、そのスターピースカンパニーの言い分も理解できるし、お互い、こうやって全てを知った後の方が、モロモロの後腐れないでしょ。それが、開拓者で仙舟行きが決まった後、私と丹恒が決めた面倒な決着方法だったのよ」

「そう。丹恒じゃなくてアンタがそれに納得してるならいい、私もそれ以上は何も言えない」

「……、太卜様、この仙舟で私と丹恒の結末がどういう風な結果になるのかその未来、視えてるの? 仙舟の占いで未来が見通せるなんて、あまり、信じられなかったけど」

「さあね。私はアンタの未来が視えていても、アンタと丹恒にその結果を教える気はないわよ?」

「私も、その方がいいと思う。その方が、お互い、都合がいいものね」

「……まったく。私達の方が、アンタやヘルタ達にいいように利用されてたってわけね。後でヘルタ・ステーションに損害賠償を請求してやろうかしら」

 はあ。符玄は溜息を吐いて、映像のヘルタを恨めしく見詰める。ヘルタは肩を竦めるだけで、符玄に何も反論しなかった。

 開拓者は、御空からカードを受け取ったを見る。

、それ……」

「これ、丹恒と開拓者達が薬王秘伝やレギオンから仙舟を救った時の映像が記録されてるものよ。これから私、神策府の映像室でそれ、見てくるわ」

「……ねえ、は丹恒のそれ見て、どうするの? はそこまでして――自分の情報を全て明らかにしてステーションを追放までされて、丹恒の秘密が知りたかったの?」

「そう。私はそこまでして、丹恒の秘密が知りたかった。ここまでしないと丹恒も私にその秘密を教えてくれないし、そこまでしないと前にも進めないから」

 は何か吹っ切れたよう、話している。

「ね、ねえ、そもそもの話だけど、何でがヘルタ・ステーションを追放されなくちゃいけないの? が第二王妃様で既婚者でも、国王や丹恒がそれ了解してるならそこまでの措置を取る必要ないよね?」

「それ、そこのヘルタに聞いて。多分、私の事を開拓者達に説明するために残ってくれてるから」

「……」

 微笑むだけのと、何もものが言えない開拓者と。

 そして。

「素裳、神策府の映像室、どこ? 案内してくれる?」

「あ、アタシがを案内するのか……。まあいいか、大人達の重苦しい話し合いより、を案内する方が気楽でいい。映像室、こっちだよ」

「わ、私も、と素裳についてくよ! 私も重苦しい話より、そっちが楽で良さそう!」

 素裳はを連れて、青雀はその素裳を慌てて追いかけ、を神策府にある映像室まで連れて行った。

 残された開拓者と『なのか』は、が話していたよう、未だに映像で残るヘルタに助けを求める。

「ヘルタ、の第二王妃で既婚者についての説明、求める」

「ウチも同じく。何もかもが不明過ぎて、意味分かんないだけど!」

 開拓者だけではなく『なのか』もについての一連の出来事についていけず、頭を抱えるだけだった。

『もとより、そのつもり。説明ないと、アンタ達も納得しないでしょうからね。が丹恒の映像見てる間に、アンタ達もについての講習してあげるわ』

 ヘルタは微笑み、が丹恒についての秘密を知る間、彼女についての話を開拓者と『なのか』、仙舟の人間達に語ろうとしたところ、だった。

「ちょっと待った。ヘルタのその話は、人が居る外より、人払いができる会議室でした方がいい」

 景元の提案で、開拓者、なのか、ヘルタ、御空、符玄達は、ぞろぞろと、会議室へ入った次第である。