会議室に集まるのは開拓者と『なのか』とヘルタ、そして、景元、御空、符玄の六人だけで、ほかの雲騎軍の兵士はつかなかった。
ヘルタは改めて、について語る。
――。・クロム。小さな貧乏国だったクロムに第二王女として生まれる。一番上には国王候補の兄がいて、その兄のため、常に二番手として、育った。勉強も運動も、何をやっても一番上の兄を超えてはいけないと、教えを受けた。
、お前はどんな手を使ってでも、権力者か、王族の男と結婚しろ。それ以外の男は認めない。は父であるクロム王からそう言われ育ち、しかし、裏では武器商人で敵国にも武器を卸していたクロム王の悪評が各地に広まっていたために何回か見合いをやっても貰い手がつかず、最終的に拾ってくれたのが、大陸一繁栄していたが第一王妃との間に子供が出来ずに後継ぎを必要としていた中央国家、ディアン国の王である、ウォルター・ディアンであった。
ウォルター国王陛下はしかし、目当てではなく、の護衛でついていたクロム王の最高傑作と名高い最強兵器であるロイ目当て、更にはほかの男と同じようにの体目当てだった。
はそれでも父の道楽のせいで常に食べるものに困っていたクロムに居る時と違って、ディアンでは食料豊富でお酒も飲み放題、贅沢な暮らしができていたのでそれで良かった。クロムの民も、がディアンに嫁いだおかげでディアンから物資が輸入され、少しずつだが、豊かになっていった。その件もあってか、クロムでは次期国王になるのが決まっている一番目の兄より、第二王女であるの支持率が高かった。
因みにの大食いの起源は小さい頃、クロムの第二王女といっても極貧生活で、満足に食にありつけなかったせい。ディアンに嫁いでからそれが改善され、更にはそこが自国より美食大国であったために、その能力に目覚めたらしい。
「……」
「……」
ヘルタからそれを聞いた開拓者と『なのか』は、頭を抱えるだけだった。
続ける。
しかし、ディアンの地下に眠っていた星核の影響か、外部から反レギオン軍が侵略してきて、その力を見せつけるよう、第二の大国を滅ぼした事により、の贅沢三昧な暮らしは一変した。
元々科学者だった父と兄は宇宙から来たレギオンの技術を目にして狂い、同じく宇宙から来た丹恒を騙した末、レギオンに星核を渡して国民達を裏切った。地上に残された人間達は醜い争いを始め、そこでは、女子供も容赦なく殺されるといった、地獄と化した。
そしてその隙を狙ったかのよう、クロムの中でレギオンと化した破壊者もぞくぞく現れ、それらの力に対応できないディアンの軍は一夜にして壊滅、周辺の大陸やほかの国も同じく壊滅状態、の故郷は一日足らずで焼け野原となり、焦土と化したのである。
そのさい、ヘルタの手でディアンの地下に眠っていた星核を目的に救世主としてやって来た丹恒は、まだマトモな人間達を城の地下に避難させ、自身と自国を裏切ったの父と兄、星核を奪った反レギオン軍を追いかけていった。
宇宙での父と兄はレギオン化するもそれに耐えられなかったのか塵となり、星核で力を得た反レギオン軍は丹恒、そして、彼に協力した姫子、ヴェルトの手で討伐は成功したのである。
の故郷は丹恒という救世主によって星核の爆発と反レギオン軍の蹂躙から防げたのはいいが、そこに残されたのは外からの侵略者、あるいは、現地の人間達の醜い争いで焦土と化した干からびた大地と、地下に残された絶望した人間達だけだった。
はその中で彼らと同じように地下に避難していたがその間、自分達を裏切ったクロム王である父とその兄の責任を取る形で――、裏切り者として処刑が決まり、マトモであるはずの人間達の手でそこから引きずり出され、信頼していた人間に――クロムの人間に刃を向けられた時、だった。
『、新しい扉を開きたければ、俺の手を取れ! 俺の手を掴んだら、振り返らず、離すな!』
『――』
その時、丹恒は何を思って、をそこから助けたのか分からない。
その時、裏切り者として首を切られる寸前だったが何を思って丹恒の手を取ったのか、分からない。
それが彼女――、・ディアンが丹恒と宇宙に来た始まり。
その後は、開拓者と『なのか』の知ってる通りの事だった。
――どこで道を間違ったのだろう。
の父と兄は丹恒を騙して星核をレギオンに明け渡す代わりにその力を得たつもりが、それは幻に過ぎなかった。
彼らはレギオンの力で憧れの宇宙に出た途端、レギオンと同化したが、それに耐えられなかったのかあっさりと塵と化した。
父と兄は自国では名前の知られた科学者ではあったが、宇宙に関する知識がなかったのだ。それのせいで、宇宙で上手く立ち回れなかったようだ。
この話を思い出すたび、星穹列車はもちろん、ヘルタ・ステーションと、自分の故郷での千年の知識の差を実感して、泣きたくなる。
丹恒もそうだ。
丹恒もまた、自分の前でそれを偽っていた。
自分の前では仙舟ではただの一般人に過ぎない、星穹列車やステーションでもただの雇われ護衛に過ぎないと、自分の能力を過信せず、普通の人間として接して欲しいと話していたのに。
これは何だと、思った。
仙舟で開拓者達と一緒になってレギオンだけではなく、魔陰の身相手に槍を振るう姿を見て、
ある狐族の女性が絶滅大君と変わり果て、それを相手にするのに彼のその真なる姿を見て、
それと相対するために長い黒髪、龍の角、龍の尾をまとった、龍の化身と化した丹恒を見て、
そこで炎を操る開拓者、氷を操る『なのか』、槍を操る景元将軍、そして、ヴェルトと一緒に雨や雷、自然を操る『彼』の姿を見て、
――吐き気がした。
が映像を見るため素裳、青雀と共に出て行って、一時間あまり。
「そんな、そんな事が……」
「……」
ヘルタからが丹恒の手で宇宙まで来た全てを聞いた開拓者は、あまりの事に何も言えず、何があっても明るく振舞える『なのか』すら口元に手を抑えてその震えを隠している。
「……、宇宙科学も知らない未開拓の人間は、そうなった原因が自分達にあるのに、その矛先を自分の都合のいい人間に向けるしかないからねえ。その時は、ディアンに楯突いたクロムの代表として生き残った嬢だったわけだ。しかし、自国の人間のために第二王妃になったのに、自国の人間に処刑されるとは……、それはどうかと思ったがね」
「どこの世界でも最後は、女が男の食い物にされるのよ。それは、仙舟でも変わらない……」
「どんな星でも星核の影響を受け、反レギオン軍に目をつけられたら、未来はない、か。これ以上に酷な話はないわね……」
ヘルタからの事情を聴いた景元、御空、符玄の三人はそれぞれの感想を口にするだけ。
ヘルタは全員の顔を見回し、の話を続ける。
『私がこの仙舟でに第二王妃としての素性を明かすように仕向けたのは、スターピースカンパニーの上層部の役人達の間で、無能力で無資格のが丹恒の手で、宇宙まで出てきた事を問題視され、異端児とみなされたせい』
「何でそれくらいでが、異端児とみなされるの?」
『それは、宇宙科学も知らない未開拓の地から来たは自分の行動一つで、彼女の故郷以外の未開拓の星の歴史を大きく変えるほどの影響力を持ってしまったから』
「それくらいで?」
『それくらい、ね。開拓者の中ではそれくらいという認識でも、周辺ではの行動一つで周辺に多大な損害を与える事もあるのよ。実際、近くにあったいくつかの星はが宇宙に出た事で未開拓だったのが宇宙空間に出られるまでの発展を遂げたりもすれば、それの反対で生態系に影響を及ぼして滅んだりしている。けっこう、重大じゃないかしらね』
「……」
『それだけじゃなくて、が無能力で無資格であるのも問題視されてるのよ。彼女は私のステーションだけではなく、私のステーションを統括するスターピースカンパニーにとっても相応しくない人材である、それを払拭するためにはカンパニーが推奨する再教育を受ける必要が出て来た、それを受けなければ異端児としてみなし、強制的に世界を追い出す必要があるって』
「何それ。が歴史改変の恐れと、無能力で無資格でそれはヘルタのステーションとカンパニーに相応しくない人間だから、その世界から追い出す? ばかじゃないの」
『でも実際、カンパニーに属しながらそれに相応しくないとみなされた人間、あるいは、それらに抵抗できない人間は彼らの手によって、秘密裡に強制的にその世界から追い出されると聞いている。その末路は、私も知らないわ』
「……はそうなる前に、カンパニーが推奨する再教育を受けるため、ステーションを出ていく必要があるの?」
『その通り。私もをステーションから追い出したくはなかったんだけど、の存在がカンパニー内の上層部の連中に目をつけられてしまってね。そうなれば、天才クラブの私でもどうにもできない』
「カンパニーの上層部って、カンパニーの高級幹部だっていうトパーズやアベンチュリンとは違うの?」
『ええ。トパーズやアベンチュリン、あいつらはカンパニーの高級幹部の一人で凄いのは凄いんだけど、上層部とはまた違うのよ。彼らもまた、カンパニーの手先に過ぎない』
「……」
『が上層部に目をつけられたのは無能力で無資格な部分以外に、ナナシビトとして開拓の旅を続ける丹恒と一緒に居る、彼と恋人同士になってるのが大きいかな』
「え、が丹恒と恋人同士になってるのがカンパニーの上層部に目をつけられたって、それってどういう――」
更に開拓者がヘルタにそれについて詰め寄った所、だった。
トントン、遠慮がちなノックの音が聞こえた。
それに反応したのは、御空である。
「どうぞ」
「失礼します」
御空の声でドアが開き、先に入って来たのは青雀だった。
「あれ、青雀だけ?」
「は?」
入って来たのは青雀一人で、開拓者と『なのか』は不思議そうに辺りを見回す。
青雀は溜息を吐いた後、後方を指さし説明する。
「素裳がの手を引いてくれてるから、此処まで来るのに少し時間かかる」
「え?」
「何で?」
開拓者と『なのか』は最初、青雀の言う事が分からなかった。
「……」
「!」
「どうしたの、顔真っ青だけど、大丈夫?!」
青雀の説明の通り、は青ざめた顔で、素裳に手を引かれた状態で入って来た。
「素裳、をこちらへ」
「に何があったの?」
素裳はを開拓者と『なのか』に明け渡し、彼女の状況を説明する。
「それが、御空様が心配した通りそれに耐えられなかったのか、開拓者と無口君達の決戦の映像見た途端気分悪いって言って、塞ぎ込んじゃって……。なんとか、アタシと青雀でを此処まで連れて来たんだよ」
「ごめん。ちょっと落ち着かせて……」
はあ。は本当につらそうに、椅子に腰かける。
「、無理しないで」
「、お茶、飲んでよ。ここのお茶、美味しいから」
「ありがとう……」
は謝るも、開拓者と『なのか』は彼女を優しく支える。『なのか』からお茶を受け取ったはそれを一口飲んで、なんとか、気分が落ち着いた気がした。
しばらくした後。
「……将軍様、約束通り、丹恒を此処に呼んでもらえないかしら?」
「いいのかい?」
「もう決めたから。大丈夫……」
「そうか。それじゃ、呼んで来る」
景元はの言う事を聞くよう、丹恒を呼ぶため、一人、会議室を出て行った。
「、決めたって、何を決めたの? そこまで急がなくてもいいと思うけど!」
「そ、そうだよ。はそこまで焦って何かを決める必要ないんじゃないかな、ねえ!」
「……」
開拓者と『なのか』はヘルタからその事情を聞いているぶん焦りを隠せずに詰め寄るが、は何も答えなかった。
そして――。
「お待たせ。約束通り、丹恒殿、連れて来た」
「……」
景元の背後に居たのは確かに丹恒だったが、いつもの丹恒と違っていた。
「丹恒、それ――」
「何でそっちで来たの?」
開拓者と『なのか』も丹恒の姿を見て、息を飲む。
会議室の空気も、丹恒の登場で変化する。
だけはその丹恒を見て、微笑む。
「あら、『あなた』、全てを知った私の所まで、そっちの姿で来てくれたの?」
「……、こっちの方が説明が楽と思ったし、も納得してくれると思って」
「そう。それじゃ、あなたも覚悟を決めてそれで、私の前まで来てくれたのね?」
「そうだな。お互い、全てを知ったうえでの結論が出せて、良かった」
は席を立ち、丹恒と向き合う。
丹恒も静かにと向き合う。
その間、開拓者と『なのか』は祈る仕草で二人を見詰め、素裳と青雀は御空と符玄の後ろに隠れて見守るだけで、ヘルタ、御空と符玄は目を逸らさず真っすぐ見詰めている。
は丹恒の真なる姿――飲月の姿をここで初めて、間近で見た。
「それが、あなたの隠していた真なる姿――龍尊である飲月の姿? 素敵ね。私の前でもそれ、隠さなくて良かったのに」
「そうか? お前は俺の龍の角や床を這いまわる尾を見ただけで、逃げるかと思ったが。更には飲月化したうえで力を開放した時に現れる龍の姿も耐えられそうか?」
「ええ。今でもあなたのその姿を見て、這いまわる龍のしっぽ見て、そこから逃げ出したい気分よ。でも開拓者と『なのか』だけじゃなく、仙舟の人間も揃ってるこの場ではそこから逃げるなんて、無理な話よね。飲月化した時に現れる龍の姿も、恐ろしいもの」
「……そうか、それがだよな。でも俺は、いつか、この飲月の姿をの前に見せたかった。これも俺だからな。今回、此処で開拓者と三月だけじゃなく、将軍達がついててくれて良かったと思う」
と丹恒はいつもの調子で話している風だが、周囲の人間はそうは聞こえていなかった。
と。
『、丹恒。決めたの?』
現在、と丹恒に割り込めるのは、ヘルタだけだった。
はあっさりと丹恒からヘルタに視線を移し、彼女に向けてハッキリと言った。
「決めた。私、スターピースカンパニーの再教育を受けるため、そこが運営する学園に入る。ヘルタ・ステーションを出ていくわ」
『そう。で、カンパニーの上層部の連中に一番問題視された丹恒との付き合いはどうするつもり?』
「今回、ここで丹恒と開拓者、『なのか』の三人の旅の決着方法見せてもらったけど、聞いてた通り、無能力で無資格の私ではそれついていくの無理だって思い知った」
そしては迷いなく、ヘルタに向けて、言い切った。
「無能力で無資格のただの人間の娘の私ではその現実見て、丹恒と付き合うの無理だって分かった、理解した。私と違って、星神に愛された能力持ちの丹恒ではどう考えても釣り合わないし、長続きしない。ヘルタが話した通りで、ここで丹恒と別れる方が一番いい。私、丹恒と別れたうえでステーションを出て、カンパニーの再教育、受けようと思う」
『丹恒は、のそれに納得している?』
「ああ。俺もの決断を嬉しく思っている。ナナシビトとして星穹列車で旅を続ける俺と、ステーションに残ったままの無能力で無資格のでは、このまま付き合いは続けられない、その関係を維持するのは難しいと、前から思っていた。俺は、ここでと別れるのが丁度良い」
丹恒も冷静にそれに応じる。
『そう……』
ヘルタは少し考えた後、と丹恒に応じるよう、手元のパソコンで何やら操作している。
『そう。分かった。私も、と丹恒、二人の選んだ新しい道を歓迎するわ。スターピースカンパニーの幹部達に――ジェイドにそれ、報告しておく』
「……ねえ、ヘルタ、私はいつ、ステーションを出ていくのが望ましいの?」
『そうね。それ決断したなら、一日で荷物をまとめて、さっさとステーションを出て指定の星へ出発した方がいい。それ、姫子に伝えておくから、準備できたら、星穹列車に乗ってちょうだい。行先は、そこで案内する』
「それはいいけど、ステーションを出るなら皆――応物課の温明徳課長や、私によくしてくれたエイブラハム、温世斉や温世玲、ほかの課でも私によくしてくれた仲間達への別れの挨拶したいんだけど、それの時間ある?」
『悪いけど、それは無理な話ね。今のうちに手紙でも書けば、私からスタッフ達に渡しておけるけど』
「そう。それじゃ、手紙で皆への別れの挨拶、出しておくわ。後でヘルタから皆に渡してちょうだい」
『了解。私はこれからステーションに戻って、の出航手続きを開始する。私はそれで忙しくなるけどそれの手続きが完了するまでの間だけは――、開拓者達とステーションに戻るまで、後は好きにしていいわよ』
「え。開拓者達とステーションに戻るまで好きにしていいって、どういう意味? 私は話が決まれば早いとこ、ステーションを出た方が良いんじゃなかったの?」
『アンタ、せっかく、仙舟のお祭りに来たのに、明日の本番の星槎レースのお祭り見ないで帰るの?』
「あ」
ここでは、星槎レースの主催者である御空を見る。御空はに微笑むだけで、何も言わなかった。
ヘルタは言う。
『、明日の星槎レースが終わるまで、開拓者達と好きにしていい自由時間くらいあげるわ。カンパニーの再教育が始まれば自由時間なくなるし、私、そこまで鬼じゃないから』
「ヘルタ、ありがとう。少し、気が楽になった」
『そう、それは良かった。それじゃあ、次は、ステーションじゃなく、姫子の星穹列車で会いましょう』
ヘルタは最後にに微笑み、通信を切った。
ぷつん、と。ここでヘルタの映像が途切れ、通信も途絶えた。
何もかも終わりを告げる。
は、この時は、来た時の緊張感は消え、とても穏やかだった。