別の日。
星穹列車内にて。
「私が先!」
「いや、俺が先だ!」
「……」
と開拓者の言い合いが続いて、その間で丹恒が困ったように座っている。
「ヨウおじちゃん、これ、なんの騒ぎ?」
三月なのかは起きて部屋から出た途端、ラウンジから言い合いが聞こえて来て、そこにずっと居座っているヴェルトに聞いた。
ヴェルトは落ち着いた様子でコーヒーを飲みながら、『なのか』にそのわけを話した。
「急にフリーになった丹恒を、開拓者とが取り合ってる。いつものよう、『なのか』の判断でどうにかできるなら、どうにかしてくれないかい?」
「あ、いつものやつね。了解、了解~」
『なのか』はヴェルトに頼まれそれに応じるよう手を振り、、丹恒、開拓者に近付いた。
『なのか』は、、丹恒、開拓者の前に立つと、軽い調子で言った。
「はいはい、いつものよう、このウチが公平にお互いの言い分聞いてあげるから、まずはそれ話してくれる?」
「丹恒がフリーなら、恋人の私を優先するべきじゃない?」
「、昨日は俺が引き下がって、朝まで丹恒と一緒だったじゃないか。それなら今日は、俺が先だろ」
「ふむ、ふむ。で、肝心の丹恒は、どっちの意見に乗りたいとかある?」
『なのか』は、と開拓者の意見を聞いた後、肝心の丹恒を見る。
丹恒は参った様子で、『なのか』に自分の意見を伝える。
「……、開拓者の昨日はを優先したから今日は自分というのも分かるし、しかし、たまにしか一緒になれないと一緒になりたいというのもある」
「なるほど。いつものどっちつかずなわけね。はい、決まりました!」
ぱん! 『なのか』は両手をあわせ音を出し、その判決を下した。
「今日は、開拓者優先! はい、決まり、決まり!」
「えー。『なのか』も開拓者寄り?」
列車内で意見が分かれた時、中立的な立場が取れる『なのか』の判断は適格で絶対的なものになっている。はしかし、『なのか』が開拓者を優先した事に不満の声を上げる。
の不満を聞いた『なのか』は、強い調子で彼女に言い返した。
「、昨日は開拓者が引き下がって丹恒と朝まで一緒だったんだよね。それならウチは今回丹恒は、開拓者優先した方がいいと思う!」
「それ言われると弱いんだけどぉ、でもぉ、一緒に居られる時間こういう時しか……、うう……」
がくり。はそれ以上の言い訳が思いつかず、『なのか』の意見に従うしかないと、肩を落とした。
「なの、ありがとー!」
「どういたしまして」
開拓者は自分の意見に乗ってくれた『なのか』と、ハイタッチする。
『なのか』は、その開拓者を興味深そうに見詰めて聞いた。
「ところで開拓者、今日はアンタもフリーだったよね。アンタ、丹恒とどっか行きたい所、あったの?」
「ああ。今日は、ピノコニーのホテル・レバリーに行きたかったんだ。そこで丹恒と色々、遊ぼうと思って」
「え、いいなそれ! ウチもフリーで暇だったんだよね、一緒いい?」
「もちろん。なのも、歓迎するよ」
「やった。用意するから待ってて!」
きゃー。『なのか』は、開拓者と丹恒の行先がピノコニーと聞いて、そこへ行く用意をするため、さっさと自分の部屋へ行ってしまった。
と。
「ピノコニー……、丹恒、今からピノコニーに遊びに行くの?」
「開拓者に付き合うなら、そうなる。悪かった。これなら、優先した方が良かったかもしれない」
に問われた丹恒は参った様子で、行先がピノコニーであるなら、自分の選択が間違っていたとそれに後悔するが。
「いいよ、別に。もう決まった事だから」
「……」
「いつものよう、ピノコニーで何かお土産、買って来てよ」
「忘れずに買って来る。何がいい?」
「ピノコニーで評判のお酒類は多分、検閲に引っ掛かって無理だろうから、いつものスナック菓子……あ」
はここで、ピノコニーといえばのお土産を思い出したが、しかし。
「何だ? ピノコニーでスナック菓子以外で何か欲しいもの、あるのか」
「べ、別に何でもない。気にしないで。あまり、丹恒に無理しないで欲しいからさ」
「の注文は、別に無理と思ってない。それから、あまり我慢するなよ。何か欲しいものがあれば、遠慮せず言えばいい。俺がヘルタに頼めば、持ち込めるかもしれない」
「丹恒……」
はは。は笑って誤魔化すも、丹恒はそれを振り払うように強い調子で言った。は丹恒のその優しさは反対に残酷だなと思ったけれど。
と。
「お待たせー!」
話の途中で、出かける用意ができたらしい『なのか』が現れた。
「お、なの、いつもよりキラキラ増してる。良いじゃん、良いじゃん」
「えへへ。分かる? ピノコニー用のお化粧、頑張っちゃったー」
開拓者はピノコニー用の化粧をほどこした『なのか』に拍手を送り、『なのか』は開拓者に褒められて嬉しそうにくるくる回って見せた。
そして。
「、ごめんね。ウチら、丹恒とピノコニーまで遊びに行くから……」
「いいって、気にしないで。いつもの事だから。お土産、よろしくー」
は申し訳なさそうに謝る『なのか』に対して、気丈に振舞う。
「それじゃあ、ピノコニーのホテルまでレッツゴー!」
「おー」
「……」
開拓者は拳を振り上げ、『なのか』も明るく、丹恒は背後に控えるを気にしつつ、当初の目的地であるピノコニーはホテル・レバリーへと飛んで行った。
一人残されたは。
「……バーでお酒でも飲んで、待ってるか」
はあ。溜息を吐いて、一人、星穹列車内にあるバーに向かったのだった。
それから何時間が過ぎたか、分からない。
「、」
「……んー?」
どうやら寝ていたらしい。目を開ければ、丹恒の綺麗な顔がこちらを覗き込んでいるのが分かった。
「此処、どこ?」
「星穹列車内の俺の資料部屋だ」
「私、バーで飲んでたはずでは……」
「、バーで酔い潰れてた。俺がそのを資料部屋まで運んだ」
「そう、ありがとう、お休み……」
「、起きろ!」
再び眠りにつこうとするを、丹恒が揺さぶる。
「……今、何時?」
「システム時間でいえば、夜の十一時過ぎだ」
「ふあ、こんな夜中に何……。何かあるなら朝にしてよ……」
んー。普通の人間のでは、睡眠欲の方が優先される時間であった。は丹恒にそう断りを入れて、再び、眠りにつこうとした、が。
「これ!」
「!」
ちゃりん、と。丹恒がの目の前に差し出したのは。
「嘘、これ、ピノコニーで人気キャラのクロックボーイのキーホルダーじゃない!」
ぱあっと。その現物を見て眠気も吹き飛んだようで、起き上がった。
丹恒が手にしていたのは、ピノコニーで人気キャラの一つである、クロックボーイの指サイズのキーホルダーだった。
丹恒は溜息を吐いて、言った。
「やっぱり、お前、これ、欲しかったのか。このピノコニーの謎キャラ、ステーションの女性スタッフ達の間で流行ってるんだってな」
「どうして、これが欲しいって分かったの? 丹恒、こういうの得意じゃないでしょ」
丹恒は、長い間、隠居生活や逃亡生活をしていた影響か、世間の流行り物に疎い男だった。も丹恒のそれを理解しているので、彼に特に期待はしていなかったのだけれど。
「開拓者が……」
「開拓者が、どうしたって?」
「開拓者がピノコニーに行きたいと言い出したのは、これが目的だった」
「え、どういう事?」
丹恒の説明によれば、ピノコニーに到着した途端、此処で思い切り遊ぶと息巻いていた開拓者はそれとは違い急に真面目な態度に変わり、
『この数日、期間限定で、ピノコニーのショップにクロックボーイの限定アイテムが並ぶんだ。この日じゃないと手に入らないものがあったんだよ。で、それ手に入れるのに人数制限と個数制限があって一人じゃ無理、丹恒と『なの』に、その列に並んで欲しいんだけど!』と、
丹恒と『なのか』の前でバツの悪そうに話して、土下座までしてその列に並ぶのに協力して欲しいと懇願してきたのだった。
「開拓者は、ステーションの男性スタッフ数人から、ピノコニーに顔が利くならと、それの入手を頼まれてたらしい。男性スタッフ達はそれを彼女や意中の相手に送り、その機嫌を取りたいと。
ピノコニー以外にでもそのキャラを扱うショップはあるが、ピノコニーでしか発売されない激レアもあるとかでそれを手に入れるのに人数制限と個数制限があって一人じゃ人数ぶん手に入れるの無理、人員増やして店に並ばないといけない、俺だけじゃなく、三月にも拝み倒してその協力を要請していた」
「はあ。いつもの仕事の依頼ならまだしも、男性スタッフの個人的なそれに応じるなんて、開拓者も真面目ねー」
「開拓者はそれに応じた方が、ステーションでの依頼もやり易いと踏んだんだろうな。で、三月もこれが女性達の間で流行ってるの知ってて、開拓者に快く協力していた。俺も列に並ぶのは苦ではないので開拓者のそれに協力だけならしようと思ったが、そこで開拓者に耳打ちされた。帰って来た時に『の機嫌取りたいなら、のぶん買ったら。もこれ欲しがってた』と」
「あ……」
それから丹恒は参ったよう、髪をかきあげ、言った。
「開拓者、あいつ、がピノコニーで欲しがってるものが何か、分かってた。俺だけじゃがこれ欲しいなんて、分からなかった」
「……そうだったの。でも、開拓者の助言があったとはいえ、丹恒が私を思って並んでまでこれ買ってきてくれたのは嬉しい。ありがとう」
「いや。俺は並ぶのは苦ではないし、これくらいでの機嫌が取れるなら安いと思っただけだ」
丹恒は開拓者の言う通り、これだけでの機嫌が直ったのを見て、安心した。
は言う。
「でも開拓者も水臭いわね。人数ぶん手に入れるのに一人じゃ無理で人員確保で丹恒が必要なら、私の前で素直にそう言えば良かったのに。それ分かれば私も開拓者に、丹恒を快く貸してたわ」
「俺も開拓者にそう言ったんだが、開拓者の奴、の前では弱いとこ見せたくない、男のプライドがそれを許さなかったとか」
「何それ。別にそれくらい、気にしないのに」
くすくす。は丹恒から開拓者のその言い訳を聞いて、遠慮なく笑った。
「それ以前にステーションで、でほかの女性スタッフにこれ買ってたのが分かると、頼まれてた男性スタッフにごちゃごちゃ言われるってのもあるらしい」
「あー。そういうわけね。ステーションでもどこでも頼られる開拓者、大変ねえ」
「うむ。最強ゆえか、あいつのお人好しは、度を超えるところがあるからな。それを俺と三月で補助してやらなければいけない」
丹恒も開拓者を思い、笑うだけだった。
ふと。
「……ところで、そのキーホルダー欲しいって、開拓者にいつ話したんだ?」
「え。別に開拓者の前でこれ欲しいなんて話してないけど」
「そうなのか?」
「うん。ああそうだ、流行りに疎い丹恒は気が付かなかったかもだけど、ステーションでは数日前からピノコニーのクロックボーイ、女性スタッフの間で話題になってて、開拓者もそれ聞いてて、更に男性スタッフからの注文で、私も欲しがってるって思ったんじゃない?」
「なるほど。それなら、納得する」
うん。丹恒はの話を聞いて、一応、納得する。
それから丹恒は、にあげたクロックボーイのキーホルダーが気になった。
「しかしそれ、どうするんだ?」
「このクロックボーイのキーホルダー、カバンとかポーチにつけるのが今の流行りなんだよ。私の場合は、いつも持ち歩いてる、お化粧ポーチにつけたらいいかな。こんな風に……、ほら、ぴったり。可愛い~」
「なるほど。いつものポーチがそのキーホルダー一つで変わるもんだな」
は、無地でオレンジ色の化粧ポーチを持ち歩いていた。
丹恒は、の手でクロックボーイのキーホルダーをそのポーチにつけた途端に雰囲気が変わったのを見て、感心する。
「そういえば列車に帰って来たの、丹恒だけ? 一緒だった開拓者と『なのか』はどうしたの?」
いつもであれば丹恒の資料部屋でも開拓者と『なのか』の騒がしい声が聞こえてくるが、今は何の音も聞こえない静かなものだった。
「ああ、開拓者は注文ぶんのアイテムが手に入った後は、三月と予定通りにホテル・レバリーに泊まって時間がある限り、まだ遊んでくるって」
「丹恒は開拓者のそれに乗らなかったの?」
「ピノコニーの娯楽と喧噪は、俺にあわない。開拓者の用事がすめば、無用の施設だ。俺は、こうやってと静かに過ごしてる方がいい。そう、開拓者と三月に断りを入れて、自分だけさっさと列車に戻ってきたんだ」
「丹恒……」
言って丹恒はを抱き締め、も丹恒に応じるようにそれに収まる。
と。
「ふあ……」
「、眠いのか?」
「うん……。せっかく帰ってきてくれたのに、これ以上は無理かも。ごめん~」
「俺でも『普通の人間』は、もう寝る時間なのは分かっている。酒も飲んでるから、これが限界か。それから、俺が勝手に帰ってきただけだ、そこまで謝る必要ない」
のあくびが聞こえ、丹恒はその彼女を気遣うように離れる。
そして。
「今夜は、俺の資料部屋で寝た方がいい」
「そうだね。今夜はもう、此処で寝るよ。お休みなさい~……」
もそもそ。は這いながら丹恒の寝床まで行き、彼の布団をかぶった途端、限界がきてすぐに寝息が聞こえ、眠りについた。
夜がくれば自然と眠るを見て、思う。
「こういう時、夜でも朝でも、その限界がくるまでいつまでも起きてられる自分や開拓者、三月との差を実感する。まあ、これもの魅力の一つでもあるが」
丹恒は苦笑して、それから、改めての化粧ポーチにつけられたクロックボーイのキーホルダーを見詰める。
これを買った時に言われた開拓者の言葉は、今でも覚えている。
『の機嫌取りたいなら、のぶんも買ったら。もこれ欲しがってた』
確かに、ピノコニーで人気のクロックボーイのアイテムがステーションの女性スタッフの間で流行っているというのは開拓者だけではなく、そういうのに敏感な『なのか』も知っていた。
『ウチも、このキャラがステーションの女性スタッフの間で流行ってるの、知ってるよ。それで、も欲しがってるの分かるよー。丹恒、開拓者の言う通り、それ、のお土産に買っていった方がいいと思うよ』
丹恒は開拓者だけではなく、『なのか』の後押しもあって、クロックボーイのキーホルダーを買う決心をしたのだった。
その中での話の通り、開拓者がステーションのスタッフから、も流行物を欲しがっていたという情報を得ていたのは理解できるものであったが、しかし――。
……。
「……気にし過ぎか。起きてられる間に、アーカイブ整理しておくか」
丹恒は何かを振り払うよう首を振った後、自分はまだ起きていられるので、いつものよう、アーカイブ整理に取り掛かったのだった。