『どうぞ』
『どうも……』
地下室にあるテーブルに、メイドの手でケーキと紅茶が置かれた。第一王妃の前にもケーキと紅茶が置かれている。
『あなたとは朝の定例会議の場以来ね、丹恒さん?』
『そうですね。それ以外は国王の言いつけで――いえ、第二王妃についていましたから』
丹恒は椅子に座り、第一王妃相手に向き合っている。メイドが二人の様子を立って見守っている状態である。
と国王相手はそこまで緊張はなく普通に接していられたが、第一王妃相手となれば柄にもなく緊張した。
これまでは第一王妃とは朝の定例会議で顔をあわせるだけで、それ以降は特に会う事も、会話もなかった。国王も第一王妃に関しては特に何も言わず、の話で終わる。
第一王妃。名前はよく覚えていない。子供っぽさが残ると違い色気あふれる大人の女性で、紫のドレスを着こなしていた。
優雅で美しい、という表現がとても似合う女性だとも、思った。
第一王妃は紅茶を飲みながら、言った。
『私の前でも第二王妃の事はで、けっこうよ。丹恒さん、国王陛下の任命であれ、、あの子について回るのは大変でしたでしょう』
『いえ、についてるのは、それほど大変ではありませんよ』
『そう。評判通りの関係で、良きこと』
『……』
ふふ。第一王妃は丹恒との関係について特に追及せず、上品に微笑むだけ。
――どうにも、居心地が悪い。
この場にが居てくれたらと思うが、生憎、彼女は教会に出かけて不在だった。
第一王妃は丹恒のそれを見透かしているのか、面白そうに言った。
『丹恒さんが気にしているのは、の第二王妃という立場かしら?』
『それは……、はい、否定しません』
丹恒は第一王妃に見据えられて抑圧のない声で聞かれるとそれについて肯定しかできないと、国王とは別の意味で背筋を震わせる。
丹恒はここで、思い切って聞いてみた。
『あの。第一王妃様は、の事はどう思ってるんですか』
『どう思うとは、どういう意味で?』
『その、俺はについてから、この城の人間だけではなく、ディアンの国民からもに対しての嫌な噂を何度か聞いています。第一王妃様も彼らと同じよう、を邪魔な存在とか、排除したいとか、そういう負の感情を抱いたりとかはしないんでしょうか』
『そうね。私は丹恒さんが話しているような、国民達のに対しての反感感情は聞いているわ。国王陛下もの風当たりが強い事を知ってそれを気にしているくらいに』
『それなら何故、国民達に言いたい放題言わせているのですか。あれでは、が参ってしまいます』
『もそれが分かったうえでこの国に来ているし、それに手を貸せば反対に私達の方が恨まれるの。それのサジ加減が難しいのよね』
『……』
『そうでも私は、に対してはそこまで負の感情は持っていないわ。であの人の子がなせるなら、ぜひ、という思いがあるから。それというのも私達の間には長い事、子供ができなくてね。でそれが叶うのであれば、これ以上の幸せは得られないもの』
『……』
『は、この国にとって希望なの。は嫌な顔せず、私では出来ない事をやってくれるわ。私と国王陛下のためにこの国に来てくれたに反感を抱いている国民達も彼女を理解してくれるといいのだけれど、色々難しいのよ』
『そうですか……』
これは――第一王妃のその話は、から聞いた話と同じだった。
は国王の子を宿すためにこの国の第二王妃となり、それは、第一王妃からも歓迎され、二人の間はそこまで険悪な関係ではない、と。
丹恒はしかし、この話はとても奇妙に思った。
それは自分が外の世界から来ているせいで、この星の文化や風習に関してついていけないだけかとも思うが。
と。
『反対に聞くけれど丹恒さん、あなたがいた宇宙という世界では、私達の世界は奇妙に映るのかしら?』
『――』
第一王妃は丹恒を何かを探るような鋭い目で、見ている。
彼女に鋭い目で見詰められたら、肯定しかできない――。
『――そう、ですね。宇宙から来た俺から見ればあなた達の世界は、とても奇妙だ』
『そう。そうなのね。でもね、丹恒さん』
第一王妃は丹恒に顔を近付け赤い唇を上げ、言った。
『これが私達の世界なの、外から来たあなたに私達の世界をとやかく言われる筋合いはないわ』
『――』
同じ、だ。
丹恒は第一王妃も国王と同じで、底知れない女だと、息を飲む。
彼女は、まだ何かの『毒』を隠し持っていると思うほど。
第一王妃は丹恒から離れると、落ち着いた様子で紅茶を飲みながら言った。
『そういうけれど、あの子――は、もっと外の世界を知って欲しいとも思ってる』
『そうなんですか?』
『ええ。は外に飛び出せば、私より輝けると思うの。でも現状では難しいでしょうね。国王陛下がをクロムの狭い世界から連れ出せたのは上出来と、思うくらい』
『……』
『もまた、この奇妙な世界に囚われている……』
『……』
この時、第一王妃のその言葉は、丹恒の胸に深く刻まれた。
丹恒もまた、はこんな狭い世界に居るより、外の世界に飛び出して色々なものを見れば、もっと輝くと思っていたせいで。
『。そういえば今日は、あの子の明るい声が聞こえないわね』
ここで第一王妃は、丹恒にがついていない事に気が付いた。
それから第一王妃は落ち着いた様子で、丹恒に聞いた。
『今日は、と一緒ではないの?』
『は教会で定期検診があるとかで、朝に出かけていきました』
『そうそう、今日はその日だったわね。丹恒さんはが不在で暇で、此処まで来たのかしら』
『……まあ、それについて、否定しません』
くすくす笑うだけの第一王妃と、それについて否定できない丹恒と。
居心地が、悪い。
ここで丹恒は、地下室に置いてあるピアノ――グランドピアノに注目する。
『あの、さきほどのピアノは、第一王妃様の演奏だったんですか?』
『ええ。一人の時、弾きたくなるの』
『ああ、一人の時を邪魔してすみません……』
『謝らなくていいわよ。丹恒さん、あなた、音楽に興味おありなの?』
『はい。音楽を聴くのは、好きな方です。さきほどのピアノの件はこれで――この宇宙科学のアイテムを介して、聴こえてきたんです』
言って丹恒は、手持ちの端末を第一王妃に見せた。
『さっき、第一王妃様が弾いていた曲もこれに録音されていて、簡単に呼び出す事が可能です』
『うわ、凄い!』
丹恒が端末を操作してその録音した曲を流せば、第一王妃ではなく、彼女についていたメイドが驚きの声をあげた。
第一王妃はしかし、それを見ても驚かず落ち着いた様子だった。
『あなたのいう宇宙科学という技術を知らなかった私達からすれば、大変なものね。私はでも、そのようなものを介して曲を聴くのではなく、自分の力で弾いた曲をこの耳で聴いていたいの。こんな風に……』
第一王妃は立ち上がると、ピアノの椅子に座り、慣れた様子で鍵盤を叩き、曲を演奏した。
丹恒は録音していた曲を停止し、落ち着いた様子で、第一王妃が弾くピアノ曲に聴き入る。
メイドの彼女も落ち着いて、第一王妃の曲を静かに聴いている。
それはとても優雅で、美しい時間だと思った――。
後日。
『ええ。あなた、私が留守してる間、地下室で第一王妃様のピアノ演奏を聴いただけではなく、ケーキと紅茶もご馳走になったの? 何それ、ずるい、羨ましい!!』
丹恒が地下室で第一王妃と遭遇し、そこでピアノ演奏とケーキと紅茶をご馳走になった話をすればは、子供のように地団駄を踏んでそう喚いてきたのだった。
『と第一王妃様、なんでここまで差が出るんだ……』
はは。丹恒は、と第一王妃の間でここまでの差が出るものかと、苦笑するしかない。
そして。
『第一王妃様のピアノ演奏は、俺から見ても素晴らしかった。あれは、宇宙でもプロの演奏家として通用するものだ』
『そうでしょ、そうでしょ。第一王妃様は楽器の演奏は一流なの。第一王妃様はピアノだけじゃなくて、バイオリンとかフルートも楽器類は何でもこなせて、プロの演奏家も彼女の前では大人しくなるほどよ』
は丹恒に第一王妃を賞賛され、自分の事のように嬉しそうだった。
『そういえばは、第一王妃様のよう、楽器を持ってないのか? 第二王妃であれ、ピアノとかバイオリンといった楽器類は習得していると思ったが』
『……』
『?』
『小さい頃、当然のようにそれらに手をつけて手が痛むくらい特訓もしたけど、十歳くらいの時に家庭教師から突然、才能無いって言われて、それですっかり諦めた!』
『そ、そうだったのか。それは、すまない』
うわああ。その時を思い出したのか頭を抱えると、そこまでとは思わず彼女に素直に謝る丹恒と。
『音楽とか演劇とか芸術の高いものは結局、才能がものを言うのよ。努力したって、報われない』
『……』
はあ。投げやりになるを見て、丹恒は。
『、お前、第一王妃様の腕をそこまで認めているという事は、彼女の演奏を聴くのは好きなんだよな』
『それは、もちろん。第一王妃様の奏でる音色は美しく、憧れるわ。弾いてる時の姿も美しいの』
『それじゃあ、これ、試してみるか?』
丹恒はの前に、自分の持っている端末を差し出した。
『あ、これ、いつもあなたが持ち歩いてるやつね。これが何なの?』
『城の人間が驚くから、耳にこれつけろ』
丹恒は端末にイヤホンのコードを接続し、そのイヤホンをに貸した。
はしかし、イヤホンの使い方が分からない。
『何これ。どうやって使うの?』
『これ、耳にこういう風につけるといい』
『こう?』
丹恒はイヤホンの片方を自分の耳に入れてつけてみせ、も片方を同じようにつけた。
自然と、二人の距離が近くなる。
『ねえ、近付き過ぎじゃない?』
『一人用の短いコードしか持ってないんだ、仕方ない』
と丹恒はお互いに自然と体が密着してドキドキするも、気にしない振りして、続ける。
『スタート』
『!!!』
丹恒がスタートボタンを押せば、の耳にさっき第一王妃が弾いていたピアノ曲が流れてきた。
『こ、これ、第一王妃様がいつも弾いてる曲じゃない! どうしたのこれ!』
『それ使えば、周辺の音が自動的に録音される仕組みになってるんだ。これで、いつでも第一王妃様の曲が聴けるぞ』
『凄い、凄い!! 私にもこれちょうだい!』
『宇宙科学も知らない文明レベルが低いこの世界の人間にはこれは、貸し出せないルールになってる』
『えー。それじゃ、あなたがついてる時しか第一王妃様の曲、聴けないじゃないの』
ケチー。は最初、この機械は丹恒がついてる時しか使えないと分かり、不満顔になるが。
『俺がついてる時はちゃんと、お前に貸してやるよ。それでいいと思うが』
『それじゃあ、私と離れられなくなるわよ』
『今更、そこ気にするのか。俺はについてるのがもう、当たり前になった。この間、一人で第一王妃様に遭遇した時、居心地悪くて、が恋しかったくらいだ』
『あ……』
丹恒の素直な言葉に、は自分の体温が急に上がった気がした。
『曲、止めてくれる?』
『第一王妃様の曲、最後まで聴かないのか?』
『ケーキと紅茶のセット持って聴いた方がいいと思って。持ってくる!』
は言ってイヤホンを外すと、さっさと何処かに行ってしまった。
『本当、どこで第一王妃様と差がついたんだか……』
――本当、から目が離せない。丹恒はが行った先を、いつまでも見詰めていた。
数分後。
『ケーキと紅茶セット、持ってきた。そこの部屋、誰も使ってないと思うから、開けて』
は、二人ぶんのケーキと紅茶が置かれたプレートを持って両手がふさがれていたので、丹恒がその部屋のドアを開けた。
の言うよう、部屋には誰も居なかった。
『よし。ソファでゆったりした気分で、第一王妃様のピアノを堪能しましょう』
はどかっとソファに座って、ケーキを持って、丹恒からもらったイヤホンを耳につける。
『この部屋ならもう、イヤホンつけなくていいぞ』
丹恒もと同じようケーキを持ってソファに座った後、イヤホンをつけるにそう断りを入れた。
『これがいい』
『え』
『これがいい。これがあると、第一王妃様の曲、いつもより良い風に聴こえた。これ、耳につけたままにする』
『そうか。がつけたままがいいなら、そうするといい』
『ねえ、あなたはそれ、つけないの?』
『俺は別にそこまでこだわりはないし、この部屋ならそれつけないで聴いた方がいいかと――』
ぐいっと。は何を思ったか、無理矢理、丹恒の耳に片方のイヤホンをつけた。
二人で一つのイヤホンを使えば自然と、密着状態になる。
『』
『ふ、二人で同じ感じで聴いた方がいいでしょ! 察しなさいよ、それくらい!』
『そうだな。二人で同じ感じで聴いた方がいいな、うん』
顔を真っ赤にして丹恒に訴えると、の行動に笑って受け入れる丹恒と。
丹恒とは、二人で同じイヤホンを使い、寄り添い、端末から聴こえる第一王妃が演奏するピアノ曲を堪能する。
『さすが、第一王妃様だわ。耳が幸せ~』
『うむ。俺もこれは、さすがとしか言いようがない』
『ケーキと紅茶を用意して大正解だわ。第一王妃様の曲とケーキ、一番相性良いわ、この場所を用意してくれた第一王妃様には感謝しないとねー』
『本当、第一王妃様には感謝だな……』
丹恒はとは別の意味で――、第一王妃のピアノ演奏がなければ二人で一つのイヤホンを使う事もなかったし、隣でケーキを美味しそうに頬張るほど良いものはないしで、本当、この場を作ってくれた第一王妃には感謝しかないと思ったという――。
――現在、星穹列車、サンデーの部屋にて。
丹恒がのディアンでの過去を思い出している間、サンデー、開拓者、ヴェルトの会話は和やかに繰り広げられていた。
「開拓者やヴェルトさんもワタシの部屋に来てもらえれば、さんと丹恒さんが来た時と同じく、演奏くらいしますよ。そのつもりで、ピアノを持ち込みましたので。そうそう、此処には不在の姫子さんと三月さんにも、それ、お伝えください」
「本当? やったー。姫子と『なの』にもそれ、伝えておくよ!」
「これは、嬉しい誘いだ。開拓の時は色々あってサンデーさんの演奏があまり聴けなかったからな、どこかでしっかり聴いておかないといけないと思ってたんだ」
ぱちぱち。開拓者とヴェルトはサンデーの誘いを受け、とても喜んだ。
そして。
「ねえ、とサンデーの件、これで解決って事でいい?」
「うん、私とサンデーはもう大丈夫だよ。開拓者にヴェルトさん、私とサンデーを心配してくれて、ありがとうね」
「いや、なら一人でも解決できるのをすっかり忘れてたよ。こっちの早とちりだったな」
開拓者、、ヴェルトの間でサンデーの件は解決した。
「解決なら、もうこの部屋を出た方がいいね。サンデーも一人で落ち着いて練習したいかもしれない」
「そうだね。俺達が長い事、此処に居ては、サンデーさんも落ち着いてピアノを弾けないだろう」
「私もサンデーのピアノ聴けたから、満足だわ」
「……」
問題が解決したのを知って安心した開拓者とヴェルトだけではなく、と丹恒も同じようにサンデーの部屋を出た時、だった。
「丹恒さん、一人で、ワタシの部屋に残ってもらえます?」
「は? 俺一人で残れってどういう意味だ」
安心して部屋を出ていこうとした所、丹恒だけがサンデーに呼び止められた。
「お。丹恒とサンデーの件はまだ決着してなかったの? そうなら私も加勢するけど、丹恒かサンデーか、どっちにつこうかな?」
ポキポキ。それを聞いた開拓者は面白そうに腕を鳴らし、丹恒かサンデーか、どちらにつけばいいか吟味する。
「開拓者はどうして、いつも、拳で解決しようとするんですか……」
開拓者は、サンデーに呆れられた。
「丹恒さんに残って欲しかったのは、これを受け取って欲しいと思いまして……」
「!」
サンデーはスッと、一枚のレコードを丹恒に差し出したのである。
丹恒はサンデーからレコードを受け取ると、興奮した様子で聴いた。
「これ、中々手に入らないレア盤じゃないか。どうしたんだ、これ」
「ワタシもピノコニーに居る時、レコード、けっこう集めてたんですよ。今回、それを持ち出したのは、さんの事情を聞く前にさんに色々言い過ぎたお詫びとして、丹恒さんにそれ、差し上げますよ」
「いや、あの時は俺も、大人気なかったとは思う。それだから、サンデーにそこまでしてもらう必要はないが……」
「ワタシの部屋には、それ以外にレコードのコレクションあります。まだ時間あるようでしたら、色々、語り合いませんか」
「!」
サンデーの誘いを受けて丹恒の顔色が変わったというのが、、開拓者、ヴェルトでも分かった。
「サンデーの誘い、受けた方がいいんじゃないかな。私、その間、バーに居るから心配しないで」
「趣味が分かりあえる友人が増えるのは、いい事だと思う。の事は、俺達に任せてくれ」
「私、その手のものは全然興味ないから、についてるよ。それじゃあ」
、ヴェルト、開拓者の三人はサンデーから渡されたレコードを大事そうに抱える丹恒にそう言い残して、サンデーの部屋を出て行った。