番外編:07 回転宇宙(03)

 翌日。

 とある喫茶店にて、は刃と向き合っている。

「――誰かに見られている気がする?」

「うん。アジトに居る時とか、外でも、誰かに見られてる気がするんだけど……」

 あれ以来、誰かに見られているという気配は何度かあって、その気持ち悪さは抜けなかったので、とうとう、刃に相談する事にした。

 刃の前にはコーヒーが、の前にはグラスで氷入りのオレンジジュースが置かれてあった。

 刃はコーヒーを飲みながら、改めてを見つめて言った。

、中身はともかく、見た目だけはいいからな。俺以外のへんな男につきまとわれてるとか、普通にありそうだが。そのへんの心当たり、ないのか」

「どうかなぁ。この数日の間、飲み屋で情報取った以外で刃以外の男と接触した覚えないんだけど」

「この件、カフカには?」

「まだ」

「そうか。あいつらに言えば、すぐ特定できそうだが。どうする」

 ゆらゆら。刃の顔が、の持つグラス越しに揺れる。

「カフカ達には、私のこんな小さな事で心配かけたくない」

「そうだな。それからカフカより、俺に先に話したのは賢明な判断だ。何かあれば俺が何とかしてやるからとは、前から話してたからな」

「……」

「何だ?」

 刃はに見つめられているのを知って、怪訝な顔になる。

 はずずずと音を立ててオレンジジュースを飲みながら、言った。

「改めて刃は、イケメンなのはもちろんだけど、頼りになるし、そこがカッコイイと思って。ねえ、カフカより、私にしない?」

「その評価は素直に受け入れるが、俺は初めからカフカと付き合ってないし、お前とも付き合う気ないわ」

「えー。もったいない~。刃って、今でも私がついてるのにそれ無視するかのように客の女達の視線集めてモテるのに、カフカ以外で、女の気配あんまないよねえ」

 は、さっきから喫茶店内に居る客の女性達から、刃目当てと分かるくらいの視線を痛いほど浴びていた。

 そして。

「はっ、まさか、やっぱり、男好きとか?」

「お前、やっぱり殴られたいのか?」

「すみませんでした」

 刃が拳を作ったので彼が本気で殴ってくると思ったは、素直に謝った。

 刃はため息を吐いた後、その拳を引っ込めてに話した。

「女は面倒なだけだ、一人でいい」

「そうなの? でも、星核ハンターの中ではカフカを中心に、ホタルや銀狼といった可愛い女の子達に囲まれてるじゃない。それで今まで、何もなかったの?」

「そうだな。俺にカフカ、ホタル、銀狼、それから、がついていれば十分で、それ以上は何もねえよ」

 ふ、と、刃は笑みを浮かべた。

 その笑みを見たは身を乗り出し、刃に迫る。

「ねえ刃、やっぱり、私と本気で付き合う気ないの?」

 刃は髪をかきあげ、キザったらしい返事をする。

「俺と付き合うと、泣いてばかりになるぞ」

「きゃー。カッコイイ! 素敵!」

「お前なあ、俺をばかにしてるだろ」

 あはは。は、気取った刃に手を叩いて遠慮なく笑った。

 刃もそのに呆れつつも、顔は笑っていた。

 ところ、で――。

 ――ぞくり、と。の背筋に悪寒が走ったのと同時に。

「見られてる……」

「え?」

「追いかければ追いつくかも!」

「おい、、勝手に出て行くな!」

 急に立ち上がり走って店から飛び出したと、彼女を追いかけようとするも支払いがあって慌てる刃と。

「待って、ねえ、待って、何で私を見てるの!?」

 喫茶店を飛び出したは、確かにその姿を見つけた気がした。

 その気配は裏に回り、そして――。

「何、これ……」

 は路地裏で、紙で折られた人形を見付けた。

!」

「刃……」

 会計をすませてから喫茶店を出た刃は、息を切らして、の腕を掴んだ。

「ねえ、これ拾ったんだけど」

「!」

 は、さっき、路地裏で拾った紙人形を刃に見せた。

 刃はからそれを奪い取る。

「これは……」

「刃はそれが何か、知ってるの?」

「……仙舟で使われる、護符だ」

「護符? 護符って、対象者を守るとかいうの? 呪いじゃなくて?」

「ああ。これは、呪い系じゃなくて、対象者を守るものだ。そこまで悪いもんじゃない」

「今まで見られてる気配がしてたの、その紙人形だったのかな?」

「多分。役目を終えたのか、ただの紙に戻ってるな」

 刃は紙人形を分解し、一枚の折り紙に戻した。

 そして。

「くそ、あいつらに俺達がさらってきたの、もうバレやがったか」

「え」

 ――自分をさらってきたのが、バレた?

「刃、何言ってるの? 私をさらってきたのがあいつらにバレたって、どういう意味かよく分からないんだけど……」

 刃は戸惑うに構わず、手持ちの端末を取り出しそれを口元へ持っていき、そして。

「――カフカ。あいつらにの事、バレてる。についてた仙舟の護符、見つけた。そうだ、あいつの仕業に決まってる。ああ、銀狼とホタルにも伝えてくれ。この茶番劇は、もう終わりだ。これ以上は、まずい。いったん、連れて戻るわ」

 ピ、と。

 ここで刃は、カフカとの通信を切った。

「刃」

「何してる。、さっさとアジトに戻るぞ」

「刃、説明……」

「説明は、アジトに戻ってからだ」

 さっきとは違って、冷たくて、恐ろしい刃がそこに居た。

「……ッ」

 ――終わる。

 終わって、しまう。

 はそれを感じて、刃から一歩、一歩、後退する。

、どうした。一緒にアジトに帰るぞ」

「いや……」



「アジトに帰ったら刃やカフカ、銀狼、ホタルとの生活終わっちゃう……。帰りたくない」

「……」

「私、刃達との生活、楽しかったんだ。こんな無能力で無資格の私でも役に立つ、使えるって言ってくれたのは、嬉しかった、から」

「……」

「まだあそこに――ヘルタ・ステーションに、帰らない」

、お前――」

 刃は何もものが言えなかった。

 が自分に抱き着いてきたせいで。



 は刃にしがみついた状態で、彼に懇願する。

「もうアジトに帰らなくちゃ、だめ?」

「……そうだな。は俺と離れると、ステーションに戻れなくなって、最悪、この世界をさ迷い続ける亡霊に成り果てる」

「そう。それじゃあアジトに帰ったらカフカの所に戻らないで、バイク乗せて。行きたい場所がある。それが最後。お願い」

「分かった。アジトついたら、バイク乗せてやるよ。それまで、俺のそばから離れるな」

「うん」

 刃はの言う事を了解し、も刃の言う事を聞いて従った。



「刃ちゃん、

 アジトに戻れば、カフカ一人だけが外で突っ立っていた。

「これかぶれ」

「ん」

 刃はカフカに何も言わずにバイクの調子を確かめ、にヘルメットを手渡した。

「……」

 カフカは、二人の様子を黙って見ている。

 いつもならついているビルの明かりは消されて真っ暗な状態で、銀狼とホタルの姿はどこにもなかった。

 よくよく見れば、どこも真っ暗で、刃ととカフカ以外の人間の姿は一人も見当たらない。

 刃はバイクにエンジンをかけ、を後ろに乗せたときになってようやく、カフカに向けて言った。

「今からバイクで、コイツの行きたい所、連れてく」

「そう。行ってらっしゃい。気を付けて」

 カフカは微笑み、二人を見送るだけ。

 は。

「カフカ」

「何」

 はカフカを見つめ、ただ立っているだけでも存在感のある彼女に聞いた。

「また、会える?」

「……どうかしら。あなたが宇宙ステーションから外に出ないと、もう一度は難しいかもね」

 カフカはを突き放さず、応じる。

 そして。

「銀狼が――」

「銀狼が、何?」

 カフカはここで、自分達の仕業をに打ち明ける。

「時々、開拓者の動向を監視するためにヘルタ・ステーションにスタッフとして紛れ込んでる銀狼が、その中に面白いスタッフが居るって、私に教えてくれたの。無能力で無資格だけど、何故か、応物課に所属してその倉庫に居座ってて、列車の護衛君の恋人として付き合ってる事でスタッフの中でも有名人だって。
 私と刃は銀狼からそれ聞いて、それ、の事じゃないかって気が付いて、今回の計画を立ち上げたのよ」

「そうだったんだ。それでカフカと刃は、どうして私を此処に呼んだの?」

「あの後――あなたの星に眠っていた星核の力が解放され、その影響で予定通りにレギオンに蹂躙されて壊滅状態になったと聞いたわ。でも、星穹列車の護衛君とその乗組員達のおかげで、それの爆発は免れて封印に成功して、レギオンを退けたともね。そうでも、被害は甚大、それだけじゃなくてあなたの星がカンパニーの管轄外だったせいでそれの支援も受けられないから、結局、レギオンを退けられたとしても破壊され尽くし焼け野原になって、その星の動植物の半数が消失、生き残ってた人間達も地下で暮らさなければいけなくて、悲惨な状態だった」

「……」

「その後――、何もかもが終わった後、私と刃であなたの星に再度行ってみれば、地下生活でも快適に暮らせるよう、今までなかったガスや水道があって、電気も通って通信機器も充実して、急に近代化して色々復活してるじゃないの。地上でも城周辺は緑化され、失われた動植物も少しずつ復活してると現地の住人達から聞いた時は、素直に驚いたわ。
 私と刃はそれ見て、笑っちゃった。レギオンに目を付けられ、カンパニーの支援もない中で、こんな事があるのかって。こんなの、エリオでも予測不可能でしょう。あれ、あなたの仕業よね?」

「うん。丹恒の手で私だけ宇宙まで出られて、ヘルタ・ステーションで保護されてそこの応物課に配属になった時、それ利用して、丹恒に頼んで、こっそり、ステーションの宇宙科学アイテム、私の故郷に横流ししてたんだよね。ガスも水道も電気系統も、それ系の資格持ってる丹恒に頼んでやってもらった」

「そう。ヘルタやカンパニーにバレたらどうなるか分からないのに、よくやったわね」

「ヘルタにはあっさりバレたけど、どうして私の星だけこんな目にあわなくちゃいけないのかって訴えれば、カンパニーにバレない程度の最小限のものであるなら構わないという了解もらって、丹恒と王国再建は続けてる。
 国王陛下やロイ、第一王妃様、元気だった?」

「ええ。あなたと列車の護衛君のおかげで、何とか生きてるって、笑ってたわよ」

「それは良かった」

 とカフカは笑いあう。

 カフカは続ける。

「私と刃はそれでもう一度、そこまでやってのけた、に会いたかったのよ。銀狼がヘルタ・ステーションの模擬宇宙使えば何とかなるかもって言ってくれて、それに乗ったわけ」

「そう。私ももう一度、カフカと刃に会いたかった。あそこで、私とロイを助けてくれたお礼も言いたかったから。ありがとう」

「いえ。あれから、第二王妃として故郷存続のために宇宙まで出て行って王国再建を続けるの方が、凄いわ。本当、許されるなら星核ハンターの一人として欲しかったくらいよ」

「ねえ、それ、今でも許されないの?」

「エリオは、無能力で無資格のあなたについては、不純物扱いしてる。エリオが認める人間でなければ、メンバー入りは難しいわね」

「残念。許されるなら、星核ハンターのメンバーになってみたかったのに。そういえば私、カフカ達のいうエリオそのものに会った記憶ないしその顔も分からないままなんだけど、彼と面接したという記憶はあるんだよね。これも銀狼の仕業?」

「ええ。それも銀狼の記憶改ざんによるものね。でも安心して、目が覚めれば、その記憶ごとなくなって、いつものあなたに戻ってるから」

 カフカはを安心させるために話したが、はカフカのそれが反対に不安だった。

「……それじゃあ、目が覚めたら、此処でカフカ達と過ごした生活の記憶もなくなる?」

「さあ、それはどうかしら。この時の記憶が残るかどうかは、次第かもね」

「そう。それだけ分かれば十分」

「でも、がそこまで私達に執着していると、それがバレた時、列車の護衛君が許さないんじゃない?」

「あっちも何か色々秘密抱えてるっぽいのに、いつまでも教えてくれないんだよね。それだから私もこれくらいの秘密持つ事に関して、丹恒にとやかく言われる事はないと思う」

「そう。私、のそういうハッキリしたとこ、好きだったわ。あの星でが第二王妃様として存在した時も、あそこまで刃ちゃんに迫れる女が現れるとは思わなかったから」

 カフカは、丹恒相手でも遠慮せず胸を張って言うを見て、微笑む。

がこの宇宙でも、らしくて何よりだわね。此処であなたに会えて良かった。この場を用意してくれた銀狼には、感謝しないといけない」

「うん。私もヘルタの模擬宇宙を利用して、この場所を用意して、カフカと刃に会わせてくれた銀狼には感謝してる。それ、彼女に伝えておいて。あ、ホタルにもホタルの焼いたクッキーもう一度食べたいっていうのも、伝えておいて」

「了解。ちゃんと、銀狼とホタルに伝えておくわ」

 とカフカはお互い、時間が来ている事を悟っている。

「さようなら」

「さようなら」

 はここで、カフカと別れた。