ホテルのロビーにて。
――。
甘い香りがした。
「――あまり、触れないでくれるか。敵かと勘違いして槍で反撃するかもしれない……」
「何だ、起きてたの」
つまんない。彼女――は寝ている丹恒の頭を撫でようとしたがそれができず、隣で、面白くなさそうに会場から持ってきたスラーダを飲む。
丹恒は目を覚ますとを見ないで、彼女に聞いた。
「あの男の相手はどうした」
「私にベタベタしてくる彼の相手、疲れたから、一時的にジェイドに代わってもらった。ちょっと休憩中」
言っては丹恒の前で、その足を延ばした。
それからは期待を込めた目で、丹恒を見る。
「丹恒はあれから何もしないでずっと寝てたみたいだけど、その間、私について思い出してくれた?」
「全然……。寝ている間も、お前の夢は見なかったな」
「えー。何それ。普段の丹恒であれば嘘でも目が覚めたら、私の夢見てたなんてカッコイイ事、言ってくれたのにさー。本当に私について何も見なかったの?」
「今の俺は、お前にそこまでの感情は持ってないからな」
丹恒はの不満をそう、一蹴する。
は丹恒の口からそれを聞いて、悲しかった。
「……私、恋愛感情なくても、丹恒の一番だと思ったのに」
「」
ここでは身を乗りだし、丹恒に迫る。
「ねえ。開拓者と『なのか』が居ない今のうちに聞きたいんだけど。私の記憶が無い状態でも、私が丹恒の一番になるのって出来ない?」
「それは……」
「どうすれば私は、丹恒の一番になれるの?」
「……」
揺らぐ。
お互い、不安定な場所に立っている。
「反対に聞くが、何でそこまで俺にこだわるんだ。ステーションでもお前を慕う男達は多いと聞いたし、此処でもお前に夢中な男が大勢だ。それで俺だけにこだわる必要、あるか」
「丹恒は、私をあの星から宇宙まで連れ出してくれた。故郷では、男の言う事しか聞けなかった私を自由な宇宙へと連れ出してくれて、いつも誰かの二番手だった私を一番に考えるとも言ってくれた。私はそれが嬉しかった。だから……」
「そうか。でも悪いが俺は、その時のについて何も覚えてないし、の故郷についても分からない」
「……」
「そうだ、お前も宇宙で自由になれたというのであれば、俺以外の男と付き合ってみたらどうだ? であれば俺にこだわらず、色んな男と付き合えるだろ」
「まだ、そんな事を言うの? 私はそういう事がなくても、ステーションで初めて顔をあわせた時とか、どこで出会っても、丹恒が自分の一番になると思ったけれど」
「俺は、どこで出会っても、の一番の相手にならない」
「……それ、私が無能力で無資格のせい?」
「それもあるな。前も話したが、お前が能力持ちの資格持ちで開拓者や三月のように自分で自分を守れるような女であれば、俺の相手になったかもしれない」
「それじゃ、今の丹恒の優先順位では、私が丹恒一番になれないの?」
「そうだな。今の俺は、では俺の一番どころか、それの相手にならない」
「……」
――ああ、またひっぱたかれるか?
丹恒はまたに叩かれる覚悟を持ってそうはっきり言ったが、今回は何もなかった。
「?」
丹恒は恐る恐る、を見る。
「……ッ!?」
そして丹恒は、がここではじめて泣いているのを知って、驚いた。
ぽろぽろ。の目から、涙があふれる。
「お、おい、ここで泣くなよ、俺も言い過ぎた、そこは謝る、悪かった!」
丹恒は今まで強気だったがここで泣くとは思わず、慌てる。
「ごめんなさい。落ち着かなくて。『あなた』のせいじゃない、もう、もう……」
は顔を手で覆い、立ち上がる。
丹恒も慌てて立ち上がり、そのを追いかける。
「、どこ行くんだ。そのまま、あいつの所に戻る気か。それなら俺も一緒に……」
「お手洗い。そこまでついてくる気?」
「……」
今度はの方が冷ややかで、丹恒はそれに何も言えなかった。
「そこで崩れたメイク、直してくる。ちょっと時間かかると思うから、開拓者と『なのか』が現れたら、そこのお手洗いでメイク直してるって、伝えておいて。それじゃあ」
「……」
ふらふらと。はふらついた足で、トイレの方角へ向かった。
丹恒は彼女を引き止める余裕もなく、ただ、呆然と見送るだけだったという。
女子トイレに入ったは、これまた驚いた。
「凄いなあ。お手洗いの中にこういうソファが置いてある休憩所があるとは思わなかったし、お手洗い用以外、メイク用の洗面台もちゃんとあって、更衣室も用意されてるんだ。へええー」
ヘルタ・ステーションの女子トイレといえば素っ気なく、トイレと手洗い用の洗面台が付属しているだけ、星穹列車でも共有のトイレは洗面台が一台ついてるだけだったが、ピノコニーの豪華ホテルのトイレはゆったり座れるソファがあり、手洗い用のほか、メイク用の洗面台に分かれて、更にお色直し用か更衣室も用意されてあった。
「星穹列車やヘルタ・ステーションでは無理でも故郷のディアンのお城に、こういうの造れないかなぁ。第一王妃様や、地下室じゃ着替えの部屋が無いって訴えてたメイドの子達も喜ぶよねぇ。今度、丹恒に相談――、あ、今の丹恒じゃディアンのお城の再建の事も忘れてるよね……。はぁ……」
――無能力で無資格のお前では、俺の一番になれない。
丹恒にそう、はっきり言われてしまった。これでは、故郷のディアンの再建の協力も難しくなるのだろうか。無資格のでは学者の丹恒が居なければ、優れた宇宙アイテムでも、何を扱っていいのか分からない。
「丹恒……」
過去、その日。
丹恒は、ディアンのお城で外から来た客をもてなすパーティーがあると聞かされ、それに出席する事になった。
『……レギオンやそれにかこつけた敵国の襲撃を受けてる最中に、パーティーか? 国王、何考えてんだ』
『こういう時だからこそ、よ。それに疲れ切った兵士達の英気を養うのも策のうちだわ』
丹恒はその話を聞いた時、ディアンの国王はいよいよ狂ったのかとそれを危惧するも、はそれを何でもないように話した。
『お前も、第二王妃としてそれに出ると聞いたが……。普通はそういう外交、第一王妃の役目じゃないのか』
『第一王妃様、レギオンが来てから体の調子が優れないんですって。こういう時こそ、若くて美しく、体力のある私の役目ってね』
『そうか。しかし、国王の兵士達だけじゃなく、外から来た客をもてなさなくちゃいけないんだろ、大変じゃないのか』
『慣れてるから、平気。それに、こういう時じゃないと飲めない高級なお酒も出してくれるから、実は密かに楽しみなんだよね』
『それならいいが。は本当、第二王妃様だなぁ』
丹恒は、お酒のためなら何でも笑ってすませるを見て、彼女に拍手を送りたい気分だった。
それから。
外からの客をもてなすパーティーは無事に開催されて無事に終了し、も大変な役目を終えて一息ついた所――だった。
その時の丹恒は、怒りに満ちていた。
それというのも。
夜の中庭にて落ち合うも、丹恒はその怒りをにぶつけなければその気が収まらなかった。
『なんだお前、胸を強調させたり、背中大きく開けた露出度の高いドレス着て、スリットで生足見せるって、普段と違う、あんなエロい格好で来るなんて聞いてないぞ、俺は!』
『いやだから、外から来たお客さんの注目を集めるのと、兵士達の英気を養うには私のそれが一番効果あるって国王陛下に言われてそれで』
『おまけに、国王だけならまだいいが、彼についてる大臣や貴族のエロオヤジやエロジジイ達にその背中をベタベタ触られまくって、外から来たいやらしい男達にも腰や尻を触られまくって、それ拒絶しないお前は何だ! 少しは振り払えよ!』
『いや、私がそれ拒否したら、場の空気が悪くなるでしょ。それに私はこれが自分の役目だっていうの十分に分かってるから、気にしなくていい』
『ああもう、これだから、封建社会で男尊女卑が酷い文明レベルの低い国は嫌なんだ!』
『……。それより丹恒、あなたこそよく我慢できたわね。私でも私がエロオヤジ達に触られている間、彼らを睨みつけてその槍もふるふる震えてたのが分かって、いつ、あなたが暴走するんじゃないかって気が気じゃなかったけど』
『それね。俺のそれ見越してか、外の客に俺を紹介したいとか言って、国王が俺のそばにぴったりくっついてた状態だったからな。それでエロオヤジ達の餌食になってるお前に向かっていけるわけないだろ』
はぁー。丹恒は参った様子でその場に座り込んだ。
は少し考えて、その丹恒に聞いた。
『ねえ。あなたのいう宇宙の世界では、私みたいな男の言いなりになってる女は少ないの?』
『……そうだな。俺の知っている宇宙の女達は自由で、男相手でもそれを振り払う力を持ってる強い人間ばかりだ。俺が尊敬する星穹列車の姫子さんも、そのタイプだな』
『そう。私も宇宙に出られれば、その姫子さんに会ってみたいな』
『姫子さん、強い女性に違いなくて、女相手でも厳しいぞ。の相手になるかどうか』
『あら、その時、あなたがついてくれればどうにかなるんじゃない?』
『』
『もし、あなたについて宇宙に出られる時が来れば、今日みたいに私を守ってくれると嬉しいんだけど』
『俺は今日は、を一度も守れてない。俺は国王について、ただ、いやらしい男達に触られて、お前の嫌がる姿を見てただけだ……』
『初めて、だった』
『何が』
『いつも誰かの二番手だった私を一番に見てくれて、その私にそこまで怒ってくれる男なんて今まで現れなくて、あなたみたいな男の人は初めて、だったの』
『あ……』
『あなたはそれだけで十分、私をちゃんと守ってくれてると思った』
『……』
丹恒は静かに立ち上がると、そのと向き合う。
は微笑み、丹恒に向けて言った。
『この世界でも宇宙でも、一番に私を見てくれるあなたがついてくれれば心強い。その時はどうか、よろしくね?』
『ああ、任せろ。この世界でも宇宙でもは、俺が守る。俺が、を一番に守るから――』
言って丹恒は、を強く抱き締める。は丹恒の仕業に何も言わず、そのまま受け入れる。
静かな夜、月だけが二人を見ていた――。
現在、ピノコニーのホテル・レバリー、女子トイレ内。
ああ、どうして、こうなったのだろう。思い出せば腹が立って、泣けてくる。
男に従うしか道がなかったあの古臭い故郷から連れ出してくれたのも、いつも誰かの二番手だった自分を一番に考えて、一番に守ってくれると言ったのは、丹恒ではないか。
「うう……」
ソファに座ってぽろぽろ、あふれる涙を抑えるのが精一杯――だったところで。
「――ちょっとアンタ、何泣いてんの! まさか、主催者のあいつに何かされたの!?」
彼女――トパーズが現れたのだった。
「は? 恋人だった護衛の丹恒がアンタについてだけ記憶喪失中で、無能力で無資格のでは恋人になれないって冷たく突き放されたせいで泣いてたの?」
「うん。丹恒、不幸な事故があってそれで私の事だけ忘れてる状態でね。さっき、丹恒からそれ聞いて一人になったら込み上げるものがあってそれで……。誰のせいでもないから、気にしないで」
はここでトパーズに会うとは思わず、更に泣いている所も見られているとは思わなかったので、ここでそれを白状したのだった。
の現状を聞いたトパーズは最初は驚き、そして、恋人関係にあったという丹恒の冷たさを知ってそれに腹が立った。
「いやいや! それ、悪いのアイツでしょうが! たとえアンタについての記憶が無い状態でも、そこまで冷たく突き放すのって無いんじゃないかな!」
「でも丹恒、私と恋人関係になる前――出会った当初、ああいう冷たい感じで近寄り難かったんだよね。私からすれば、そこまでじゃないかな」
「そうなの?」
「うん。一時的に、いつもの冷たい丹恒に戻っただけだと思うから……」
「いやでも、アンタの記憶が無くていつものそれに戻った状態だとしても、そこまで冷たくする必要ないじゃんか。丹恒だっけ、そいつの言うよう、ここで新しい男見つけたらどう? アンタなら、新しい男見つけるの簡単じゃないの」
「私は、丹恒がいい。いつでもどこでも、丹恒しか考えられない。丹恒でなければ、この宇宙に出てきた意味がないわ。私の一番は、丹恒だけ……」
「……」
トパーズはの強く、揺るぎない丹恒への思いを聞いて、何も言えなかった。
トパーズはソファに座って、にハンカチを差し出し、言った。
「……私では、アンタと丹恒の間で何があったか知らないけど。でも、泣かせる男は自分の一番の相手にならないくらい、言い返したら。これ、使っていいよ」
「その返し、いいわね。今度、丹恒に泣かされたらそれ使うわ。ありがとう、使わせてもらうわ」
あはは。はトパーズからハンカチを受け取るとそれで遠慮なく涙を拭いて、ようやく笑う事ができた。
それから。
「トパーズ、あなた、いい人ね。ハンカチ、洗って返すわ。連絡先、教えてくれる?」
「いいよ。これ、私の連絡先ね」
ぴ、と。トパーズとはお互いの端末で、連絡先を交換した。
そして。
「私もさっき、ジェイドさんの紹介受けた時、にやり過ぎたの謝るわ、ごめん」
「あら、どういう心境の変化?」
はここでトパーズに素直に謝られるとは思わず、彼女を見返した。
トパーズはバツの悪そうに頭をかいて、そのわけをに打ち明ける。
「それね。私もヘルタ・ステーションのスタッフとはいえ、無能力で無資格の女がどうしてジェイドさんに気に入られてるのか分からなくて、更にはアンタのせいで私が受けた仕事、降ろされたんだ」
「いやでも、私がトパーズの立場だったらジェイドだけじゃなくて、それを奪われた私に腹立つの分かるよ。何で無能力で無資格の女ばかり優遇するのかって」
「うん。それ悔しくて、今回無理についていけば、着飾った見てジェイドさんのそれに納得したっていうか、これじゃ適うわけないって思ってさー。おまけに会場で、あの軽い男相手やほかの男相手でも振り払う事なく素直に対応してるの見て、凄いとも思った。私だったら、あの男に馴れ馴れしく腰に手を回しにきた時点で蹴り飛ばして、カブを暴れさせて会場駄目にしてるわって思って。開拓者や三月も私と同じタイプだと思うから、場慣れしてるうえに男慣れしてるアンタにこの役目が回って来たというのは現場で見ていて分かったから、それで」
「いいなあ。私も男女関係なく私に馴れ馴れしい相手を蹴り飛ばしたい時あるけど、中々できないから、それできる能力者のトパーズや開拓者、なのかが羨ましい」
「そう。そうでも私から見ても、無能力で無資格のも自分の役目をよく理解してやってると思うよ。そこは胸張っていいと思うけど」
「トパーズ、ありがとう……」
は自分の役目は正解であるとトパーズに言われたのが嬉しく、また、込み上げるものがあったがここは堪える。
そして。
「私、もう行くよ。トパーズのおかげで、ジェイドの任務やり遂げなくちゃってそのやる気出たから。それに、開拓者達が心配してるかもしれないから……」
「あ、ちょっと待って。実は私、がトイレに入ってくるの待ってたんだよ」
「え、お手洗いで私を待ってた? どういうわけ?」
はトパーズがそう出て来るとは思わず、呆気に取られる。
「実はここの女子トイレ、さすがピノコニーの高級ホテル、待合室や化粧室、更衣室まであって、設備充実してるじゃない。此処でパーティー会場の情報を取るにはうってつけなんだよ」
「そうなの?」
「そうそう。私、ジェイドさん達から離れた後、この女子トイレに潜んでそこのパーティーに出入りしてる女性客達からあの男達の情報、盗んでたんだ。女性はどうしても途中でメイク直しや、お色直しで女子トイレに行く必要性が出て来るからね。おまけに、トイレという密室では気が緩むのか、会場では話せない内緒話してくれるんだよ」
「ああ、それで……」
「で、思った通りで女性客達のあいつに対する悪評とその内緒話聞いててある程度の情報集まって、後は、私が考えた作戦を決行するだけって状況なんだけど」
「嘘、ほんと? さすが高級幹部のトパーズ、私と違ったやり方でジェイドに貢献してるじゃない!」
わあ。これはでは思いつかなかった戦略で、それを実践したトパーズを素直に称える。
「ふふふ。私もだてに、十の石心のメンバーじゃないからね。ジェイドさんの面汚ししたうえ、ただで帰るわけにはいかないでしょ」
トパーズもに素直に称えられ、満更でもなさそうに胸を張る。
「その作戦で使う必要が出て来て、いい顔しててもどうせ、あの男の相手をいつまでもやってらんないから、途中でメイク直しとか言って抜けて女子トイレに来るって思って待ってたんだけど、まさかアンタが泣いて来るとは思わなかったわ」
「ごめんなさい。でも、トパーズのおかげでもう大丈夫。その作戦、私が必要というのは、あの男をどうにかして会場から連れ出して欲しいのかしら?」
「ひひ、よく分かってるぅ。囮にして、あいつおびき出して、私があいつらの人身売買の現場を抑えるって寸法よ。これなら私もアンタも、ジェイドさんとヘルタの立場を汚さず、カンパニーとステーションに貢献できて、上手くいくってわけ」
「いいわね、乗ったわ。で、私はどうすればいい?」
「前提としてを囮として使うこの作戦、開拓者達――特に、アンタの恋人だっていう丹恒には内緒にしておいて欲しいんだけど」
「どうして? 丹恒はもちろん、開拓者達の協力もあれば、上手くいくと思うけど」
「あいつらにこの作戦話せば、すぐにジェイドさんに伝わるでしょ。ジェイドさんに話せば無能力で無資格のを囮に使うのはどうかって、反対されると思う。列車組のあいつらも、を囮に使うの反対するよ。私は、私を見出してくれたジェイドさんにこれ以上、迷惑かけたくないんだよ、お願い、この通り!」
「……」
は、トパーズのジェイドに対する想いは、自分の丹恒に対する想いと似ていると思った。
はトパーズにうなずき、言った。
「分かった。丹恒と開拓者達にはこの作戦、秘密にする」
「ありがとう。さっそく、その作戦の概要とあいつらの情報、の端末に送る。それで上手くあいつを誘い出せたら、私もこっそりそれについてくから安心しなよ」
「うん。トパーズがついてきてくれるなら、安心だわ。了解しました」
はトパーズの作戦を受け取ると、顔を洗ってメイクを直し、女子トイレを出て行ったのだった。
「!」
「良かった、無事で!!」
「え、開拓者と、なのか? どうしたの?」
わー。は女子トイレから出た途端、どういうわけか会場に居るはずの開拓者と『なのか』に囲まれて戸惑う。
「いや、ついさっき、そこのバカから泣かせてからが一時間以上、女子トイレから出て来ないから見てきてくれって言われて、それで」
「うん。ウチと開拓者、そこのバカが泣かせたせいでが一時間以上も、お手洗いから出て来ないって聞いて心配して、会場抜けて駆けつけたんだよー」
「そこのバカって……、あ」
開拓者と『なのか』からバカ呼ばわりされた丹恒は脱いでいたスーツを着直してネクタイもちゃんと絞めた状態で、居心地の悪そうに、突っ立っていた。
開拓者はを引き寄せて抱きながら、丹恒を睨みつけて言った。
「全く。丹恒め、を泣かせた挙句にトイレにこもらせるなんて、どういうつもりだよ。これには私も『なの』も腹立って、後で丹恒、シメたい気分なんだけど!」
「うんうん。ウチも開拓者と一緒に、泣かせたうえにそれのせいで、お手洗いにこもったのため、丹恒をボコボコにしないと気がすまないかも!」
「俺は今回はちゃんと、に謝ったぞ! それからお前らにもがトイレから出て来ないのはメイク直してるだけかもとはちゃんと伝えただろ!」
丹恒は自分のせいでを泣かせたのは違いないが、それでトイレにこもったというのは心外だったので、開拓者と『なのか』に反論する。
は丹恒の言い訳を聞いた後、くすくす笑って、そのわけを開拓者に話した。
「うん。丹恒はちゃんと私に謝ってくれたし、その件についてはもう大丈夫。メイク直しで一時間使ったのも本当。それだから開拓者と『なのか』が後で丹恒ボコる必要ないよ」
「でも、メイク直しだけでトイレに一時間以上こもって出て来ないっていうのは、さすがに……」
「それね。メイク直しに入ったあそこのお手洗い、めちゃくちゃ豪華で、そこにフカフカのソファもあって、そこに座ってたら一時間以上経ってたっていうだけ。開拓者と『なのか』ならそれ確認できるでしょ、一回、行ってみたら?」
「へえ。あ、ウチ、丁度、お手洗い行きたい気分だったんだ。開拓者、ついてきて」
「了解」
は開拓者と『なのか』にさっきまで自分が入っていた女子トイレを示して、入るように言った。
丁度その気分だった『なのか』は開拓者と連れ立って、恐る恐る、その女子トイレに入った。
因みにトパーズはと同時に出て、開拓者達に分からないようにどこかに行ってしまった。
開拓者と『なのか』の二人が女子トイレに入って、五分、十分、二十分――。
「おい。あいつら、中々トイレから出て来ないぞ。何やってんだ」
「ふふ。今頃、その凄さに圧倒されてるんじゃない?」
用足しだけならすぐ出てくると思えば中々出て来ない開拓者と『なのか』にいら立つ丹恒と、その丹恒を見て笑うと。
そのを見た丹恒は、二人きりの今が丁度良いと思い、彼女に頭を下げた。
「その、さっきは本当、悪かった。言い過ぎた」
「別にいいって。気にしないで」
「しかし」
「もういいから。あなたはその私にちゃんと謝ってくれた、これでその話はおしまい。ね?」
「……」
女子トイレで泣いてすっきりしたのか、それとも、一度離れて落ち着いたのか。さっきまで泣いていたは、もうそこにいなかった。
丹恒はそのを見て、無能力で無資格であっても、強い女だ、と、思った。彼女は、開拓者や三月とは違う強さを持っているのに、これで気が付いた。
――その中で彼女に触れたい、と、思った。
の綺麗な髪、肌、その手に触れたいと。彼女を独占したいと思った。
あの主催者の軽い男は何だ、が何も抵抗できないのを知ってか、腰に腕を回して彼女に軽々しく触れているのを見た時、凄く腹が立った。彼女も主催者の男だけではなく、客の男達にも軽く触られても笑顔でそれに応じているから、タチが悪い。あれでは男が自分に気があるのではないかと、勘違いする。……自分も彼女に勘違いしているのだろうか?
……。
「、」
「ん、何?」
丹恒はたまらず、の腰に自分の腕を添えようとした時、だった。
「、ここの女子トイレめっちゃ凄いじゃん!! ここのフカフカなソファでが思わず、長居するの分かるっていうか!」
「ウチ、お手洗いなのに何枚も写真撮っちゃったよ! お手洗い見てこんな事、初めて!」
「でしょ。あれ、私もヘルタ・ステーションだけじゃなく、星穹列車にも欲しいと思っちゃった!」
きゃー。開拓者と『なのか』がの入っていた女子トイレから出てきて、三人娘が集まり、女子トイレの話で盛り上がる。
「……」
丹恒の伸ばした腕は空振りに終わり、おまけにその三人娘についていけず、遠巻きに眺めるだけ。
と。
「――あなた達、ヘルタさんから聞いていた通り、本当に仲が良いのねぇ」
「ジェイド」
三人娘が盛り上がる所でジェイドが現れ、羨ましそうに話したのだった。
ジェイドもが丹恒に泣かされて女子トイレに行っているという話を開拓者から聞かされていたので、そこから出てきた彼女を心配そうに見て言った。
「、もう大丈夫そう?」
「ごめんなさい。もう大丈夫。次、行けるわ」
「そう。それは良かった。私もあなたについている間、あの男に関していくつかの情報が手に入ったから、それ精査しないといけないんだけど」
「というと?」
ここでジェイドは丹恒ではなく、開拓者と『なのか』の方を見て、言った。
「開拓者に三月さん、私はこれからちょっと会場を離れるから、あなた達にを任せていいかしら?」
「了解! の事は、お任せを」
「うん。についてはウチと開拓者に任せてもらえれば、何も心配ないよ」
ジェイドにを頼まれた開拓者と『なのか』は、胸を張って応じる。
「頼もしいわね。それじゃ、また後で」
「行ってらっしゃーい」
それから開拓者と『なのか』は丹恒を無視して、を中心に両側に立った。
「、一緒に行こー」
「うん」
開拓者は、なのか、と一緒にジェイドを見送った後、三人揃って、会場に入っていった。
と。
ジェイドは会場に入らずに呆然と突っ立っているだけの情けない丹恒とすれ違う瞬間、彼に小声で耳打ちしてきた。
「――、あの子、多分、女子トイレだろうけど、トパーズと接触してるわ」
「!」
ジェイドに小声でそう耳打ちされた丹恒は、自身の持つ槍が震えるのが分かった。
ジェイドは面白そうに、それだけで変化が生じた丹恒を見詰める。
「からトパーズの香水の臭いがしたから、確かよ」
「……何でそれ、開拓者と三月じゃなく、俺に?」
「あら。そのまま情けない男で居るつもり? 仙舟では最強の武人であると謡われる、龍尊の飲月サマ?」
「ジェイド、お前……」
「これから先、何が起きるか分からない。から目を離さない事ね」
「……」
言ってジェイドは、そのまま優雅に丹恒から立ち去った。
一人残された丹恒は、槍を強く握りしめ、会場に入っていったを追いかけた。