「レディ、ジェイドさんから体調が優れないと聞いていましたが、大丈夫ですか?」
「今までステーションから出た事がなく、慣れないピノコニーでちょっと……。でも、心配いりませんわ。もう大丈夫です」
「それは良かった。ジェイドさんから少し用事を思い出したので、レディと離れると聞いていたのですが」
「ジェイドの代わりに開拓者と『なのか』がついてきてくれるので、大丈夫です」
「そうですか……」
会場に入った途端、主催者の男――リー・サイファンに見つかって、再び、馴れ馴れしく、体に触れてきた。おまけに彼は、ジェイドが不在でせっかくを独り占めできると思えば開拓者と『なのか』がついていると分かり、それが不満そうだというのがでも分かった。
トパーズから『にジェイドさんだけじゃなく、開拓者と三月がついてる状態ではあの男をおびき出せない、なんとか二人きりになれるチャンスを作って』と、言われていた。
は決心した様子で、ある作戦に出た。
は自分からリー・サイファンにすり寄り、彼に言った。
「あの。この会場に、年代物の高級なお酒があると聞いたんですけど」
「おや、それを誰から?」
「ここの招待客のお客様からこっそりその話を耳にしたのですけれど、でも、見たところ、この会場ではその高級なお酒が見当たらないわ。どういうことかしら?」
「ははは、さすがレディ、お目が高い。この会場にその高級酒があると聞いて、しかし、その高級酒自体がこの場に無いというのを見抜いてましたか。これも、あなたがその見た目に反して生粋の酒豪と聞いた通りだ」
「ふふ。私、ジェイドの前では大人しくしてたけど、お酒には目がなくてそれが楽しみだったの。この富豪達が集まるピノコニーでは高級なお酒がいくらでも手に入る、そこに属するファミリーではそれがステータスになると聞いたのだけれど、あなたはそれが用意できるのかしら? この会場にそれが無いのは、はったりで、用意できないだけではないの?」
「おやおや、それは心外ですね。高級なお酒はもちろん用意していて、それは、私の認める人間でないと触れられない仕様です。レディ、あなたは私の目に適いました、今すぐにそれを用意できますが、いかがでしょう?」
「いいわね。そのお酒を用意できるのであれば、用意してちょうだい。それから、その高級酒がヘルタ・ステーションで一番の酒豪である私の口にあうかどうか、あなたの力次第ね」
ぱちぱち。リー・サイファンはに拍手を送り、そして。
「素晴らしい。たとえあなたが無能力で無資格であれ、ヘルタ・ステーションのような狭い場所ではなく、私の故郷の仙舟やこのピノコニーで活躍できる優れた女性だと思いましたよ」
「ありがとう。それは嬉しいわ。で、肝心の高級なお酒はどこに?」
「此処とは違う、別室に用意しています。しかし……」
言ってリー・サイファンは、今までその話を聞いていただろう開拓者と『なのか』の方を気にして、聞いた。
「開拓者と三月さんも一緒に行きますか?」
「それは、もちろん。私も、についてくよ」
「ウチも~。とアンタを二人きりにできないもんね」
開拓者と『なのか』は当然のよう、それについていく気だったが――。
「きゃあっ!」
「なの? どうしたの?」
なのかが軽い悲鳴をあげ、開拓者が心配そうに彼女を見る。
「サイアク、誰かにジュースかけられた! せっかく姫子に用意してもらったドレスがびしゃびしゃ!」
「嘘、マジで? ジュースかけたそいつ、誰か分かってる? 追いかけて、とっちめてやる!」
うわー。開拓者が『なのか』を見れば確かに彼女のスカート部分がオレンジジュースで濡れていて、悲惨な事になっていた。それを見た開拓者は腹が立ち、その犯人を捕まえないと気がすまなかった。
「分かんない。でも、小さいってのは分かったから、多分、ピピシ人かも」
「あー。素早い小人のピピシ人なら、私も追いかけるの無理だわ。でも何でそいつ、『なの』にジュース吹っ掛けたの? 許せない!」
「相手、慌てて走ってたように見えたから、ぶつかった拍子にかかっちゃったのかも~。でも開拓者、ウチのためにありがとう。そこまで熱くならなくていいって」
なのかは、自分のためにそこまで熱くなって怒ってくれる開拓者を見て、相手に対する怒りは失せ、反対に喜んでいる。
それから。
「やだー、中々落ちないよー」
「なの、着替え持ってる?」
「あ。ウチ、一応、姫子に何があるか分からないから、いつもの服も持ってきた方がいいって言われて、ロビーの受付でそれ、預かってもらってたんだ」
「さすが、姫子。そういや私も、姫子に言われていつもの服持ってきてたんだった。なのは、もう、いつもの服に着替えた方がいいね」
ここで『なのか』は手持ちのハンカチでスカートにかかったジュースを拭くも追いつかずに着替えが必要と分かり、姫子のおかげでドレスではないが着替えを持ってきて助かったと思った。
そして。
「そうだ、さっきのお手洗いにそれ用の更衣室あったよね」
「うん。そこ、着替えに使えるよ。こういう時のためにトイレに更衣室、用意されてるんだねー」
開拓者も女子トイレに更衣室がついてるのは豪華と思ったが、この手のパーティーでは何が起きるのか分からないので、こういう時のために女子トイレの設備が充実しているのではと考え、感心する。
は、その『なのか』を気遣うよう、話した。
「なのか、大丈夫?」
「大丈夫、ウチは気にしなくていいよ。でもこれじゃ、着替えるにしても、に追いつけない……」
「私の事は気にしないで」
「でも」
「大丈夫。高級酒を味わったら、ちゃんと、開拓者と『なのか』の前に戻ってくるわ。どっちにしろ、開拓者と『なのか』はお酒が苦手だから、その場に居づらいと思う」
「そうだね。ウチと開拓者、お酒苦手だったから、どっちみち、高級酒目当てのに追いつけないわ」
『なのか』はここで、自分と開拓者はお酒は苦手な部類であるというのをで思い出し、バツの悪そうに頭をかいた。
開拓者は一人で行くというを心配して、言った。
「、私はトイレで着替えるっていう『なの』につくけど、一人で大丈夫?」
「大丈夫。心配しないで。何かあればいつものこれで、連絡できるから」
は手持ちの端末を開拓者に見せて、開拓者ものそれに安心したよう、うなずく。
「そう。それじゃ、行ってらっしゃい。気を付けてねー」
「行ってきます」
ばいばい。ここでは開拓者と『なのか』と別れ、高級酒が置いてある部屋まで案内するというリー・サイファンと会場を出て、二人きりになった。
は会場を出てリー・サイファンと二人きりになった途端、彼にすがるよう、甘えた声を出す。
「ピノコニーではお酒を扱うバーがいくつかあって、そのお酒が美味しいと評判と聞いたのだけれど、どういうお酒が用意されているの?」
「レディの言うよう、ピノコニーでは各地域から集められた高級酒を扱うバーは数あって、一般客が入れる気軽なものから、私のようなファミリーに属する人間が一緒でないと入れない隠れ家的なものがあります。レディ――いえ、、あなたは私の目に敵い、そこに入れる権利を得られたわけです」
「それ聞けば、楽しみね。ところで……」
は立ち止まり、不安そうに彼に聞いた。
「ところでそのバー目当てに会場を出るのはいいけど、ホテルから外に出るとは思わなかったわ。しかも、表側ではなく、裏側なんて。どういうつもり?」
「ピノコニーのホテルは、表の客達の目があって、やり難いですからね。裏でも、車を用意してあります。乗りますか?」
リー・サイファンがをバーに案内すると言って連れ出した場所はそこはホテル内ではなく外、しかも人気の無い路地裏だった。
路地裏に一台の高級車が停まっているのも、分かった。
はしかし、それが恐ろしく感じた。
「ええと、それなら、ジェイドか、開拓者達と連絡を取ってもいいかしら? そこまでとは思わなくて」
「いえ。その時間はありません。この私が、ようやくと二人きりになれたこの時を見逃すバカと思いますか」
「……」
あれ、今までの彼と様子が違う? はホテルから外に出た途端に顔色が変わったリー・サイファンを見て、一歩、後ずさる。
「カンパニーでは十の石心の一人として有名なジェイドさんが我々の取引に応じてくれたと分かった時は、私もついにここまできたかと浮かれていましたがね。しかし、の背後に星穹列車の開拓者達だけではなく、彼女と同じ十の石心であるトパーズさんまでついていると分かればもう、後に引けなくなったんですよ。あなたを誘い出し、二人きりになれる時はここしかないと」
「え、何であなたがトパーズまで知ってるの?」
「あの女子トイレ、実は、盗聴器が仕掛けてあったり?」
「!」
その証拠に耳にはめていた小型の盗聴器を聞くためのイヤホンを外し、それをの前に持ってくつくつ笑うリー・サイファンと、自分とトパーズの作戦が最初から知られていると分かって青ざめて震えると。
「ト、トパーズは……」
「ああ。カンパニーでジェイドさんと同じくその名前が知られているトパーズさんは、手荒な真似はできません。彼女に手を出した時点で、我々の足がつく。別の方法で速やかにお引き取り願いました」
「どういう、わけ――」
そこからは、何もできなかった。
車からサングラスをかけた屈強な男が出てきて、悲鳴を上げる間もなく、その場で眠らされて意識をなくしたせいだった――。
――甘い香りがした。
それがお酒の臭いであるのに気が付くのに、時間はかからなかった。
「……それが、あなたのいう高級酒?」
「さすが。これは、私の自慢の高級酒、赤ワインです。このグラスぶんだけで、数10万ポイントしますよ。いかがです?」
「……いらない。お金の価値だけでお酒を扱う人とは飲みたくな――きゃあっ」
ばしゃんっ。は、リー・サイファンにそのワインを顔にかけられる。
「何するの、て、あ」
そしてはここで、自分が現在居るのは窓もない薄暗いコンクリートに囲まれた部屋の中で、自分はベッドに寝かされ、腕がベッドの骨組みに仕掛けられた鎖に繋がれている状態であるのを知った。
咄嗟にドアを見ればそこにあるのは分厚い鉄のドア、しかも、小型の電子パネルが付けられているので暗号が分からないと開かないタイプのものだというのも分かり、それでは自分一人では脱出不可能であるのも知った。
あれから何時間経ったのか。手持ちの端末でそれの確認もできない。
部屋ではとリー・サイファンの二人だけで、車で見た屈強な男達は姿が見えなかった。
そして、の顔だけではなく、ドレス、ベッドのシーツにもリー・サイファンが放った赤ワインの液体が染みる。
リー・サイファンはそのを面白そうに見下ろし、言った。
「どうです? 今の気分は」
「サイアク」
がちゃがちゃ。は必死に腕を動かすも、鎖のせいでそこから身動きが取れず、彼を睨みつけるだけが精一杯だった。
「私に手を出せば、ヘルタ・ステーションのヘルタだけではなく、開拓者が属する星穹列車の列車組が黙ってないわよ。それ、分かってる?」
「ええ。ヘルタだけではなく、会場での開拓者達とあなたの仲を見ればそれは偽りな関係ではいと、分かります」
「それじゃあ今すぐ、この鎖を解きなさいよ。ヘルタと列車組であれば、この場所もすぐ特定されるわ、そうなればあなたはもう終わり――ッ!?」
ギシ、と。
リー・サイファンは何を思ったか、ベッドに入り、の上に乗って来たのである。
そして。
リー・サイファンは、まとめていた髪をほどき、彼女の美しい髪を持ち上げ、言った。
「ふふ、手入れされた美しい髪だ」
「汚い手で、触らないで」
は自分の髪に触れてくるリー・サイファンを睨みつけるも、彼は反対にに近付く。
「。あなたは話に聞いていた以上に美しく、無能力で無資格であってもその知識は豊富で目を見張るものがある。私はどうしても、どんな手を使ってでも、あなたが欲しくなった。あなたを手に入れれば、私の地位は更に高みへと昇り詰める事が可能、底へと落ちたオーク家とはわけが違うのを示せる」
「だから、私に手を出せばヘルタ達はもちろん、星穹列車の列車組が黙ってないわよ! 髪も肌も、それ以上、触らないで。私はアンタに協力する気はないし、彼らにアンタの悪行が見付かれば、アンタはもう終わり――ひっ!」
リー・サイファンは、わめくの首元に手持ちのナイフを突き刺し、彼女を黙らせる。
「知っていましたか? 此処は、ピノコニーでも夢と現実の境目、それを上手く利用した秘密の隠れ家。たとえヘルタや開拓者達であれ、この場所を見付けるには一日以上かかるでしょう。私はそれまでにあなたをモノにでき、あなたは私に従うしかなくなる」
「……狂ってるわ、そんな事が許されるものか。それに私には、ヘルタと開拓者達以外、あなた以上の最強で最高の男がついてるの。私に触れれば、その人が黙っちゃないわ」
「その最強で最高の男とは、今まで私とあなたを黙って見ていたあの護衛の男ですか? 彼は、あなたを泣かせて開拓者達からその役目を解かれたと聞きましたがねぇ、その彼が最強に見えるとは、無能力で無資格ゆえのものか?」
「……あなた、仙舟の人間で彼の事を知らないの?」
「ええ、彼については知らないし、知る必要もありませんので」
「そう、それなら別に教える必要ないか」
はここで、丹恒はアンタと同じ仙舟の人間で、現地ではその名前を聞けば仙舟をその危機から救った英雄の一人として知られている――そう教えたい所を、寸前で堪える。
それを知らない様子のリー・サイファンは、いつまでも自分がの上に立っているという事しか話さない。
「そうそう、あなたの端末はこちらで預かっています。ステーションのヘルタであれば、それだけで、をすぐに追跡可能でしょうからね」
「うわ。そこまでやる?」
「此処まで来た女達は、私を前にひれ伏します。あなたはどうかな? 一日以上あれば、あなたを自分のものにできる」
「ッ!」
言ってリー・サイファンは、ナイフでの肩ひもを解き、ドレスを引き裂いた。途端、の乳房と裸体があらわになる。
それから、の秘密も。
「おや、この腹に巻かれた包帯は……」
「それ、レギオンにやられた跡よ」
「レギオンに? ……そういえば、つい最近、ヘルタ・ステーションで星核ハンターの襲撃事件があったと聞きました。そして、彼らはレギオンすら駒にすると。その時に?」
「ええ。無能力で無資格の私では、神出鬼没のレギオンには抵抗できなかったからね。残念な話でしょう」
のレギオンの傷は故郷で襲われた時のものだったが、説明が面倒なので省き、彼の話にあわせる事にした。
リー・サイファンはの話を信じるよう、言った。
「ヘルタはレギオンにやられた使えない人間はたとえ優秀であっても即座に入れ替える、冷酷非情なリーダーであると聞いていましたが。それでもあなたをステーションに置いているのですか」
「私の場合は、ヘルタだけじゃなく、アスターのコネもあったから、それで」
「ほう。ステーションでもアスターさんの力は、ヘルタ以上と聞いています。さすがですね」
リー・サイファンはそのを面白そうに見詰め、拍手を送る。
はそれがまた、奇妙に思った。
「ねえ。ヘルタじゃないけど、アンタのような外聞を気にする男は、レギオンにやられた傷物の女は、手を出さないと思ったけど。私にまだ興味持ってるの?」
「傷物であってもそれが男の仕業ではないのであれば、あなたにまだ利用価値はありますよ。レギオンにやられた悲劇的な話は、更にその価値を高めるために使えます」
「……アンタ、本当、最低な男ね」
「おまけに、アスターさんの力が使えるとなれば、あなたをモノにして支配下にできた私の存在感も、このピノコニーで跳ね上がるでしょう。それこそ、かつてのオーク家のように」
「誰が、アンタのモノになるか! 私はアンタの支配下にならないし、アスターもアンタの言う事なんて聞かないと思うわよ!」
「あなたが無能力で無資格であるというのは、最初から確認が取れている。それで何ができる? そうそう、さきほどの酒には睡眠薬を混ぜてあってね、時間をかければあなたは私の言う事しか聞かなくなり、その快楽に溺れるしかない。
アスターさんも、あなたが私に心酔しているのを見れば、私に協力するしかないでしょう」
「うわあ、そうやって、高級酒につられて此処まできた女性達を騙してきたの? くたばれ!」
「はは、私はどんなものでも手に入れて来た。仙舟で味わった屈辱に比べればそんな罵声は大した事は――」
リー・サイファンがの肌に触れ、その指を這わせた時――、だった。
「ぐわああっ!」
「!」
ボウッと。のドレスに仕込んであった仙舟の護符から青い炎が出現、その炎はリー・サイファンの体にぶつけ、彼をコンクリートの壁に吹き飛ばすには十分な威力を持っていた。
吹き飛ばされたリー・サイファンはよろけながらも、まだ青い炎をまとい、宙に浮いている護符を見てそれに驚きの声を上げる。
「何だ、仙舟の護符!? そんなもの、どこで!」
「知らない。私がそれ教えるわけないでしょ」
「しかもこれ、十王司の判官である小娘達が得意とするものじゃなく、仙舟でも特別な人種――持明族が扱う強力な護符じゃないか! こんなもの、まず、普通の仙舟の人間は扱えないシロモノだぞ! 何でお前がそれを扱える!」
「その護符が、仙舟でも特別な人種の持明族が扱える強力な護符? ……多分、それ、アンタの勘違い。それは、仙舟の羅浮、雲騎軍の景元将軍様の借り物じゃない?」
この時のはまだ、丹恒の真なる姿に気が付いてない状態だった。
リー・サイファンはの口から雲騎軍の景元将軍の名前が出て、素直に驚く。
「羅浮の雲騎軍の景元将軍だって? 何で無能力で無資格なアンタがそんな大物と知り合いなんだ?」
「ふん。無能力で無資格の私がそんな大物と知り合いなわけないでしょ。アンタがさっきまで情けないって鼻で笑ってた護衛の彼は、仙舟の雲騎軍の景元将軍様と親しい間柄でね。彼であるなら、その強力な護符を将軍様から借りられると思うわ」
「は? あいつ、スーツで分からなかったが元は仙舟の人間だったのか? そういえば仙舟で丹恒という名前、どこかで聞いた覚えが、まさか、そんなはず――」
「!」
ばしゃん、と。どこかで、水の音、それから、風の臭いがした。
それが分かったは笑って、ドアの方をさして言った。
「気を付けて。今から強力なものがくるわ」
「何――」
轟音が響いたかと思えば鉄のドアが風圧で破られ電子パネルは破壊され、そこから丹恒、ジェイドの二人が突入してきた。
「!」
「丹恒!」
「!」
ぞくり、と。丹恒とジェイドはベッドで鎖に繋がれ、ナイフでドレスを引き裂かれて裸体になり、更には腹には包帯、顔に『血』らしきものがかかってシーツにもその染みがついているの惨状を知り、血の気が引いた。
「開拓者、三月さんはまだ入らないで!」
部屋の惨状を知ったジェイドが、後方に居るだろう開拓者と『なのか』にそう指示を出す。
「なの!」
「……ッ!」
開拓者はジェイドにうなずき、『なのか』を抱きしめて彼女に部屋の様子を見せないよう、その目を隠した。普段の『なのか』であれば開拓者より我先に動くタイプだったが、今回はそれだけで身震いし、そこから動けなかった。
ダンッ。丹恒はその間、手持ちの槍の底を床に叩きつけ、そして。
「――貴様、俺の女に何やった! そのぶんの覚悟、できてるんだろうなぁ?」
「その槍、まさか、あなたは、そんなはず――、ひ、あ」
「手加減無しだ、その身を持って知れ――」
「うわあああっ!」
丹恒は槍を構えると怒りに任せて、その槍を容赦なく、そこから逃げ出そうとする男に突き刺した――。
「! 大丈夫!?」
ジェイドはの鎖を外し、彼女をそこから解放した。
「ジェイド、トパーズは……」
「あの子は無事、心配しなくていい。それより、その顔やシーツついてる赤いの、何? 医者、必要かしら」
「多分、赤ワイン……。これ、私の血じゃないよ」
「ああ、そういうわけ。それなら大した事ない……、と、言い切れないわね。あいつにそれ以上、何かされた?」
ジェイドはこの事態を予想していたのか毛布を持っていて、それをに手渡した。はジェイドから毛布を受け取り、それを体に巻き付け、未だに青い炎をまとって宙に浮いている護符を指さし言った。
「丹恒の強力な護符が私を守ってくれたから、これ以上は何もされてない」
「そう。でも、そのお腹の包帯――話に聞いてたけど、故郷でレギオンにやられた時の?」
「うん。これ、故郷でレギオンにやられた時のだから、そこまで気にしなくていい」
「それ以外に本当に、あいつに何もされてない? カンパニーの医療技術であれば、その嘘は簡単に暴かれるわよ」
「私、故郷では、これ以上に男に酷い目にあってきたからこれくらい平気だし、こんな事で嘘吐くほどの小娘じゃないわ。ジェイドもそれだから、大事なトパーズより、私を選んだんでしょ?」
「はは、私のそれ、見抜いてたか。それでも、大したものだわ。今回の仕事、本当、ヘルタさんに無理言って、に任せて良かったと思う」
それからジェイドは、いまだにを守るように青い炎をまとい浮いている護符と、それから、丹恒の現在を見比べ、に言った。
「結局、丹恒に助けられたわね。、あの護符のおかげであいつに何もされてないというなら、そろそろあの人、止めてくれない?」
「え、あの人って――あ」
ここでは、ジェイドによって、丹恒が自分の槍で倒れたリー・サイファンに馬乗りになり、槍ではなく自分の拳で、相手が気を失った状態でもいつまでも男を殴り続けているのを知った――。
その夜、ホテル・レバリー、最上階にある部屋にて。
「お待たせー」
「……」
部屋の中央にある天蓋付きのダブルベッドで待たされていた丹恒は、バスルームから出てきたの格好を見て、ごくりと息を飲んだ。
おろしたての髪はシャンプーの甘い香りがただよい、派手なドレスと違って、水滴が体に張り付いたシャツに、湯気の立つ生足が出た短パンという今まで見た事のない格好は、男を刺激するには十分で、官能的だと思った。
「……、お前、それで外に出るなよ。また、男の餌食になっても知らんぞ」
「あら。今の私、男に餌食にされるの? それなら、目の前のあなたにも襲われるのかしら?」
「……」
ふふふ。にやにや笑うと、それ以上何も言えない丹恒と。
因みに丹恒は部屋に入って彼女がシャワーを使っている隙に窮屈なスーツを脱いで、いつもの仙舟式のコートと黒いシャツに着替えてあった。
「丹恒、あのスーツ脱いだの?」
「やっと楽になれた。俺はこっちの方がいい」
「何だ。あのスーツの丹恒、もっと目に焼き付けておけば良かった」
「……」
それからはベッド脇に置かれてあるワゴンに、バケツに入った氷に浸された何本かの酒を手に取り、目を輝かせて言った。
「きゃー。それより、ここに用意されたお酒、本当に高級酒ばかり揃えてあるわ。ジェイドに部屋にあるものは、お金を気にせず扱っていいって聞いてるから、今から飲むのが楽しみ!」
「……は本当、その見た目に反して酒に目がないのか。それであの男もに心酔し、お前をモノにしたいっていうのは、分かる気がする」
丹恒は本当に酒に目がないの行動を見て、苦笑するだけだったという。
「丹恒も飲む?」
「いや、俺はそれほど酒に興味ない。遠慮する」
「そう。でも、今夜、こうやって丹恒と憧れのホテル・レバリーに泊まれるなんて思わなかった。これがヘルタとジェイドのご褒美なら、この仕事受けて良かった~」
「……」
はグラスを持って、ジェイドに部屋のものは好きに扱っていいと言われているので高級酒を遠慮なく注ぎ、今まで酷い目にあっていたというのにそれすら忘れるかのよう機嫌良く、それを味わうように飲んでいる。
丹恒はここで、のある事に気が付く。
「、お前……」
「何? 丹恒もお酒、欲しくなったの? 丹恒のグラス、そこにあるよー」
「……いや。酒はいらない。何でもない、気にするな」
「そう? それじゃ遠慮なく」
「……」
は慣れた手つきでグラスを持って、酒を口にする。
その様子を見ていた丹恒は、これが今回の報酬だと言ってジェイドから部屋の鍵を渡された時の様子を思い出していた――。
あれから――。
ジェイドのがトパーズと接触したという話を聞いて丹恒は、会場入りした開拓者と『なのか』を探した。しかしそこでは開拓者と『なのか』どころか、すら見当たらないではないか。慌てて開拓者に連絡を入れれば『ピピシ人に『なの』のドレスを汚された、現在、女子トイレで着替え中』という返信があった。
丹恒が女子トイレに向かえば、なのかの着替えに手間取っているのか二人とも出て来ず、随分待たされた。
それから女子トイレから出て来た『なのか』だけではなく開拓者を見れば、彼女もドレスを脱いでいつもの服を着ていた。それで二人が着替えに時間がかかったと分かり、未だにスーツ姿の丹恒は自分もいつもの仙舟の服に着替えてくれば良かったと思った。
三十分以上かけて開拓者と『なのか』の二人と合流、二人にトパーズの件を話せば、開拓者がトパーズの連絡先を知っているというので彼女の連絡を待った。
それから更に時間がかかった。
『あれ、トパーズであればすぐ返信くるのに全然こないじゃない。どうしたのかな』
開拓者はトパーズから全然返信がないのに、不安を覚える。
と。
『あれ、トパーズのペットのカブじゃん!』、『カブ、トパーズは!?』、トパーズのペットのカブが泣きながらホテルのロビーに現れるも、ほかの客達は素通りで相手にせず、開拓者と『なのか』がそれを見つけて、拾い上げた。
カブの案内で、トパーズの居場所を知った。トパーズは途中までを追いかけていたがある時、誰かに何かの液体をかけられそのまま意識が遠のき、情けない事に、路地裏のごみ箱の中で寝ていたのだった。
トパーズを起こせば彼女は申し訳なさそうに、相手が危険な薬使うとは思わなかった、囮に利用した見失った、危ない状況かもと、開拓者達に土下座して詫びた。
『トパーズ――いえ、エレーナちゃん、反省文と一週間の自宅謹慎ね』
それを聞きつけたジェイドも現れ、トパーズを容赦なくひっぱたいた後、彼女に有無を言わせずそう告げた。
トパーズは何も反論できず、すごすごと退散したという。
が危険な状態であると分かっても、の居場所はジェイドでは追跡できなかった。
それというのも。
『ピノコニーの現実と夢の境目を利用した隠れ家は、カンパニーでも追跡が難しいの。ピノコニーでは、そこが犯罪の温床になってると聞いたわ。今、ステーションに残ってるヘルタさんにもの居場所の特定頼んでるんだけど、だいぶ時間がかかるって……』
これにはジェイドも参った様子で、を心配する開拓者と『なのか』に申し訳なさそうに頭を下げた。
ところで。
『開拓者、今、いいですか? 状況説明、お願いしても?』
ここで列車で待機しているはずのサンデーから通信が入り、しかも、彼は列車ではなく、ヘルタ・ステーションにてヘルタと一緒になっての居場所特定班に配属されたと話した。
開拓者は必死になってサンデーにの状況を説明、それを聞いたサンデーはリー・サイファンが出入りしていた隠れ家の場所をいくつか特定できると話した。
『ワタシも前から彼の悪行を聞いていましてね、気になって、さんが列車を降りた後、ヴェルトさんと一緒にステーションまで降りて、ヘルタさんの強力なマシンを使わせてもらって彼らの出入りを調べてたんですよ。役に立って良かった』
サンデーのおかげで、リー・サイファンが利用している隠れ家はいくつか特定できたが、しかし、その数は多く、一日で回れるかどうか分からなかった。
『これでは、カンパニーの兵士を導入して、手当たり次第にいくしかないわね……。彼ら使うとなれば、私も面倒臭い立場になるんだけど仕方ないか』
『いや、サンデーでそこまで特定できたのであれば、の居場所を見つけるのに手っ取り早い方法がある』
ジェイドはこうなればカンパニーの兵士を使うしかない、しかし、彼らを使えば自分の立場が弱くなると消極的だったが、丹恒がその時、スッと手をあげた。
ジェイドは、期待を込めた目で丹恒を見つめる。
『何かいい手があるの?』
『俺がに渡した護符、あれを起動すれば彼女の居場所が特定できる。ヘルタと兵士を使うより、簡単だ』