番外編:11 月とアイスクリーム(02)

 これ以外、彼女についてはまだまだ、面白い話が残ってる。

 その日は、二人一組になって、ステーションの各所の点検作業を行う日だった。新人同士で組になるので、私は彼女と組まされた。それを知ってすっかり彼女のファンになった温世玲から『実力的には、あなたより私の方が上でしょ。お姉さまの相手、私と変わってよ!』と詰め寄られたけど、温明徳さんに『まあまあ、ここは、AIがその組み合わせが最適と決めて選んだのだから、それに従うように』と彼女を宥め、渋々、引き下がってくれた。

 そういう私も彼女相手にどう接すればいいか分からず、おまけに、階級が上相手でも自分の意見にあわなければちゃんと反論し、ハッキリ物を言うというのはもう知られていて、私はその彼女の機嫌を損ねたらどうしようと戦々恐々だった。この時ばかりは、温世玲にその相手を代わって欲しかったくらいだ。

 ええと、この時の話はあまりしたくないんだけど、その時の私といえば、最前線に出て外部の敵にやられた友人の死をきっかけに、アーランさんの防衛課から温明徳隊長の応物課に異動してきたばかりで、応物課に親しい相手がいなかったんだ。応物課の人間からは『あまり関わりたくない』と、彼女とは別の意味で腫物扱いされててさ。

 同じⅡ階級の温世玲からは『それくらいで防衛課辞めて応物課に異動してきたなんて、応物課もなめられたもんだわね』と鼻で笑われ、ショップの温世斉にも『このアイテムの扱い方も分からないんですか? これだから、筋力バカは……』と、ばかにされる始末だった。

 そんな中での点検作業が始まった。私は彼女と一緒に階下にある収容部分の小部屋に入り、そこに設置されている機械類に異常性がないか調べる担当だった。そう、これは比較的簡単な仕事で、応物課の新入りらしい内容である。

 この点検作業は数分で終わり、この日は誰かにこき使われる事もなく、残業もなく、早く終わるだろう――そう、楽観的に考えていた。

 それがあんな悪夢に遭遇するとは、この時、誰が予想できた?

『――ふう、こんなもんか。電源系統やケーブル等に異常無し、と』

 小部屋にあった機械類の点検作業終了、後は温明徳課長に報告して終わり、の、矢先だった。

『あれ、あれ? 何これ、どうなってんの?』

『どうしたの?』

 彼女の慌てる声が聞こえて、駆け付ける。

 彼女はその時、壁に備え付けられていたパネルで、空調類の点検作業を行っていたはずだった。私のテーブルに備え付けられた機械類の点検よりは、簡単なものだと思ったけれど。

『ええと、このパネルで温度設計のとこいじってたんだけど、何か固まって動かなくなったんだけど』

『は?』

 何を言ってるんだ、彼女は。

『君の点検内容、確か、部屋全体に空調が行き渡ってるかどうか、温度は最適かどうか、そのシステムに異常性はないかの簡単な内容だったよね。それでどうしてそんな事態に?』

『分かんない』

『分かんないってそんな簡単に……。ちょっとそれ、見せて』

『はい……』

 どうぞ。彼女は簡単に、私に壁に備えてあった操作パネルを見せるよう、その席を譲ってくれた。

『あれ、固まってるって、ロックかかってるんだけじゃないかこれ。応物課のパスワードで権限解除、再起動、これで起動可能、と』

『上手くいったの?』

『ああ。これで動くはずだ』

『ありがとう~。助かったわ』

『いいけど、君、ロック状態でそれが応物課に配布されてるパスワードで解除可能って、分かってなかったの?』

『何それ? 私、そういう機械的な専門用語、よく分からない』

『……君、応物課では倉庫担当だったよね。そこのメンテナンスはどうやってたのかな』

『そこのパネル操作くらいは分かってるって。運ばれてくる荷物のデータ管理だけだもの』

『そういえば、ほかの応物課のスタッフの間で倉庫の出荷用のドローンが使い物にならなくなってるって聞いたけどあれは……』

『あ、それ、私の仕業。あんなの、私では難しくて扱えなくて、壊れちゃった』

『壊れちゃったって、そんな簡単に。アスター所長代理は君に何も言わなかったのかな。普通、備品を一度でも壊したとあれば、追放モンだけど……』

『アスターはこれ以上に壊れるのはマズイから手作業でやれるならやってと言われたので、そうしてる』

『手作業って。あそこの棚、けっこうな高さあるし、君の手で重たい荷物運べるの?』

『ハシゴかければ大した高さじゃないし、台車くらいは動かせるからそのへんは大丈夫』

『ハシゴって。ヘルタさんはそれについては……』

『ヘルタもなんか言ってきたけど私じゃ仕方ないって言えば何か諦めたように、もうそれほったらかしでいいって』

『……』

 あはは。彼女は笑うも、私は笑えなかった。

 彼女はアスター所長代理の知り合いの大事な一人娘としてステーションに配属になったようだが、当時のステーションの人間はピノコニーの折紙大学や仙舟の難関大学出身、あるいは、スターピースカンパニーから引き抜かれた優秀な人材が大半で、彼女にカンパニー出身とか、どこの大学出たのかとか、そういった経歴の話は今までしていなかったのをここで思い出した。

 そうでもその時の私は彼女にそれについて言及する勇気はなく、私は彼女を気にしていたら負けた気がすると思い、それを気にせずに彼女の代わり、自分で空調管理の点検を行った。

『……まあいいか。空調管理に異常無ければこの点検作業は終了、課長の温明徳隊長に報告して今日の作業は終わり――』

 ガシャンッ。

 突然に部屋の明かりが消えて、空調設備も止まったのかその稼働音も聞こえなくなり、ネットも使えない状態に陥った。

『え、何で急に暗くなってオフライン状態に? ていうか、電源落ちた? 何が――』

『あれ、あれえ、何でまた動かないのよ、欠陥品じゃないの!?』

 ガチャガチャ。その時の彼女は小部屋のドアに備え付けられていたパネルを操作していて、色々いじっているうちに固まり、再び、電源が落ちたようだった。

 すぐに予備電源のおかげで、小部屋に明かりがついた。

『あ、良かった。予備電源は生きてたか。ちょっと君、何やったの、何が起きて――』

 ところ、で。

『――ヘルタ・ステーション、ヘルタより緊急連絡、緊急連絡。ステーション内のメイン電源系統ダウン、予期せぬ事態に遭遇、メイン電源稼働率40%、普及まで数時間かかる、それまで各自で節約しつつ耐えるように』

 ヘルタさんの声で、全体に、機械的なアナウンスがあった。

 そのアナウンスを聞いた彼女が不安そうに私に聞いた。

『どうなったの?』

『ヘルタさんの方でも原因不明のトラブルに巻き込まれたようで、それで、メイン電源をステーションの中枢であるマザーコンピュータに回して、生活電源の方を予備電源に切り替えたために、不必要な箇所は電源落としてその影響で閉じ込められたようだ。で、いつ復活して、ドアが開くかどうか分からないって』

『えー。何それ。今日、ほかの星に出かけてた丹恒が帰って来るって聞いてて、仕事終わりに会う約束してたのに、それないって!』

 ガンッ、ガンッ。彼女は私からそれを聞いて、その不満をそこにあった開かないドアにぶつけて、足で蹴ってた。

 ……というか。

『というか君、清楚で大人しいお嬢様っていう評判だったけど……』

『あら。私、そこまで清楚で大人しく見える?』

『見えない、かな』

『男って本当、見た目だけで判断するのよね。向こうは私の事を知る努力をしないくせに、この見た目だけで強く物を言えば大人しく従うだろうって決めつけてんの』

『……』

 ヒヒ、と、笑う彼女を前にして、笑えなかった。

『それより、丹恒に連絡入れないと……。あれ、あれ、端末の画面真っ暗で何も反応しないんだけど!』

『あ、ほんとだ。私の端末も画面真っ暗なままで使えない。これじゃ、応物課の温明徳隊長と連絡取れないし、皆がどうしてるのか分からないな……』

『メイン電源使うのに生活環境の部屋の電源落とすの分かるけど、何で、端末まで使えないの?』

『端末もメイン電源からきてるから、そっちもマザーコンピュータの方に回してるんじゃないか。メイン電源まで駄目になって、ヘルタのマザーコンピューターまで使えなくなったら大変だ』

『何それ。宇宙ではヘルタは万能だって聞いてたんだけど。それ聞けばヘルタも、あまり大した事ないのねえ』

『君、あまりそういうの、言わない方がいいと思うよ。ヘルタさんの事だから、各部屋に録画機能つけてると思う……』

『ふん。ヘルタが怖くて、此処まで来ないわ。宇宙の本当の怖さは、誰も知らないのよ』

『……』

 彼女は端末をいじっていたがやがて諦め、その場に座り込んでしまった。

 こうなったとき、彼女のよう、何もしないで救助が来るのを待つのが正解だ。

 そうでも私は少しの居心地の悪さに、その場に突っ立ったままだった。

 数分後、私は彼女の大きな目にジッと見詰められているのに気が付いて、柄にもなくドキドキした。

『な、何?』

『あなた、エイブラハムだっけ。応物課に来る前、アーランの防衛課に居たって聞いたけど、本当?』

『……そうだね。私は、応物課に来る前はアーランさんの防衛課に属していた、それは認める』

『何でそこ、辞めたの?』

『……』

 ……。

 私はその時、彼女にその話をするべきかどうか、迷った。

 君が現れる以前でも、ヘルタ・ステーションはヘルタさんの天才的な部分に憧れて集まる人間が多いが、反対に、それに恐れをなして彼女を排除しようとする人間達や、彼女が集めたお宝を狙ってくるような柄の悪い人間達に狙われるというのは、常にあったから。

 それ以外でも、外部だけじゃなく、内部にも細心の注意を払わなければいけない。いつもは穏やかな人間でも、閉鎖的な空間で鬱憤がたまれば暴動が起きる可能性だってあるし、外部の人間がスパイとして内部に紛れているとかあれば、ヘルタさんでも対応が難しい。

 ステーション内にてあらゆる場面で防衛するために集められたのが、アーランさん率いる防衛課の役目だった。

 当時、ヘルタ・ステーションはそれがヘルタさんの使命だという星核集めにより、レギオンはもとより、星核ハンターにも狙われているらしいという噂もあったくらいだ。

 私がステーションに入った当初でもヘルタさん目当ての襲撃が何度かあって、防衛課でいつも一緒だった友人は不遇にもその外部の敵によってやられ、友人の死を目の当たりにしてそれに恐れをなしてそこから逃げ出したなんていう話は――。

『温明徳課長から、エイブラハムは、外部の敵から自分を庇って死んだ友人の死を目の当たりにしてそれに恐怖をなして、自分一人だけそこから逃げ出したって聞いたけど、本当?』

 温明徳!!

 あの人、個人情報を何べらべらしゃべってるんだ!!

 課長とはいえ、そこは抗議しなくては――。

『――その時にあなたとその友人の間で何があったのかは分からないけど、自分だけでも逃げられる時は逃げた方がいいよ。私から見ればエイブラハムの判断は、間違ってないと思った』

『――』

 私は。

『……君にどうして、友人を見捨てた私が間違ってないと言い切れる。君は、私の何を知ってる?』

『何も知らないわ。あなたの事は名前がエイブラハムで、同じ応物課のⅡ階級、討伐隊に属している事しか知らない』

『……』

『それでもね、今、そこに立っているあなたは、そこから生き延びたあなたは、立派だと思うわ』

『……、君は、歓迎会の飲み会以降、あの丹恒さんとの付き合いも認められて、応物課だけじゃなくそれ以外の課のスタッフ達から随分と注目されてファンも多いようだけれど、私は、ほかのスタッフ達のよう、君に執着していないよ。私は個人的に君の事はそこまで注目していない、私をみくびるな、それだけ言っとくけど』

 ……これは、私なりの精一杯の抵抗だった。

 しかし。

『ええ。私もあなたのそれ分かったうえで、そう言ったのよ。あなたが私に執着しているような人間であるなら、そこまで言わない。そっちこそ、私をなめんなよ』

『――』

 彼女のその大きな美しい目とそのハッキリした声は、私の何もかも見透かしてるような気がした。

 彼女はニヤリと笑って、そこから何も反論できない私に向けて遠慮なく言った。

『私、ちゃんと相手を選んで物を言ってるから。あなたも私をこの見た目通り、アタマの弱いバカな女という風に見れば、反対に痛い目見るわよ』

『……』

『それからね、私もエイブラハムと同じだから、あなたの気持ちが分かるの』

『え?』

『これ、ステーションの皆には内緒ね。私も自分の大事な人を故郷に残して、此処まで逃げてきたから、エイブラハムのその時の気持ちは分かるってだけ』

『――』

 私はしかし、彼女のその話が信じられなかった。

 私はその時、彼女は私のその過去に話をあわせてその作り話をし、私の気を引くつもりだと思った。

 あれ、開拓者、どうした。まだ話は終わってない――ああ、もう、私のオゴリのドリンクを飲み終わったので、今度は自腹で二本目いくからちょっと待っててくれ? 分かった。でもそこの自販機のドリンク、ヘルタさんかアスター所長代理の好みで、甘過ぎるから飲み過ぎ注意だよ。

 と、話の途中だったな。私は彼女のその、故郷に大事な人を残して逃げてきたという話は、私の気を引くための作り話かと疑ってたんだ。

『はは、私に同情して、そうやって私を慰めてくれるのはいいけど、私はそこまで落ちぶれた人間じゃない。ほっといてくれ』

『そう。それなら、ほっとくわ。私もあなたに同情して欲しくて、この話を持ち出したわけじゃないしね』

『……』

 彼女はあっさりと私から離れて、動かない端末をいじるだけになった。

『……』

『……』

『……』

『……』

 二人の間で、嫌な沈黙が続く。

 その時、部屋に明かりがついた。慌てて端末を見れば電源が入ったのが確認できた。

『やった、端末復活?! これで丹恒と連絡が――』

 ビービービー! 同時に、警告音が鳴り響き、部屋にも緊急事態を知らせる赤色の照明が点滅する。

『何!?』

 彼女は立ち上がり、部屋の異常と端末を見比べる。

『――警告、警告! ヘルタ・ステーションは現在、外部の侵入者による攻撃を受けている最中である。これは演習訓練ではなく、実戦である。非戦闘員は指示に従い避難、防衛課及び応物課の討伐隊は指示に従い戦闘準備に入れ。繰り返す、ヘルタ・ステーションは現在、外部の侵入者による攻撃を受けている最中である。繰り返す……』

 端末の電源が入って喜んだのもつかの間、ステーション全体で再びヘルタさんの機械的な音声でアナウンスがあった。

 端末の画面にはアナウンスと同じ、警告文が流れている。

 同時に、ドアの向こうから襲撃音と、人の悲鳴が聞こえてきた。

 私は。

『ねえ。エイブラハムは確か、温明徳課長の討伐隊のメンバーだったよね。行かなくていいの?』

 私は。

 あの時の――目の前で友人を失った時の恐怖がよみがえり、情けなくも足が震えて、その場から動けなかった。

『エイブラハム』

『……』

『エイブラハム』

『……君は逃げるといい。避難先は、廊下に掲示される標識をたどっていけばたどり着けるはずだ』

『それなら、エイブラハムも私と一緒に、避難しましょう』

『私は、非戦闘員ではないから、避難所に行く必要はない。指示通り、温明徳隊長の討伐隊に合流しなければいけない。君は先に避難を――』

『逃げられる時は、逃げた方がいいって言ってるでしょうが!』

 言って彼女は私の腕を掴むと、部屋から出て、通路へ出た。

 と。

『きゃああっ!』

『うわ、何でこんな所に植物タイプの魔物が!!』

 逃げる際中、廊下にてへんな生き物――植物タイプの魔物の群れに遭遇してしまった。

 それだけじゃなくて。

『あれ、プーマンの群れ?! 何で、こんな事に?』

 数匹のプーマンの群れが何処かに向かって逃げる姿も確認できた。因みに時々、ステーションに出没するプーマンは手懐ければペットにできるほど無害な魔物であると分かっていたので気にする必要はないが、気にするべきは目の前の植物タイプの魔物である。

 大きな赤い花が壁に点々に現れ、そこからツルが伸びて、ウネウネと、廊下を這い回る。

 花の魔物の群れは通路に複数のツルを伸ばし、そこから逃げるスタッフ達をそのツルで捕まえ、巻き付けているのがこちらでも確認できた。

 恐らく、端末が復活、警告表示通りに避難所か合流地点に向かうために外に出た人間達をその植物タイプの魔物が襲ってきたのだろう。

 私と彼女は部屋でもたついて出遅れたせいで、かろうじて、その餌食にならなかったのだ。

 ツルに捕まったスタッフは何かの液をかけられ、ぐったりしている。液体をかけられずとも捕まった人間は暴れるも、そこから抜け出せないようで、苦しんでいる。

 この先には中央エレベーターがあり、それに乗りさえすれば上のベース部分に出られて、医療班が常駐する避難所があり、脱出はできるのだけれど。

 その中央エレベーターはその植物タイプの魔物のものと思われるツルが無数に巻き付き、動かない状態だった。

 と――。

『うわ、何だあれ!』

『何あの巨大な花、あれが皆を捕まえてる花の化け物の本体?』

 更に、エレベーターの天井にはその本体と思われる赤い巨大な花がくっついているのが見えた。

 赤い花の中央には大きな穴が開いていて、何かわからない液体がぽたぽたと落ちる。

 そして、気が付いた事があった。それは。

『捕まってるの、どこかで見覚えあると思えば、ショップの温世斉と温世玲、ほかの応物課のメンバーじゃない。しかも、同じⅡ階級の!』

『それだけじゃなくて、捕まってるほかの課の人間達も、Ⅱ階級ばかりだ。確認できただけでも三十人以上か? 多分、点検作業で下層に集められたのⅡ階級だけっぽいな』

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!

『さっきの部屋まで戻ろう!』

『そうね、私達だけでも生き残りましょう!』

 私は彼女の手を引いて、さっきいた小部屋まで戻った。

 ここはまだ安全地帯だった。

 ドアの外の通路では、シュルシュルと、ツルが這い回る音が聞こえる。

 ドアを閉めて、ツルの攻撃をやり過ごすのが精一杯だった。

 ドアの向こうからスタッフ達の悲鳴が聞こえてくるが、どうしようもない。

 ところで。

『エイブラハム、何か武器持ってないの?』

『……』

『ねえ。あなた、元でもアーランの防衛課で、応物課でも温明徳課長の討伐隊の一員でもあるんでしょ。何か武器、持ってないの?』

『……』

 その時の手持ちの武器といえば、応物課で配布されている小型のハンドガンくらいだった。これでは一人守れるのが精一杯、二人揃ってというのは無理な話だ。防衛課に配布されるようなショットガンやライフル銃といった、強力な武器は持っていなかった。

『……応物課の君も知っての通り、温明徳隊長率いる応物課の討伐隊は、ヘルタさんが集めてるお宝――、奇物に異変があった時に対応できる用に作られた簡単な組織だ。アーランさんの防衛課とは、成り立ちも役目も違う』

 温明徳隊長率いる応物課の討伐隊といえば、開拓者が現れた今では星核ハンターやレギオンが持ち去ったという奇物回収目的に動いているが、かつては、ヘルタさんの集めるお宝、奇物に何かあれば――それ用の魔物でも現れたり、人体に影響を与えるようなものであればそれに対応するような、簡単な組織だった。

 昔も今も、星核ハンターの襲撃に対応した防衛課のアーランさん達のよう、外部の強力な敵を任さられるほどの部隊ではなかったわけだ。

 私は手持ちのハンドガンを彼女に見せたうえで、説明する。

『それだから武器に関しては、この小型で威力の弱いハンドガンくらいしか持っていない。普段は討伐用の強力な武器を携帯してるけど、今回は点検作業だけの業務だったので、こんな事になるとは思わず、必要最低限のものしか……』

『あなた、元でも防衛課であるなら、そのハンドガンは扱えるのよね。それで、あのツルの攻撃くらいはかわせる?』

『……まあ、あのツルくらい、かわせるくらいは、かわせるけど。でも、この先にある中央エレベーターはあの巨大な花の化け物のせいで電源止まって、使えないみたいだったから意味ないよ。君は此処に留まって、大人しくアーランさんの救助隊が来るのを待った方がいいと思う』

『ふむ。アーランの救助隊が来るの待ってもいいけど、それだとこれ以上に犠牲者増えそうだわね。ヘルタ、こういう時、使えないのねえ』

 彼女は何か考えているようで、そして。

『エイブラハム。この部屋からなんとか脱出して、ネットエンジニアのレオナードが居る所までなんとかたどり着けない?』

『は?』

 私は最初、彼女が何を言っているのか分からなかった。

『それか、どこかでネットが通じれば、丹恒が居る星穹列車と連絡取れるかもしれない。これで星穹列車と連絡取れれば、勝ったも同然』

 彼女は自信たっぷりに、胸を張って言い放った。

 ……何を言ってるんだ、彼女は。

『はぁ、星穹列車に応援を頼む? いやいや。Ⅱ階級の私達が課長達やヘルタさんの許可なくそれやれば、ステーションを追い出されるかもしれないよ!』

『え、何で、それくらいでステーションを追い出されるの?』

 彼女の疑問、それから、同じ事を考えている君の疑問はもっともだと思う。

 私も同じ意見だったから。

 私はしかし、根気よく彼女にその説明をする。

『君、ステーションの規約書読んでないのか。ヘルタ・ステーションではヘルタさんと契約を果たした機関や組織しか入港出来ない仕組みになってて、星穹列車はまだステーションと契約を結んでいなかったはずだ。ステーションに何かあって外部に応援を呼ぶ場合、星穹列車は除外、もしその違反をすれば問答無用で追放とある』

『何それ。ばかじゃないの。星穹列車と契約結んでなくても、頼れる所は頼った方がいいじゃないの』

『ヘルタさんだけじゃなく、アスター所長代理が言うには、星穹列車の姫子さんやヴェルトさんの力が強過ぎて、それに頼り過ぎになるのはよくないからとか……』

『何だ。ヘルタもアスターも、姫子とヴェルトさんの力は認めてるんだ。それで今にその二人の力を使わないで、いつ、使うのよ』

『……』

『ねえ。エイブラハムは、星穹列車の力を使うの反対?』

『反対というか、応物課の課長の温明徳隊長の権限無しに、Ⅱ階級の自分達が星穹列車を勝手に呼んだのが分かれば追放されるとしか……』

 そう。

 当時のステーションではⅣ階級や課長クラスはともかく、Ⅱ階級の分際で星穹列車と連絡なんて取れるはずがなく、そこから応援を呼べるシステムは構築されていなかったのである。

 現在はヘルタ・ステーションと星穹列車と友好関係を築いているが、君が現れる前は、ヘルタ・ステーションと星穹列車とは距離を置いていたわけだ。

 それじゃあ、カフカと銀狼の星核ハンター達がステーションに現れた時、どうやって丹恒と三月さんを呼べたのかって? それは多分、星核ハンター達の目的がヘルタさんの星核にあると分かったせいじゃないか。その時はヘルタさんはあっさりと星穹列車の姫子さんに連絡を取って、丹恒と三月さんを派遣できたと聞いている。

 ヘルタさんでも星核ハンターが星核に何かすればレギオン軍が現れるのは分かってたから、それにカンパニーの兵士達やアーランさんの防衛課が相手するのは無理な話で、当時も現在も、レギオン相手は星穹列車しか頼れる所がなかったからさ。

 それ以前にヘルタさんもプライドはあるようで、ステーションで問題が起きればなるべくは自分達の問題は自分達で片付ける、カンパニーはもちろん、星穹列車の人間に恩を売るのはなるべく避けたいらしかった。

 私も、彼女との連帯責任で私までヘルタさんに処分を受けるのを恐れていたが――。

『そうね。ヘルタ・ステーションにせっかく入れたのに、これのせいで追放されるエイブラハムがそれに恐れをなすのは分かる。でも私は、恋人の丹恒のおかげでステーションだけじゃなく、星穹列車でも特別扱い受けてるの。全部私のせいにすれば、ヘルタもエイブラハムにとやかく言える立場にないっての。そこは安心してちょうだいな』

『……』

 自信に満ちた彼女を見て、私は何も言えなかった。

『何でもいいから、使えるパソコンがあって、それがネットに通じれば少なくとも、私とエイブラハムはもちろん、エレベーター付近であいつらにやられてる『仲間』のスタッフ達は助かると思うわ』

『仲間……』

『それとも、さっきみたいに自分だけはほっといてくれっていうなら、そうするけど。そうなら、早く言って。言っておくけど私はこの見た目と違って、自分が助かるならほかを犠牲にしてでも助かりたいという欲深い人間で、自分を優先して自分だけ助かる気でいるから』

『……君が見た目と違うのはさっきので理解したし、こういう時に他人より自分を優先するのは分かるけれど、君はどうやって、そこから助かる気だ』

『あなたのハンドガン奪って、自分一人だけ此処から脱出するわ』

『君一人で私のハンドガンを奪えるのか。君、そこまで力持ってないだろ……』

 私はこの時、彼女はステーションで誰より――ほかの女性スタッフ達より非力な女であるというのは分かっていた。

 分かっていたけれど――。

『そうね。私はそこまで力持ってないわ。でも』

 ここで彼女は私にその綺麗な顔を近付け、挑戦的に言い放った。

『でも、私が此処であなたに乱暴されたって訴えれば、ヘルタとアスター、スタッフ達はどっちの意見を信じると思う?』

『……ッ! わ、私が君に乱暴するはずないじゃないか! 私は普段から応物課達の人間に軽く見られている、その中で君に手を出せると思うか! ショップの温世斉だけじゃなく、温世玲にすら小馬鹿にされてるってのに!』

 私は彼女のそれに本気で腹が立ち、本気で反論した。

 しかし。

『そうね。私もショップの温世斉や温世玲から、あなたが何回も舐められてるの、見てるわ。彼らはそんなエイブラハムはこの私に手を出せるはずがないと鼻で笑うでしょう――けれどね、この極限状態であればどうかしら』

『!』

『エイブラハム、あなたは、この生きるか死ぬか分からない極限状態の中で、自分より力の弱い私に目をつけ、死ぬ前に私をどうにかしたいという欲望が出てきた――このシナリオであるなら、あなたより、私の方に軍配が上がるわ。更に、その手持ちのハンドガンで脅されたと泣いて演技すれば、私の勝ち』

『……』

 なんだ。

 なんだこの女は。

 表面上は清楚で可憐、大人しいお嬢様という、私の中でも良い印象だったけれど。

 私はこの時にはじめて、彼女の裏の裏を知った気がして、それに震えるだけしかできなかった。

『ここで私があなたにハンドガンで脅されて乱暴されたと泣いて訴えれば、どっちにしろあなたは追放されると思うわよ。それが嫌なら、私にそのハンドガン貸してちょうだい。私はそのハンドガン持って此処を出て、なんとか生き延びるわ』

『……何でそうまでして、生きたいと思う。外に出た途端、あのわけのわからない花の化け物にやられて死ぬかもしれないってのに。それなら、この安全な部屋で救助が来るまで待てばいい』

『そんなの、決まってる』

 彼女は腰に手をあて、言う。

『この宇宙では私のものである丹恒に会えるまで、彼をこの目で見るまで死ねない。それ以前に』

『……それ以前に?』

『それ以前に、こんな暗くて冷たい場所で死にたくないもの。死ぬなら故郷の空の下か、丹恒の腕の中がいい』

『……』

『それから、あなたの友人も私と同じ気持ちだったはずよ。自分もこんな暗くて冷たい所で死ぬわけにはいかない、でも二人は無理、エイブラハムだけでもこんな暗くて冷たい場所から逃がしたいって』

『あ……』

『私はでも、あなたの友人と違う。私はどんな手を使ってでも、私だけでも助かってやる。たとえ、あなたを犠牲にしてでもね』

『……』

 私は。

『……、此処からだと、エレベーターホールを抜けた先の制御室が近い。そこならマトモに動くパソコンがあって、ネットエンジニアのレオナード達と通じるかもしれない』

『エイブラハム?』

『私のハンドガンではツルの動きを止めるのが精一杯だ。君はそれを避けて、なんとかその制御室まで行ってくれるか。そこでネットが通じればネットエンジニアのレオナードか、星穹列車と連絡取れるんだろ』

『任せて。でも何で急に、私の話を聞いてくれるようになったの?』

『……いや。私も君と同じよう、こんな暗くて冷たい所で死にたくないと思っただけというのと、それから』

『それから?』

『それから前と違って、こんな暗くて冷たい所で死ぬかもしれない、同じ応物課の仲間達を見殺しにしたくないと思っただけだよ!』

 言って、ハンドガンを装備して、思い切って通路に出たのだった。