番外編:11 月とアイスクリーム(04)

 事の顛末を話そうか。



 あの花の化け物、誰かが観賞用に持ち込んだ花が何かの偶然が重なって化け物化して、何かの奇物目当てに下層に降りてきたらしかった。



 全部、曖昧だな? まあ、私もほかのスタッフ達もアスター所長代理から説明を聞いたけど、お互い、何でああなったかさっぱり分からなかった。



 そして、アスター所長代理は防衛課の課長のアーランさんを伴い、上の階に帰還した私達を快く出迎えてくれた。



『あなた達、本当、無事で良かった。中でも応物課のとエイブラハム、姫子の星穹列車に応援頼むなんて、よくやったわね。エイブラハムがをそこまで導いてくれて、が星穹列車を呼ばなければ、上の私達もどうなってたか分からないわ。とエイブラハム、ありがとう。皆、とエイブラハムに拍手~』



 ぱちぱち。アスター所長代理の合図で、ほかのスタッフ達から拍手が贈られた。



 その時、花に捕食されて治療が必要な人間を除き、ベテランから新人までのスタッフ数百人が集まって、その場に列をなしていて、その中で、私と彼女はその最前列に立って、アスター所長代理に表彰されたのである。



 因みに彼女は別の制服に着替えて、丹恒に彼のコートを返している。



 アスター所長代理だけじゃなく、アーランさんも自分の行動を称えてくれた。



『だけではなく、エイブラハム、貴様もよくやった。貴様が手持ちのハンドガンだけでを守ったというのは、俺のもとにもあちこちから報告を受けている。貴様が居なければも星穹列車まで辿り着けなかっただろう。元ではあるが貴様の行いは防衛課としても、誇らしく、素晴らしいものだ。

 応物課の温明徳も、貴様の行動力には感心したと話している。今後は応物課でも自信が持てるな』



『アーランさん……』



 私は、現在の応物課の課長である温明徳隊長より、元でも防衛課の課長であるアーランさんからそう言われたのが感動的で、胸がいっぱいになった。アーランさんの後方でチラチラ見え隠れする応物課の温明徳隊長の相手は、しばらくいいかなって。



 この時、ヘルタ・ステーションを代表してアスター所長代理は星穹列車に応援を呼んだ、そして、彼女を守った私についてはスタッフの前で表彰してくれたが、肝心のヘルタさんだけは不満そうだった。



 それというのも。



『ちょっととエイブラハム、何、勝手な事してくれたのよ。ウチと契約外のとこに応援呼んだらカンパニーの上層部の連中に説明するの面倒臭いし、規約違反でステーションに供給されてる備品や手当が減給されるじゃないの!』



『はぁ? 助け呼べるとこに助け呼ばないでどうしろってのよ。その時の私達、メイン電源きてなくて端末も警告表示ばかりで全然使えなくて、リーダー的存在もいなくて、その中で助けを待ってるだけっての無理な話でしょーが!』



 ガンッ。名指しされた私はヘルタさんの圧に震えるだけだったが、彼女は自分の素を知らないほかの課のスタッフ達の前でも構わず、柱を足で蹴りながら、ヘルタさんに噛みついたのである。



 その時の私といえば、当事者ではあったけれどヘルタさんに言い返す勇気がなくて、全部、彼女に任せきりだった。



 彼女の素を見てそれを知らなかったスタッフ達はざわつき、反対に、彼女の素を知っている応物課の人間やネットエンジニア達はニヤニヤ笑っている始末だった。



 ヘルタさんも負けず、彼女に応戦する。



『天才の私であれば星穹列車に応援呼ばずともあんなの、数分で処理出来てたわ!』



『でもヘルタ、私達の救助にだいぶん、時間かかってたじゃない。その前はメイン電源に不備あって色々使えなくなってて、それのせいで部屋に閉じ込められて、でも、私達を導いてくれるようなリーダー的存在がいなくて大変だったんだから!』



『それは、階級ごとに分けて行う点検作業と今回の騒動が重なって不運が続いただけよ。上の階ではアーラン達がアスターやⅣ階級の非戦闘員の人間達を毒の霧から退けるので精いっぱいでね。これがもし、普通の勤務状態であればマニュアルに従ってⅣ階級の人間が下級の人間達を速やかに保護して束ね、避難場所まで誘導してたわよ』



『でも今回ばかりは、そのマニュアル通りにならなかったんでしょ。それなら、星穹列車に頼むのが一番の解決策じゃないの』



 むふん。彼女は胸を張って言う。



 ヘルタさんはここで観念したよう、その裏事情を明かしたのである。



『……星穹列車は、カンパニーがいい顔しないのよ。自分達より向こうに頼るのか、それなら、ステーションの費用や物資を削減するって脅しみたいなのかけられてるから』



『えー、何それ。ヘルタもカンパニーの言いなりなんだ?』



『天才クラブの一個人であるヘルタとしては別にそこまでじゃないけど、ステーションの経営、中でもこの場に集まる数百ものスタッフを抱えるとなれば、カンパニーの言いなりになるしかないってだけよ。、アンタの独断でカンパニーに逆らえば、この場に集まってる数百人の命を無駄にする事になるのよ。現時点で、私の配下にあるただのスタッフのアンタにそれが分かって?』



『私の独断でカンパニーに逆らえば数百人の命を無駄に……』



 ヘルタさんにしては厳しい口調で諭してきた効果があったのか、それとも彼女の中でも思うところがあったのか、今までの勢いはなくなり大人しくなり、沈んだ様子であるのが、私だけじゃなく、ほかのスタッフ達も分かったようだった。



 反対にヘルタさんは勢いづき、更に彼女に詰め寄る。



『そもそも、アンタ、何でナナシビトの丹恒のパスワード知ってるのよ。それこそ規約違反じゃないの。それカンパニーに分かれば、、アンタもただじゃすまないわよ』



『それは……』



『――に俺のパスワード渡したのは、俺の独断だ』



 ここで丹恒本人が彼女を庇うよう、ヘルタさんの前に出てきた。



『俺はナナシビト柄、あらゆる場所でヘルタも万能ってわけじゃないと聞いていたので、こういう時のために、ステーションのと列車の俺の間で連絡手段あった方がいいと思ってな』



『丹恒、アンタ、普段は冷静でその場の判断力も良いのに、が関わるとどうも鈍るわね。ここはじゃなくて、すぐ目の前に揃ってる数百人の命を守る方が先だと思わないの? それからカンパニーもから手を引けばアンタだけは、見逃してくれると思うけれど』



『俺は数百人の命か、か、どちらかを選ぶか迫られた時は、数百人の命より、を選ぶ。それから、カンパニーの連中が俺の処遇をで見逃してくれるというのであれば、俺はと一緒に処分される方がいい』



『きゃー、丹恒、カッコイイ!』



 彼女は丹恒のその揺るぎない思いを聞いて、数百人のスタッフ達の前でも構わず彼と腕を組み、抱き着く。丹恒もその彼女を突き放さず、彼女の腰に腕を回した。



 ヘルタさんはそんな二人に呆れつつ、言った。



『どっちにしろ、今回の騒動でカンパニーに報告する義務があって、独断で星穹列車に応援を頼んだのが分かればとエイブラハムは、何かしらの処分は免れないわよ。よくて一週間の業務停止か減給処分、悪くて応物課の追放かしら』



『えー、そんなのあり? 私は処分受けてもいいからエイブラハムだけ、何とかならない? 私の独断でやったのは認めるから!』



『……』



 丹恒で気を持ち直した彼女はヘルタさんに向けて、自分はいいから、私だけでもどうにかならないかと交渉している。



 私は本当に情けない事だが、この時であっても、ヘルタさんにも彼女にも、何も言う勇気がなかった。



『、こんなのに応じる必要ないぞ。もし強制的にカンパニーの処分を受けるというのであれば、星穹列車でだけじゃなく、エイブラハムも匿えるが――』



『――あの! 僕から一つ、いいですか!』



 彼女は独断で星穹列車に応援を頼んだのがカンパニーに分かれば相当な処分を受けると聞いてそれに不満そうで、丹恒もヘルタさんから彼女を突き放そうとしたが、ここで手を挙げ声をあげたのは。



『アンタ、メンテナンス課、ネットエンジニアのⅡ階級のレオナードだっけ』



『は、はい。メンテナンス課、ネットエンジニア、Ⅱ階級のレオナードです! ヘルタさんに名前を覚えてもらって、光栄です!』



『そこまでの御託はいいわ。何? くだらない話なら、アンタもと同じ処分受けるけど』



 ヘルタさんだけではなく、集まる数百人のスタッフ達の注目を浴びるレオナードは震えながらも、それを報告する。



『あの、僕達、に協力する前、規約通りにカンパニーの兵士に救援信号送ったんですけど、全然通じなかったんですよ。それで苦肉の策で、丹恒さんでそこに出入りしているに星穹列車に応援呼んでくれと依頼したんです。それだから、とエイブラハムだけ処分受けるのは間違ってるのではないかと……』



『え、アンタ達、星穹列車に応援呼ぶ前に規約通りにカンパニーの兵士達にも救援信号送ってたけどそれが届かなくて、やむなくとエイブラハムに協力してくれと頼んだの?』



『はい。その時間のログ見てもらえれば、分かると思います』



『ちょっと待って。こっちでもそれの確認……』



 ヘルタさんはレオナードの話を聞いて、手持ちのパソコンで何か操作し始めた。



 ほどなくして。



『はぁ? カンパニーの兵士達、メンテナンス課、ネットエンジニア、Ⅱ階級の連中から確かに救難信号届いたけど、悪戯かと思って受理しなかった? ばかじゃないの!』



 ガンッ!! カンパニーから事の詳細を知ったヘルタさんはそれに激怒し、柱に自分の拳を打ち付ける。



『カンパニーの兵士の奴ら、ヘルタでも自分達より格下のⅡ階級の連中は見下してるっての、事実だったわけ。こっちがそれで制限受けるの分かって下手に出れば、得意になりやがって!』



 その時のヘルタさんは、カンパニーの兵士達がⅡ階級であれ、ステーションのスタッフの救難信号を無視した件について、いつになく憤ってたな。ヘルタさん、外では自分のスタッフは使い物にならなくなればすぐに切り捨てる冷酷非情なリーダーだって評判なんだけど、実際は、自分の配下にあるスタッフ達は大事にしてる人だった。



 まあ、問題あるスタッフを処理して切り捨てたりするのは、ヘルタさんより、アスター所長代理の役目だったからな。それは今でも変わらない。



 レオナードは、ヘルタさんが自分の話を聞いてくれると分かって、更に彼女に訴える。



『それ見て分かる通り、今回は、のおかげで僕達、助かったんです。それだから、とエイブラハムだけ処分受けるのはどうかと!』



 レオナードだけじゃなくて。



『そうです、そうです! レオナードの話してる通りで、私達、お姉さまのおかげで助かったんですから、お姉さまだけ処分受けるのは違うと思います!』



『そうだ、そうだ! とエイブラハムだけが処分受ける必要ない! もし処分受けるようなら、私達も職務放棄しますぞ!』



『彼らより、その業務怠ったカンパニー側が処分受けるべきじゃない? あいつらがレオナード達を無視しなければ、星穹列車を呼ぶ必要なかったんだから』



 レオナードだけじゃなくて、彼女で助かった温世玲やショップの温世斉、ほかのⅡ階級のスタッフ達からあちこち声が上がり、小さな波は大きな波へと変化し、そして、とうとう――。



『ヘルタ、こうなれば、とエイブラハムだけじゃ終わらないわよ』



『そうそう。これでとエイブラハムだけ処分すれば、優秀なスタッフ達が離れていくわよ。それでいいの?』



 今まで黙って話を聞いていた姫子さん、アスター所長代理の後押しがあったおかげかどうか。



 ヘルタさんは観念したよう、彼女に向けて言った。



『分かった、分かった。カンパニーの奴らがメンテナンス課、ネットエンジニア、Ⅱ階級のレオナード達の救難信号を無視したのも全部報告したうえで、とエイブラハムの件も報告する、これでいいでしょ!』



『私とエイブラハム、どうなるの?』



『カンパニーの上層部がマトモで常識的な判断をすれば、とエイブラハムの処分は免れる、かしら』



『ほんと?』



『とエイブラハム、アンタ達、レオナードに感謝しなさいよ。レオナードの証言がなければアンタとエイブラハムは、独断で星穹列車呼んだとして、カンパニーにそのまま最悪な処分受けてたんだから』



 ヘルタさんの話を聞いた彼女と私は顔を見合わせた後、真っ先にレオナードの所に向かった。



『レオナード、ありがとー!』



『本当、君が声を上げてくれたおかげで助かったよ。ありがとう』



『いやいや。僕達も星穹列車呼べると彼女を助けたエイブラハムが居なければ、どうなってたか分からなかったから。とりあえず、良かった』



 レオナードは、ヘルタさんに自分の話が聞き入れられたようで、ほっとした様子だった。



 それから。



 Ⅱ階級の声だけじゃなくて、Ⅲ階級やⅣ階級の先輩達の声も聞こえてきた。



『応物課だけじゃなくてね、ほかの課のⅡ階級の後輩達が助かったの、星穹列車を呼んでくれたと、それから、を導いたエイブラハムのおかげだっての、先輩である私達もよく分かってるからね』



『ヘルタがレオナードの話を聞いてくれて良かった。そうでなければ、ヘルタとカンパニーに先輩の私達がとエイブラハムの処遇を改善するように直談判してたわ』



 それから。



『、エイブラハム。二人にお礼しないとね。何がいい?』



『はいはい! 今夜は、思い切り、飲みたい気分です!』



『私は、と同じでいいです』



 応物課のⅣ階級の先輩達に問われたは嬉しそうに手をあげてそう返事をし、私は彼女の言う通りに従うだけだった。



『、アンタ、いつもそれねえ』



『でも、らしくて何よりだわ』



 応物課の先輩達は、彼女はヘルタで沈んでいた風に見えたけれど、いつもの彼女であるのが分かって遠慮なく笑う。



 それから先輩達は、今までの話を聞いていた応物課の課長の温明徳さんに向けて、言った。



『課長ー、この後、何もなかったですよね。そういうわけで今回はとエイブラハム中心に、応物課の皆と一緒にパーッとやりましょ!』



『そうだな。今夜は応物課の仲間達で、とエイブラハムの健闘を称えた飲み会やるか』



 の酒好きに呆れる先輩達だったが、それに応じるよう、課長の温明徳隊長を呼んでその計画を立ち上げる――と。



『ちょっと待った!』



 ここで手をあげたのは、界種課のカポーティーさんだった。



 カポーティーさんはスタッフ達の注目を物ともせず、言う。



『応物課だけ、姫を独占する気か。カポの界種課の部下達も姫のおかげで助かったのを忘れてはいけない。界種課の我々も姫を囲んで一杯やりたいのだがね!』



『そうそう。応物課だけ独占なんて許しませんよ。私達、密巻課もと飲まないと気がすみませんので、お忘れなきよう』



 界種課のカポーティーさんだけではなく、密巻課の重鎮であるエステルさんまで参戦してきた。



『と飲めるなら、私達も追加で!』と、



 ほかにも地理課、法政課、メンテナンス課までとの飲み会参加希望してきた。飲み会に参加しなかったのは警備上、この場に残る必要がある医療班と防衛課だけだったけど、『いいなあ、あいつらばっかりと飲めて』と、彼らもと飲めないのが悔しそうだった。



 との飲み会を応物課で希望者を集えば、余裕で百人を超えていたという。



『やば。さすが。課をまたいで、ここまで集めるとは……』



『いいけど、ステーションで、これだけの人数入れて飲み会できるの? 自販機やショップのお酒も足りる?』



 最初、応物課のスタッフ達はで飲み会参加者がそこまで集まったのに引き気味で、更にはこの狭いステーションではその人数で酒が飲める場所がないと、それに消極的だったけれども。



『――それなら、近場の星に降りてホテルの宴会場でも借りたらどうだろうか』



『!』



 その提案を最初に出したのは、今まで彼らの話を黙って聞いていた星穹列車のヴェルトさんだった。



 ヴェルトさんの提案を聞いて応物課の女性スタッフは、恐る恐る、彼に聞いた。



『あのですね、その星に行くにしてもヘルタの小型船では人数制限ありまして……』



『それも問題ない。うちの星穹列車を使えばいい。列車であれば、百人くらいは余裕で運べる』



『でも、ただのスタッフ達の飲み会にナナシビトさん専用の星穹列車を使って、いいんですか?』



『そうだね。星穹列車の列車組であるナナシビトの丹恒の彼女であるは、俺達の仲間で変わりないからな。そののための飲み会というのであれば、我々も協力しようじゃないか。姫子、いいだろ?』



『もちろん。ヴェルトの言うように丹恒の彼女であるは私達の大事な仲間の一人であるには間違いないし、星穹列車は開拓のためや救助活動だけじゃなくて、そういった使い方も歓迎するわ。ヘルタのスタッフ達であるなら、私達の列車を使うのに遠慮しなくていいわよ』



 途端――。



 わあ、と、拍手と歓声が上がり、スタッフ達は今までの騒動を忘れたかのよう、浮かれた気分で姫子さんの案内で次々と星穹列車に乗り込んだ。



 私と、それから、参加できるスタッフ達――総勢、百人ほどだったか、星穹列車に乗って近場の星に降りて、ホテルの宴会場を貸し切り、そこで食べて飲んで騒いで、その夜だけは先輩も後輩もなく、色んな課の人達と飲めて、楽しかった。



 も上機嫌でお酒飲んで、食べて、飲んで、食べてを繰り返し、いつの間にか姿が見えないなと思えば、丹恒と仲良く列車に引き返したのを見たと報告があった。



 全部、彼女――に繋がった話だ。





 ――現在、ヘルタ・ステーション、応物課、セーフティルームにて。



「それで、その件があってからヘルタさん、ようやく、姫子さんの星穹列車と協力するための協定を結び、いつでもステーションに入港できるようにしたわけ。星穹列車とステーションを行き来できるビーコンの設置も、あわせて行ったとか。カンパニーの上層部は部下の彼らより常識的でマトモな判断をしてくれて、兵士達がⅡ階級の救援信号を無視した件を問題視して、それ以上、物が言えなかったようで、私とはその処分を受けずにすんだわけだよ」



「はぇー。のおかげでそこまで壮大な話になるとは、私も思わなかった。今回の話も、合同訓練以上に面白かった!」



 開拓者は、のイジメの話からエイブラハムまでそこまで壮大な話に繋がるとは思わず、感心を通り超えて、感動していた。



 というか――。



「というかエイブラハム、話の中で随分と活躍したようだけど、それで過去のトラウマ克服できたわけじゃなかったの?」



「ああ、まあ、それとこれとは話が別だ。私はいまだに一人で自分の部屋に帰れない情けない男だ」



 はは。エイブラハムはその指摘を否定せず、自虐的に笑うだけ。



「……」



 ――そうかなあ、何か引っかかるんだよな。と違って自分の情けなさに自虐的に笑うエイブラハムだったが、開拓者は何か違和感を抱く。



 それ以前に――。



「それより、話で気になったとこがあるんだけど」



「ん、何?」



「ヘルタや課長クラスのアーランは分かるけど、エイブラハムってさ、ステーションでもほかでも、特級クラスの丹恒より格下扱いだったよね。それで彼、呼び捨てできんの?」



 ヘルタ・ステーションは意外と、上下関係に厳しい。階級が物が言うのもそれのうちであるし、その影響か、Ⅱ階級のですら、Ⅲ階級やⅣ階級の先輩達には気遣っているのは開拓者も知っている。



「ああ、それは――」



「――おい、いつまで話してるんだ」



 エイブラハムが開拓者に答えようとした時、セーフティールームに課長の温明徳が顔を出してきた。



「そろそろ消灯時間だ。お前が帰ってくれないと、私も会合に遅れて困るんだがね」



「あ、やば。消灯時間過ぎて部屋に帰ってないのが分かれば、仕事を疎かにしたとみなされて、減給処分だ」



 エイブラハムは慌てて、セーフティールームを出る。



 温明徳はそれから、エイブラハムだけではなく、未だにセーフティールームに突っ立っている開拓者にも声をかける。



「開拓者も、星穹列車に帰らなくていいのか。そろそろ夕飯時だから、列車組も集まってきてると思うし、それで丹恒もを解放してるんじゃないのかい?」



「そうだった。温明徳隊長の言う通りで、夕食時はパムの命令で皆が集まらなくちゃいけないから、も丹恒から解放されてる。それなら私ももう、列車まで帰るよ」



 温明徳の話は開拓者も納得するものだったので、彼女もそれにあわせてセーフティールームを出た。



 ベース部分は薄暗く、夜型の防衛課のスタッフがその門を守っているだけだった。



 開拓者、エイブラハム、温明徳の三人はその中を歩き、その間、開拓者が興味深そうに温明徳に聞いた。



「温明徳隊長はこれから、会合までの間、エイブラハムと一緒に居住区まで帰るの?」



「そうだな。コイツ、過去のトラウマのせいで居住区に一人じゃ帰れないらしいから。全く、困ったもんだよ」



 困ったもんだと言いながらも、ぴったりくっついて歩いているエイブラハムは突き放さず、その顔は笑っているだけだったので、開拓者は「さすがだなあ」と、彼の振る舞いに感心する。



 今度は温明徳から、開拓者に聞いた。



「開拓者の方は、コイツからいじめの件、聞けたのかい?」



「もちろん。いじめの件から、最後は花の化け物退治にまで繋がって、面白かった!」



 開拓者は、温明徳に「エイブラハムの話は期待以上で、満足したよ」と、笑顔で話した。



 開拓者からそれを聞いた温明徳はエイブラハムの方を振り返り、ニヤニヤして、言った。



「お、エイブラハム、開拓者にそこまで話したのか。あの話は、私でも未だに記憶に残ってるよ。おまけにあれはだけじゃなく、エイブラハムの一番の武勇伝でもあるから、お前も開拓者に自慢できて良かったんじゃないか」



「別に、開拓者に自分の行いを自慢するためにそこまで話したわけじゃないですよ。でもまあ、私のその話を一番に聞いてくれる相手が開拓者で良かったとは思います」



「うむ、それは何より。これで今日のぶんは、落ち着いたか?」



「……一応は。開拓者相手だと、震えはないです」



「それは良かった。何事もなく、普通に帰れるのが一番いい」



「……」



 エイブラハムは温明徳のそれから逸らすよう、うつむくだけ。



 そして。



 開拓者、温明徳、エイブラハムの三人は、ベース部分を出て中央エレベーターまで到着した。



「それじゃあ開拓者、私とエイブラハムはここで失礼するよ」



「開拓者、私の話を聞いてくれて、ありがとう」



「私もエイブラハムの話は面白くて楽しかったから、また何かに関するとっておきの話があるなら、いいとき、聞かせてね。それじゃ、またねー」



 開拓者は、温明徳とエイブラハムとそこで別れた。



「温明徳隊長とエイブラハム、なんだかんだ、仲良いんだよなー」



 開拓者は、エレベーターに入っても温明徳にくっついて離れないエイブラハムと、そんなエイブラハムを突き放さないで気にせずパネルを操作している温明徳を見て、微笑む。



 と。



 ぐーきゅるる。



 開拓者の腹の虫が鳴った。



 端末で時間を確認すれば、パムの夕食時間である。





「お腹空いたー。パムの食堂に行けばももう丹恒に開放されて会えるよね、さっさと帰ろー」





 開拓者は夕食時の今であるならに会えると浮かれた調子で、星穹列車に帰還したのであった――。


 開拓者が星穹列車に帰還すれば、パムの食堂にて、すでに姫子、ヴェルト、なのか、丹恒、サンデーの五人が揃っていた。

「開拓者、何やってたの。パムの方針で、全員が揃える時は全員揃わないと夕食始まんないでしょ!」

「ごめん、ごめん。今までステーションで面白い話聞いてて、遅れちゃった。お、今夜はカレーか、美味しそう!」

 席に座ってもパムのその方針で未だに出された料理に手をつけられなかった『なのか』から不満の声が上がり、開拓者はそれに申し訳なさそうに謝るも次にはテーブルの上に用意されているカレーに釘付けだった。

 パムは最後の一人である開拓者が席についたのを確認して、全員の顔を見回し、言った。

「全員、揃ったようじゃな。それでは、頂きますしてから、食べるといい」

 パムの合図で、あちこちから「頂きます」と声が上がり、それから、皿とスプーンがかちあう金属音が聞こえてきた。

 ふと。

「パム、全員揃ったって、忘れてない? ステーションで、今日はスタッフの居住区じゃなくて、丹恒と一緒に星穹列車に帰ってるって聞いてたんだけど」

 開拓者は辺りを見回しても食堂にの姿がなく、心配そうにパムに聞いた。

「は、調子悪くて俺の資料部屋で休ませてる。調子良くなれば一人でも食堂まで行って食べると話してた。それ、パムにも了解取ってある」

「うむ。のそれは、俺も了解してるぞ」

 開拓者にパムではなく丹恒が答えて、パムもそれにうなずく。

 それからパムは全員の顔を見回し、補足するように話した。

「ほかの皆も体の調子が悪い時は、遠慮せずに言うんじゃぞ。用意したものは期限まで俺が取っておくので、調子良くなった時に食べるといい。そういう時は、別に無理して出なくていいからな」

 パムの話を聞いて全員から、「了解ー」という返事が聞こえた。

 開拓者は今度はパムではなく、黙々とカレーを食べる丹恒にの状態を追求する。

「それでいえば、どこが悪いの? 医療班に診てもらった?」

「のそれは体の不調じゃなくて、精神的なものだ。本人が一人になりたくて自主的に引きこもってるだけで、いい時に人前に出られればそれでいいっていう感じのだから、今回、医療班の世話にならなくていい」

「、時々、そういう事があったりするの?」

「そうだな。特別な力を持ったナナシビトである俺達はそこまで調子を崩す事はあまりないが、普通の人間であるは閉鎖的で冷たく暗い宇宙の中がしんどくなって、体に負担がかかりやすくなる。それは月に何度かあって今回が初めてじゃないし、数時間休めば元通りになるので、そう心配するような話じゃない」

「へえ。確かにナナシビトで能力持ちの私はそこまで調子崩した事ないけど、普通の人間のだと宇宙に居るだけでそういう事もあるのか……。でも、宇宙に馴染んでる私からすればその症状、よく分からないなあ」

「ウチも開拓者と同じでのそれ、全然分かんないや。宇宙で目覚めたウチからすれば、宇宙に馴染めななくて調子崩すって話は、なんか、不思議な感じがする」

 の宇宙に馴染めずに調子を崩すというこの話は開拓者だけではなく『なのか』も不思議そうで、訳が分からない、理解できないと話した。

 その中で。

「ワタシは、さんの気持ちが分かりますね」

「サンデー」

 サンデーが珍しく、話に割り込んできた。それというのも。

「開拓者や三月さん、丹恒さんのよう、どこの環境でも馴染める方達はいいですが、ワタシもさんと同じで、予期せぬ事情で自由で開放的な地上から、閉鎖的な宇宙に出てきた身ですからね。ワタシやさんのような人間は、時に、それがストレスになる場合もあります」

「えー。能力持ちのサンデーでもと同じような症状、あったんだ。そういやサンデーもと同じで、自由で開放的な地上で暮らしてたのに、突然に閉鎖的で暗くて冷たい宇宙に出てきたっていうのは重なってるね」

「はい。ワタシもヴェルトさんのおかげで憧れの星穹列車に乗れたのはいいですが、車窓から暗くて冷たい宇宙空間を見ていると、かつての賑やかなピノコニーの劇場が懐かしくなって、ちょっとしたウツ状態になって部屋に引きこもってた時期がありましたね。ああ、これは、開拓者と三月さん、丹恒さんがそれぞれの旅に出ている間の話なんで、そう気にする必要はありません」

「ふむ。サンデーもと同じで故郷が恋しくなると、暗くて冷たい宇宙がストレスになるのか……」

「そうそう。サンデーさんもと同じで、自由な地上の世界から急に閉鎖的な宇宙に出てきた身だからな、そういう人間は時に、暗くて冷たい宇宙空間がストレスになってウツ状態になり、誰とも会いたくない時があるものだよ。当たり前のように宇宙で暮らしている俺達は、彼らのそれについて理解しなくてはいけない」

 開拓者はサンデーの話で彼ととの共通点に気が付き、ヴェルトも開拓者を諭すように話した。

 更に。

「中でもは特に、丹恒の仕業で私とヘルタ、アスターの三人の許可が下りなければ地上に出られない制限された身だから、そういう症状に陥りやすいのよ。普段はステーションのスタッフとしてステーション内では明るく振舞ってるけど、仕事終わりに急に一人になって窓から宇宙空間を見た途端、そういうウツ的な症状が出てくるのは当然の話で、同時にそれががまだマトモな人間な証拠になるわ」

 姫子もヴェルトと同じく、引きこもった状態のに理解ある風に、話している。

 ヴェルトは、辛いカレーにあわせて注がれた氷と水が入ったグラスを手に取り、言った。

「こういう時は、時間が解決してくれる。このグラスに入った氷がいつか溶けるようにね。それでいえば、丹恒のよう、を一人にして、そっとしておいてあげるのが正解だ」

「そうかー。そういうわけなら私も、に会わないでおくよ。でも、列車がステーションに停泊している間は、仕事終わりにに会うの、楽しみにしてたんだけどなあ。丹恒ばっかりとイチャイチャして、ずるい~」

 むぅ。開拓者はヴェルトの解説で宇宙に馴染めずウツ状態のを一人にするべきという話は理解したが、丹恒ばかりを一人占めしているという恨みは消えず、彼を恨めしそうに見詰める。

 丹恒はそんな開拓者に呆れた様子で、言い返した。

「俺は別に、を独占していない。そういえば開拓者は今までステーションに滞在していたようだが、そこでは以外の話し相手、けっこう居るだろ。お前、ステーションでは姫子さん並に人気あるんだから」

「そうだ。開拓者、さっき、ステーションで面白い話聞いてたせいで食事時間に遅れたって話してたよね。スタッフと何の面白い話してたの? ウチにもそれ、聞かせてよ!」

「三月さんと同じで、ワタシもそれには興味ありますね。ステーションのスタッフの皆さんのプライバシーが保てるようであれば、ワタシ達にもその話、聞かせて欲しいです」

 丹恒のそれが引き金になったのかどうか――、丹恒でそれを思い出した『なのか』が身を乗り出しそれを要求し、サンデーもステーションで面白い話を聞いて遅くなったという開拓者に注目する。

「んー、私とそのスタッフからすれば別に周りに聞かせてもいい話なんだけど、肝心の丹恒がどう思うか……」

「は? 何でその話に、俺が関係ある」

 開拓者はその話をするには、丹恒の了解を得なければいけないと思い、彼をチラチラ見る。

 丹恒は訳が分からず、怪訝な顔をする。

 開拓者は決心して、丹恒に言った。

「私、ステーションのスタッフ――、応物課のエイブラハムから、初めの頃に彼らに聞いてたいじめの詳細、聞いてたんだよね」

「!!!」

 ぶはっと。丹恒は開拓者からそれを聞いて、思わず、飲んでいた水を噴き出す。

 反対に、なのかは興味を示す。

「えー、何、いじめって。彼女、いじめられるような子だったっけ?」

「ええと。がステーションに入り立ての頃、あの目立つ容姿のせいで、女性スタッフ達の間でいじめられてたんだよ」

「マジで。それで、それで?」

「丹恒」

 開拓者は続きを話していいかどうか、丹恒を見る。

「……、三月に興味持たれたら逃げられず、最後まで話すしかなくなる。仕方ない、その件は、開拓者に任せる」

 はぁー。丹恒は自分の失態に気が付いたうえで、開拓者任せにした。



 それから開拓者は、なのか、サンデー、ヴェルト、姫子の四人に、いじめの話とそれに繋がる花の化け物退治の話を聞かせた――。


「うわあ。自分の彼氏を取られたと思い込んだ女性スタッフの嫉妬が原因で制服がズタズタに切り裂かれても、ロッカーが水浸しになっても、それを物ともせずに自力でヘルタとアスターに対応してもらって犯人見つけて反対にそいつを追い出して解決するなんて、さすが、カッコイイ!!」

「しかも、Ⅱ階級ばかりが下層に集められた点検作業の日に限って中央エレベーターに花の化け物が現れてそれに汚染され、ほかのスタッフ達もそいつらに捕まって使えない中、単独で星穹列車に応援呼び、更には列車とヘルタさんで協定結ぶようにするキッカケを作ったのもさんとは。さすがですね~」

 全ての話を聞いて『なのか』、サンデーは、の仕業に拍手を送る。

「ああ、あの話か。懐かしい。今では誰とでも上手くやれる開拓者と『なのか』がいて二人のおかげで俺と丹恒もステーションのスタッフ達とも良好な関係を築いているが、開拓者と『なのか』が不在だった当時は、俺も丹恒もあまりステーションに顔を出してなくて、スタッフだけじゃなく、ヘルタさんについてもあまりよく知らなかったんだよな。姫子だけは俺達と違って、ヘルタさんやスタッフ達と交流していたようだが」

「そうそう。当時のヘルタは天才クラブの個人ではなく、経営者として、運営母体のカンパニーの顔色見て動いていたせいで、私達とそこまでの関係じゃなかったのよねえ。でも、のそれがあって、Ⅱ階級でもカンパニーが自分のスタッフをないがしろにしてたのが分かって憤り、私達とも協力するようになったのよ」

 ヴェルトは懐かしそうに、姫子はくすくす笑いながら、当時を語る。

 ここで『なのか』が誰に言うまでもなく、呟くように話した。

「でもさあ、別の場所ならともかく、あの癖の強いスタッフが多いヘルタ内でそこまでやってのける強いが現時点で、暗くて冷たい宇宙を見て体の調子崩すなんて、ちょっと信じられないなあ」

「、あいつ、ああ見えて意外と繊細だからな。普段でもちょっとした事で落ち込むなんてのは、よくある。ごちそうさま」

 なのかにの裏を明かすのは、カレーを食べ終わって皿を片付けている丹恒である。

「えー、ほんとにぃ? 丹恒びいきでをそう思ってるだけじゃないのぉ?」

「なの、人を評価するのに、自分の基準で計ったらよくないと思うよ」

 ここで丹恒ではなく、開拓者が『なのか』の疑惑に反論、珍しく、彼女を諭すように話した。

 なのかは、そんな開拓者を興味深そうに見詰める。

「あれ、開拓者はは意外と繊細だという丹恒の話、理解してるの?」

「一応。ほら、私もと同じで周りからは強い女だと認識されてるけど、中身はちょっとした事で落ち込んだりして、色々繊細なんだよねー」

「えー、冗談でしょ。それこそ、ほんとにぃ? だよー」

 あはは。なのかは、開拓者が自分もと同じよう、周りからは強い人間と思われるも中身は繊細と聞いて、それが信じられず、遠慮なく笑った。

 開拓者は身を乗り出し、期待を込めて、丹恒に聞いた。

「ねえ。丹恒は私もと同じだって理解してくれるよね?」

「唯我独尊、猪突猛進、荒唐無稽――お前を表す言葉は、ほかにも色々あるが。好きなのを選べ」

「何だよ、私もと同じように扱ってよ!」

 うあー。丹恒にも自分は繊細には見えなかったようで、開拓者はその怒りを自分のカレーにぶつけるように食べる。

 と。

 丹恒の端末の着信音が鳴った。

「と、話題のからだ」

「何?」

 について話していたのでまだカレーを食べている最中の開拓者は、丹恒の手元にある端末を遠慮なく覗き込む。

 丹恒はから届いたメッセージを全員に向けて、話した。

「食堂からカレーの良い臭いがしたからもう部屋出る、我慢できない、パムの美味しいカレー食べたいって」

「やった! と一緒にカレー食べれる!」

 開拓者はのメッセージ内容を見て、自分もまだカレーを食べている最中だったので、彼女と一緒に食事ができると嬉しそうだった。

「お。に食欲が出て来たのであれば、良い事じゃ。それなら急いで、のぶんのカレーを用意しなくてはな!」

 パムは丹恒ののメッセージを聞いて、張り切って、カレーが入っている鍋に向かう。

「俺、迎えに行ってくる」

 丹恒は席を立ち、まだ資料部屋に居るだろうを迎えに、食堂を出て行った。

 それからすぐに、を連れて帰って来た。

 は開拓者達を前にして、照れ臭そうに言った。

「いやー、資料部屋までカレーの臭いがして、それ嗅いでたら、お腹空いちゃって。パムのカレー美味しいの分かってるから、我慢しない方がいいと思って」

「うむ。俺のカレーは、列車を訪れる旅人達に最高と評判だからな、も遠慮せず、いっぱい食べるといい」

 パムも嬉しそうに、にカレーを注ぐ。

「どうぞ、じゃ」

「ありがとう」

 が列車に来ている時は、自然と丹恒の隣を空けている。も遠慮なく、丹恒の隣についた。

「頂きます! やっぱ、パムのカレー美味しい~」

 は手をあわせた後、パムのカレーを美味しそうに頬張る。

 そして。

「そういえば開拓者、今までヘルタ・ステーションでエイブラハムと一緒だったんだって?」

「あれ。丹恒、私のステーションでの話、もうにしたの?」

「いや。俺は此処に来るまでに、開拓者の話はしていない」

 から先に振られた開拓者は、丹恒の仕業かと思って彼を疑うも、丹恒は食後のコーヒーを飲みながら否定した。

 は手持ちの端末を掲げて、それを開拓者に明かした。

「私、丹恒の資料部屋で休んでる間、エイブラハムとメッセージやり取りしてたの。といっても、私は返信遅いから、エイブラハムのメッセージを一方的に受け取るだけだったけど。で、エイブラハムから私のイジメの話の詳細とエレベーターの花の化け物の話、開拓者に聞かせた、もし何か都合が悪い内容があれば訂正するので早めに伝えておいて、ですって」

 あはは。はそれが何でもない風に、笑っている。

 開拓者は『なのか』と顔を見合わせた後、彼女に聞いた。

「、ステーションのスタッフの中では、エイブラハムと仲良いの?」

「そうね。エイブラハムは私にとっては、応物課のスタッフの中では一番の友人というか、戦友かなー」

「へえ。エイブラハムが一番の友人で戦友って、さっきの、花の化け物からをレオナードの所まで守ってくれた話が影響してそういう関係に?」

「それもあるけど。それ以外にも色々理由あるんだよね。あ、パム、カレーおかわり!」

「は残さず綺麗に、たくさん食べてくれるから、こちらとしても作りがいがあるのぅ。が来ている時は多めに作ってあるから、まだまだあるでの、そう慌てるな」

 開拓者と話している短い間にものカレーの皿はすでにカラになり、パムにおかわりを要求する。パムもの食べっぷりには感心を持ち、上機嫌で応じる。

 は二杯目のカレーを頬張りながら、隣に居る丹恒に、明日の予定を聞いた。

「丹恒、明日から任務でヤリーロ・Ⅵのベロブルグまで出かけるんでしょ?」

「そうだな。ベロブルグの博物館の学芸員をやってるペラから、ほかの学芸員達と一緒に文献に出て来るある地域の調査をするらしい。彼女達がそこまで行くのに、レギオンが出没する、ちょっとした危険地帯を通る必要があるというので、その護衛を任された。当分、列車やステーションに帰って来られない」

 丹恒は明日から数日、単独で、博物館の学芸員のペラの要請で、ヤリーロ・Ⅵ、ベロブルグのある地域の調査に同行すると話した。

 丹恒の予定を聞いた後、今度は、開拓者の予定を聞いた。

「開拓者はその間、まだ、ステーションに滞在してるんだよね」

「そうだね。私は丹恒みたいに外から依頼きてないから、まだステーションに居ると思うけど」

「それじゃあ明日の仕事終わり、この時間、倉庫まで来てよ」

 は、手持ちの端末に表示してあった予定表を開拓者に見せる。予定表には仕事始めと終わりの時間が書き込まれてあった。

「いいけど、明日は丹恒不在で、何か困った事でも?」

「いや。開拓者が私とエイブラハムの関係知りたそうだったから、丹恒不在の時が丁度良いと思って」

「やだ、エイブラハムとの関係を知るのに、丹恒不在の時が丁度良いって。まさか、丹恒が不在の間は、エイブラハムを自分の第二の男にしてんの?」

 きゃー。と開拓者のやり取りを聞いていた『なのか』が色めきたち、余計な妄想をしたのか、興奮した様子だった。

「……なのか、冷静に考えろ。エイブラハムがの第二の男であるなら、は皆の前で発表しないだろ。は意外と慎重派だからな、開拓者にエイブラハムとそういった関係を言いたいのであれば、彼女が一人の時を狙ってこっそり告白するのではないかな」

「はっ、確かに!」

 ヴェルトに諭されるように言われた『なのか』は、確かにそうだと思いなおし、席に座る。

「というか、さんからそれ聞いても、肝心の丹恒さんはじめ、姫子さんもヴェルトさんも落ち着いた様子ですね。この様子だと、さんとエイブラハムさんの関係、開拓者とワタシと三月さんの三人だけ、知らなかったみたいですよ」

「えー、そうなの?」

 サンデーの指摘を聞いた『なのか』は、不満そうにヴェルト、姫子を見詰める。

「なのかより、サンデーさんの方が観察力鋭いね。丹恒はもとより、俺と姫子もとエイブラハムの関係を知ってるからな、そこまで騒ぐ話じゃない」

「そうね。エイブラハムはクセが強い応物課の中でも真面目で誠実なスタッフであると評判だから、の誘惑に乗るような男じゃないわよ」

 ヴェルトは淡々と、姫子はくすくす笑いながら、なのかにエイブラハムのそれを明かした。

 ふと。サンデーは思う所があり、まだ途中のカレーを食べる手を止め、に聞いた。

「というかさん、前から気になってたんですが」

「ん、何? パム、おかわり~」

 の方はカレー三杯目に手をつけながら、サンデーに応じる。

「仕事とはいえ、数日留守にして、いつ帰って来られるか分からない丹恒さんと離れて、寂しいとか、一緒に居て欲しいとか、そういう、ちょっとした要望を言う事はないんですかね」

「あー、それね。確かにステーションに来て間もない頃は、一人で出て行っていつ帰って来るか分からない丹恒に怒ってた時期あったし、出かける前にそういう要望も言って困らせた事もあったけど、今はもう慣れちゃった」

「そうなんですか?」

「うん。それというのもね、イジメ問題があってスタッフの皆に丹恒との付き合いバレてそれのおかげでステーションで話せる友人が増えたし、丹恒はどこ行っても最終的には私の所にちゃんと帰ってきてくれるのが分かるようになったし、今でも私の隣に居てくれるからそこらへんはもう大丈夫になったよ」

「そうですか、それは良い関係ですね」

 サンデーはの話を聞いて、微笑む。

 それから。

「その中でエイブラハムは、一番付き合いやすいスタッフだったんだよね。ほかの男のスタッフみたいに私を見た目だけで判断して甘い風に扱わないし、花の化け物事件でも分かる通り、ああ見えて、言う事は言ってくるから」

「そうか。エイブラハムのそういうとこ、とあってたんだね。ウチもそういうのがと付き合いやすいってのは、分かるよ」

 なのかは今回は、のそれに納得したようにうなずいている。

 はその『なのか』に向けて、言った。

「でも、なのかも鋭いかもね。エイブラハム、意外と、女性スタッフの間で人気あるのよ。私も丹恒と付き合ってなかったら、エイブラハムにいってたくらい」

「ウソ、マジで? エイブラハムって、ウチから見てもいつも何かに怯えて震えてばかりなんだけど、彼、面食いのが目をつけるほどのイケメンだったっけ?」

 なのかはからその評判を聞いて、ますます、エイブラハムに興味を持つ。

 そして。

「開拓者も『なのか』も、エイブラハムのそれひっくるめて知りたいなら、明日、応物課の倉庫まで来てね。それはサンデーの言うよう、丹恒も知ってる事だから、彼が不在でも気にしなくていいわよ」

「分かった」

「了解~」

 開拓者と『なのか』は、しっかりうなずき、それに了解したのだった。

 ――明日が楽しみだなぁ。開拓者は純粋に明日を楽しみに、食事を終えた後、『なのか』やと自分の広い部屋で女子会をやって満足したのち、眠りについた。